西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/08/28(火)

[]本の読み方 17:34 本の読み方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本の読み方 - 西川純のメモ 本の読み方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、ゼミ室に行ったらゼミ生が本を読んでいました。覗くと、なかなかの良書です。そこで本の読み方を教えました。

 理系の時代は、古典と言われる教科書を一行一行精読し、納得してから前に進む読み方です。一日考えても1頁も前に進めないこともありました。どうしても分からない場合、それを専門とする大学の先生に聞きに行きました。私は生物物理学が専門ですが、数学の本が分からないので、数学の先生の部屋にいきなり行って教えてもらうこともありました。全員、丁寧に教えてくれました。今考えれば、向こう見ずでしたね。

 ところが教育の修士に入学してからは乱読です。教育の古典と言われるものを片っ端から読みました。当時、1日一冊以上を読むということを自分に課しました。毎日、13時間、ゼミ室にこもり読みまくりました。実際は分厚い本は1冊以上、薄めの本を数冊読んでいました。

 その結果、得た読み方をゼミ生に教えたのです。

 第一に、するすると読めないものは身にならない、ということです。コメニウス、ヘルバルトなどの本を我慢して読みましたが、すみませんが「私」の身になりませんでした。

 第二に、漫然と本を読むのではなく、目的を持って読むと効率が高い。私の場合、研究のテーマが決まってから、読むべきものと、どうでもいいものの判断が出来るようになりました。特に、本を執筆するようになってからは、効率が高まりました。本を読んで最初の二十頁前に自分が今欲しているものか否かが分かります。そうで無いと判断すれば、直ぐに捨てます。

 第三に、自分が求めていることに長けている人に本を紹介してもらう。当たりである場合、その本の引用している本を一通り読む。これが効率の良い良書の探し方です。

 最後に、「うんうんとうなりながら100冊読むより、良書を5冊読む方がはるかにいい」とアドバイスしました。これは、修士時代にうんうんうなりながら千冊近い本を読んだ結果として学んだことです。実際に読んだから、そんなことは無意味であることを実感として語れることが、千冊近い本を読んだ意味です。あはははは。だから、ゼミ生は、そのロスを省略できる。

追伸 大学の教師の中には、もの凄い読書家がいます。何を聞いてもよく知っている人です。ところが、業績はイマイチという人が相対的に多いように思います。おそらく、娯楽で小説を読むように研究書を読んでいるのでしょう。研究者や大学院生は娯楽で研究しているのではありません。知を生産するために研究しているのです。目的意識を持って読書すれば、そんなに多くの本を読む必要性もありません。そして、生産に時間をかけるならば、読書の時間は限界がある。