西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

18/08/06(月)

[]愛知・名古屋の会 21:40 愛知・名古屋の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 愛知・名古屋の会 - 西川純のメモ 愛知・名古屋の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 8月21日に名古屋で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。https://www.kokuchpro.com/event/5247f4abda19203558324e520644d606/

[]袋小路 17:48 袋小路 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 袋小路 - 西川純のメモ 袋小路 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は色々な教科教育関係の学会に入っています。届けられる学会誌を読んでいると袋小路に入っているように思えるのです。

 教科教育の学会は戦後の教員免許法の改定により生まれました。ごく初期は、古くからの教育学や教育方法学との違いはどこにあるのか、現場の教材開発との違いはどこになるのかを模索していました。今から30年ほど前に構成主義、社会構成主義が導入され、認知研究が導入されました。それによって従来の教育学、教育法法学、教材開発との違いが鮮明になったように思います。

 しかし、構成主義、社会構成主義を突き詰めれば、主体者は個人個人であり、有機的に繋がった集団であるにも関わらず、教師が計画し、リードするという現状の授業スタイルから逃れられていない。

 認知研究を突き詰めれば、多くの子どもの頭の中をモデル化し、改善された指導法を開発できます。ところが、子ども達が有機的に繋がった相互作用が複雑すぎて、記述することは出来るのですが、予測し、コントロールが出来ないのです。

 私は20年前に袋小路に気づき、『学び合い』研究にシフトしました。しかし、学会では、未だに袋小路から脱していないように感じます。

 私は心配しています。

 教員養成学部は縮小することはこれは避けられないことです。ところが、1970年代に学会の数は増えました。ところが会員となる大学教員、小中高教員の数は減少します。そのうちに学会として存続できない学会も生まれるでしょう。今から七十年以上前に灯された学灯はどのように次に受け継がれるのでしょう。教科教育の学術研究が小中高の先生から支持される結果を生み出さなければ生き残れません。

[]安曇野の会 17:27 安曇野の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 安曇野の会 - 西川純のメモ 安曇野の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

8月19日に安曇野市で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。

日時 8月19日(日)14:0~17:00

会場 長野県安曇野市穂高 穂高会館第1会議室 (最寄り駅 穂高駅から徒歩10分)

内容 自己紹介・フリートーク

https://kokucheese.com/event/index/532370/

[]最先端 11:14 最先端 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最先端 - 西川純のメモ 最先端 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「最先端技術に対応できる人材育成」の最先端技術って何だろう?

 素人がAI・ロボットと言っている時代において、AI・ロボットは最先端ではありません。最先端は追いつくものではなく、生み出すものです。最先端にいる人は、常に迫害されます。そして、迫害されないようになる前に、さらに進み迫害を受けます。

追伸 ユダヤでは会議で全員が賛成した場合、その決定は無効であるそうです。そのような決定は手遅れだからです。

追伸2 愚痴です、私は文部科学省科学教育研究審査委員の2段階委員になったことがあります。これって、教科教育学の全ての学会関係者の科学研究費配分の最終決定をする3人の内の一人です。ですが、私自身が最近、科学研究費で予算を取ったことがありません。一方、民間財団や科学研究費以外の文部科学省の助成の当たりはいい。負け組の遠吠えですが、「最先端過ぎるんだ」と自分を慰めています。国が公的予算で守ってあげましょう、推進しましょう、というのは最先端ではありません。企業が儲けてやろう、賭けてみよう、と思うものがほどよい先端ですね。私の考えていることをマイルドにしても、科学研究費、つまり平均的な学会からは異端(つまり最先端)過ぎるのです。

[]人材育成 10:19 人材育成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人材育成 - 西川純のメモ 人材育成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人材育成を考えるとき、エリートの人材育成と一般国民の人材育成を分けなくてはならない。教育再生実行会議で最先端技術に対応できる人材育成を可能とする学校教育制度を見直すことが決まりました。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180803/k10011562581000.html

 これは単線型学校教育を欧州型の複線型学校教育に変えなければ無理です。だって、日本人の大部分は数学や物理学が嫌いです。仕方がありません。「平行線は交わらない(一般人:おい見たのかよ?)」、「点には位置はあるが面積は無い(一般人:それじゃ見えないじゃん)」、「摩擦のない状態で(一般人:それじゃ立って歩けないじゃない)」というバカげたことを素直に信じられる人は多くはない。横軸が時間軸である波動のグラフを見て、それを頭に描けるのは特殊な才能です。

 だから大多数の人に合わせた教育をやれば、最先端の人材を育てられない。数学・物理学が好きな人に合わせた教育をやれば、殆どの子どもはチンプンカンプン。結局、中庸をとっているから、どちらにも役に立たない教育をすることになる。

 ただし、目指すべきエリート像をはやりのAIとかロボットに限定せず、多種多様にすれば一般国民の教育になります。例えば、米作りのエリート、折り紙のエリート(新作の折り紙を開発し、その作品を海外に売り出す人)・・・・となれば、全国民がエリートとなり、日本は豊かになれる。

 それが個別最適化された教育の姿だと思います。繰り返しますが、その最大の障壁は「最低限の基礎的・基本的の学力を国が保証する」という考え方なのです。

[]突破口 07:33 突破口 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 突破口 - 西川純のメモ 突破口 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 破壊的イノベーションは小さなニッチで生まれ、育ちます。それはきわめて安価で、低機能なものから始まります。

 私はSociety5.0の教育は不登校、特別支援教育で生まれると思っています。何故なら、現状の教育に不満を持つ人たちが多いので、新しい教育が生まれやすい。

[]Society5.0(その3) 07:20 Society5.0(その3) - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - Society5.0(その3) - 西川純のメモ Society5.0(その3) - 西川純のメモ のブックマークコメント

 Society5.0の教育は現状の法・制度・技術で実現することは可能です。最大の障害は「基礎的・基本的な学力を保証する」という考え方です。多様化する社会・個人に共通する基礎的・基本的学力なんて存在するわけありません。それは工業化社会特有の考えです。

 工業化社会以前の農業社会には基礎的・基本的な学力は存在しませんでした。住んでいる地域、自身の社会階層・職業によって多種多様な学力があり、価値観さえも多種多様でした。読み書き算の3R'sさえも基礎的・基本的学力ではありません。なんとなれば、それ無しで一生を過ごす人が大多数でした。

 もちろん、今後の社会においても国民がすべからく持つべき能力はあると思います。しかし、それを国が定め、保証するというのが問題です。本当に基礎的・基本的な学力ならば、子どもは獲得します。例えば、学校教育での組織的教育がなくても、子どもは喋ることが出来ます。

 そんなこと言っても「四則演算」は教えなくては、夏目漱石は読ませなければ、と思っている、あ、な、た。その考えがSociety5.0の教育を阻み、Society5.0の社会への壁なのです。一度それを認めてしまえば、それは限りなく拡大します。最終的には、学校教育の9割以上を占めるでしょう。それでSociety5.0の教育を実現するのは、「早く退勤して下さい、でも、仕事はしっかりやって下さい」という校長の言葉と同じぐらい自己矛盾しているのです。校長の考える仕事を変えない限り。

 「基礎的・基本的な学力を保証する」を捨てられますか?2割の教師がそれを捨てれば、現状の法・制度・技術でSociety5.0の教育は実現できます。だって、学校教育法、学校教育法施行令、学校教育法施行規則、学習指導要領の縛りはきわめて弱いのが実際です。校長、教員、保護者が了解すれば、ものすごく大胆なことはいくらでも出来ます。

追伸 でも、その意識改革が難しいから、法の廃止が必要だと思うし、それが無理だと思うから私立学校、フリースクールに期待しているのです。