西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/06/24(日)

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 文部科学省のメルマガ(http://www.mext.go.jp/magazine/backnumber/1406368.htm)の最後にある合田課長のコラムが面白いですよ。官僚としてしっかりと日本の未来を描こうとしているすがすがしさを感じます。

 文部科学省は、日本の課題として「(1)個別最適化された学びをいかに公正に提供するか、(2)読解力などの基礎的な力を確実に習得させる仕組みをどう構築するか、(3)高校から大学にかけての文理分断の学びをどう脱却するか」の三つをあげています。

 工業化社会のキーワードが「規格化」「分業化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」なのに対して、脱工業化社会のキーワードが「個性化」、「総合化」、「非同時化」、「分散化」、「適正規模化」、「地方分権化」なのですから、方向性は正しいと思います。

 しかし、それを実現する道筋が工業化社会の中で育った大人が「規格化」「分業化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」で実現しようとするならば、台無しになってしまう危険性があります。

 どうしたらいいでしょうか?

 私は子どもに実社会と同じ環境で、実社会と同じ課題を与えれば、あるべき姿が見えてくると思います。

 色々な方から、「なんで『学び合い』が思いついたのか?」と聞かれます。以下のようなものがあります。

 第一に、私の教師としての原体験は学力的に最底辺の定時制高校だからです。学校教育からドロップアウトした子ども達を教えました。その子達が定時制でドロップアウトしたらどうなるかを嫌というほど見ています。今でも、その子達を夢の中で思い出して泣きながら起きることがあります。私は額面通り、生き死にの問題だと思っています。だから、だいたいの子どもが分かるでは満足できないからです。

 第二に、上越教育大学の教員だったことです。何も知らない学生相手だったら難しげな理論で煙にまけます。ところが上越教育大学は現職派遣院生が多数います。彼らを誤魔化すことは出来ません。一方、現職派遣院生と一緒に研究をすすめられるので、中長期の臨床的な研究をすすめられたからです。

 そして、第三に方法論に特徴があります。

 一般的な実証的な教育研究の場合、実験群と統制群を設け、両者の比較によって論を組み立てます。しかし、私はそれが嫌だったのです。何故なら、実験者は実験群の方が「よいだろうな~」と思って実験を組み立てます。そうなると、統制群の子どもに申し訳ないのです。だから、統制群を設けず、実験群のみとしました。つまり、ある子ども達に一定の指導を行った後、その子達がどのように変化するかを追ったのです。そして、初期、中期、終期の子ども達の言動を分析することによって分析する手法を用いています。

 そして、私は『学び合い』です。つまり、「子ども達は有能である」と考えています。だから、細々した条件は付けません。達成すべき課題を与えます。その中で、子ども達がトライアンドエラーの中で創り上げる方法を分析するのです。それによって最適解を導くという手法をとっています。

 例えば、床の上に100個のサイコロを落としたらどうなるかを、初期条件を元に計算したとしたら膨大な計算になりますし、おそらく条件が複雑で計算不能となると思います。でも、実際に落とせば、そこに現れます。

 一般の実験群・統制群の方法は科学的な手法としては優れていますが、結局、実験者の発想を超えることはありません。つまり、実験者が「こうなるだろうな~」という発想によって実験群が設計されるからです。こうなると現状の枠組みを超えることは困難になります。さらに、物理・化学を対象としているものだったら可能だとしても、生き物、特に人間を単純化して実験群を設計することには無理があります。

 例えば、学び合う時、何人でグループが最適かを知りたいならば、従来だったら二人、三人、四人、五人などのグループを教師がつくり、それらを比較するでしょう。しかし、我々はグループを自由にさせて実際の授業を進めたのです。そもそもグループをつくらないということもOKにしたのです。その結果、最初は1人~8人ぐらいの様々なグループを形成しました。しかし、時間進行の中で全員が分かり、全員が参加するという『学び合い』の条件下では子ども達は4人グループを選択したのです。その形成過程の子どもの言動を分析することによって、何故、そうなったかも明らかになったのです。

 さらに、様々な局面を含む長期の学習で同様な研究をしました。その結果、何かを聞くという局面では2人、何かを作るという局面、また、書いてあるものを理解するという局面では4人、集団全体で意志決定をする局面では全員が集まるという方法を子ども達は選択しました。教室には二人、四人のグループが併存し、それらがアメーバーのように変化するのです。そんなこと教師が予想してコントロール出来るわけありません。つまり「学び合う時、何人でグループが最適か?」の答えは、多くの教師や教育研究者が想定している「○人」ではなく、「そんなこと教師が決めることは出来ず、子どもが決めるしかない」という答えになってしまうのです。

 『学び合い』はこのような研究手法によって、既存の教師や教育研究者が想定できない結果を実証的に積み上げて構築した理論と方法論なのです。

 さて、「(1)個別最適化された学びをいかに公正に提供するか、(2)読解力などの基礎的な力を確実に習得させる仕組みをどう構築するか、(3)高校から大学にかけての文理分断の学びをどう脱却するか」に戻ります。

 早稲田大学政経学部が数学も試験に課すことを発表しました。これは「高校から大学にかけての文理分断の学びをどう脱却する」に対応する英断だと考えられます。しかし、数学を試験に課すことが何故大事かをリアルにイメージできるのでしょうか?私にはそう思いません。何故なら、本当にリアルにイメージしているならば、理学部に進学する子どもを選抜する数学と、政経学部に進学する子どもを選抜する数学が同じ訳ありません。具体的に言えば、高校数学で相対的に重視されていない統計学の比重が違うように思います。私だったら、政経学部で優秀な成績を上げている学生が持っている数学の本を調査します。

 しかし、これすらも工業社会的な発想です。つまり規格化しています。

 もう一歩進めば、センター入試で5教科を受けて、それぞれの科目での点数(合計点ではありません)で足切りします。その上で、2次試験では政経学部の教員、また、政経学部の卒業生が実際に解決したいと思っている課題を受験生に与えるのです。インターネットを自由に使わせ(メールやチャットも)、書籍持ち込みも可能とします。タブレット型パソコンだったら、膨大な書籍を保存できるでしょう。そこで書かれた結果を用いて評価します。その後、面接をするのです。メールやチャットで他人の受け売りを書いた受験生は簡単に化けの皮がはがれます。

 つまり、教師が最適な方法を指定するのではなく、受験生が選択するのです。教師が与えるのはリアリティのあるチャーミングな課題です。

 あははははは。こんな発想、工業化社会人は絶対に受け入れられないだろうな。色々と問題点を指摘するでしょう。私だって指摘できます。ようは、どの方向に進むべきかを知っているか否か、一歩踏み出すか、否かだと思います。