西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/06/10(日)

[]学びの共同体 09:26 学びの共同体 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学びの共同体 - 西川純のメモ 学びの共同体 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は埼玉県の『学び合い』の会に参加しました。そこで学びの共同体で学校づくりをした校長先生のお話を伺いました。その中で、学びの共同体に対して今まで疑問に思っていたことが氷解しました。

 私が疑問に思っていたことは以下のことです。

 第一に、学びの共同体を本当に出来る人は、一斉指導の超名人で百人に一人いるかいないかのレベル。だから、多くの人は出来るわけない。

 第二に、学びの共同体のテクニックを書いている本がない。私の知る限り、薄い小冊子ぐらいです。その中には4人でグループを形成するべきと書いていますが、何故、4人かに関して何も書いていないのです。少なくとも実証的なデータに裏付けられたものはありません。ちなみ、私は実証的なデータに基づき、固定的な4人グループは望ましくないことを明らかにしています。

 第三に、学びの共同体の理論書がないのです。あるのは叙情的な佐藤学先生の本ぐらいです。

 つまり、学びの共同体という実践は存在せず、一人一人が全く異なった実践を学びの共同体という言葉でくくっているのではないか?と思っていました。

 昨日の校長先生の話を聞いて、それは正しく、それでいいのだ、と分かりました。

 校長先生が学校で学びの共同体を推進するスタンスはきわめて「緩い」のです。まあ、縛りは「机をコの字にしましょう」、「4人グループで話しましょう」というぐらいなのです。

 つまり、「机をコの字にしましょう」、「4人グループで話しましょう」というのは学びの共同体のテクニックと言うより、自分たちはみんなで学びの共同体を実践しているという象徴的意味が重要なのだと思います。一人一人は全く別な実践をしていると思います。もともと学びの共同体の名人の実践は、一斉指導の究極の姿です。だから、一人一人は自分の従来の実践をベースにして、子ども達が関わる実践を加味したものが、その人の学びの共同体の実践になります。

 学びの共同体は先に述べたように一斉指導の究極の姿です。それが出来るか出来ないかとは別に、多くの教師が「できたらいいな~」と思う姿なので受け入れやすい。多少なりとも交流の時間を入れればそれなりの効果はある。特に人間関係の向上は比較的早く効果が現れます。「机をコの字にしましょう」、「4人グループで話しましょう」という象徴的な実践によって教員同士に共同体意識が生じます。それが学校全体の授業実践の向上に繋がるのだとおもいます。

 これを成り立たせるためには、実証的な理論書も実践書も障害になります。何故ならら、一つに収斂してしまうからです。

 ある意味、実に、スッキリしました。