西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/03/29(木)

[]不満 12:53 不満 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不満 - 西川純のメモ 不満 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西日本新聞に『学び合い』で学校改革を成功させた福岡市の東光中学校の実践が連載されました。その最後には問題点も指摘されました。具体的には子どもからの不満です。https://bit.ly/2I9O2ys

 まず、子どもが持つ不満についてはパターン化しています。それに対する予防策・対応策も「みんなで取り組む『学び合い』入門」(https://amzn.to/2pRRQMW)に書いています。その通りにやればいいだけのことです。

 ただ、『学び合い』は魔法ではありません、パーフェクトとは申しません。しかし、「まし」であり、そして、絶対にやらなければなりません。何故でしょうか?

 まず、では、今までの授業で子ども達に不満はなかったのですか?と私は問いたい。程度の問題ではありませんが、明らかに『学び合い』のほうが不満は少ない。もし生の『学び合い』を見た方だったらこれは自明だと思います。だって寝ている子はいませんから。

 もちろん、『学び合い』は一人も見捨てない教育です。だから、不満のある子が少数ならいいだろう、なんて思いません。だから、パターン化している不満に対して、定型の対応策を完成させています。

 それでも、難しい子はいます。でも、今までの授業との決定的な違いは、「一人も見捨てない」ことが実現は難しくても、それを諦めないことは可能です。これは今までの授業では無理です。だって、多種多様な子どもの悩みを、たった一人で抱え込むことは精神的に無理です。だから、自動的に無理な子どもは「しょうがない」と頭から消去する様になってしまっているはずです。

 『学び合い』に合わない子どもはいます。その子にとっては『学び合い』は辛いものです。そんなこと、人様から言われなくても百も承知、二百も合点です。だって、私はそういう子どもでしたから。だから、先生の言葉の中で一番嫌いな言葉は「好きなもの同士で」でした。

 さて、そのような子どもに対して『学び合い』をすべきでしょうか?

 すべきです。

 何故なら、『学び合い』におけるクラスの姿は、社会の職場の姿です。それにフィットしない子どもは生きていけません。今後の受験の中でも生きていけません。就職試験でも生きていけません。不景気な日本の中で孤立し、貧困のどん底に突き落とされる危険性は高いことは以下の本で書いたとおりです。

 

「親なら知っておきたい 学歴の経済学」(https://amzn.to/2ISk3fk

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「アクティブ・ラーニング入門」(https://amzn.to/2GaN1tp

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 だから、教師の管理下で安全に社会に適用させる必要があります。

 それに、教師にとっても『学び合い』は必要です。だって、そもそも今までの授業はとてつもなく難しいのです。東京大学に行くかも知れない子どもと知的障害が疑われる子どもが混在しているクラスで全員が分かる授業が出来るでしょうか?これは百万年修業しても無理です。多種多様な子どもが興味関心を持たせられるでしょうか?これまた無理です。だって、ビートたけし、所ジョージのように億を稼ぐ芸人であっても嫌う人はいるのですから。では、今までそれが成り立っていたのは何故でしょうか?理由は、分からなくても、つまらなくても子どもや保護者の多くは黙って諦めてくれたからです。ところが、今後の子どもと保護者はそうではありません。もし、5人の保護者から責め立てられて耐えられますか?

 『学び合い』は学び続け、乗り越えなければなりません。しかし、いかなる困難があっても進むべきです。子どものために、我が身のために。