西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/03/29(木)

[]縦糸論 21:16 縦糸論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 縦糸論 - 西川純のメモ 縦糸論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に関する誤解の中で多いのが「縦糸論」です。つまり、教師と子どもの縦の関係が出来てからでないと、子ども同士の横の関係は健全に構築できないということです。

 何度も聞いて、何でも説明しているので食傷気味ですが、再度書きます。

 これは一部は正しく、一部は間違っています。

 第一の間違えは、子どもとの縦糸の構築の仕方が、ボスは私だと分からせる方法か、この人は凄い!と思わせる方法の2種類だけだと思われている点です。ちなみに、私が高校教師だったとき、及び、数回だけの大学授業では今でも後者を使います。たしかにこれは楽です。それが上手い人だったら。でも、上手い人は少ないから、ボスは私だと分からせる方法をとる人が多い。ま、いずれにせよ「平和的で民主的な国家の形成者」を育成するとしたら邪道です。

 正しいことをぶれなく繰り返し語り続けることによって、信じられることによって縦糸を構築することも出来るのです。それに、縦糸→横糸という順序だけではなく、縦糸づくりと横糸づくりが並行して進行することも出来るのです。つまり、「先生の言っていることをやると友達と仲良くなれる、だから、もっと先生の言うことを信じよう」というような関係です。以上を『学び合い』でやっているのです。

 それにですね、ボスは私だと分からせる方法か、この人は凄い!と思わせる方法が下手な人はいます。同僚にもいるでしょ?大抵、この縦糸論を言う人は、「ボスは私だと分からせる方法か、この人は凄い!と思わせる方法」が上手い人(上手いと思っている人も含まれます)です。その人から見ると、それが出来ない人は教師失格のように見えてしまいます。

 でもね、私は子どもも一人も見捨てたくないし、教師も見捨てたくない。「ボスは私だと分からせる方法か、この人は凄い!と思わせる方法」が下手な教師も見捨てたくない。では、どうするか、『学び合い』です。正しいことをぶれずに語ればいいのです。そして、2割の子どもを動かすことに専念します。「ボスは私だと分からせる方法か、この人は凄い!と思わせる方法」が下手な人でも2割の子どもは動かせます。何故なら、「先生の言うことは従った方が有利」と知っている子どもは2割はいますから。怖いから、凄いからではなく、先生だからで動く子どもは必ずいます。その2割の子どもに「一人も見捨てるな」というミッションを与えれば、自分が動かせない子どもも動かすことが出来ます。

 ということを知っているので、縦糸論が出ると「あ~、またか」と思ってしまいます。

[]まずは一斉指導から 21:16 まずは一斉指導から - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - まずは一斉指導から - 西川純のメモ まずは一斉指導から - 西川純のメモ のブックマークコメント

 縦糸論に同根の誤解に、「まずは一斉指導が出来なければ」という論です。

 困ったもんです。

 まず、この論を言う人が誤解しているのは、一斉指導がものすごく難しいことを理解していない。多様な能力、多様な興味関心を持っている子ども達全員(せめて大多数)が分かる授業、楽しい授業なんて不可能です。じゃあ、何故成り立っているか、分からなくても、つまらなくても子どもが我慢しているからです。これは千年学んでも無理です。人が千年学んでも空中浮揚できないと同じです。

 まあ、ポイントを押さえれば短期間で授業が上手くなることは出来ます。それは「新任1年目を生き残るサバイバル術教えます」の最初の50ページに書きました。私はそれをやったから新任一年目で、暴走族相手に物理の授業を成立させることが出来たのです。

 でも、それで出来るのは「全員を分からせる、ではなく、全員を分かった気にさせる」程度のことです。これだったらポイントを押さえれば出来ます。そうすれば授業が成立し、少しずつでも学力を伸ばせます。しかし、全員でないですよね。そして、この種のテクニックの賞味期間は3ヶ月程度です。それ以上になると、大人の腹を探ることに長けている子どもに見破られてしまいます。そっからは、「自分たち(つまり子ども達)をどれだけ認められるか」、「自分たちをどのように導こうとしているのか」という考え方で決まります。ま、人間性というものです。残念ながら、現状の一斉指導は、一人一人が持っている人間性に依存しています。だから、3ヶ月以降も子ども達に慕われる教師と、そうでない教師に別れてしまうのです。

 『学び合い』はその考え方を学校観、子ども観としてまとめ、その考え方と一対一対応する指導方法を確立しているのです。結果として、その方法論を実践しているうちに、その方法論の背景となる考え方を実感できる「子どもの姿」を見ることが出来ます。やがて身体化できるのです。

 ということです。

 ちなみに、我々の研究室では中学生に小学生相手の授業をさせました。その結果分かったのは中学生でも教育実習生並の授業は出来ます。まあ、中学生も十年弱の一斉指導を受けています。だから、パターンは知っています。たとえば、「丸読み。新出漢字の確認。段落わけ。段落の要約・・・・」というパターンは知っていますし、中学生でも出来ます。

 中学生でも、「段落わけ」をやらせることは出来ます。でも、どのように育つべきかを語ることが出来ません。それが出来るのは大人なのです。それで勝負しているのが『学び合い』です。

[]上越教育大学大学院 15:43 上越教育大学大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越教育大学大学院 - 西川純のメモ 上越教育大学大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 平成31年度から上越教育大学大学院は大きく変わろうと、上越教育大学は考えています(https://bit.ly/2GTLLId)。現在は構想中であり、文部科学省への申請中です。それが確定するのは最短で6月末で、本当の正式に決まるのは秋です。しかし、31年度入学者の選抜試験は早い場合は夏(状況によっては秋になるかもしれませんが)にあります。本学大学院、とくに現在の教職大学院へ入学を希望している方々へ、情報提供です。(現在、構想中であり、申請中であることは繰り返します)

 結論から言えば、変わりません。私の感覚だと、よりシャープになると期待しています。

 現在の教職大学院には、若手教員養成、ミドルリーダー養成、指導的ミドルリーター養成、管理職養成の4つの機能があります。前三者が主に教科教育・学級経営を主たるものとしているのですが、管理職養成は教科教育・学級経営をターゲットとしていません。このため、それぞれの満足いく大学院教育を構築することに教職大学院開設以来苦慮していました。

 今回、管理職養成が分離することによって、教科教育・学級経営に特化できることになりました。従って、現在の教職大学院でやっている教科教育・学級経営を学ぼうとする方々の受け皿はちゃんとあります。入試要項を手に入れて読んだとき「あれ??」とならないように、いち早くお知らせいたします。

[]不満 12:53 不満 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不満 - 西川純のメモ 不満 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西日本新聞に『学び合い』で学校改革を成功させた福岡市の東光中学校の実践が連載されました。その最後には問題点も指摘されました。具体的には子どもからの不満です。https://bit.ly/2I9O2ys

 まず、子どもが持つ不満についてはパターン化しています。それに対する予防策・対応策も「みんなで取り組む『学び合い』入門」(https://amzn.to/2pRRQMW)に書いています。その通りにやればいいだけのことです。

 ただ、『学び合い』は魔法ではありません、パーフェクトとは申しません。しかし、「まし」であり、そして、絶対にやらなければなりません。何故でしょうか?

 まず、では、今までの授業で子ども達に不満はなかったのですか?と私は問いたい。程度の問題ではありませんが、明らかに『学び合い』のほうが不満は少ない。もし生の『学び合い』を見た方だったらこれは自明だと思います。だって寝ている子はいませんから。

 もちろん、『学び合い』は一人も見捨てない教育です。だから、不満のある子が少数ならいいだろう、なんて思いません。だから、パターン化している不満に対して、定型の対応策を完成させています。

 それでも、難しい子はいます。でも、今までの授業との決定的な違いは、「一人も見捨てない」ことが実現は難しくても、それを諦めないことは可能です。これは今までの授業では無理です。だって、多種多様な子どもの悩みを、たった一人で抱え込むことは精神的に無理です。だから、自動的に無理な子どもは「しょうがない」と頭から消去する様になってしまっているはずです。

 『学び合い』に合わない子どもはいます。その子にとっては『学び合い』は辛いものです。そんなこと、人様から言われなくても百も承知、二百も合点です。だって、私はそういう子どもでしたから。だから、先生の言葉の中で一番嫌いな言葉は「好きなもの同士で」でした。

 さて、そのような子どもに対して『学び合い』をすべきでしょうか?

 すべきです。

 何故なら、『学び合い』におけるクラスの姿は、社会の職場の姿です。それにフィットしない子どもは生きていけません。今後の受験の中でも生きていけません。就職試験でも生きていけません。不景気な日本の中で孤立し、貧困のどん底に突き落とされる危険性は高いことは以下の本で書いたとおりです。

 

「親なら知っておきたい 学歴の経済学」(https://amzn.to/2ISk3fk

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「アクティブ・ラーニング入門」(https://amzn.to/2GaN1tp

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 だから、教師の管理下で安全に社会に適用させる必要があります。

 それに、教師にとっても『学び合い』は必要です。だって、そもそも今までの授業はとてつもなく難しいのです。東京大学に行くかも知れない子どもと知的障害が疑われる子どもが混在しているクラスで全員が分かる授業が出来るでしょうか?これは百万年修業しても無理です。多種多様な子どもが興味関心を持たせられるでしょうか?これまた無理です。だって、ビートたけし、所ジョージのように億を稼ぐ芸人であっても嫌う人はいるのですから。では、今までそれが成り立っていたのは何故でしょうか?理由は、分からなくても、つまらなくても子どもや保護者の多くは黙って諦めてくれたからです。ところが、今後の子どもと保護者はそうではありません。もし、5人の保護者から責め立てられて耐えられますか?

 『学び合い』は学び続け、乗り越えなければなりません。しかし、いかなる困難があっても進むべきです。子どものために、我が身のために。