西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/03/13(火)

[]教科指導と生徒指導 18:47 教科指導と生徒指導 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科指導と生徒指導 - 西川純のメモ 教科指導と生徒指導 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの教師は、日々の実践の中で「心」をかたっている。一つのエピソードを紹介したい。

 

 私が教師2年目、初めて担任になった。4月の中旬、教室に行くと顔を腫らした生徒Tがいた。「どうしたの?」と聞くと、「兄貴と喧嘩した」とのことであった。「あんまり激しくやるなよ」といってその会話は終わった。それから1週間後からTが学校を休むようになった。彼の家を訪問しても、私を拒絶するわけでもなく自然に話してくれる。職場に行けば喜んでくれるし、「絶対に学校に行くよ」と言ってくれる。しかし学校を欠席し続ける状態は変わらない。1カ月後に彼は退学した。

 彼の保護者が退学手続きを取った次のホームルームの時に、彼が退学したことをクラスで手短に報告した。そのホームルームの後、クラスの一人が「先生、Tが退学したの何故だか知っている?」と話しかけてきた。話を聞いてみると、意外なことが分かった。入学当初、Tはアロハシャツで通学した。その格好が生意気だということで、隣のクラスの生徒を含めて十数人で袋叩きにされたのだった。顔を腫らしたのは、その時のけがであった。

 既にTは退学した後であり、私にできることは残った生徒に対する指導である。私は悩んだ。ホームルームで「いじめ」を直接扱った場合、あまりにも露骨である。さらに、単に「お説教」に終わる危険性がある。

 英語には「sin」と「crime」という二つの言葉がある。前者は「罪」で、道徳上の罪を指す。後者は「犯罪」で、法律上の罪を指す。仮に私が「いじめ」、「暴力」はいけませんと言ったとしても、それは学校(もしくは社会)が作った(即ち自分たちとは関係ない)法律にすぎない。経験上、このような法律に対しては、彼らは表面上従うが、裏では決して従わない。

 彼らの中には、法律とは関わりなく、やってはいけないことはある。それを犯すと道徳・道義上(または仁義上)、親しい人に顔向けできなくなる。従って、「犯罪」ではなく「罪」として根付かせたかった。そのため、人間という動物の基本的な性質と絡ませ、「いじめ」、「暴力」を語りたかった。そこで急遽、理科の授業の中身を変えて以下のような授業を行った。

 最初は自分自身の大学時代の話の中で、学生宿舎の様子を話した。入学当初、毎日、毎日、コンパに明け暮れた話しや、悪さの話しをおもしろおかしく語った。その後、楽しいのだけど、学生宿舎における生活では、個々人の距離が近すぎてプライバシーが守れないことを話した。雄のネズミを一定以上の密度で飼うと、「闘争」か「同性愛」になる実験を語り、次のような問題を出した。

 「2頭の腹を減らした雄のオオカミを狭い檻の中に入れました。一方、2頭の腹を減らした雄のハトを狭い檻の中に入れました。一晩経った後、檻の中はどうなっているでしょうか?」

 彼らなりの予想を出させた。

 「一晩経った後で、オオカミの檻を見ると、一方の雄が他方の雄を踏みつけながら、今にも首筋、即ち急所を噛みつこうとしています。一方、踏みつけられている雄は、自分の首の頸動脈が流れている部分、即ち、急所を相手の雄に見せるようにしています。しかし、いつまでたっても、その急所を噛みつきません。」

 「実は、自分の急所である首筋を相手にさらすと言うことは、オオカミの中では降参のサインで、このサインを出されると噛もうとしても噛めなくなるんです。そのような行動が本能としてオオカミの中にしっかりと埋め込まれているんです。何故だと思います?」問いかけるが、教室中がシーンとなった。

 「オオカミは極めて攻撃力の高い生物です。本気で戦えば、一方は死ぬことになります。もし、喧嘩のたんびに殺し合っていたならばオオカミという種は絶滅してしまいます。だから、進化の中で「降参」というサインを作り出したんです。このサインを出されると、どんなに攻撃したくとも攻撃できないんです。」

 「一方、ハトの檻を見ると、一羽のハトしか見えません。そのハトは何かをつついています。よく見ると、羽は抜かれ、目はえぐられ、ミンチ状になったハトの死骸です。ハトはその死骸をなおもつついて攻撃しています。いつまでも、いつまでも、しつこく、しつこく、つつきます。」

 その惨状を、詳しく説明すると、生徒全員が顔をしかめるようになる。

 「ハトの攻撃力はそれほど強いものではありません。また、ハトは空を飛べますので、自然状態であれば、殺し合う前に飛んで逃げてしまいます。だから、オオカミのような「降参」というサインを進化の中で作り上げる必要はなかったんです。ところが、檻という不自然な環境におかれたため、一度、戦いが始まると止まらず、陰湿に攻撃し続けるのです。ミンチ状になった相手を、それでも、攻撃し続けます。」。私としてはハトの攻撃に否定的なイメージを作り上げたかった。

 「本能というと動物だけにあって、人間にはなさそうですが、実は人間にもあります。ここで簡単な実験をしましょう。思いっきり憎い相手を想像してください。例えば親・兄弟を殺し、恋人をとった相手です。これからスライドを見せます。そのスライドにでるものがその憎むべき相手だと思って憎んでください。いいですね。それでは見せましょう。」

 私が見せるのはゴマフアザラシの赤ちゃん、イヌやネコの赤ちゃんのスライドを見せる。クラス中が大爆笑になった。

 そこで、「笑ってはいけません。これはあなた方の親・兄弟を殺した人なんですよ!」と笑いながら述べた。

 笑いが一段落してから、「実は我々ほ乳類は、赤ん坊を攻撃できないように本能の中に組み込まれているんです。なぜなら、我々ほ乳類は弱い赤ちゃんの時代を長い間経て大人になります。もし、抱いている赤ちゃんが膝の上でおねしょしたことを本気で怒っていてばかりしては、弱い赤ちゃんを殺してしまうことになります。そのようなことが続けば、その種は絶滅することになります。だから、進化の中で赤ちゃん特有の特徴を見ると攻撃できないようになるんです。」。

 その後、赤ちゃんの顔と大人の顔の違いなどをスライドで見せ、その特徴(目が相対的に大きい、丸みのある顔や体つき)がほ乳類一般に見られることを見せた。このような説明を通して、我々自身の中に攻撃抑制に関する本能が組み込まれていることを確認した。

 「先ほどオオカミとハトの話をしました。ところで人間はオオカミに近いのでしょうか、ハトに近いのでしょうか、どちらだと思いますか?」と問いかけ5分間ほど近くの生徒同士で話し合わせた。その後、挙手でオオカミ的かハト的かを答えさせた。生徒の予想は、概ね半々であった。

 その後、次のように語った。「先生は、オオカミ的な人もいるし、ハト的な人もいると思うんだ。本当に強い人の場合、本気でやり続けると、どういう結果が起こるか分かるから、相手が降参すると攻撃をやめる。しかし、実際には弱い人間は、ハトのように、降参してもしつこく、しつこく相手を攻撃し続ける。」

 おそらく、最後の段階になると、私が何を何のためで話したかを察した生徒も何人かはいたのではないだろうか。全体で50分にまとめた話である。この話はコンラート・ローレンツという行動学でノーベル賞を与えられた人の本から題材を取ったものである。

 

追伸 『学び合い』だったら、これほど教材に頼らなくても、教科学習と生徒指導は融合できます。