西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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18/03/05(月)

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 多くの授業実践は、面白い授業、分かりやすい授業を目指します。『学び合い』は子ども達の一生涯の幸せを目指します。多くの教師は、面白い授業、分かりやすい授業の先に子ども達の幸せがある、と「ぼんやり」と思っています。しかし、『学び合い』では現状の、面白い授業、分かりやすい授業の先に子ども達の幸せは無いことを知っています。

 両者の違いは特別な支援を必要とする子どもに対する指導に端的に表れます。

 自閉傾向のある子ども、ガヤガヤした音に敏感な子どもがいたら、その子が他の子どもと協働的な学習するのを避けます。嫌がるからです。重篤になれば、不登校になる可能性もあります。だから、その子にとって面白い授業、分かりやすい授業をします。

 でも、その子はやがて社会に出ます。社会に出たとき、他の人と関わることを嫌がる状態で生きられるでしょうか?生きられません。だから、その子も協働的な学習の輪の中に入れなければならないのです。

 多くの教師は「そんなのは無理」と思うでしょう。

 でも、我々は無理と考えたら、その子の一生涯は幸せにならないと考えます。だから、なんとかします。どうしたらいいでしょうか?そんなの分かりません。一人一人の子どもは違いますから。教師の出来るのは、「一人も見捨てずに」の意味を語ることです。子ども達がトライアンドエラーの中で解決します。子ども達は有能ですから。

 私も二十年前の『学び合い』研究のきっかけになった研究以前は、教師が様々な手立てを繰り出すことによって授業改善をするべきだと思っていました。しかし、社会に出てから、そんなことをしてくれる人はいません。だから、社会に出る前に、そんな手立て無しで問題解決できる子どもを育てなければなりません。そのためには、教師の管理下で、教師の手立て無しで問題解決をさせねばならないのです。

 だからスマホにアプリをインストールするように、教師が様々な授業手法を自らに加えるのではなく、OSを変えるのです。そのOSとは「一人も見捨てないことは得だ」というOSです。教師が確信を持ち、語れば、子ども「集団」のOSが変わります。そのOSの中で子ども集団が様々な学習手法を自らに加えるのです。それが子ども達の一生涯の幸せに繋がります。そして、子ども「集団」はそれが出来ると信じています。

追伸 残念ながら、アプリをインストールするように『学び合い』を取り入れようとする人は少なくありません。まあ、アプリレベルでもかなり強力です。しかし、一定以上には進めません。OSレベル、つまり、考え方レベルで分からないと。何故なら、子どもの一生涯の幸せとは何かを理解し、それに矛盾のない行動していないと、語りに現れます。それが出来るならば、主体的な子どもに育ていますが、それが出来ないならば教師の繰り出す授業手法に依存的な子どもが育ちます。