西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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18/01/29(月)

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 2003年に書いた記事を再度アップします。民主主義は多数では決まらない。多数の人が納得する少数意見で決まります。

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 今、日本には1億2千万人の人が住んでいます。その中で、100年後の人に記憶される人が何人いるでしょうか?今をときめく芸能人はまず無理でしょう?だって、10年前の人気歌手が「あの人は今」なんていう番組に出ていると、その人の名前さえ思えていないんですから。権力者だってそうです。小泉純一郎首相は第87代首相ですが、では第50代首相がだれたが知っています?今上天皇は第125代ですが、第120代の天皇(即ち明治天皇の前の前の天皇)はどなただかしっている人がどれだけいるでしょう?学者だってそうです。今をときめく小柴、田中のお二方にしても無理でしょう?理科コースの学生さんで、アインシュタインという人を知っていない人が過半数であることを知って愕然となったのは、もう10年以上前のことです。

 そう考えると1000年を越えて記憶される人などは、ごくごく希な存在です。宗教がらみでない人を上げるならば、百のオーダーに収まるでしょう。過去に生きた人間の総数から考えれば、パーセンテージのレベルを遙かに超えて、微量分析のレベルになってしまいます。その希な人にソクラテスやプラトンが含まれるのに異存はないと思われます。驚くべき事に、そのような微量分析のレベルの人が、同じ時代、同じ町であるアテネで生活していたんです。比率で考えれば、ノーベル賞受賞者級の人が1000人弱はいるような町です。事実、それを専門とする人であれば常識的に知っている人(それにしても1000年を超えて記録される人と言うことになります)は1000人弱はいます。ところで、そのようなアテネの人口は何人だったといえば、当時のアテネの人口は30万人弱です。さらに約3分の1は奴隷ですので、一般人は20万人強のレベルです。上越市の人口は13万人ですので、それほどの違いはありません。想像してください。比率から言えば、その上越市に600人ほどのノーベル賞級の人がウロウロしていることになります。ニュートン、アインシュタイン、ダーウィンレベルの人が2,3人いることになります。そんな町があったら、奇跡といわざるを得ません。それがアテネに実現していたため、アテネの奇跡と言われます。

 人類史上、空間的、時間的規模においてローマ帝国を越える国家は歴史上ありません。ところが、ローマ帝国の建国の歴史を調べると、3000人ほどの山賊が、関川程度の川の畔の荒れ地に立てこもったのが始まりです。ジブラルタルから中近東に渡る全地中海を1000年に超えて支配した国の建国の実態がその程度です。しかし、アテネにせよローマにせよ、その奇跡は偶然ではなく必然だったと思います。そのポイントは、言われれば当たり前に思えることを、ちゃんとしたということに尽きます。

アテネの特徴は民主主義を堅持したことです。おそらく、部族国家レベルの社会においては原始的な民主主義は成立していたと思います。ところが、規模がある一定レベル以上になると民主主義を維持することは難しくなります。理由は、民主主義は無駄が多く、時間がかかるからです。しかし、アテネの市民はそれを堅持しました。ローマの場合は、原理原則にこだわらず、実利的な方法を取るということに徹した点が特異的です。当たり前のようですが、これも堅持することは大変です。実利的な方法を取るという場合、その場、その時の状況を分析し、ちゃんと考えることが必要となります。ところが、多くの場合、これが面倒なので、「先例にしたがって」とか原理原則によって判断しがちです。

 私は、大事だということ、正しいことは、必ず、言われてみれば当たり前のことであると信じています。だって、人類誕生から人間は同じような欲求を持って生活し、その欲求を満たすためにあらん限りの知恵を使っていたはずです。ある日ある時、たった一人に人が思いつくなんてリアリティがありません。でも、同時に、それをやることはとても大変だからやられておらず、結果として、改善がなされていないと思われます。

 独立法人化という新たな時代において、上越教育大学の未来をぼーっと考えているとき、アテネ・ローマに関する、上記のことを思い始めました。重要なのは、新奇なアイディアではありません、陳腐なアイディアでありながら、それでいて実際にやられていないことを確実に行うことが重要です。それさえ出来るならば、かってのアテネやローマのように少人数であっても奇跡を起こすことは出来ます。