西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/12/16(土)

[]奥義 20:07 奥義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 奥義 - 西川純のメモ 奥義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夕方、私にとっては孫弟子が『学び合い』に関する質問をしました。この学生、平均的な西川ゼミの学生より私の本を読んでいます。最初の質問は「ネームプレートは必須ではないか?」という質問です。私の説明に対する返答から、ちゃんと本を読んでいることが分かります。どんどん説明すると、「必ずしも全員達成に拘らなくてもいい」とか、「見捨てても良いことが、一人も見捨てないに繋がる」というレベルの説明をすると頭を抱えてしまいます。

 そりゃ、そうです。入門段階の私の本で書いていることと真逆なことを言い出すのですから。しかし、一見、真逆なことのようで、それらは矛盾しないのです。

 空海は最澄への『理趣釈教』貸与を断りました。『理趣釈教』は、真言密教の極意を示すと言われる根本経典・理趣経の注釈書です。何故、断ったかと言えば、浅い理解で読めば誤解するからだと空海は最澄に言ったそうです。両大師に比すのはおこがましいですが、『学び合い』も似ています。初期の段階で理解できるものと、その先にあるものは一見矛盾しているようですが、考える空間・時間を広げるとそれらは矛盾しません。でも、クラスの中に限定され、子ども達を有機的な集合体と理解できないと分かりません。

 このレベルのことは入門書に書くと混乱するので書きません。でも、『理趣釈教』と違って、オープンにしています。それは「『学び合い』の手引き・ルーツ&考え方編」、「『学び合い』の手引き・アクティブな授業づくり改革編」、「汎用的能力をつけるアクティブ・ラーニング入門」に書いてあります。このレベルの本を読んで理解できる人が広がることが、『学び合い』が次の段階にシフトすることに必要だと思っています。彼がその一人になってくれるだろうと期待しています。

追伸 ある子を見捨てても良いと考えることが、一人も見捨てないことを実現するためには必要だ、なんて意味不明でしょうね。浅い理解だと、「なんてひどいことを言うんだ」としか理解できない。私は一人も見捨てたくないから、別次元で考えるようになったのです。