西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

17/12/16(土)

[]奥義 20:07 奥義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 奥義 - 西川純のメモ 奥義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夕方、私にとっては孫弟子が『学び合い』に関する質問をしました。この学生、平均的な西川ゼミの学生より私の本を読んでいます。最初の質問は「ネームプレートは必須ではないか?」という質問です。私の説明に対する返答から、ちゃんと本を読んでいることが分かります。どんどん説明すると、「必ずしも全員達成に拘らなくてもいい」とか、「見捨てても良いことが、一人も見捨てないに繋がる」というレベルの説明をすると頭を抱えてしまいます。

 そりゃ、そうです。入門段階の私の本で書いていることと真逆なことを言い出すのですから。しかし、一見、真逆なことのようで、それらは矛盾しないのです。

 空海は最澄への『理趣釈教』貸与を断りました。『理趣釈教』は、真言密教の極意を示すと言われる根本経典・理趣経の注釈書です。何故、断ったかと言えば、浅い理解で読めば誤解するからだと空海は最澄に言ったそうです。両大師に比すのはおこがましいですが、『学び合い』も似ています。初期の段階で理解できるものと、その先にあるものは一見矛盾しているようですが、考える空間・時間を広げるとそれらは矛盾しません。でも、クラスの中に限定され、子ども達を有機的な集合体と理解できないと分かりません。

 このレベルのことは入門書に書くと混乱するので書きません。でも、『理趣釈教』と違って、オープンにしています。それは「『学び合い』の手引き・ルーツ&考え方編」、「『学び合い』の手引き・アクティブな授業づくり改革編」、「汎用的能力をつけるアクティブ・ラーニング入門」に書いてあります。このレベルの本を読んで理解できる人が広がることが、『学び合い』が次の段階にシフトすることに必要だと思っています。彼がその一人になってくれるだろうと期待しています。

追伸 ある子を見捨てても良いと考えることが、一人も見捨てないことを実現するためには必要だ、なんて意味不明でしょうね。浅い理解だと、「なんてひどいことを言うんだ」としか理解できない。私は一人も見捨てたくないから、別次元で考えるようになったのです。

[]国民の育成 18:02 国民の育成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 国民の育成 - 西川純のメモ 国民の育成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育基本法の第一条は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。つまり「国民を育成する」ことを目的としていると書かれているのです。日本国憲法にいおいて国民の義務は3つだけ書かれています。それは「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」(第26条)、「勤労の義務」(第27条)、「納税の義務」(第30条)です。

 つまり、教育とは「働き、稼ぎ、子女に教育を与え、納税出来る国民の育成」だと思います。それ以外もありますが、根幹はそこです。

 さて、「主体的・対話的な深い学び」を打ち出した「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第197号)」において「就職」、「就業」の言葉は一言もありません。あるのは、その前段階のキャリア教育のみです。さて、そのような教育を受けた人が「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」(第26条)、「勤労の義務」(第27条)、「納税の義務」(第30条)を果たせるのでしょうか?

 それらを学校は放棄し、企業教育に丸投げしていたのです。でも、終身雇用が崩れている企業はそれを拒否しています。結果として、誰も責任を負わない。その罪は、その責任を負うべき学校が受けるべきだと思っています。

 「大学は職業予備校でない!」というのは正論のようです。しかし、昔から大学は研究者という職業の予備校です。同様に、高校も、中学校も、小学校も、そのミニ版です。だから、多様な職業の予備校になるべきだと思います。

追伸 アクティブ・ラーニングを打ち出した、高大接続システム改革会議「最終報告」(平成28年3月)では「就職」、「就業」という言葉が使われています。見据えているヴィジョンの広さと、具体性の違いです。

[]昨日 17:37 昨日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日 - 西川純のメモ 昨日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は朝早く大学を出発し、白鴎大学での大学院説明会です。ゼミ生が大活躍しました。白鴎大学の担当の先生からお褒めの言葉をいただき、教師バカの私としてはルンルン気分です。終わり次第、直ぐに大学に戻ります。夕方に到着し、直ぐにゼミを開きました。終わり次第、ゼミ生がお世話になっている高校の先生方との飲み会です。

 大いに夢を語り、笑い、呑みました。昨年度まで副校長で、現在校長先生の方から呑み会に電話がかかりました。昨年度からその高校に入っているゼミ生が教員採用試験に合格したので、お祝いの言葉をいただきました。ゼミ生とその先生の話している電話機から離れていても、相変わらずの大笑いの声が聞こえます。

 ということで呑みすぎて、昨日はブログを書けませんでした。

 あ~、楽しかった。