西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/12/14(木)

[]文系・理系 21:43 文系・理系 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文系・理系 - 西川純のメモ 文系・理系 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 文系・理系のいずれかを選ぶかは、受験科目の選択で決まります。ようは国語・社会と数学・理科のどちらが得意かということです。でも、文系は分かりませんが、理学部に進学した私は高校の数学と理科は、ありゃ本当の数学と理科と縁もゆかりもないと思っています。

 高木貞治の解析学概論、ファイマン物理を読んだときのゾクゾク感は高校の授業で全く感じたことがありません。それらを学ぶために高校の教育が必要であるとは思いません。もっと凄いのは、大学で学んだ生物学(私の専門)において高校の生物学を学ぶ必要性を感じません。それが証拠に、生物学を専門にする大学の学部が生物学を試験科目の必修にしません。

 これは、文系も同じだと思います。

 本日、家内と話したとき、なるほどと思いました。

 理系の特徴は、情報があったとき「ようは何?」と考えます。ゴチャゴチャ感が嫌なのです。もちろん、ゴチャゴチャの理屈が分かると安心しますが、ゴチャゴチャがそのままであることが嫌なのです。

 ところが文系は、それほど単純に割り切れないと思います。例えば、「点は位置があるけど面積がない(本当だったら見えません)」、「平行線は交わらない(見たのかよ)」という言葉をすんなりと信じられません。一つ一つのことに、そのことから派生することをイメージします。特に、「これをやったたら、あの人はこう思う」という想像をします。それによって物語を生み出します。これこそ文系の本体のように思います。結果として、物理・数学が気になって、素直になれないのです。

 私が本当に言いたいのは、以下です。

 今、理系が良くて、文系がダメという風潮です。ジョブ型は良くて、非ジョブ型はダメとは思いますが、理系・文系の比較は単純ではないと思っています。いや、理系の専門としている構造化しやすい知識・技能は速やかにAIが乗っ取ります。だから、文系こそ生き残ると思っています。でも、それには文系が文系であるのは国語・社会が得意ではなく、人の気持ちをくみ取った物語を生み出せることであると考えるべきではないでしょうか?