西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

17/12/31(日)

[]兆候 20:03 兆候 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 兆候 - 西川純のメモ 兆候 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最初の一歩(https://headlines.yahoo.co.jp/hl…)。毎年、毎年、進行する。ようは、このことの意味を高校教師が理解すること。それが無理なら、保護者が理解すること。今後、どんどん広がる。新設大学・学部のニュースを読むたび、????と思う。大学がジョブ型にならないなら、専門学校が「まし」な選択肢。

[]自画自賛 16:30 自画自賛 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自画自賛 - 西川純のメモ 自画自賛 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学教職大学院、西川ゼミの教育力に自画自賛したい気持ちになりました。というのは、学部時代は情けなくって涙を流してしまった学生達が、教職大学院に進学して教師になっていく姿を感じるからです。

 西川ゼミの特徴は、何よりも完全無欠の『学び合い』で運営されている点です。まあ、勤めやすい学校に勤務していると思ってください。方針はハッキリしているし、自由度はマックスです。世の中には「報告、連絡、相談」を重視する管理職が多いですよね。当然です。ところが、学生が私に「報告、連絡」をしようとすると、断ります。何故なら、私が考えていることは十分にゼミ集団に伝わっていることですから。そして、なんかあったら尻を拭く覚悟はありますから。そして、相談も殆どありません。なぜなら、集団で考えれば答えを出しますから。私が受け入れるのは「自慢」です。これは大歓迎です。まあ、校長が「皆さんのやりたいようにやってください。」と言って、本当に任せて、それで抜群の成果を上げている学校を想像してください。西川ゼミです。この自由度はゼミに入らない限り、理解できないかもしれません。

第二の特徴は人数が多く、多様性が高い点です。人数の多さは上越教育大学のトップで、中規模のコース並みの人数です。『学び合い』をバリバリと学びたい人もいる一方、私のお馬鹿なキャラと自由度に惹かれて入る人もいます。これだけを多いと人間関係の楽しさと同時に煩わしさを経験します。ただし、最終的には断を下す私の管理下でそれを経験するのです。その経験無しで学校現場に行けば潰れてしまう危険性は高い。

 しかしながら、学部は限定的にならざるを得ません。教員養成系大学・学部は免許に関わる講義・実習がビッチリです。そのため、研究室の大学生活に占める割合が低くならざるを得ません。

 学部2年の最後にゼミ入りした当初は、可愛いし、面白いけど、ガキとしか思えない学生を、ゼミ生総出で教育したため、それなりに成長しました。が、社会に万全で出せるというまでには今一歩でした。ところが教職大学院では違います。

 本学教職大学院の特徴、特に西川ゼミの場合は、学校現場にビッチリと入ります。それも、『学び合い』という宗教と揶揄されるようなものを看板に掲げて入るのです。当然、疑いの目で見る常識的な先生方の中に入るのです。その中で、誠意ある行動の中で人として認められ、『学び合い』の成果を上げるのです。これを私の管理下で安全に経験できます。大きな問題が起これば、私がその学校の学校長と掛け合いますし、そうできる人がいる学校に入りますから。

若い学生さんは教員採用試験に合格することが大事だと思います。そりゃそうです。でも、それと同等に大事なのは、合格した後に、採用され続けることです。これを学べる機会を私は提供しています(もちろん、それを最大限利用するか否かは学生さんが判断することです)。その時、一番大事なのは、多様な人と折り合いを付けて、可愛がられることです。教室がいくらハッピーでも、職員室での人間関係が上手くなければ潰れます。逆に、職員室の関係が良ければ、教室がいくら荒れても潰れません。そして、職員室での関係が良ければ、やがてクラスも荒れません。色々と教えてもらえるからです(私の初任がそうでした)。ということで、教員採用試験に合格して名望搭載期間延長で入学する学生は毎年いますし、来年もいます。(ちなみに合格して入学すると学費が半額になります)。それを安全に学ばせたい。

 以上は、西川ゼミのチーム力の賜です。まあ、指導教員バカをお許しください。なんか書きたくなったのです。

[]順番 15:32 順番 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 順番 - 西川純のメモ 順番 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下で書くことは、今までに何度も書いたことです。しかし、誤解がある以上、何度でも書かなければならないことなのでしょう。でも、あまりにも馬鹿馬鹿しいので正直ウンザリしています。

 誤解1:『学び合い』は教師と子どもの縦糸が出来てから出来ることである。

 いわゆる縦糸論です。そりゃ、当たり前のことです。ただし、私は一人の子どもも見捨てたくないが、同時に、一人の教師も見捨てたくないのです。知っている教師を思い起こして下さい。そんな縦糸が作れそうもない人はいますよね。そんな人はどうしたらいいのでしょうか?

 誤解2:一斉指導の基本が出来ないと『学び合い』は無理。

 この手の誤解に接するたびに笑いたくなります。そもそも一斉指導がどれほど難しいのか分かっているのでしょうか?東京大学に行きそうな子どもがいる一方、知的な障害が強く疑われる子どもがいるクラスで、全員が勉強になり、楽しめる授業が出来ると思っているのでしょうか?せめて大多数の子どもがそうなることが出来ると思っているのでしょうか?噴飯物です。一斉指導は分からなくても、つまらなくても、黙って聞いてくれる子ども達がいるならば、そのように誤解できるだけのことです。

 元気いっぱいの子どもに「座りなさい、黙りなさい、ノートに写しなさい」と言うのと、「立っても良いよ、相談しても良いよ、でも、一人も見捨ててはいけないよ」と言うのとどちらが簡単でしょうか?

 『学び合い』でクラスづくりをすれば、縦糸が生じます。クラスをリードする子どもが「この教師に従っていくことは得だ」と分かればクラスのみんなをリードしてくれます。

[]簡単か? 15:32 簡単か? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 簡単か? - 西川純のメモ 簡単か? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は簡単とは申しません。でも、一斉指導より遙かに簡単です。何故ならば、一斉指導は「東京大学に行きそうな子どもがいる一方、知的な障害が強く疑われる子どもがいるクラスで、全員が勉強になり、楽しめる授業」は不可能だからです。

 『学び合い』で一番難しい、いや、唯一、難しいのは、本に書いてあるとおりにやることです。『学び合い』をやりはじめは誰しも怖い、だから今までの授業と足して二で割る授業をしてしまう。それは『学び合い』ではないのです。バンジージャンプは特別な技術はいりません。しかし、一歩を踏み出す勇気を持つのは大変です。

 『学び合い』をやり始めると、その成果にビックリします。そして、気が緩みます。そして問題が生じます。しかし、その問題は多くの先人が経験し、解決したものであり、本に書いてあることです。それを読んでいない。

 『学び合い』は今までの授業とは違います。だから、誤解もされます。でも、それも先人が経験し、解決したものであり、本に書いてあることです。それを読んでいない。

 日本一小さな地方大学の一人の教師がやりはじめたことが日本中に広がる理由は一つだけです。本の通りやれば、本の通りの成果を上げている人が日本中にいるからです。それを成り立たせているのは「根拠、俺」ではなく、膨大な学術データ、実践データによって構築された理論と方法論によるものだからです。

 明治以降の一斉指導の歴史の中で、学校段階によらず、教科によらず、その実践者が集まったとき話し合える実践がただの1つでもあったでしょうか?私の知る限り、ありません。さらに言えば、『学び合い』の場合は教師以外も一緒に話し合える。

[]レベル 15:32 レベル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - レベル - 西川純のメモ レベル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』への批判のほぼ全ては、授業レベルのことです。具体的には、その日の授業が上手くいくか行かないかです。ごく希にそれを超えるものはありますが、せいぜい3年間が限界です。つまり、子どもの長い人生を踏まえた批判を一度も見たことはありません。可哀想なのは子どもです。自分たちの人生を考えてくれている教師がいない状態で社会に出なければならない。終身雇用の崩れた社会は面倒を見てくれません。

[]全体像 09:40 全体像 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 全体像 - 西川純のメモ 全体像 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』は4、5冊を読めば実践できます。少なくとも今よりかなり「まし」になることは100%保証します。理由は簡単です。教師がやらねばならないことは膨大です。それをたった一人の教師が背負うのと、クラスの子ども達と一緒にやるのと、どちらがマシであるか自明です。ただし、その4、5冊を読んでいないならば保証できません。

 『学び合い』は汎用性に富みます。どれだけも広げられるし、深められます。例えば、私の本の一覧(http://bit.ly/2yepzHe)を確認してください。どこのところが抜けているか分かると思います。

 これからを生き抜くには、全てが必要です。そう思っているから書いたのです。

17/12/30(土)

[]妄想 20:15 妄想 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想 - 西川純のメモ 妄想 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、年末年始に妄想します。

 昨年の妄想を探したら、妄想できないと言っている(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20161231/1483140493)。一方、基本的な問題点は何かはその時点で理解している。(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20161231/1483144772)、(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20161231/1483144771)。

 どこが変わったか。

 学校教育の縛りから逃れられたことがポイントです。

 一度、逃れられると、なんと広い世界が見えるか!!!

 あとは、学校教育のリードする2割がそれを理解し、上手く、学校教育の仕組みと融合させる人を生み出せるかだよな。

[]能力更新 19:57 能力更新 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 能力更新 - 西川純のメモ 能力更新 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの未来予想で一致しているのは、今後の社会の変化は激しいので、就職したときの能力で一生涯勝負するのは無理だということです。一生涯、その時代に必要とされる能力を獲得し続け、自分を社会に売り込み続けることが必要だとしています。その通りだともいます。

 私は上越教育大学に教育工学の専門家として採用されました。当時の私はICチップ(ボードではないですよ)でコンピュータを組み立て、コンピュータと各種の機器をつなぐ機器(インターフェイス)をハンダゴテで組み立てていました。それを動かすためには、機械語やアセンブラを駆使していました。それで教育工学関係の業績を上げていました。それがポイントで上越教育大学に採用されました。ところが、そのような能力は今では不必要です。正確には素人でも私が苦労したところをクリアーできるサービスや機器が用意されています。そして、それ以外は半専門家では手出しを出来ないような世界になっています。

 これは今後も同じでしょう。今、それで勝負している能力は、二つの方向に変化します。第一は、誰でも使えるようなサービスが用意されるようになります。第二は、超専門家でないと手出しを出来ないようになります。

 子ども達も中年になり、老年になります。子ども達の世代は、60歳、70歳でも働かなければならない時代です。そのような年齢で超専門家になることは不可能です。どうしたらいいでしょうか?

 「ワークシフト」を書いたリンダ・グラッドソンは人工知能の秘書によって乗り越えようとしています。それは先の第一の道の具体的な姿です。でも、それだけでは生き残れません。それに、皆さんの教え子をイメージしてください。人工知能の秘書を使いこなせない子どももいませんか?今だってスマートフォンを使いこなせない人もいます。

 どうしたらいいでしょうか?

 『学び合い』の仲間には答えは自明だと思います。

 全ての人がキャリアアップのための能力更新をしなくていいのです。その人の繋がっている人の誰かが能力更新をすればいいのです。その人と繋がっていれば、繋がっている人も能力更新が計られるのです。具体的には、「これこれに悩んでいるけど、どうしたらいいの?」と聞ける人と繋がっていれば良いのです。これが全ての人が実現可能な能力更新の姿です。

 これって、今でもやっていることですよね。結局、どんなに世界が変わってもホモサピエンスはホモサピエンスなのです。年を取ると記憶力が落ちて、新たなものを学習することが困難になるという「ハードウエア」は同じです。そして、人は集団で生き残るという基本OSも同じです。好むと、好まざるとの如何に関わらず、そのハードウエア、基本OSで生き残るしかないのです。

 安心してください。

 つまり、変化の激しい時代では、常に能力更新は必要です。でも、それは、ホモサピエンスが数百万年前からやっていたことでいいのです。というより、それ以外は我々のハードウエア・基本OSが受け付けられないのです。

 ということを理解しましょう。


[]入試改革 17:43 入試改革 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 入試改革 - 西川純のメモ 入試改革 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 入試改革が大詰めに近づき具体的なイメージが固まりつつあります。私が正確に予想できたと自負しています。理由は正しい情報を与えてくれる人と繋がっていること、そして、入試改革の意味を理解しているからです。「主体的・対話的な深い学び云々」、「学力の三要素云々」といった教育村の建前論で理解せず、少子高齢化社会の中での生き残り策と考えているからです。そして全人口の数パーセント以下のエリート養成のための入試改革と、圧倒的大多数の入試改革を分けて考えています。

 前者の入試改革に関して言えば、新テストはどうでもいいのです。足きり程度の意味しかありません。東京大学の推薦入試、京都大学の特色入試が拡大すれば良いだけです。ようは多様な優れた才能を選抜すれば良いのです。例えば、東京大学の推薦入試の要項の16ページ以降をお読みください(http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400065221.pdf)。

 文部科学省版e-ポートフォリオというものがありますが、エリート用の利用とその他の利用がチャンポンになっているように思います。エリート用であるならば、入力したデータをいじくらなくていいと思います。書き方を統一しなければならないという発想自体があやまりです。どのように書くかの段階から評価対象になっているのですから。ましてや点数化して加点するという発想は論外です。分かっていないな~っと感じます。

 私がe-ポートフォリオを創るとしたら、アイビーリーグの入試を参考に本人のエッセーと学校からの推薦状を付けます。ただし、それらはすでに入力した「各教科・科目及び総合的な学習の時間の学習における特徴等」、「行動の特徴、特技等」、「部活動、ボランティア活動、留学・海外経験等」、「取得資格・検定等」、「表彰・顕彰等の記録」、「その他」を引用した形で書かなければならないのです。つまりエビデンスに基づくエッセーと推薦状です。3年間の学習がそれらを裏付けるストーリーがあるかないか、そして、それがチャーミングであるかどうかを判断します。

 後者の入試改革は本質的には入試より学校制度を変えるのが先だと思っています。つまりジョブ型にシフトする。教育方法は企業等と連携したデュアルシステムするのです。そうしない限り、どんな方法で選抜しても、使い物になる人材を育てられないからです。そもそもハッキリとしたジョブをイメージ出来ない大学に、ハッキリとしたアドミッションポリシーを創れるわけがありません。

[]破壊的イノベーション 17:43 破壊的イノベーション - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 破壊的イノベーション - 西川純のメモ 破壊的イノベーション - 西川純のメモ のブックマークコメント

 これからの時代のことを考えれば学校教育は劇的に変わらなければならない。例えば、大学・高校はジョブ化しなければならない。いや、中学校もジョブ化しなければならない。社会と連携した教育を実現しなければならない。入試において公平を重視せず、多様で公正な入試を実現しなければならない。しかし、教育は変わらないだろうと思います。

 子ども達の人生が崩れない程度の速度で彼らを救うには破壊的イノベーションしかないと思います。

 具体的には学校村の人たちは従来主張を繰り返すでしょう。そして変わらないでしょう。いいのです。ほっておけば。

 学校教育法の枠の外に様々な教育組織が生まれるのです。企業が求めている人材を育てるのです。大きな企業だったらすでにそのようなその組織で育った子どもの就職実績が高いことがあらわになるのです。例えば、トヨタ工業学園みたいな学校が増えて、高校のふりをしなくなるのです。

 学校村が「教育はこうあるべきだ」と連呼しても、そこに誰も行かなくなるのです。まあ、5%程度の子どもはアカデミック型の大学とそれと繋がっている高校は生き残ると思いますが。

 まあ、多くの人にとってはちんぷんかんぷんだし、出来るわけないと思うでしょうが。でも、それ以外の斬新的な改革では間に合わない。

17/12/29(金)

[]縛り 20:24 縛り - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 縛り - 西川純のメモ 縛り - 西川純のメモ のブックマークコメント

 行政は「これこれをやること」と方法の縛りをかけるけど、「これこれを達成すること」という縛りをかけない。何故なら、後者の場合達成しない場合があるから。そうすると不味いので方法の縛りをかける。これって持ちつ持たれつ。でも、独立法人化したらどうなるのかな?

17/12/28(木)

[]無期転換ルール 18:34 無期転換ルール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 無期転換ルール - 西川純のメモ 無期転換ルール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 無期転換ルールということをご存じですか?5年間、継続して雇い上げた場合は、無期(正規職員ではありませんが)契約になるルールです。http://bit.ly/2BNGM8o

 私が気になるのは学校の非常勤講師はどうなるのか?ということです。これは学校・教育委員会にとっては大問題なのに、それの噂を聞かない。何故なのだろう。民間企業や、某大学であった雇い止めが起こることを恐れます。

[]脱教職聖職論 07:43 脱教職聖職論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脱教職聖職論 - 西川純のメモ 脱教職聖職論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師が保護者から期待されることは多種多様です。しかし、教職は仕事なのです。社会奉仕活動ではありません。分かりやすいのは、教師にも子どもがいるのです。その子どもはどうでもいいのですか?毎日の部活、休日の部活によって、伴侶は全てを押しつけられているのです。それがいいことですか?これを保護者や社会に正当に主張しましょう。

 警察・病院は休日無しの24時間営業です。でも、警察・病院は休日無しの24時間営業を前提とした勤務シフトを構築されているのです。学校は違います。教師が勤務時間外の仕事を拒否することに文句があるなら、そういう勤務シフトにしている行政に文句を言うべきです。

 教職は尊いと思います。しかし、それを言うなら職業に貴賎無しです。教職が聖職であることを出発点とするのではなく、教職は職業であることを出発点にすべきです。苦労は人を優しくするという言葉があります。しかし、それは嘘です。人には2種類います。「俺は・・・やった。だから、おまえにはさせない」という人と「俺は・・・やった。だから、おまえもやれ」という人です。苦労したことをどのように解釈するかで違い生じます。まずは「俺は・・・やった。だから、おまえもやれ」という年長者の教師から若手を守りましょう。

 だから、学校の責任は学校にいる間で、登下校は無関係。児童・生徒の学校外の行動は保護者や警察の管轄です。勤務時間外の電話は留守電対応にすべきで、どうしても必要ならば24時間シフトの行政組織を立てるべきです。

 私は一人も見捨てたくないですが、第一優先は家内と息子です。当然のことです。

17/12/27(水)

[]絵に描いた餅 10:05 絵に描いた餅 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 絵に描いた餅 - 西川純のメモ 絵に描いた餅 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日(12月26日)に発表された「学校における働き方改革に関する緊急対策について」(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/12/1399949.htm)を読みました。そして、「あ~、絵に描いた餅だな」と思いました。理由は二つです。これを出している文部科学省が不夜城ですから。第二は、最後の頁です。結局、「お金頂戴」なのです。

 「破壊的イノベーション」、「ブルーオーシャン戦略」も「やめる・捨てる」ということ自体が付加価値になっているとき成功します。提言で書かれていることの大多数は、「その事は大事、でも、教員以外でやってね」です。そして、その他も「効率化するための作業が新たに生まれる」ものばかり。

 単純です。「下校時刻以降は外部からの電話は留守電対応」、「勤務時間外の仕事はしない」とすればいいのです。単純です。ところが「そのために・・」が続くところが残念。

追伸 『学び合い』は「破壊的イノベーション」であり、「ブルーオーシャン戦略」でもあります。「教師がゴチャゴチャと教える」ということを捨てること自体が、付加価値を生じさせる。

[]芸人 07:05 芸人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 芸人 - 西川純のメモ 芸人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

漫才師の最高の修業の場はストリップ小屋。誰も聞く気が無くて、「引っ込んでいろ」という罵声を浴びせられる場で修行するのが一番良い。

カリスマ教師になりたいなら、荒れた学校の、荒れたクラスの担任になるのが一番。その中で「一斉指導」をやればカリスマ教師になれる。本を読んだり、講座に出て学ぶのは、所詮、畳の上の水練。

ただ、この練習法の問題点は、多くの教師は子どもの悪口を言う教師になってしまうこと。カリスマ教師になれるか否かは、その学校で授業を成立させている教師と繋がり、教えてもらえるか否か。

そして、第二の問題は、カリスマ教師が出来ることは、全員を分からせることではなく、分かった気にさせること。全員に好かれることであり、全員が繋がりあうことではないこと。所詮、スポットライトを浴びる芸人に過ぎない。

高校教師時代の自分、講演会での自分、所詮、芸人。

17/12/26(火)

[]カリスマ 21:58 カリスマ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - カリスマ - 西川純のメモ カリスマ - 西川純のメモ のブックマークコメント

カリスマ教師になりたいよね。

でも、大部分が無理だからカリスマ教師。

昔から、カリスマ教師になるための講座は多かった。でも、なれない人が多いから、その講座の講師はカリスマ講師のまま。だって、講座を受けた人がカリスマ教師なってたらカリスマ教師じゃないから。

我々は普通の幸せな教師を目指すべき。

みんなに喝采をもらえる教師ではなく、子ども達から「いいオッサン(兄ちゃん、姉さん、おねーさま)になることを目指すべき。

ゼミ生から言われたこと。

「西川ゼミのみんなは西川先生になりたい人はいません」と。

これは健全だと思います。

私は立場上、上手い講演はします。上手い授業もします。でも、そんなのどうでもいいということを知っています。そして、私との対話を積み上げたゼミ生は、講演での私をモデルにしません。

[]普通 21:30 普通 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 普通 - 西川純のメモ 普通 - 西川純のメモ のブックマークコメント

クリスマスは終わって、普通の食事に戻ったけど、結局、美味しい食事と晩酌と家族。

[]質問 21:28 質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 質問 - 西川純のメモ 質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 新たに西川ゼミになった学生からの質問。

Q1 『学び合い』は、従来の一斉授業よりも「まし」ということは自分でもその通りだと思う。逆に、西川先生から見て、一斉授業のほうが優れている点は何もないのか。

A1 子どもを見捨てても良いならば、一斉指導法が「楽」です。

Q2 『学び合い』の目標は子どもたちの一生涯の幸せを保証するということだが、どのくらい子どもたちの一生涯の幸せを保証できるのか。また、子どもたちがどのように成長してくれたら、一生涯の幸せを保証できたといえるのか。

A2  全ての子どもの一生涯、そして、その子どもの子どもも。

一人一人の子どもは成長できなくても、社会が変われば、全員が幸せになれます。

17/12/25(月)

[]重い 22:04 重い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 重い - 西川純のメモ 重い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は学部2年生のオブニマスの授業です。私が彼らに語れるのは最後だと思います。何を語ろうかを考えました。面白おかしい講義なら出来ます。が、直感的にやめようと思いました。そして、昨日書き終えた本で書いたことを語りました。重苦しい、救いのない未来です。

 でも、その先には未来があります。私が享受しえなかった未来があります。でも、それは分かる人にしか分からない。それがゼミ生に教えます。とりあえずは、大変な時代を生きることを感じて欲しいと思いました。

[]楽しい 21:47 楽しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 楽しい - 西川純のメモ 楽しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

今日は後夜祭です。キリスト教でないので、イブが本祭りです。前夜祭、本祭、後夜祭。家族で楽しめるのはいい。

17/12/24(日)

[]二重カッコ 11:05 二重カッコ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 二重カッコ - 西川純のメモ 二重カッコ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンしていると「学び合い」という言葉にぶつかります。これが我々の『学び合い』なのか、否かの判別がつかないのです。お願いがあります。我々の『学び合い』の場合、二重カッコで囲って下さい。そうすれば、あ、仲間だって分かりやすいので。何しろ、学び合い、という言葉は学校の研修テーマの中でもっとも多いものなので、一重カッコだと見分けがつかないのです。

 新聞の場合、二重カッコは使えないルールのようですね。だったら、「二重カッコの学び合い」という表記はありえるのではないかなと思いました。

17/12/23(土)

jun24kawa20171223

[]忘年会 08:59 忘年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 忘年会 - 西川純のメモ 忘年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西川ゼミ忘年会の写真です。ねぶでやりました。

 今年は7人の学部2年生が西川ゼミを希望し、入りました。教職デザインコースの3分の1です。特筆すべきは4人は女性です。女組復活です。

 残念ながらニッシーは高知、谷さんは抜歯、女性新人4人はバイトで参加できませんでした。

 最初から、最後まで笑い続けた呑み会です。男性新人3人は普通そうですが、西川ゼミを選ぶ猛者でした。あはははは

[]語りのレベル 10:00 語りのレベル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 語りのレベル - 西川純のメモ 語りのレベル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 子ども達に語るとき、どのレベルのことを語るべきかを悩むと思います。例えば、私の「学歴の経済学」で書いていることを語る場合、そのままでは無理だなと思うのは当然です。それが小学校低学年となれば不可能と思うのは当然です。しかし、『学び合い』の子ども観である「子ども達は有能である」から答えは自ずと決まります。『学び合い』のセオリーです。教師が動かせるのは上位2割です。その子ども達を思い浮かべて、語りを考えればいい。

 あとの8割は教師がどんな説明をしても分かりません。そして、あまり残りの8割を意識して語ると、本来動かすべき2割がそっぽを向きます。何故なら、2割を信じていない教師の心が見透かされるからです。2割が「やるぞ!」と思わせるには、大人として接することです。彼らが今まで語られたことのないレベルを語り、それが理解し行動できると信じたとき2割は動きます。

 残りの8割は、「何か知らないけど、先生は本気でやろうとしている」、「あの子とあの子はうなずいている。きっと良いことを言っているんだろう」と思わせれば良いのです。その子達には2割の子どもが分かりやすく説明してくれます。

 『学び合い』のセオリーは強力です。それらは学校観、子ども観に導かれるものです。それらがシンプルだから普遍性がある。そこから様々なセオリーが生まれるのです。

17/12/22(金)

[]富山の会 22:14 富山の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 富山の会 - 西川純のメモ 富山の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 主催者のメモを子ぴべします。

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学び合い』の会 富山

12月23日(土)

10時から富山市の 

ジョイフル大泉店(富山県富山市大泉町2-1-10.)で『学び合い』を語り合う会を開きます。よかったらご参加くーださい♪目印に『学び合い』本を机上の置いておきます。

[]個別学習 17:38 個別学習 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 個別学習 - 西川純のメモ 個別学習 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生から「『学び合い』は個別学習ですかグループ学習ですか?」と聞かれました。私はキョトンとして「そりゃ究極の個別学習じゃない」と言うと、ゼミ生から「先生からのその言葉が出るとはビックリです」と言われました。何故?と思ったのですが、「あ~、典型的な誤解だよね」と気づきました。

 『学び合い』は学び合えとは強いません。求めるのは全員達成です。というより、正確に言えば、全員達成を求めることは「得」であることを語り続けることです。その損得が分かる成績上位層が選択する方法が学び合うことです。

 子ども達を達成する方法は多種多様です。達成する課題の順序も時間も個人が決めます。だから、究極の個別学習です。おそらく、『学び合い』を超える学校教育での個別学習はあり得ないと思います。

 グループ学習であっても、一斉指導であっても、課題は一律です。

 おそらく、「え?、『学び合い』だって課題は一律でしょ?」と思われるかもしれません。違います。正確に言えば、グループ指導だって、一斉指導だって課題は個別なのです。考えてみて下さい。同じ課題を与えられたとしても、学力上位層と下位層では頭に思い浮かび取り組む課題は違うでしょ?『学び合い』はそれを許しているのです。

[]忘年会 17:17 忘年会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 忘年会 - 西川純のメモ 忘年会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今年の西川ゼミの忘年会がもうそろろそ始まります。

17/12/20(水)

[]悪夢 22:06 悪夢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 悪夢 - 西川純のメモ 悪夢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

昔のゼミ生の集合写真を見た。苦しい。私を選んだ子ども達。今、将来の幸せを願う。教師とは背負うもの、背負うことを望むもの。業。

今も酒に酔うと、高校教師時代の出席簿を見る。ある日から、斜線を引く。その日の前日に退学処分をしたのだろう。

大学の良いところは、この教え子の退学職をしなくて良いこと。でも、卒業したあとの教え子を守れない自分がいます。

だから、過去の教え子を見るべきではないのですが、可愛いので酔うとみたくなります。業です。

きっと今日の夢は悪夢です。分かっているのですが。

[]幸せ 21:46 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が家は大事なイベントは前夜祭、本祭、後夜祭があります。

 キリスト教徒ではない我が家にとって本祭は24日です。ということで、23日から25日にクリスマスがあります。

 家内は、その3日間にどのようにご馳走を配置しようか悩みます。難しいのは、私が糖質制限しているので、寿司・ピザなどを重ねることが出来ないのです。かなり難しい問題です。

 が、このようなことを悩む今を感謝します。世には、それどころでない人が多い。だから、自分の幸せを確実にし、永続するためには、一人も見捨てない、という願いを持ち続け、やり続ける必要があると思っています。

[]大学人 19:52 大学人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大学人 - 西川純のメモ 大学人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日本中の教員養成系大学・学部は上を下への大騒ぎになっています。31年度に免許法が変わります。全大学一斉に申請するので、本年度中に書類を仕上げなければならないのです。また、31年度に教職大学院化しなければならない大学も多く、本学もその一つです。そうなると会議や交渉が多くなります。

 学術的な会話をするならば、一般人より大学人と話した方が遙かに話が早い。一方、実務的なことを話すと、大学人より一般人と話した方が遙かに話が早いのです。何故なら、学術の話の場合は、正しければ良いのです。ところが実務に関しては正しければいいというわけではありません。そもそも多様な正しさがあります。そのあたりが分からない大学人がいます。一般人と実務を話すと、「結局、どうしたいか」があり、それを正当化する理屈を構築します。その過程で妥協や交渉が入ります。

 幸い、私の同僚の多くは研究者であると同時に現場教師だった人たちです。だから、「結局、どうしたいか」を率直に語り合える。だから、話が早い。

17/12/19(火)

[]人工知能 15:40 人工知能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人工知能 - 西川純のメモ 人工知能 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、人工知能の本を集中的に読みました。そして分かったことがあります。私はこれ以上、読む必要性がないということです。

 何故かと言えば、理由は二つです。

 第一に、人工知能の発達や特性について、専門としている人達でも全く異なるということです。もちろん、基礎となるディープラーニングの説明は同じです。でも、そこから引き出されるものは違います。共通して書いてあることは、大まかに言えば、現状の仕事の多くは人工知能に置き換わると言うことです。こんなことだったら本を読む前から知っていることです。つまり、先読みせずに、その場その場で柔軟に対応することが大事だと言うことです。

 第二に、人工知能の発達する社会の中で人類の武器とするものは何かということに関して、創造性とか直感とか書いてあるのです。でも、そのレベルのことを獲得できる人は全人口の1%もいないと思っています。私のテーマは「一人も見捨てず」なのです。では、私の考えている人類の武器は何か、です。

 ホモサピエンスは群れて生活し、同種と生殖するようにプログラミングされています。つまり、直接の繋がりとその経験が武器になると思っています。もちろん、ヴァーチャル・リアリティと同時翻訳によって繋がりの範囲は格段に広がります。しかし、ダンバーの社会脳仮説によれば我々は150人ぐらいしか本当に繋がれません。その150人が勝負です。

 ということを前から思っていました。で、人工知能の本を片っ端から読みましたが、全ての人が獲得できるレベルの人類の武器に関して、私以上の解を出した人はいなかったのです。で、確信を得ました。

[]前夜祭 05:30 前夜祭 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 前夜祭 - 西川純のメモ 前夜祭 - 西川純のメモ のブックマークコメント

臨床教科教育学会の前夜祭のお誘いです。

日時:1月5日(金)7時~10

お店:おもてなし旬魚と地鶏 ととや 立川店

住所:〒190-0012 東京都立川市 曙町2丁目7−20 MAビル 4F

会費:5000円(飲み放題付きコース料理)

https://s.tabelog.com/tokyo/A1329/A132901/13201226/

現状のお客様のお申し込み10名です。

お申し込みの締切日は12月22日(金)とします。

17/12/18(月)

[]何をなすか? 21:53 何をなすか? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何をなすか? - 西川純のメモ 何をなすか? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 就職してからしばらくは、「大変だな~」、「変だな~」と思っても、「そういうもんだ」と思っていました。

 大学に就職して大学の管理職と関わることによって仕組みを理解しはじめました。そうすれば、どうすれば動くかが分かります。そして、議論の決め手は「法」であることがわかります。

 が、大抵の教員は仕組みを知りません。結果として、議論する場合は「あるべき論」、「建前論」で議論するのです。一方、私は「こうしたい」があり、それを成り立たせる「法」を探し、それをもとにして「あるべき論」、「建前論」を組み立てます。

 仕組みを知らない人と話すと、まどろっこしい。そして、延々とした議論によって子どもが犠牲になると感情的になってしまう。悪気はないことは分かっているのですが。

17/12/17(日)

[]一人も見捨てない 05:36 一人も見捨てない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てない - 西川純のメモ 一人も見捨てない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前書いたことを、昨日、私に質問した孫弟子のために再び書きます。

 長文です。『学び合い』の上級者向けの話ですが、出来るだけ分かりやすく書きます。もしかしたら、初心者に誤解を受けるかもしれませんが、書きます。

 『学び合い』はもの凄くシンプルです。学校観も子ども観も短い文章で表せます。そして、「一人も見捨てず」はたった7文字です。が、これらの言葉がどれほどの深みを持つかは、ギリギリの状態に追い込まれない限り分からないものです。

 例えば「一人も見捨てず」は、愛であり、暖かい言葉です。まあ、殆どの場合はそのレベルでOKです。しかし、ギリギリの場合でも「一人も見捨てず」を徹し、『学び合い』のセオリー通りに行動するには、「一人も見捨てず」は愛ではなく損得であり、暖かさではなく冷静な計算に基づくものであることを理解しなければなりません。それを理解していないならば、子どもにちゃんと語れません。

 大抵のクラスの場合、クラスのみんなが「一人も見捨てず」を願い、それなりの行動をすれば問題は解決できます。知的な障害がある子の場合、その子なりの課題を与えればOKです。毎日学ぶものを絶対的なものとは考えず、三十年後、四十年後の幸せを考えれば学校観で考えられます。

 それで乗り越えられない子も、希にですが、確かにいます。

 我々は一斉指導において集団が崩壊する過程を分析しました。崩壊の過程を簡単に記述すれば、以下の通りです。

 集団の中にいる相対的に能力の低い子のために、集団自体のパフォーマンスが下がります。最初のうちは、相対的に能力の高い子がサポートします。しかし、やがて、やってられなくなるのです。最初は遠回しな嫌みからはじまり、直接的な嫌みになり、やがて能力の低い子を作業に関わらせなくします。こうなると能力の低い子はいたたまれなくなり、その班から出ます。そうなれば能力の低い子どもいなくなるのですから、残った子どもはハッピーになります。しかし、そうなりません。能力の高い子以外の子ども「も」他の班に行きます。つまり、その班は能力の高い子どもだけになるのです。

 何故でしょう。実は中間層の子どもは成績上位層の子どもの行動をじっと見ているのです。そして、成績下位層の子どもがいなくなると、次は「自分」に矛先が行くのではないかと思うので逃げるのです。

 ところが、最後までハッピーに終わる班もいます。どこが違うかと言えば、能力の高い子が能力の低い子を最後までサポートします。だから、ひずみが生まれないのです。

 さて、ここまでを読むと能力の高い子の違いのようです。

 違います。その子ども達をよく知っている人が行った調査です。みんな「いい子」なのです。違いは、中間層の子どもです。最後まで上位層の子どもがサポートしている班は、中間層の子ども「も」サポートしているのです。ところが、排斥する班は、上位層の子ども「だけが」サポートしているのです。違いは、みんなが支えているか、一部のメンバーが支えているかなのです。

 このあたりは「理科だから出来る言語活動」(東洋館)をご覧下さい。

 この事実が分かって、それが大事だということがゼミ文化として根付いた頃です。ある学生が我がゼミに入りました。詳しくは書きません。ただ、私が高校教師として暴走族、オール1の子ども達を教えましたが、それに比べると異次元に大変な学生です。「良い/悪い」が分からない学生です。

 その学生も見捨てたくないとゼミ生集団は必死になりました。私がそこまでやる必要は無いと言いましたが、「西川ゼミは一人も見捨てないゼミです」とゼミ生は言い張るのです。私も、仲間を排斥する集団がどうなるかを先の研究で知っていたので、それを受け入れました。しかし、ゼミ生がどんどん自分たちを追い詰めていることが分かります。そこで、「見捨てたくない」というゼミ生の意見を拒否し、「私の判断で決める」と伝家の宝刀を抜きました。私が大学教員になってから、というより、教師になってから唯一の事例ですが、私の意志で私の管理下からその学生を排除しました。具体的にはそのゼミ生が嫌がっているのですが、強制的に、そのゼミ生を受け入れてくれる別教員のゼミに異動しました。

 次の年度です。私は我がゼミが崩壊することを覚悟しました。

 ところが、崩壊しませんでした。

 分かってみれば当然です。問題の学生を支えるために、ゼミ生がみんなで支えたからです。だから、ゼミ生はゼミ生集団を「安易に切り捨てない集団である」ことを確信したのです。

 つまり、「一人も見捨てない」より大事なのは「一人も見捨てないを諦めない」であり、ギリギリのことろでは「一人も見捨てないを安易に諦めない」なのです。

 では、諦めない程度はどの程度なのでしょうか?

 それは私には分かるわけありません。

 それは自らの心に恥じない程度です。それも、聖人君主ではなく、凡人として許せる程度なのです。これは管理者である教師には判断出来ません。

 さて、以上は学生の立ち位置の話です。では、教師の立ち位置はどうしたらいいでしょうか?

 一番大事なのは、知らないことです。知れば、管理者としての立場が守れません。子どもと同じ立ち位置に立ってしまいます。そうなれば、子どもと同じように迷います。しかし、子どもにとって必要なのは、自分たちと同じように迷う大人ではありません。自分たちが迷ってもぶれない大人が必要なのです。しかし、教師も人の子です。知ればぶれる。だから、知らない方がいいのです。

 では、知らんぷりなのでしょうか?

 違います。

 キリスト教の聖書に、百匹の羊を持つ羊飼いの例があります。神は一匹の羊が見つからなくなると九十九匹の羊を野原に残して探すそうです。しかし、これは神だから出来ることです。我々がそうすれば、野原に残した九十九匹がオオカミに食べられてしまいます。では、一人も見捨てずとは何か、それは個に拘らず、個に拘る集団づくりに拘るということです。

 私は一人一人のゼミ生を愛しています。色々と言われるであろう西川を選んでくれた。それだけで愛するに値します。しかし、私は私の限界を知っています。それを知らなかった高校教師時代、結局何も出来ず、我が身をさいなみ続けていたことを忘れません。

 だから、短期で解決できることであれば、ありとあらゆることをします。しかし、それが中長期に関わることであるならば、集団の問題であると考えます。そして、その集団を守ることに専念します。

 ウエットな気持ちは忘れません。しかし、それに溺れても何も生み出せず、より多くの子どもを奈落に突き落とすことを忘れません。熱き思いと、冷静な頭。そのバランスは辛いものです。

 以上が「一人も見捨てず」の本当の意味です。

 多くの実践者が、この事を分からず、愛と暖かさだけで「一人も見捨てず」を感じられるような社会を生み出したいと、私はもがいています。無様に。

 このレベルのことを、「『学び合い』の手引き・ルーツ&考え方編」、「『学び合い』の手引き・アクティブな授業づくり改革編」、「汎用的能力をつけるアクティブ・ラーニング入門」に書きました。

rx178gmk2rx178gmk22017/12/17 09:13ありがとうございます。

17/12/16(土)

[]奥義 20:07 奥義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 奥義 - 西川純のメモ 奥義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 夕方、私にとっては孫弟子が『学び合い』に関する質問をしました。この学生、平均的な西川ゼミの学生より私の本を読んでいます。最初の質問は「ネームプレートは必須ではないか?」という質問です。私の説明に対する返答から、ちゃんと本を読んでいることが分かります。どんどん説明すると、「必ずしも全員達成に拘らなくてもいい」とか、「見捨てても良いことが、一人も見捨てないに繋がる」というレベルの説明をすると頭を抱えてしまいます。

 そりゃ、そうです。入門段階の私の本で書いていることと真逆なことを言い出すのですから。しかし、一見、真逆なことのようで、それらは矛盾しないのです。

 空海は最澄への『理趣釈教』貸与を断りました。『理趣釈教』は、真言密教の極意を示すと言われる根本経典・理趣経の注釈書です。何故、断ったかと言えば、浅い理解で読めば誤解するからだと空海は最澄に言ったそうです。両大師に比すのはおこがましいですが、『学び合い』も似ています。初期の段階で理解できるものと、その先にあるものは一見矛盾しているようですが、考える空間・時間を広げるとそれらは矛盾しません。でも、クラスの中に限定され、子ども達を有機的な集合体と理解できないと分かりません。

 このレベルのことは入門書に書くと混乱するので書きません。でも、『理趣釈教』と違って、オープンにしています。それは「『学び合い』の手引き・ルーツ&考え方編」、「『学び合い』の手引き・アクティブな授業づくり改革編」、「汎用的能力をつけるアクティブ・ラーニング入門」に書いてあります。このレベルの本を読んで理解できる人が広がることが、『学び合い』が次の段階にシフトすることに必要だと思っています。彼がその一人になってくれるだろうと期待しています。

追伸 ある子を見捨てても良いと考えることが、一人も見捨てないことを実現するためには必要だ、なんて意味不明でしょうね。浅い理解だと、「なんてひどいことを言うんだ」としか理解できない。私は一人も見捨てたくないから、別次元で考えるようになったのです。

[]国民の育成 18:02 国民の育成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 国民の育成 - 西川純のメモ 国民の育成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育基本法の第一条は「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。つまり「国民を育成する」ことを目的としていると書かれているのです。日本国憲法にいおいて国民の義務は3つだけ書かれています。それは「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」(第26条)、「勤労の義務」(第27条)、「納税の義務」(第30条)です。

 つまり、教育とは「働き、稼ぎ、子女に教育を与え、納税出来る国民の育成」だと思います。それ以外もありますが、根幹はそこです。

 さて、「主体的・対話的な深い学び」を打ち出した「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)(中教審第197号)」において「就職」、「就業」の言葉は一言もありません。あるのは、その前段階のキャリア教育のみです。さて、そのような教育を受けた人が「保護する子女に普通教育を受けさせる義務」(第26条)、「勤労の義務」(第27条)、「納税の義務」(第30条)を果たせるのでしょうか?

 それらを学校は放棄し、企業教育に丸投げしていたのです。でも、終身雇用が崩れている企業はそれを拒否しています。結果として、誰も責任を負わない。その罪は、その責任を負うべき学校が受けるべきだと思っています。

 「大学は職業予備校でない!」というのは正論のようです。しかし、昔から大学は研究者という職業の予備校です。同様に、高校も、中学校も、小学校も、そのミニ版です。だから、多様な職業の予備校になるべきだと思います。

追伸 アクティブ・ラーニングを打ち出した、高大接続システム改革会議「最終報告」(平成28年3月)では「就職」、「就業」という言葉が使われています。見据えているヴィジョンの広さと、具体性の違いです。

[]昨日 17:37 昨日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 昨日 - 西川純のメモ 昨日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は朝早く大学を出発し、白鴎大学での大学院説明会です。ゼミ生が大活躍しました。白鴎大学の担当の先生からお褒めの言葉をいただき、教師バカの私としてはルンルン気分です。終わり次第、直ぐに大学に戻ります。夕方に到着し、直ぐにゼミを開きました。終わり次第、ゼミ生がお世話になっている高校の先生方との飲み会です。

 大いに夢を語り、笑い、呑みました。昨年度まで副校長で、現在校長先生の方から呑み会に電話がかかりました。昨年度からその高校に入っているゼミ生が教員採用試験に合格したので、お祝いの言葉をいただきました。ゼミ生とその先生の話している電話機から離れていても、相変わらずの大笑いの声が聞こえます。

 ということで呑みすぎて、昨日はブログを書けませんでした。

 あ~、楽しかった。

17/12/14(木)

[]高校が熱い 21:43 高校が熱い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 高校が熱い - 西川純のメモ 高校が熱い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アクティブ・ラーニングが出始めた頃は、「アクティブ・ラーニングって何?」という高校の先生によくありました。ところが、今、『学び合い』の授業公開をすると、それとは別種の人が多くなったと思います。本当にアクティブにしたいし、その先に何かを生み出したいと思う人です。これって総合学習が変質した過程にはなかったことです。

 何故だろうと思います。

 単純ですが、ネーミングの違いです。

 総合学習の根幹は学習指導要領を読めば明かです。「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」が本体です。でも、総合学習という言葉によって「総合」であれば、クロスカリキュラムであれば総合学習になってしまった。つまり、子どもの姿ではなく、教材の姿にすり替わってしまった。

 一方、アクティブ・ラーニングは子どもの姿です。が、「深い学び」を付けてしまった。ま、ソフトランディングしたい人がそう考えたのですよ。でも、そのとたんに、総合学習のように変質する。

 高校の先生方が縛られるのは大学入試です。そこは「主体的・対話的な深い学び」ではなく「アクティブ・ラーニング」が支配しています。

 大学入試を支配しているのは、採用試験です。採用試験において「主体的・対話的な深い学び」という甘い言葉が入る余地はない。

 ま、その甘い言葉に逃げる人が大部分ですが、そうでない人がいる。だから、高校の先生方の取り組みの方がシビアと感じます。

[]文系・理系 21:43 文系・理系 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文系・理系 - 西川純のメモ 文系・理系 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 文系・理系のいずれかを選ぶかは、受験科目の選択で決まります。ようは国語・社会と数学・理科のどちらが得意かということです。でも、文系は分かりませんが、理学部に進学した私は高校の数学と理科は、ありゃ本当の数学と理科と縁もゆかりもないと思っています。

 高木貞治の解析学概論、ファイマン物理を読んだときのゾクゾク感は高校の授業で全く感じたことがありません。それらを学ぶために高校の教育が必要であるとは思いません。もっと凄いのは、大学で学んだ生物学(私の専門)において高校の生物学を学ぶ必要性を感じません。それが証拠に、生物学を専門にする大学の学部が生物学を試験科目の必修にしません。

 これは、文系も同じだと思います。

 本日、家内と話したとき、なるほどと思いました。

 理系の特徴は、情報があったとき「ようは何?」と考えます。ゴチャゴチャ感が嫌なのです。もちろん、ゴチャゴチャの理屈が分かると安心しますが、ゴチャゴチャがそのままであることが嫌なのです。

 ところが文系は、それほど単純に割り切れないと思います。例えば、「点は位置があるけど面積がない(本当だったら見えません)」、「平行線は交わらない(見たのかよ)」という言葉をすんなりと信じられません。一つ一つのことに、そのことから派生することをイメージします。特に、「これをやったたら、あの人はこう思う」という想像をします。それによって物語を生み出します。これこそ文系の本体のように思います。結果として、物理・数学が気になって、素直になれないのです。

 私が本当に言いたいのは、以下です。

 今、理系が良くて、文系がダメという風潮です。ジョブ型は良くて、非ジョブ型はダメとは思いますが、理系・文系の比較は単純ではないと思っています。いや、理系の専門としている構造化しやすい知識・技能は速やかにAIが乗っ取ります。だから、文系こそ生き残ると思っています。でも、それには文系が文系であるのは国語・社会が得意ではなく、人の気持ちをくみ取った物語を生み出せることであると考えるべきではないでしょうか?

[]繋がってください。 12:07 繋がってください。 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 繋がってください。 - 西川純のメモ 繋がってください。 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 社会心理学者として有名なミルグラムは、スモールワールド実験というものを行いました。方法はアメリカのある地域に住む人を無作為に選び、遠く離れた地域に住む人に手紙を転送するよう依頼したのです(Milgram 1967, Travers & Milgram 1969)。ミルグラムが注目したのは、いったい何人の人を経由して届くかということです。その結果、平均6人の人を介して届くことを明らかにしました。このミルグラムの実験は様々な人によって検証され、「全世界の人は6人の人を介して全て繋がる」(スモールワールド仮説)という大胆な仮説となりました。

 実際にスモールワールド仮説が正しいか否かは別にして、世間は案外狭いというのは我々の実感です。ある会合でたまたま席の横になった人と話し合ったとき、共通の友人があり話が盛り上がったということはよくあることです。さて、なぜそのような現象が起こるのでしょうか?

 単純なモデルを描いてみましょう。私は年賀状を毎年200枚出します。私は比較的多いかも知れませんが、50枚ぐらいを出す人はいるでしょう。さて、仮にみんなは年賀状を出すような人が50人いたとします。送った50人の人にも50人の年賀状を出す人がいるのですから、2段階目で2500人となります。3段階目では125000人、4段階目では6250000人、5段階目では312500000人となり、6段階目では15625000000人となり世界人口の2倍以上の人数になります。となるとスモールワールド仮説はうなずけるな、となりますが、実際はそう単純ではありません。何故かと言えば、我々の人間関係はクローズする傾向があるからです。

 アメリカの社会心理学者がある中学校の生徒の人間関係を調べました(Rapoport & Horvath 1961)。まず、各人に親友の名前を挙げさせ、親しさの度合いで順序づけてもらいました。さて、生徒集団の中から強く繋がっている10人の集団をピックアップしました。そして、その10人の最も親しい友達を先のリストから選びました。そして、その友達の最も親しい友達を先のリストから選びました。これを繰り返しました。ところが、先に述べたように強く繋がっている人同士で一つの集団を作り上げる傾向があるので、上記の集団は一定以上には広がらず、比較的狭い集団でクローズしてしまいました。これは我々の日常経験からも一致すると思います。

 我々は狭い集団を形成する傾向があります。しかし、とんでもなく離れた人とも繋がることが出来ます。どうしでしょうか?これに対して単純で画期的な解答を与えてくれたのは、ワッツとストロガッツです(Watts & Strogatz, 1998)。彼らは、基本的に狭い集団「群」の中に、離れた集団を繋ぐリンクををごく少数でも入れただけで、劇的に変わることを明らかにしました。例えば、東京はJRや私鉄や地下鉄で密接に繋がり合った町で構成されています。札幌もそうです。しかし、東京と札幌を鉄道、特に在来線でしか繋げられないとしたならば、両者の交流はかなり困難です。ところが、札幌と東京を飛行機で結んだとたんに、両者の関係は激変します。札幌と千葉、札幌と埼玉、札幌と神奈川、小樽と東京、小樽と千葉・・・・という多くの航空路を開設しなくても、たった一つの札幌と東京の路線だけで関連する地域の関係は激変します。ワッツとストロガッツはそれを科学的に明確に示したのです。

 多くの人にはどうでもいいかもしれませんが、一応、学者なので補足です。スモールワールドを実現する方法は、上記の方法以外に、ハブによって実現できると言うことも証明されています。つまり、特定の人がものすごく多くの人とリンクを張るという方法です。しかし、少なくとも我々の教室での観察によればそれはあたりません。まあ、ごく初期の『学び合い』では相対的にはそうかもしれませんが、長続きしません。というのは、人と人とが教室でリンクを張るにはとても大きな負荷がかかるからです。例えば、一人の人が誰かを説明するとなると、一定時間かかります。例えば、ある人が10人の人とリンクを張ると言うことは時間的には無理です。そして、我々の観察では、多い人でも5、6人で、少ない人でも1、2人程度の差しかありません。スケールフリーと呼ばれるモデルは、リンクを形成することに負荷があまりない場合は成り立つモデルですが、リンク形成に負荷がかかる教室の場合はワッツとストロガッツのモデルの方が適していると思います。

 もう一つの補足は、現在のネットワーク分析で分析対象としているネットワークより、『学び合い』のネットワークは高度です。どこが高度かといえば、自発性と可逆性の高さです。例えば、『学び合い』では、出来上がったネットワークを子どもたちは、自分たちの判断で自分たちのリンクをスクラップアンドビルドしつづけます。『学び合い』では「ねえ、お試しでいっしょにやらない?」という発言を気軽にします。これって、現在のネットワーク分析では分析対象としているネットワークにはないものです。その意味で、最も優れたネットワークだと私は思っています。

 さて、長々と書きましたが、『学び合い』のネットワークも同じだということをご理解ください。今、47都道府県の中で『学び合い』のグループが形成されているところが過半数です。しかし、それぞれのネットワークが弱いと思います。それぞれをつないでいるのは事実上、私の他、一握りのハブによって成り立っています。考えてください。地元の『学び合い』の実践者以外に、47都道府県のどれだけの人と繋がっているでしょうか?せめて5ぐらいの他県の人と繋がる人がもっと増えてほしい。それも遠方の人を含んでです。その数は多くなくても結構です。ごく一部でもよい。その人が飛行機になり、飛行場になればスモールワールドは実現できますから。

Milgram,S., "The Small World Problem", Psychology Today, 60 – 67, 1967

Travers,J. and Milgram,S., "An experimental study of the small world problem", Sociometry 32, 425, 1969

Watts,D.,J.,& Strogatz,S.,H., ”Collective Dynamics of ‘Small-World! Networks”, Nature, 393, 440-442, 1998

17/12/13(水)

[]自治 21:13 自治 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自治 - 西川純のメモ 自治 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学の自治が成立するためには、学術の世界での徹底的な競争に打ち勝った人が主導しなければならない、と思う。学術の府として生きるならば。何が良しで、無しがダメなのかを判断できるのは、そのような人だから。

 

17/12/12(火)

[]悔しい 21:30 悔しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 悔しい - 西川純のメモ 悔しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は高校教師に挫折し、大学教師になりました。でも、異動してから5年ぐらいは、酒を飲みながら、「なんで異動したんだ」と泣きながら飲みました。それぐらい高校教師は楽しかった。でも、挫折するぐらい辛かった。だから、出口を探し続けた。

 若い、『学び合い』実践者のブログを読めば、楽しい。心が豊かになります。が、読みながら、悔しい思いもあります。もし、私の若いときに『学び合い』があり、それで実践していたら大学教師にならなくてすんだ。高校教師として幸せであり続けた。

 ずるい、と思いました。浅ましくも、本心です。

 悩みのレベルと、得られる喜びのレベルが、カリスマ教師を目指した当時の私とは異次元だ。

[]多様性 21:21 多様性 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 多様性 - 西川純のメモ 多様性 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 新たに西川ゼミに入った学部2年生に「何故、西川ゼミを選んだの?」と聞きました。結果、ものすごく多様。いいな、と思います。グジャグジャが一番安定する。熱力学の法則です。

[]富山の会 05:52 富山の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 富山の会 - 西川純のメモ 富山の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 主催者の案内をコピペします。お誘いします。

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学び合い』の会 富山

12月23日(土)

10時から富山市の 

ジョイフル大泉店(富山県富山市大泉町2-1-10.)で『学び合い』を語り合う会を開きます。よかったらご参加くーださい♪

17/12/11(月)

[]衝撃 21:20 衝撃 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 衝撃 - 西川純のメモ 衝撃 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミOBの実践を取材してくれた記者さんの記事です。反響の大きさがうかがえます。http://www.nwn.jp/column/20171209_shouron/

[]成長 19:41 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は西川研究室の入っている高校で『学び合い』の授業発表会がありました。山間地の高校ですが、三十人以上の様々な学校から参観に来ました。

 参観して嬉しくなりました。いつのまにか、大驀進していました。大満足です。それをなした先生と子ども達を誇ります。そして、サポートしたゼミ生を誇ります。ゼミ生は私の出来ないことを実現します。

 凄い。

[]質問 19:36 質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 質問 - 西川純のメモ 質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子と一緒に風呂に入ります。その時、色々な質問を受けます。本日の質問は「理屈的には正しいけど、道徳的には許されないことはどんなこと?」と「日本文化は独自の文化?」です。私なりに誠実に応えました。私が父親に質問したことは殆どありません。

17/12/10(日)

[]走る 21:31 走る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 走る - 西川純のメモ 走る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は学術のある分野の栄誉・栄典は総ざらいしました。42歳で教授になりました。ということは、退職まで何もしなくても、後ろ指指されず、チヤホヤされます(ま、裏で何かを言われると思いますが)。

 が、それから15年フルスロットでやっています。

 何故か?

 直感的にそうしないと、奈落に落ちることを感じているし、知っているからです。

 もう一つは教師だからです。教え子のために何かをすることが楽しいし、そうしないと腐るから。

 このことを周りに伝えら得られないならば、私の不徳です。じっくりと考えます。

[]学ぶべきこと 16:14 学ぶべきこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学ぶべきこと - 西川純のメモ 学ぶべきこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大卒の就職先と想定されているのはホワイトカラーです。ところがAIによって大部分は不要になります。そして普通科高校は大学の予備校となっている。つまり、日本人の多くが就職出来ない就職先のための職業教育の場になっています。

 脱工業化社会で「個性化」、「総合化」、「非同時化」、「分散化」、「適正規模化」、「地方分権化」になるとき、国民が共通して学ばなければならないものは何でしょうか?

 教育基本法、学校教育法、学校教育法施行令には各教科は記されていません。省令である学校教育法施行規則に初めて登場します。

 このことをいつか研究テーマとしたいと思っていましたが、ずっと先のことなので定年前の私は自分の仕事ではないと思っていました。しかし、直ぐ先に来る問題のように感じ始めました。

[]妄想 15:41 妄想 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想 - 西川純のメモ 妄想 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「中卒より高卒、高卒より大卒、同じ高校・大学だったら偏差値が高い方が有利」というモデルは崩れていることを、身をもって知っている非正規集団は既に四十代後半に入っています。

 その人達が、今の学校教育以外の教育があることを知ったら、と思います。

 一度は潰れましたが、不登校の子が通うフリースクールや家庭での学習を義務教育の一つの形態として位置付ける規定が通れば、それは現行の学校教育の命日になるように思います。フリースクールでその子に合った教育をネット授業で実現し、そのように育った子どもを企業が採用するようになったら。

 「新産業構造ビジョン」には人材養成、特に、教育への言説が極端に少ない。経済産業省、そして審議会委員は、新たな時代に対応できるのは大学の一部だけで、初等・中等教育は無理だと見切っていると思います。「新産業構造ビジョン」示す未来像、それも、あと十数年先の未来と現状の学校教育の乖離がひどすぎで吐き気を感じます。

追伸 そういう人がいるのは自然である理解しているのですが、教育村だけの論理で『学び合い』を云々している人の文章を読むと脱力します。あと、十数年でどれだけ激変するか!100年でもなく、50年でもなく、20年でもない。十数年先。

17/12/09(土)

[]一人も見捨てず 22:05 一人も見捨てず - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てず - 西川純のメモ 一人も見捨てず - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生の諸君、OGOBの諸君、思い出してください。

 課題を私が決めましたか?

 私が「一人も見捨てず」と求めましたか?

 求めたとして、それの評価をしましたか?

 私は皆さんを幸せにしたいと願っています。だからです。

 結局、皆さんを幸せにするには社会を変えるしかありません。

 皆さんの上司が、高い課題を与え、チームで解決することを求めなければなりません。だから、馬車馬みたいに本を書き、講演をしています。

 この緩くて、厳しい感覚、ゼミに入らないと分からないだろうな~。でも、それを理解する人を増やさねば。

[]不思議 18:23 不思議 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 不思議 - 西川純のメモ 不思議 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教職大学院の専任教員は18名で学部の教職デザインコースを教えています。2年生(21名)のゼミ配属が決まりました。配属は完全に学生さんの希望に基づき、我々教員は拒否できません。その結果、私の所に7人、赤坂さんの所に7人です。何でだろう、と思います。どんな集団にもイノベーター・アーリーアダプターはいますので4人ぐらいはいてもいい。ここ最近は5人ですから誤差のうちです。でも7人は誤差を超えている。それに女子の方が多いという状態が復活しました。

 事前の面談で話しましたが、私が「ぶっ飛んでる」ことは理解しているようです。これは西川ゼミに入る学卒院生と似ています。ぶっ飛んでる学生さんの比率が高いのかな?と思います。

17/12/08(金)

[]成長 21:29 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は色々なところで講演するとき「一番大変なクラスを2時間預けてください、魔法のように変えて見せます。それも現場経験のない二十二、三歳の学生がそれをやります」と豪語しています。幸い、それを信じて、ゼミ生に任せてくれる学校がボチボチ増えています。

 当然、ゼミ生はドキドキです。でも、私は安心しています。『学び合い』のセオリーは強力です。そして、西川ゼミを選ぶようなやつらです。願いはあります。だから大丈夫。

 本日、チラリとゼミ生のいる部屋に行くと、飛び込み授業の後の研修会の様子をゼミ生達が見ていました。学校の先生方の質問に対して、誠実に、適格に説明しているゼミ生がいました。思わず、ぐっとしてしまいました。でも、ここで泣くと、ゼミ生がからかうので、すっといなくなりました。

 全国の方々に申します。「一番大変なクラスを2時間預けてください、魔法のように変えて見せます。それも現場経験のない二十二、三歳の学生がそれをやります」と申します。こんなことを言える教員養成系大学・学部の教員がどれだけいるでしょうか?私はゼミ生と『学び合い』のセオリーを信じています。

[]OBOG12:13 OB・OG会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - OB・OG会 - 西川純のメモ OB・OG会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生が「西川ゼミのOBOG会」を企画しました。希望者は以下のフォームに申し込んで下さい。なお、当たり前ですが、西川ゼミのOBOG限定です。http://kokucheese.com/event/index/498761/

17/12/07(木)

[]ツイッター 07:16 ツイッター - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ツイッター - 西川純のメモ ツイッター - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ツイッターは匿名性の高いSNSです(実際はちょっと調べれば分かりますが)。そのため、大人の話法を使わない人がいます。逆に、実名をさらし、大人げない話法によって、炎上を楽しんでいる人に喝采されることを求めています。

 人の考え方は多様、表現も多様。それで良いと思います。ただ、大人の話法を守って欲しいと願います。『学び合い』は多様性を前提としています。だから、『学び合い』に反発をする方がいるのは当然です。かなりラディカルですから、その方々の方が普通だと思っています。でも、たかが百数十文字で全人格を判断し、実世界では使わない表現で全否定をする。それは悲しいし、私も人の子です。ムカッともします。まあ、ブロックして無視すれば良いだけのことです。『学び合い』を知らない人は、『学び合い』を博愛主義や学び合いをするもんだと思っています。違います。「おりあい」をつけることを学ぶのです。無視もおりあいの一つです。

 私は「一人も見捨てない」ことが自分にとって得だと思っています。しかし、全人を愛することは出来ません。だから、一人も見捨てないシステムを教育で形成したいと思っているのです。

[]呑み会 06:29 呑み会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 呑み会 - 西川純のメモ 呑み会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は『学び合い』の仲間二人と吞みました。

 こんな少人数での呑み会は久しぶりです。

 これって何年ぶりかな~。

 へたすると十数年ぶりかもしれません。

 というのは、上越で吞むときはゼミ生たちと吞みます。出張先では、私を呼んだところの方々と吞みます。ということで大抵は十人以上で吞むことになります。

 よい悪巧みで盛り上がりました。

17/12/05(火)

[]出会い 22:02 出会い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 出会い - 西川純のメモ 出会い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は出張で出会いを求めます。良い出会いがあればいいな~。私を呼ぶのは予算がかかる。だから軽く呼ぶ人はいない。だから、良き出会いがある可能性が高まる。

17/12/04(月)

[]面白い 21:34 面白い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 面白い - 西川純のメモ 面白い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、ツイッターで面白いことが起こっています。『学び合い』の仲間が、ある画像をツイートしました。そのとたんに、批判がごうごうです。そして、その事に関して何も発言していない私まで云々されるよう。~っと思います。

 よせば良いのに、何かを書くと、それにかみつく。

 それが面白くて、また書く。

 それにかみつく。

 この手のことは何度も経験しました。

 『学び合い』のセオリー通りに、集団で分類します。

 批判したくて、炎上させたい2割。

 『学び合い』の仲間が2割。

 どうでもいい6割です。

 おかげさまで炎上させたい2割のおかげで注目度アップです。

 『学び合い』の仲間は「またかよ」と思います。

 炎上させたい2割は、何を言っても無駄です。

 ようは6割の人にどう見えるかです。

 言葉尻ではなく、何を目指し、何をなしたかを6割は見ます。

 2割の人が声高(SNSなので文字ですが)で主張していることが、その方々が否定していることを自己肯定していることが滑稽です。それを6割の人が静かに見ています。ようは言葉ではなく結果です。

 今、久しぶりに楽しんでいます。反対する2割のおかげで、注目度アップです。

 て、あおっているのです。

 ようは、反対する2割の人を相手にする必要はありません。分かってくれる2割の方と、6割の方が納得する結果を積み上げれば良いのです。6割の方は、冷静に物事を見ています。

追伸 これも戦略です。みなさま、冷静にツイートをお読みください。

追伸2 『学び合い』に反対する2割の方がいることは集団として健全であると考えています。ただ、大人の表現で無い方がいることを残念に思います。そして、私も人の子です。ムカッとくると、それなりのことを書きたくなります。

[]上越教育大学 11:57 上越教育大学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越教育大学 - 西川純のメモ 上越教育大学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 高校3年生の担任の先生、進路指導の先生、教員志望の生徒の保護者の方へ

 上越教育大学をお勧めします。

 理由は教員養成系大学・学部の中で偏差値が相対的に低いのに、教員採用率が高い。つまり、「お得」な大学です。

 では、何故、教員採用率が高いかと言えば、教員になりたいという学生が多いからです。その理由は何か?順不同です。

 

●純粋

単科大学で地方都市に設置されている大学なので、「教員になりたい!」という集団の中で素直に成長できます。

●実習

地元の学校が全面的なバックアップがあるので、学部1年から4年まで様々な実習で学べます。例えば、一般の国立大学は附属学校で実習しますが、学生の殆どは地元の普通の学校で実習します。大学のある上越市及び近郊の糸魚川・妙高市の学校全てが実習校として協力して頂いています。

●スタッフ

一般的な国立大学教員養成系学部の専任スタッフは70人程度です。私立大学は20~30人程度です。一方、上越教育大学は約150人のスタッフがいます。これが実現できるのは学部ではなく大学院を中心とした大学だからです。そして、日本でも数少ない博士課程までもある大学です。これだけ多いので、教育関係のスタッフが充実しています。だから私や赤坂さんのような人もいます。

●意識

本学の教科専門の先生方は専門を大事にしていますが、上越教育大学が教員養成系大学であることを理解していて、教育関係に関して理解が深いです。実践を意識した専門授業をされている方が大部分です。

ちなみに、学生に「この大学の先生の授業で、教員になって役に立つと思える授業って何割ぐらい?」と聞くと、約8割と言います。これって凄くないですか?

 

 これだけの利点があるのに、何故、偏差値が高くないのか?理由はたった一つだけです。国立の教員養成系大学・学部が二つある都道府県は新潟県が唯一なのです。結果として、新潟県の生徒が分散しているからです。

 教員養成系の生徒や保護者は地元志向が強い。だから、意識的に情報収集しなければ、他県の大学を頭に浮かべることもありません。だから、情報発信します。

追伸 学生宿舎が整備されており、それが安いのです。地方都市なので物価が安い。だから、都会の大学に進学し下宿するより遙かに安く学べます。私立大学出身者が教職大学院に入学すると、そのことをビックリします。

17/12/03(日)

[]ぐんたまの会 19:22 ぐんたまの会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ぐんたまの会 - 西川純のメモ ぐんたまの会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 主催者のご案内です。

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第29回『学び合い』ぐんたまの会

日時:平成29年12月16日(土)15時~

場所:はにぽんプラザ和室(本庄市市民活動交流センター)

住所:埼玉県本庄市銀座1丁目1番1号

お茶菓子代、会場費として、300円をいただいています。

お茶菓子の持参大歓迎です。安全に気を付けてお越しください。

[]福岡の会 17:38 福岡の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 福岡の会 - 西川純のメモ 福岡の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 12月23日に福岡市で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。http://kokucheese.com/event/index/498978/

17/12/02(土)

[]橋本さん 14:55 橋本さん - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 橋本さん - 西川純のメモ 橋本さん - 西川純のメモ のブックマークコメント

 橋本さん、現場に戻って直ぐにフル・スロット。http://www.nwn.jp/news/171202_manabiai/

[]シンプル 14:13 シンプル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シンプル - 西川純のメモ シンプル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 様々な『学び合い』の実践者の授業を参観し、話したゼミ生に「先生の『学び合い』はもの凄くシンプルだけど、先生ごとに『学び合い』は様々です。それは、どう思いますか?」と聞かれました。私の応えは以下の通りです。

 

 子どもを一人も見捨てたくないのと同じで、教師も一人も見捨てたくない。

 私の本で書いている『学び合い』は基本的に初心者用の『学び合い』だよ。色々な教師が『学び合い』を実践し、自分なりにアレンジすることはありだ。いや、望ましい。でも、その人達が二つのことを理解して欲しいなと思う。

 第一に、その人達が発展させた『学び合い』は、その人の『学び合い』であって初心者用の『学び合い』ではない。私の『学び合い』はもの凄くシンプルだ、だから、多くの人にフィットする。仕掛けを入れれば、入れるほど、特定の人にフィットするけど、汎用性が下がってしまう。「自分がこうやれば良かったから」という根拠俺では、今の従来型授業を全く同じだよ。私の本は徹頭徹尾、学術データに基づいている。そして、私ほど初心者に手ほどきをした経験のある人はいないと思う。ただし、その人がそばにいてサポートし続けられる状態なら大丈夫だけど。でも、そういう環境の人は多くはない。

 第二に、『学び合い』の1つの願いと2つの観に立ち戻って、それが本当に必要なのかを考えて欲しい。そもそも『学び合い』は子どもを大人にすることを願っている。そして、そのために子どもを集団として理解し、信じることによって成り立っている。私が本で書いていること以上に付け加えるとき、そのことによって大人になれるのかを問い直して欲しい。また、子どもを信じていないからではないか、と問い直して欲しい。なによりも、成績の分布を見直して欲しい。

 それにね、お前が一番分かっていることだけど、西川ゼミは私が本に書いたテクニックを全く使っていない。でしょ?でも、初心者には無理だと思うから本には書いていない。

[]西川ゼミ 14:13 西川ゼミ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 西川ゼミ - 西川純のメモ 西川ゼミ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 西川ゼミは私が本で書いたテクニックを全く使っておらず運営しています。

 ゼミは週2回です。全体ゼミと個人ゼミです。

全体ゼミはゼミ全体の仕事の調整と相互理解のためにあります。西川ゼミの仕事は多岐にわたっています。院生は実習校での教育改善がメインです。これがほぼ年間を通してやっています(規定は3ヶ月ですが)。また、学部生は卒業研究です。その他に、学部生の教育実習の準備、就職試験対策を集団で行っています。

 対外的な仕事もあります。「年に一度の越後『学び合い』の会の開催」、「西川ゼミ所属希望者、『学び合い』実践参観希望者との実践校の日程調整及び懇親会の準備」、「研修会、学会での参加・発表」、「西川ゼミ庶務」等があります。これらに参加された方であれば、ゼミ生が何をしているかが分かると思います。

 私が講義や学内政治に動きつつ、全国で講演し、本を執筆できるのは、西川ゼミのゼミ生のサポート体制があるからです。例えば、私の書く書類の中で人事など機密性の高いもの以外は、ゼミ生が下書きします。毎年書かねばならない書類の場合、手直しする必要性がありません。大学から様々な書類・仕事が来ると、そのままゼミメーリングに流せば、彼らがそれを解決します。全体ゼミで相談されます。

 私は基本的に全体ゼミに参加しません。絶対に参加するのは年度の最初と最後だけ。最初に「西川ゼミは日本の教育と社会を動かしている。頭を使ってよりよき教育と社会を実現することをやれ。それが我が身のためでもある」と語ります。最後は、その一年になしたことを評価し、次年度に向けて檄を飛ばします。それ以外は、参加しません。参加するのは、ゼミに何らかの問題があることを感じたときです。その場合は、問題を解決する意味を語り、方法は語らず、任せます。ま、10分ぐらいの説教です。これが年に数回あります。

 その兆候は何で見取るか?

 これは個人ゼミです。ただし、一対一でやらず基本的に学年別に5人から十数人でやります。話題は様々です。その時、自分が悩んでいること、分からないことを私に相談します。その相談の様子はユーチューブで公開しています。案外、定常視聴者がいるんですよ。何故、集団でやるかと言えば、3つの理由があります。第一に、だいたい同じような悩みを持っている人が多いので、一回の説明で終わらせることが出来ます。第二は、自分の言われた私の言葉の意味が分からない場合、横で聞いていた人がゼミの後で説明することが出来るからです。第三は甘えを防止するためです。私はゼミ生に甘いです。ベロベルなめ回したいほど可愛い(しませんよ、もちろん)。ということがゼミに入ると分かります。だから、一対一になると楽になるために甘える危険性があります。ところが、集団の中でやるとそれが押さえられる。

 私の仕事は学内政治によって、学生の学ぶ環境を保証することです。予算を獲得し、人と繋げることをやっています。私は書類書きに忙殺されないので、そのあたりは抜群な結果を学生に還元していると自負しています。

 ネームプレートは使いません。ゼミ生同士で声を掛け合えばいいだけです。課題で悩みません。だって課題もつくらないからです。何故なら、一人一人の課題は違いますから。私が学生に与える課題は、日本の教育と社会をよりよくすることです。

本に書いていることと全然違います。

 おそらく、以上のことは大学だから出来ると思っているかもしれません。でも、これは小学校でも出来ることなのです。でも、ピントこないと思います。ピンと来る人だけが出来る『学び合い』です。そして、それを可能となる政治力も必要です。法的には何の問題も無いのですが、「やる」を許される政治力が必要です。それには『学び合い』の考え方が身体化しないと。私は『学び合い』と二十年つきあっています。そして、もの凄く多くの失敗をした経験を持ちます。

このレベルの『学び合い』の本が商業ベースに乗るのはいつだろう?

追伸 現状の教育は教師に「親兄姉」を期待しています。教師ドラマの大多数はそうです。しかし、三十人の子どもの親兄姉になれません。『学び合い』では子ども達にとって上司になります。ゼミ生がお客様には「西川先生は親戚のおっチャンみたいだ」と言ったそうです。甘えさせるわけでなく、命令するわけではなく、言うだけ。それに従うか、従わないかは自分で決める。現状では、西川ゼミに所属すれば実感できます。あはははは

[]誰と似ている 14:13 誰と似ている - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誰と似ている - 西川純のメモ 誰と似ている - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今は学部学生のゼミ選びの期間です。学生は所属希望の候補の教師に面談を申し込みます。私も同僚も学生さんと面談して、ゼミの特徴を説明します。学生は悩みます。そりゃそうです。粒ぞろいの同僚ばかりですから。ある学生が「誰に決めていいか分からないのです」と言ったので、私は「そりゃそうだよ。でもね、とても贅沢な悩みだと思わない。君がつきあいたい相手が複数いて悩んでいる。ところが、誰を選んでも、相手は必ずウンと言ってくれる状態。おそらく、君の一生涯の中でただ一回かもしれない機会だよ」と笑いながら話しました。

 来週の専攻会議に学生の所属一覧が渡されます。私の興味を引かれるのは、私の所に面談に来て、他の人のゼミに所属する学生さんです。その学生さんは、私とその人が似ているところが多いと思っているのです。それによって、私は学生さんからどう思われているのかが分かります。

追伸 西川ゼミに入るために上越教育大学に入学した学生さんがいますが、その人は「面談期間に先生に会わなくてもいいですよね?」と言ったので、「不要だよ」と言いました。その子は高校3年の時に面談済みですから。

[]上限 08:29 上限 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上限 - 西川純のメモ 上限 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 文部科学省が教員の勤務時間の上限を決めようとしています(http://www.asahi.com/articles/ASKCX519GKCXUTIL02Z.html)。でも、きっとズブズブになることは自明です。だって、土日の部活指導だって脱法でやっているのですから。

 それよりも「教師の責任は学校にいるとき(つまり、登下校は管轄外)」であること、「勤務時間以外の時間は電話等は受けず、留守番電話にする(緊急は警察)」、「書類の見直し廃止」を徹底すれば自然と勤務時間は守れるようになる。ただ、それを国民・議会に言うのが怖いから、安直な方法にいってしまう。

[]落伍者 06:51 落伍者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 落伍者 - 西川純のメモ 落伍者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は高校教師を2年間で落後し、大学に逃げ込みました。

 しかし、それは定時制高校に勤めたから。

 愛する教え子の家庭がどれほど悲惨であることを知ったから。愛する教え子の退学手続きをし続け、その子が退学後に奈落に落ちていったのを見続けたから。

 そして、私が弱いから。日本中にそれでも踏ん張っている高校教師がいます。偉いな~っと思います。私は毎日1升の酒を飲まないと眠れなかった。

 昨晩も退学した子どもの夢を見ました。申し訳なさ過ぎて、謝ることもできず、おろおろしていました。

 彼らはみんな私を「純ちゃん」と呼び懐いてくれる。それが申し訳なく、そして、恐ろしいのです。

 だいたいの子が分かって、だいたいの子どもが楽しい授業ではなく、全員が分かって、全員が楽しい授業を目指しています。そして、全員が幸せな一生を全うして欲しい。ただの一人でも例外があると、苦しくて仕方がない。その子がどうなるかを知ってしまったから。だから、『学び合い』では子どもの多様性を前提としています。子どもという子どもは一人もいない。

17/12/01(金)

[]中黒 09:10 中黒 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中黒 - 西川純のメモ 中黒 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の大学院の指導教官は70年代のカリキュラム改革を担当した文部省の教科調査官の小林先生でした。小林先生から色々なことを教えてもらいましたが、その中に「中黒」の意味です。

 70年代のカリキュラム改革では理科では「基礎的・基本的概念の獲得」でした。その決まり方の過程が面白いし、馬鹿馬鹿しいのです。アメリカのカリキュラム改革の影響を受けているので「概念の獲得」は決まっていました。ところが「基礎的概念の獲得」を主張する方と、「基本的概念の獲得」を主張する人がいました。それぞれが「基礎」と「基本」の意味を論じます。訓詁学のようです。しょうがないので妥協案として両論併記で「基礎的、基本的概念の獲得」を提案したのですが、「、」には順序性があり、先の基礎的が重視されていると主張する方がいたのです。そこで順序性のない「・」で決着したということです。

 多種多様な委員で構成された会でまとめられた文章とは、そんなものなのです。

 お役所の文章で「・」は順序性を消し、同等であることを意味します。

 従って、「主体的・対話的な深い学び」と「対話的・主体的な深い学び」は全く同じです。その順序性を論じるのは、そもそも誤りです。

 そして、お役所の文章を読むときの読み方を知りました。

 基本的にお役所の文章は「非難されない」ことを第一優先にしています。だからぼやかしている部分が大部分です。ぼやかせない部分があります。それは予算と人事に関わることです。例えば、現学習指導要領には「教科では、基礎的・基本的な知識・技能を習得しつつ、観察・実験をし、その結果をもとにレポートを作成する」という文章があります。これが代表例です。この一文は「観察・実験をし」と言い切っています。言い切るためには、文部科学省は学習指導要領に書かれた観察・実験を出来るだけの器具が学校現場にそろっているかを確認し、その補充の予算獲得を財務省に内諾をもらわなければなりません。

 次に、比較です。キーワードとなる言葉が文章ごとにどのように変わっているかを見ます。例えば、アクティブ・ラーニングもカリキュラム・マネジメント、学力の三要素も過去の文章と比べると面白いことが分かります。

 ただ、その変化の意図を理解するには、背景を調べなければなりません。当然、審議の議事録を調べます。さらに、文部科学省以外の役所や業界団体の文章を読まなければなりません。そうすると大きな図が見えてきます。

 私が書いた3番目の学術論文は上記のことを小林先生から教えてもらったから書けたものです。「西川純、小林学(1985.10):戦後の経済・産業界の教育に関する要望・意見の変遷、科学教育研究、9、日本科学教育学会、100-106」

 手前味噌ですが、私の書いた「2020年激変する大学受験!」、「学歴の経済学」、「アクティブ・ラーニング入門」、「サバイバル・アクティブ・ラーニング入門」、「特別支援学級の子どものためのキャリア教育入門・基礎基本編」、「特別支援学級の子どものためのキャリア教育入門・実践編」が他の類書と決定的に違うのは、類書は教育村の中で理解しようとしますが、私はその外から理解しようとするからです。さらに言えば、1985年の論文を書くために、経団連や東京商工会議所に実際に出向き資料を探しましたが、今はインターネットで集められます。そして、私に教育村の外のことを教えてくれる仲間がいます。おかげで、どこがツボどころかを知ることが出来るのです。

 私は「良い授業」を目指しているのではありません、私は幸せな社会・教育を目指しています。だから、教育村以外の人と繋がれます。それが特徴であり、武器です。