西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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17/05/05(金)

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 研究者の中には惚れ惚れするような賢い人がいます。何でも知っていて、何でも考えていて、仕事は早い。そして、その過半数は人付き合いも上手い(現在、この能力が無くて成功できるのは超天才のみです)。その能力は受験学力との相関が高いようで、偏差値の高い大学出身が多いように思います。筑波大学出身の私なんかには太刀打ちできません。

 じゃあ、どうするか?トレンドを追うのではなく、トレンドを生み出すのです。

 先に書いた賢い人は、トレンドの中で優雅に結果を出します。その人達と戦っても勝ち目はない。だから、その人達が手を出さない分野の研究をします。これだとだいぶ楽です。そして、論文にするときに「トレンド」に合っているような装いをします。そうじゃないと論文はアクセプトされないから。でも、それが一定以上たまると、それをトレンドに押し上げます。そして、トレンドの中で業績を上げまくります。やがて「賢い人」が参入する頃には、新たな市場を開拓します。

 「自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。」というドラッカーの言葉が大好きです。

 新たな市場を見いだすポイントは、現状がどうであるかをいったん忘れて、「どうあるべきか」ということを重視します。私は大学院時代、「教育は定量的に測定されるべきだ」と考えました。その当時は、100人程度のデータを百分率で結果を表し、その多寡で議論する論文が学会誌に堂々と載っていました。仕方がありません。数量的に分析するツールが一般的でなかった。当時の「賢い人」は外国語を武器にしていました。私は、大型コンピュータを武器にしました。

 次に、「頭の中で何が起こっているかをモデル化し、指導法を開発すべきだ」と考えました。そして、自らが先鞭をつけた「教育は定量的に測定されるべきだ」を陳腐化しました。私の武器は認知心理学です。

 次に、徹底的に臨床的なデータを記録・分析するという方法論を武器にして、子ども集団を対象とした指導法(つまり初期の『学び合い』)を開発しました。それによって、「頭の中で何が起こっているかをモデル化し、指導法を開発すべきだ」を「一人一人の頭の中はバラバラで予想することが困難である」と陳腐化しました。

 現在の私は、教師の考え方が言動に表れ、それが授業の成否に繋がることを明らかにしています。それによって初期の『学び合い』を陳腐化しました。

 今の私の『学び合い』を異次元に移行しつつあります。既に、教室の中の『学び合い』には興味を持てません。社会を変えるために学校が何が出来るか、そこに興味があります。今のところ、殆どの人が気づいていない。いや、思いつきもしていない。

追伸 愚痴です。自然科学においては自然が判定者です。だから、他の人のことを「あまり」気にせず突き進むことが出来ます。が、社会科学である教育は、他の人が理解し、行動を起こしてなんぼの学問です。だから、人が判定者です。それ故、先に進みすぎると駄目なのです。それが悩ましい。ちなみに、二十年前は西川ゼミの殆どは現職院生でした。ところが、今は学卒院生が主です。現職院生は現場で『学び合い』を実践した確信犯です。そして、今年は一名も現職院生は西川ゼミに入りませんでした。実践したことの無い人が理解出来るのは、二十年前に私が整理したレベルのことなのです。

 ということで、『学び合い』の現場実践者の方々へ

 上越教育大学に入学しませんか?皆さんの知っている『学び合い』が既にどこまで突き進んでいるかを学び、さらに、突き進む経験をすることが出来ます。おそらく現場では、それだけで二十年は陳腐化しないと思います。