西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/03/26(日)

[]私の限界 21:17 私の限界 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 私の限界 - 西川純のメモ 私の限界 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 現状の「特別な支援が必要な子」とは、生活・学習に困難がある子どもです。そして、この困難を感じる主語は「教師」です。教師が困難を感じないならば、ケース会議も開かれないでしょう。つまり、勉強が出来て、教師とはコミュニケーションがとれる子であれば、様々な障害があっても「特別な支援が必要な子」に分類されません。そして、そのような子は社会に出た後、ものすごく障害を感じます。文部科学省は通常学級にいる特別な支援を必要な子は6.5%いると言っています。でも、その数に入っていない障害のある子どもはかなりいると思います。教師だったら思いつくでしょ、「周りの子どもと関わることが出来ない子」です。でも、その子が勉強はある程度出来て、教師とは話せるならば、一斉指導の授業では困難を教師は感じません。

 大学教師として30年間勤めました。ゼミ生は約二百人います。当然、そのような子がいます。そのような子に対して、私の出来ることは限られています。私のゼミにいる間は排斥されないようにすることは出来ます。『学び合い』の中で障害が見えにくく出来ます。でも、その多くは、卒業・修了させたとき、「この子の人生は厳しいだろうな」と分かった上で送り出します。

 私が高校教師だったら、手帳を取らせるでしょう。それさえあれば、厳しい人生の中で「生きられる」可能性を高めることが出来ます。そして、そのような子どもを受け入れられる就職先を探すように保護者に勧めるでしょう。

 でも、高校教師は大学教師と同じで限界があります。その子どもが幸せになるためには、その子どもを理解し受け入れる大きな集団が身近になければならないのです。ゼミのような小さい集団では支えきれずに、ゼミから出てもらった学生がかつて一人だけいます。ものすごい学生でした。ただし、私に対しては可愛いのです。泣いて、絶対に先生のゼミにいたいと願ったのですが、断りました。他の学生が支えることにへとへとになってしまったのです。高校の場合もそれに近いものがあります。高校は広域から生徒が集まります。結果として、その子の近くで生活する人は数が限られてしまいます。

 だから、義務教育が果たすべき役割は大なのです。