西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/02/26(日)

[]回帰 12:52 回帰 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 回帰 - 西川純のメモ 回帰 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は高度成長期が終わったのだから、1950年以前に回帰したらいい、と講演会で述べます。それに対して、元に戻れないのではないかとの鋭い突っ込みをいただきました。その通りです。正しい。分かりやすくするための方便です。一面で1950年以前に似ている点がありますが、本質的な違いがあります。それは、一人一人が自らの幸せを決められるという点です。1950年以前の日本の社会にはその余裕はなかった。1950年以降の日本は、画一化、集権化の中で一人一人が自らの幸せを主張できるような余裕を持てるようになった。そして高度情報化、ロボット化、AI化の中で、画一化、集権化を脱して、全ての人が自らのオリジナルな幸せを持てるようになった。次の時代にシフトしているのです。いや、既にシフトしています。ただ、我々の意識が追いついていない。

1950年以前は、小さい集団が同じ願い(多くは生きる)という幸せを実現するために支え合った。

高度成長期は、小さい集団は解体され、大きな集団の中で多様な願いを実現するために支え合った。

今は、一人一人オリジナルの幸せを実現するために、大きな集団は解体され、小さい集団が支え合う社会になると思っています。

1950年以前は、小さい集団が同じ願い(多くは生きる)という幸せを実現するために支え合った。

高度成長期は、小さい集団は解体され、大きな集団の中で多様な願いを実現するために支え合った。

今は、一人一人オリジナルの幸せを実現するために、大きな集団は解体され、小さい集団が支え合う社会になると思っています。

1950年以前は、進路の選択権は無かった。

高度成長期は、偏差値が高い学校に行けば幸せになるという単純なモデルをみんなで信じた。

今は多種多様な軸で自らの進路を考えられるようになった。(そうなるべきなのです)