西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/02/06(月)

[]課題 06:24 課題 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 課題 - 西川純のメモ 課題 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はゼミ生に対して課題の期限ことを話します。しかし、私はニコニコとその学生のやるべき課題の期限ことを話します。何故ならば、それが成り立とうか否かで私の損得には関係ありません。あくまでも、その人の当人の損得に関係あります。だから、当人の損得を詳しく説明し、「それでいいの?」と語るのです。

 しかし、昨日はある方にニコニコせずに期限のことを話し合いました。それは当人の損得ばかりではなく、毎年、毎年、学校を卒業する数万人の生き死に関わることだと私は信じているからです。

 そのため期限を「私」から設定しようとしました。これはきわめて希です。いつもだったら、「いつまでに出来る?」と聞いて、当人が設定する期限を聞いて「それでいいよ」と言います。何故なら、先に述べたように成功するも失敗するも当人ですから。が、今回は2月20日までと言い渡しました。しかし、2月末日までと当人は言いました。私は以下のように述べました。

 「出来ません。間に合いません。期間中に○○があったのです。というような泣き言やいいわけ無しならば2月末日まででいい。泣き言があったときに私が尻を拭く期間を見込んで20日という期限を設けた。読みやすくしたり、書式に合わせたりするのは私がやる。泣き言やいいわけをせず、各章に一定数以上のエピソードを書くこと。それが2月末日までに出来るならば、末日でもいい。どちらにする?」と聞き、2月末日になりました。

 高校教師の頃、ドロップアウトする子どもたちのことを考えて、毎日、毎日、1升以上の酒を飲み続けました。飲まなければ眠れなかった。しかし、それは自己憐憫にしか過ぎませんでした。どうすればいいかを知らなかったから。でも、今はどうすればいいかを知っています。

 自己憐憫の沼に入っているゼミ生に対して、その沼から抜け出せる強力なツールを与えるのが指導教員の勤めと思っています。おそらく、このような機会は、時間のある大学院の時期だから可能なことだと思います。現場に帰れば、時間がない。もちろん何年かたてば時間がたてば書けるかもしれません。しかし、その頃には今回やったことの熱がさめている。そして、その期間中に卒業する子どもたちを救えない。自己憐憫は沈んでいく子どもに対して失礼だし、残酷だと思っています。だから、二度と自己憐憫の沼に沈ませたくない。今回の課題は、その強力なツールになると信じています。

 だからニコニコせずに期限のことを話し合いました。これは三十年間の大学教師の期間で初めてのことだと思います。それだけ、凄いことをやっているゼミ生だと思っているからです。