西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/02/02(木)

[]いいな~ 21:49 いいな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - いいな~ - 西川純のメモ いいな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、私の教え子で、『学び合い』実践者として最古参の実践者の授業をゼミ生と参観しました。私としての願いは、十年以上『学び合い』を実践するとどういう風になるかをゼミ生に見せたかったのです。この人の特徴は、今まで管理職や同僚とのゴタゴタは無い点です。少なくとも、それを苦にしたことは無い。つまり、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」を子どもに求めるだけではなく、みずからの生活にしていることです。

 参観しました。が、ゼミ生も分からないのではないでしょうか、このレベルだと。

 何よりも、1時間レベルで観れば、従来型授業とは見分けがつかない。私が本に書いたテクニックは皆無(もしくは見えにくい)。授業時間の殆どは子どもの活動時間ですが、これは従来型でもたまにやっていることです。参観した3時間は全てそうですしたが、たまたまとも思えます。が、違います。

 分かりやすい点です。遊んでいる子がいない。

 小学校高学年なのに、女子の2人グループはない。

 男女の壁が皆無。

 これをみれば、あ~、『学び合い』であることが分かります。

 これを私が本に書いているテクニックを皆無(もしくは目に見にくい)授業で成立させているのです。

 さすが、我がゼミ生。ざっと観ただけで、このクラスの特別な必要な子どもが誰かが分かります。あのごちゃごちゃの中で見いだせるのはさすがです。

 が、かれらが分かりづらい点を補足します。

 まず、理科の実験の授業です。

 理科の実験の授業は、もともと見た目は『学び合い』の授業に近い。でも、圧倒的な違いがありました。

 従来型授業で理科実験をすると、実験を主導する子どもと、サポートしている子どもと、関係ない子どもの3種類の子どもが生じます。『学び合い』が成立すると関係ない子どもがなくなります。そして、関係が進むと、実験を主導する子どもがサポートしていることも主導することを誘います。そして、ローテーションを組み始めます。

 ところが、今日の理科実験では、全員が実験を主導する子どもの行動をしているのです。サポートしている仕事と渾然一体となっています。まさにごちゃごちゃ。その姿があまりにも自然なので、ゼミ生はこのすごさが分からないのではないかと思いました。

 もうひとつ、このクラスには課題があります。これは授業者と関係なく、1月になってから降ってわいた課題です。詳細は略します。まあ、普通の人だったらノイローゼになるかもしれないレベルの課題です。その課題は、非常に分かりやすく、そこにありました。

 私はOBに「これ、どうするつもり?」と聞きました。

 嫌らしい話ですが、心の中でこういうだろうという予想がありました。そして、彼は、その通りの回答をしました。みなさん、どんな回答をしたと思いますか?

 

 

 

 

 彼の回答はニコニコしながら「分かりません」です。

 彼は「一年弱つきあって、私が何を望んでいるかを分かってくれています。この3日間でも変化がありました。きっと今月末までにまた変化があるでしょう。その時考えます」と言っていました。

 普通の教師だったらノイローゼになるような課題なのにニコニコしていられるのは、子ども集団を信じているからです。そして「分かりません」と言えるのは正解は子どもたちが生み出すもの、逆に言えば自分には出せないものであることを理解していることです。教師が正解を想定すると、無理に、それに落とし込もうとします。しかし、それが正解である根拠は何もない。思いつきなのです。教師が落とし込もうとすれば、子どもは考えなくなる。

 

 

 今日の授業を見たゼミ生、ビデオを観るゼミ生に申します。

 まねてはダメです。十年以上、テクニック通りの授業をして、多くの修羅場を乗り越えない限りあの授業は出来ません。『学び合い』の学校観を子どもに求めるだけではなく、自らの生き方にしなければだめです。下手にまねると放任になってしまいます。最初は、私が本で書いたとおりのことをしなさい。そのうち、今日の授業が何であるかが分かります。

 

追伸 カリスマ性0で、従来型授業の人が憧れる要素Oの素晴らしい授業です。