西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/01/12(木)

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 最近、「多くの教師は中央教育審議会答申を読まない」と断言しました。それは実体験に基づくものです。それに対して、「そんなことはない、かなりの人は読んでいる」という反応をいただきました。すみません。つまり私のような人は読まないということです。

 今から三十年以上前に東京都の高校教員に採用されました。暴走族がいっぱいいる子どもたちに物理学を教えるのが私の教師の原体験です。幸い、先輩教師には恵まれました。いっぱい慰めてもらったし、いっぱい教えてもらいました。でも、大変でした。毎日、毎日、新作の授業案を作らねばならない。それも、暴走族も聞いてくれる物理の授業です。笑いあり、涙あり、そして、最低限教えたいこと、それを50分のストーリーに組み立てなければならない。かつて、大学教師になってからある方のドタキャンの穴を埋めるために、1時間半の新作の講演を1時間で作らねばならなかったことがありますが、高校教師時代に比べれば楽でした。だって、黙って聞いてくれる人相手の講演ですから。

 そんなとき嬉しかったのが校外の初任者研修です。だって、新作の授業を作らなくてもいいのですから。どんなつまらない研修だってありがたかった。「今日は授業案を作らなくていい」それだけで満足です。講師の人が何か喋っても、明日の授業の「ネタ」に使えない限り、スルーしていました。

 当然、学習指導要領なんて、関係ありません。ましてや答申なんて関係ありません。だって、明日の授業の「ネタ」はそこにはないからです。

 だから、学習指導要領を読まない、ましてや中央教育審議会の答申を読まない人の気持ちがよく分かります。逆に、それを読み込んでいる人に対して違和感を感じるほどです。

 でも、『学び合い』を積み上げる中で、明日のネタを探すことから解放されました。そして、1年間のことを考えるようになれます。そして、1年間を考える授業の明日のネタを考えるとき、学習指導要領がよいネタであることを気づきます。というか、それ無しには授業の筋が決まりません。そして、それを理解するには中央教育審議会の答申を読むことが分かるようになります。

 みなさん、私が偉そうに、当然のように書いていること、それを昔は全然、全く、完全に、出来ていなかったことなのです。

 でもね。色々なこと解放されることによって、色々な情報を学び、色々な人と語り、色々と考えるのです。そうすると、とてつもないものが見えてくる。そうすると日本国憲法、教育基本法、歴代の中央教育審議会の意味が見えてくる。

 何度も書きましたが、それらは多種多様な人たちの利害の妥協点です。でも、その中には自分自身の志と一致する人がいます。その人たちの思いが込められています。それを生かさなければ、その人たちの政治闘争の汗が報われない。

 オバマ大統領の最後の演説を読みました(https://www.buzzfeed.com/sakimizoroki/obama-farewell-speech?utm_term=.kdZLWr28G#.irmqXNoGB)。素晴らしいものです。さすが議会制民主主義のトップではなく、大統領制のトップだと思います。前者は多様な利益団体に繋がっている議員の心を動かす能力が必要で、後者は移ろいやすい国民の心を動かす能力が必要だからです。

 多くの素晴らしい言葉、心を熱くする言葉の中で、一番、心に残るのは以下の言葉です。

「憲法はとても素晴らしいギフトだが、紙切れにすぎない。それだけでは何の力もない。われわれ人民が、力を持たせるのだ。われわれ人民が、意味を与えるのだ。参加することによって。選択することによって。協力関係を築くことによって」

 教育基本法第1条も紙切れに過ぎません。今回の答申も同じです。それに意味を与えるのは我々なのです。紙切れに力を与えるのは我々なのです。

追伸 「アクティブ・ラーニングはそこそこやればいいんです」と言う人に悪意はありません。ただ、「やる/やらない」しか頭になく、子どもたちがこれから生きる世界のことは「全く」ないのです。