西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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17/01/06(金)

[]利他 21:29 利他 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 利他 - 西川純のメモ 利他 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日の学年ゼミは動画にアップしません。そうしました。

 理由は至極単純です。

 私は「一人も見捨てない」と申します。その気持ちは本気です。でも、それ以上に大事なのは、妻と息子の家族です。その次は、私を選んでくて2年間の時間と膨大な金をかけてくれたゼミ生です。それと矛盾のある「一人も見捨てない」はあり得ません。そして、それは矛盾無く両立できます。

 が、分かりづらい。だから、アップしませんでした。

 ひ、み、つ、なのです。

 というと、思わせぶりですが、いつも通りのゼミ生との対話です。でも、強調したのは、おのれの利害に一致しないものは続かないことです。エゴイズムは大事です。そして、そのエゴイズムを実現するのが利他なのです。このあたりは『学び合い』を理解していないと分かりづらい。

追伸 ゼミ生は可愛い、と再確認しました。教師の性です。

[]答申 07:11 答申 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 答申 - 西川純のメモ 答申 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 繰り返し書きます。

 中央教育審議会の答申(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm)を読むことを強く勧めます。少なくとも概要程度は読んだ方がいいですよ。これから教師になろうとする若い人もです。

 読めば絶対に分かることがあります。それは、「誰からも文句を言われないような牧歌的な理想」が書かれていることです。そして、方向性は示していますが、具体の方法は指定していないことです。これは読めば絶対に分かります。これを知ることが何故必要なのか?

 これから文部科学省が答申に沿った学習指導要領を作成します。答申に比べるとものすごく圧縮しますので、答申の背景が分からないと読み取れなくなります。その学習指導要領に関して、文部科学省に都道府県教育委員会の担当者が行き、説明を受けます。そして、その担当者が戻って市町村教育委員会の担当者に説明します。そして、その人が指導主事に説明するのです。単純化すると以上の通りです。つまり伝言ゲームが起こるのです。

 実務担当に近づけば近づくほど、「自分はどうするか」と考えます。文部科学省の担当者は「自分はどうするか」とは考えません。大きな違いです。そして答申は膨大です。それを読み解くとき自分が出来ないこと、自分が理解できないことは、ボロボロと抜け落ちてしまいます。そして、自分が出来ること、自分が理解できること、つまり旧来からやっていることを、学習指導要領に書いて無くても盛り込みます。さらに、言いにくいことですが、教育委員会の人も答申を読まない人が少なくない。だから答申と真逆なことを言い出します。

 例えば、「アクティブ・ラーニングは今までの実践で既にやっています」というものです。噴飯物です。確かに、実践している人はいたでしょう。でも、多くの人が実践していることだったら、ことさら新規に掲げる必要はあるわけ無いですよね。

 その一方で、だれかの思いつきレベルの「アクティブ・ラーニング」を強いることをします。例えば、先進県、先進校に視察に行って、予算を使ったから、それを報告しなければならない。ということで、○○メソッド、○○方式と銘打つ。ところが、その県や、その学校の人から見れば、噴飯物という代物です。予算消化と説明責任のたまものです。そして、一度できあがると、それが暴走する。思い当たるでしょ?

 その手の「ご指導」に対して冷静に対応するために、答申は読むべきです。