西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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16/09/27(火)

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 こんな調査をしたことがあります。

 教師に「これぞ教師の職能」というエピソードを書いてもらい、それが教師人生何年目にあったことかということを書いてもらいました。色々と分析したのですが、結論だけ書くと以下の通りです。

 最初は「教材」の事で始まります。ま、何も知らない学生が教師になれば、まずは「教材」が分からないと授業になりませんね。

 次は「教材」+「指導法」に変化します。教材だけ分かっても伝わらないことが分かりはじめます。

 次は「教材」+「指導法」+「学習者理解」になります。普遍的にいい教材、いい指導法などはなく、一人一人違うことが分かるようになります。

 そして、郡市で数人ぐらいの教師は、「教材」+「指導法」+「学習者理解」+「集団理解」にいたります。個々人をおってもどうしようもないことが分かる人もいるのです。

 授業検討会での会話を分析すると圧倒的に「教材」レベルです。もちろん、遠回しな批判、露骨な追従、話題と関係ない自慢話を除外してです。しかたがありません。いきなり見る子どもを理解することは出来ません。だから、普遍的な教材が話題の中心となります。ところが、教材の場合は知識量勝負となってしまいがちです。そうなると、ベテラン・中堅は発言は出来ますが若手は発言できません。

 なかには特定の班や子どもにべったりついて記録する人もいます。その人は子どものことを話します。しかし、その子を知っているのはその人と担任ぐらいですので話が発展しません。

 ということで、現場の研究授業はあまり意味が無いのです。

 ところが、先に挙げた郡市で数人ぐらいの人が発言するとがらりと話しの流れが変わります。それまでに出たバラバラな参観者の発言が、一気に筋が見えるようになるのです。この人を見分けるのは簡単です。授業中の眼の動きを、立ち位置を見ればぴたりと当てることが出来ます。

 ちなみに、先に挙げた「教材」→「教材+指導法」→「教材+指導法+学習者理解」は全ての人が辿る道ではありません。退職まで「教材」に留まり、それに関して一目置かれる人もいます(といえば、なんとなく特定の人が思い浮かべられるのではないでしょうか?)。三者とも「教材」を含んでいますが、三者の「教材」は全く違います。特に、集団理解に至った人の「教材」は全く違います。その人が教材研究をしたとき、それがどのようにその人の中で理解されるかは、「教材」の人の教材研究とは違います。

 ちなみに、『学び合い』は教師の職能の最終段階であり、郡市で数人の人が持つ集団理解を組織的に学びます。だから、「『学び合い』は教材研究しなくても出来るが、教材研究したくなる」という発言も出るのです。

追伸 集団理解より上の段階があります。それは「心」です。