西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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16/07/16(土)

[]自分も 07:19 自分も - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自分も - 西川純のメモ 自分も - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師および教師になろうとしている学生さんだったらきっと経験があると思います。教師になってから役立つとは思えないことを延々と講義する大学教師に対して、「そんなの関係ないじゃん」と。思ったでしょ。

 大学教師にも言い分があります。自分は基礎的な内容を教える。実践の部分は別な人が教える。学生がそれを融合すればいい。

 これって無責任とは思いませんか?



 さて、上越教育大学の教職大学院でのことです。

 本学教職大学院では、現職教員院生と学卒院生が7,8人ぐらいのチームを構成し、各教員から与えられたテーマを追求し発表することが求められます。私のテーマは「定常的に出来る、教科学習における生徒指導。ただし『学び合い』は除く」というものでした。簡単そうで難しいテーマです。私自身は『学び合い』以外あり得ないと思います。しかし、優秀なメンバーにその難しいテーマを乗り越えてほしいと思いました。結果は、出せませんでした。教科外における生徒指導や、スポット的な教科学習における生徒指導は可能ですが、「定常的に出来る、教科学習における生徒指導」は教科学習の目的を根本的に変えなければ無理ですから。

 私の著書には何度も書いてありますが、アクティブ・ラーニングの定義は以下の通りです。

教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。

 これは高大接続に関わる中央教育審議会の答申の定義ですが、実は、その前の答申でもアクティブ・ラーニングが盛り込まれ、定義が書かれています。その定義と一カ所だけ現行の定義が違います。それは「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。」の部分です。この部分は、答申とりまとめの最後の最後に唐突にも見える形で加えられたものです。つまり、ものすごく大事だと座長と文科省が考えた部分です。

 この中に、「認知的」と並列して「倫理的、社会的能力」が並んでいるのです。前者は教科学習で、後者は教科外学習で教えるものと考えられていました。そして、それは子どもの中で融合されることが期待されていました。

 あれ?この論理、どこかで見ませんでしたか?

 そうです、大学教員の論理と同じなのです。

 大学教員が基礎・基本に専心するのは、実践とそれを融合するのは困難で、その教員が出来ないからです。出来る教員だったら講義の中で、その基礎・基本がどのように実践に関わるかを示すことが出来ます。そういう講義であれば、学生は「そんなの関係ないじゃん」とは思いません。自分でも出来ないことを学生に丸投げするのは無責任だと思いませんか?

 基礎・基本を実践に融合することは不可能ではありません。ちゃんと教えている方は少なくありません(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20151006/1444121712)。

 つまり、アクティブ・ラーニングにおいて、話し合い活動を入れたから、グループ活動を入れたからアクティブ・ラーニングだと言われる方は、自分が出来ないことを丸投げする大学教師と同じぐらい無責任だと私は思います。

 「定常的に出来る、教科学習における生徒指導」、「定常的に出来る、生徒指導における教科学習」に真正面から応える必要があると私は思います。本メモの最初に書いた大学時代の経験を思い起こしてください。