西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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16/07/11(月)

[]何故 20:02 何故 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故 - 西川純のメモ 何故 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ある先生と今後の教員養成大学学部の将来を議論しました。私は根拠に基づいてどうなるかを語りました。そうしたら「教員養成学問の将来は無くなってしまます」と言いました。それに対して以下のように語りました。

 「そもそも教員養成のための学問をやっている教員が何割いる?当人がそうだと思っている人は多いけど、実際に教育現場の人がそうだと思っている人は何割いる。そんな現状だからどんどん削られてしまっている。もし、大学教員が金を払っても呼ばれて講演を依頼され、教員が読むような本をどんどん出していたとしたら教員養成大学学部は安泰だし、発展するよ。

 でも、現状の責任大学人だけにあるわけではない。結局、学校現場個人的経験でなんとか出来るレベルのことで過ごせるからだよ。もし、医者最初の5年ぐらいは勉強するけどそれ以降勉強しないとしら。個人的経験で診断し治療したら大変なことが起こってしまう。だから医師養成教育組織的になり、削減の嵐に遭わない。天に唾することだけど、学校現場大学教育に期待していない。結局、現場で学ぶしか無いと思っている。そして、相手にされていないか大学人は自分のやっていることを自由勝手教員養成のための学問だと主張している。」

 もし教員終身雇用ではなく、NRTの成績が悪い場合解雇されたとしたら。

 どの学校、どの教員クラス所属するかを子ども保護者が決めて、0人だった場合給与は0になり、数年、それが続いたら解雇されるとしたら。

 上記結果に基づき、校長課長教育長解雇されるとしたら。

 そうしたら、教員養成大学学部は変わります医学部のように。

 おそらく、多くの教師は上記に反発するでしょう。そして、妥当理屈を考えるでしょう。しかし、その理屈ビジネスパーソンには戯言と聞こえるでしょう。なぜなら、上記のことはビジネスでは当然のことです。例えば個人商店ラーメン屋もそうです。多くの人はその中で生きているのですから

 学校が何故、そのような別天地にいるのでしょうか?

 それは社会学校に何も期待していないからです。あたか学校現場大学に期待していないようにです。だから教員自分のやっていることを自由勝手子どもの成長のためだと主張できるのです。

 が、余裕の無くなった日本は変わり始めています

 はじめは大学が焦り始めます。次は高校、次は中学校、次は小学校。それも、いままでの既得権益を大きく持っている偏差値の高いところが、その既得権益を守ろうとして最初に焦ります

 教育世界で流れている情報の多くは「戯言」としか私には読めませんし、聞こえません。学術根拠も無く、いままでそうだったという理由だけで万古不易のように言う人。既得権益を守ろうと言葉遊びに興じている人。それは沈没船の中で責任所在議論している人のようです。

 残念ながら私は管理者ではありません。だから「一人も見捨てない」とはいえません。私はボートをより多く用意して、一人でも多くの人を救いたい。そして、次の時代教員養成のための学問の学灯をつなげたい。

toukonyukitoukonyuki2016/07/12 19:03非常勤として働き始めた頃「教員も、お医者さんが一人前になるみたいに養成してくれたらいいのに」ってよく思ってました。お医者さんなら、この場合はこうするっていうのがある程度決まってるわけで、そのへんのことを教員は1から個人個人が身につけていくって、すごく効率悪いんじゃないかって…。それは自分があまりに色々できなくて、初めて「できない」を味わっていたからこそですが。「生徒が先生を選べたらいいのに」も、よく思ってました。成績で給与が決まるとなれば、これは教員皆、目が醒める思いなるんだろうなあ。生徒や保護者にとっては画期的!ぜひそういう学校を見てみたい。我が子を行かせたいなあー。

jun24kawajun24kawa2016/07/14 07:12そのあたりをメモにします。