西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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16/07/04(月)

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 本日、ゼミ生に話したこと。

 全校で30名の極小規模校で全校『学び合い』を定常的にやったときの話です。

 全校『学び合い』があと一歩で出来ない日々が続きました。

 その日は全員達成になりました。教師は「やった~!」と思いました。今まで、全校達成すると子どもたちは大喜び。最後の一人が達成したときは大はしゃぎです。ところが、その日は見守っている教師ははしゃいでいるのですが、子どもたちの盛り上がりは今イチです。教師は不思議に思っていました。

 20分後に先生方が集まって振り返りです。その時、高学年の担任から話がありました。それによれば、その日はいつも頑張っているメンバーが手抜きをしているのです。それをみんなが知っているので盛り上がらなかったそうです。

 なるほど、と思います。

 思い起こせば、思い当たる節はいっぱいあります。

 私が書いた見取りのポイントから言っても、手を抜いているのは明白です。ところが、「結果」だけに目を向け、それを見逃した自分を恥じます。

 ということをゼミ生に語りました。

 よいことを褒めることは大事です。でも、ちゃんと𠮟ることも「忍ばさなければ」駄目です。なぜなら、本当に集団をリードするメンバーは、やったことを褒めてもらうことを求めますが、同時に駄目なことを𠮟るという自分には出来ないことを教師に期待しています。

 教師と子どもの違いは何でしょうか?

 知っている人、知ってない人ではありません。中の下レベルに合わせた授業だったら、子どもと教師の違いはそれほどありません。

 では、教師の教師たるゆえんのものは、それは子ども集団の外にいることです。だから、嫌われても生きられるのです。だから、子ども集団の中にいる子どものいえないことを言うのが教師の仕事です。考えてください。教諭が校長に望むことは何でしょうか?仲間では無いと思います。仲間同士ではいいづらいことを毅然として語ることを求めていることはあります。