西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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16/02/28(日)

[]定義 12:56 定義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 定義 - 西川純のメモ 定義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 定義はとても大事です。例えば、小学校総合的な学習時間目標は以下の通りです。

『横断的・総合的な学習探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的判断し,よりよく問題を解決する資質能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動主体的創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己生き方を考えることができるようにする。』

 中学校は以下の通りです。

『横断的・総合的な学習探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的判断し,よりよく問題を解決する資質能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動主体的創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己生き方を考えることができるようにする。』

 高校は以下の通りです。

『横断的・総合的な学習探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的判断し,よりよく問題を解決する資質能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身 に付け,問題の解決や探究活動主体的創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の在り方生 き方を考えることができるようにする。』

 とほぼ同じです。

 さて、全てに共通する「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的判断し」の主語は誰でしょう。明らかに子ども一人一人ですよね。しかし、そんな総合的な学習時間をやっているところ、どれだけあるでしょう?

 明らかに教師が徹底的に教材研究をして、あるラインにのせて、見事にハッピーエンドとする授業が褒めそやされています。それらは「教師」の総合的な学習時間にはなっていますが、子ども総合的な学習時間にはなっていません。

 中央教育審議会でどんなに理念を練り上げても、それを読む教師殆どいません。学習指導要領も読む教師殆どありません。そして、いきなり降りかかってきた「総合的な学習時間」を既存の枠組みで解釈して実践します。子ども一人一人が「自ら課題を見つけられる」とは端から思っていない教師総合的な学習時間実践すればそうなります

 アクティブ・ラーニングも同じです。

 アクティブ・ラーニングは多様だ!と主張する人は多い。私もそう思いますしかし、多くの人は、「だから私の昔からやっている実践アクティブ・ラーニングだ」と主張し免罪符として利用します。

 アクティブ・ラーニング定義は以下の通りです。

教員による一方向的な講義形式教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授学習法の総称学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的社会的能力教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習問題解決学習体験学習調査学習等が含まれるが、教室内でのグループディスカッションディベートグループ・ワーク等も有効アクティブ・ラーニング方法である。』

 思いつく限りの方法を列記し、「等」をつけ、総称とまとめる。つまり方法は何でもアリです。しかし、方法は何でもアリでも、達成しなければならないことはあります。それは、「学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的社会的能力教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」が成り立たなければ、それはアクティブ・ラーニングではありません。

 認知的とともに倫理的社会的能力も含めた汎用的能力であることがポイントです。つまり数学の授業の中で、「君たちの姿は正しいだろうか?」と問えなければアクティブ・ラーニングではないのです。これは現在教育とは根本的に違うものです。そして、社会、そして企業が求めている大人の基礎能力なのです。

 また、一人一人違ったアクティブ・ラーニングがあると言うときの、一人一人の一人とは誰かと言うことです。残念ながら多くの教師は、教師だと暗黙に思っていますしかし、本当は子ども一人一人違うのです。それが定義にある「学修者が能動的に学修することによって」の本当の意味です。だから教師が一律の方法を押しつけた瞬間からアクティブ・ラーニングではなくなります。現状の総合的な学習時間と同様に、教師アクティブ・ラーニングになるかもしれませんが。

 私は定義をちゃんと読んで欲しいと思います

追伸 ま、もっともいずれにせよ政治です。その政治において一番大事なのは公文書言葉をちゃんと使えることです。ただし、総合的な学習時間時間の時は、見事に中央教育審議会精神を骨抜きにしました。しかし、今回はそう出来ない仕掛けがあります