西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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16/02/27(土)

[]希望 20:13 希望 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 希望 - 西川純のメモ 希望 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の本の中でロボットや人工知能の脅威を書いています。でも、同時に人間の凄さも書いています。

 私の卒業研究ではイースト菌に紫外線や放射線を当てて染色体の修復機能を研究しました。その中で指導教官から人間の感覚は凄いことを教えてもらいました。方法は至極簡単です。イースト菌を培養した液体を人差し指につけて、それを親指とこするとざらざら感が分かるのです。イースト菌は5μmぐらいの大きさです。つまり、1mmの200分の1なんです。何のトレーニングを受けていない私でもその程度のことが分かるのです。それぐらいの精度を必要とする製品の中で、1万人に一人しかユーザーのない製品だったら人間の独壇場でしょう。だって、その程度の市場に人工知能やコンピュータは参入しませんから。

 今後はジジババ相手の仕事が多くなるでしょう。価格競争だったら新興国に勝てません。でも、ジジババ相手の話を聞いて、その人の趣味や嗜好性を理解し、商品を提案しアフターサービスをしてくれるならば価格が高くても商品は売れると思います。コンピュータの調子が悪いとき、電話一本で来てくれる店があったら、価格が1.5倍でも私はそこで買います。さて、ジジババ相手が出来る若者がどれほどいるでしょうか?56歳の私ごときの相手を出来ない人には未来はないですね。逆に、ジジババ相手の出来る若者は未来は明るい。

 でも、そのレベルの仕事を見付け、展開できる人は全員ではありません。しかし、クラスの中に5人ほどいて、その人がクラスメートを5人雇えば全員が就職出来ます。そして、どこかが倒産したら、別のところが一人ずつ雇えばいい。そして、誰かがまた起業すればいい。それが同じクラスだけにクローズするのではなく、年齢の違う先輩後輩で繋がる。ポイントは仲間です。そして、それを育むのは合同『学び合い』です。

 少子高齢化社会は厳しい社会です。しかし、私にはパラダイスがみえます。

追伸 今の一斉指導でそんなヴィジョンは持てませんよね。このあたりの話になると多くの先生は無言になります。

[]その先 19:17 その先 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - その先 - 西川純のメモ その先 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学習指導要領が実際に動き始めて2年もたてば、アクティブ・ラーニングという言葉は手垢に汚れてしまいます。ま、それより早くなる可能性の方が高いかな。

 その後、揺り戻しがあるか?

 無いと思います。

 何故なら、その頃になると、今の学歴モデルが虚構に過ぎないことが子どもも保護者も理解するようになる。そして、今の教師が必死に守ろうとしている知識・技能が教師以外には意味の無いことが分かります。そんなのの9割以上はグーグルで検索できます。そして、残りの1割(深い読み、深い社会認識・・・・)も人工知能で解決出来るようになります。(その先の読解や理解があることを否定しませんが、もともと多様な能力の子ども集団相手の授業、それも週5時間程度の授業で教えられるわけ無いですから)

 きっと、この事に反発する方も多いでしょう。でも、その方に申したい。じゃあ、テストにスマホを自由に使わせたとしたら、どんなテストをつくりますか?

 おそらく、お手上げでしょう。それが現状の教育の底の浅さを端的に示すものです。

 じゃあ、その後に残るものは何でしょうか?

 95%の人たちにとっては、仲間、だと私は思います。そして、それを得ていない人は、餓死・孤独死します。少子高齢化社会はもの凄く厳しい時代です。

追伸 内容的なその先もあります。しかし、その場合は、単線型学校制度が崩れなければなりません。私はそれはずっと先だと思っていましたが、最近の文部科学省の施策はそれが近くなるように思います。

[]意味不明 14:51 意味不明 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 意味不明 - 西川純のメモ 意味不明 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンをしたり、本を読んだりすると、アクティブ・ラーニングの構造図なるものが散見します。しかし、実証的研究の研究者としては「根拠は?」と言いたくなります。それは、日本中の研究指定校の研究主任が用いる「本校の研究主題」と同じぐらい、結局は思いつく限りの言葉をちりばめた図に過ぎません。海外の研究者の論文を引用しているものもありますが、その論文の原典を読んで下さい。結局、その人の思いつきなのです。

 そして、最も根本的なのは、我々がいま直面しているアクティブ・ラーニングとは学校教育でのアクティブ・ラーニングなのです。それを規定しているのは学習指導要領であり、その背景となっている中央教育審議会答申なのです。それらは、どこかの研究者の研究成果を本にしてアクティブ・ラーニングを定義つけていないのです。

 学校教育におけるアクティブ・ラーニングの定義は以下の通りです。それ以下でも、それ以上でもありません。どうして、そんなことが分からないのか、理系の私には意味不明です。

『教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。』

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20140112/1389487610

[]毎日 07:01 毎日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎日 - 西川純のメモ 毎日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のゼミで、「アクティブ・ラーニングは毎日しなくてもいいという人がいますが、そういうことに関して先生はどう思いますか?」と聞かれました。以下、その学生と私との会話の概略です。

私:学校は子どもを大人にするところだ。それも、一生涯幸せになる大人にするところだ。

学生:頷く。

私:じゃあ、子どもがそういう大人になるためには何年かかる?

学生:う~ん。10年ぐらいですか?

私:高卒で社会に出るこの事を考えると小学校3年から始めなければならない。

 でも、出来るだけ早くはじめ、出来るだけ多く、多様に育てた方がいいよね?

学生:頷く

私:子どもを大人にするにはどのようにしたらいいと思う?

学生:分かりません。

私:大人にするには、大人社会を教室で再現し、教師の管理下で大人社会を経験する必要がある。色々な問題を自分で考える。つまり、主体的。色々な問題を一緒に解決する。つまり協働的。それがアクティブ・ラーニングなんだよ。

学生:なるほど。

私:じゃあ、そのような子どもを大人にする授業を「毎日しなくてもいい?」。

学生:首を振る。

私:出来るだけ早くはじめ、出来るだけ多く、多様に経験すべきだよね。

学生:頷く。

私:それが君の質問に対する私の応えだよ。

学生:じゃあ、「アクティブ・ラーニングは毎日しなくてもいい」という人がいるんですか?

私:その手のことを言う人は、学校の中のことでクローズしている人だよ。学ぶこと自体が目的となっている。

学生:でも、今まではそれでやっていました。

私:今までは企業が子どもを大人にしていたんだ。

学生:あ!

私:でも、企業はそれをしなくなる。いや、もう既にそうしなくなったと言える。だから非正規採用も多くなり、正規採用されてもドロップアウトしてしまう。

学生:でも、採用されたときにちゃんと働けると言うことですか?

私:そうだよ。

学生:え~

私:驚くことはないよ。日本以外の国はそうやっているんだから。

 残念ながら、現状の教員養成系学部の危機は、同じ構図で生まれたものです。

 採用する側も、ドロップアウトすることを想定しています。それを踏まえて採用しています。大学に対して即戦力を求めています。大学人は即戦力の実践に偏りすぎていることを問題にします。その通りです。しかし、理論の意味を実践と関連して学生に説明し納得させられる人が多ければ理論は認められる。そして教員養成系学部の危機はそもそも起こりませんでした。しかし、理論の意味を実践に関連して学生に説明できる人が「実践」にくくられています。

 「自分は理論を語ればいい。それは実践に役立つ。それを結びつけるのは学生だ。」というのは無責任のように思います。だって、その理論を長年学んでいる研究者がそれを説明できないほど、難しいことを学生に丸投げしているのですから。

 私の以上の理解は間違っているかもしれません。しかし、20年以上前からの教員養成系学部に対する中央教育審議会の答申に一貫して現れるのは上記の批判です。そして、その結果がいまを招来した。それは間違いありません。社会はそう思っている。そして、その社会が金を出してくれているのです。

追伸 今の教員養成系学部には、ちゃんと理論の意味を語れる教員は少なくない。いや、半数以上いると思っています。が、村社会です。最低のレベルに合わせてしまいます。声が大きい人を否定することは村社会では出来ません。そして、変わりたくない人の声が一番大きい。身を守るために。この村社会構造が残念です。