西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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16/02/13(土)

[]ネット 22:03 ネット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ネット - 西川純のメモ ネット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットとは不思議な世界です。面と面が接している世界とは違います。

 私は色々な人と接しています。ごく親しい人は、私に対して「こう言っても許される」という間合いがあります。しかし、それがネットで表したとき、それが別な意味を持つことを知らない。そりゃ、その人にとって、ネットと面と面との関係の違いが分からないから。不特定多数に発している場合でも、誰に発していることが私には分かります。私は、黙っていて、それを気づかないふりをします。しかし、ボディーブローのように負担が蓄積します。溜まると、早く退職して引きこもりたくなります。人との関わりが増えれば増えれば澱のように溜まります。

 逆に、ネットで攻撃されているとき、ネットで辛いとき、希に、あえて救いの一言を発する人がいます。はっきりと分かるようにです。私の知る限り、そういう人は一人だけです。少なくとも、私が本当に辛いときに救いになる発信をする人は。そして、そういう状態ににならないように細心の注意を私はしますから。そんな機会は希です。

ま、時間がたてばどうでもいいことです。でも、その時に発するのは、人の気持ちを察する人です。ネット上で人から攻撃された経験が無いと、その一言の意味は分かりません。ただし、その一人は、ネット上で攻撃されたことは無い人だと思います。おそらく、その人は自分のことを書かれているのだと分からないと思います。その人にとっては自然だからです。

 私もそうなりたいと思いますが、なかなか出来ません。時間がたつと消えるものですから。だから、私のようにしている人が圧倒的大多数であることは当然です。が、それをする人はそれだけ凄い。見た目はニコニコしているだけの人なのですが。

 義を見てせざるは勇無きなり

[]茗渓 17:10 茗渓 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 茗渓 - 西川純のメモ 茗渓 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は筑波大学出身です。東京高等師範、文理大、東京教育大、筑波大の同窓会は茗渓会です。私もその一人です。といっても、毎年、会費を納入している程度の会員ですが(ただし、一度も滞納したことはありません)。定期的に会誌が届けられます。そこには大学の風景が写っていることもあり、走馬燈のように思い出がよみがえります。その会誌には「桐の葉の集い」というコーナーがあります。同窓生が集まる会の写真が載っています。かなりの年配の方ばかりが写っています。若い頃からちらりと見ていましたが、「ま、関係ないな」と意識の中には残りません。

 明日、茗渓会の研修会があります。そこの講師を承りました。本日、名簿を見ましたが、ビックリするようなお歴々が出席されます。直前になってびびり始めました。ま、しゃべり始めれば憑依しますが。一人でも多くの方の心に種をまきたい。

 ふと思います。もしかしたら会誌に載るかもしれません。そして、その写真を見ている若い後輩は私のことを「じじい」と思うでしょうね。学部を卒業して三十五年たっているのですから。

[]アクティブ・ラーニングによるキャリア教育入門 13:23 アクティブ・ラーニングによるキャリア教育入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アクティブ・ラーニングによるキャリア教育入門 - 西川純のメモ アクティブ・ラーニングによるキャリア教育入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アクティブ・ラーニングによるキャリア教育入門(http://goo.gl/zeUPoj)が一足早く東洋館から送られてきました。読み直しました。是非、この本は保護者に読んで欲しいと願います。何故かは、読めば分かります。正しい進路選択には、教師のみならず、子ども・保護者の正しい理解が必要です。

 正直申して、中学校3年生以降は新しい社会に対応するには遅すぎています。年齢が上がるに従って危険度は高まり、高校3年生は手遅れです。

 その中で子どもが生き残れるようにするには、保護者が情報収集し、子どもに情報を流すことです。保護者はずっと子どもについて行けます。

 教師が出来ることは、正しい進路選択を教師がアドバイスすることです。 我々の時代の学歴信仰がバカげていることを理解し、よりよき「穴場」をいち早く教えることです。やがて「穴場」は穴場でなくなり、常識になります。早く、「穴場」を見つけられる人が増えることが、意識改革に繋がります。一人でも多くの人が穴場を知って下さい。

[]ネチケット 10:55 ネチケット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ネチケット - 西川純のメモ ネチケット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、ある方が私のFBの記事(私の名前が明記されています)をシャアしました。その記事を読んだシェアした人と別の人が、私の「論」ではなく、その論を書く「私」を否定するコメントを書きました。そこで、私の論の根拠を示し、私の論のどこが不備かを議論しましょうとコメントをしました。ところが、「議論するつもりはない」と書かれました。(私の提示した論拠はきわめて単純で自明な論拠なので議論すればその人の感情論は破綻すると私は思っています。従って議論を避けたのはある意味で賢明とも言えます。)その方は、ある大学で教員を目指す学生を指導する立場の方のようです。残念です。

 おそらく、私が否定的に書いたそのことに関して汗を流した方だろうと思います。感情的になるのは理解できます。が、出来れば「論」を否定し、「個人」を否定することを避ければ賢明であったと思います。そして、大人の話法で議論を求められたら、それに対して対応すべきだと思います。

 そして、どうしても「論」ではなく「個人」を否定的に書くならば、容易に個人特定されないようにぼやかす配慮は必要だと思います。

 私はかなり過激なことを書いていると思いますが、基本的に上記を守っています。過去の記事を再読されると確認できると思います。ネットは公的なものであり、カッカと頭にきている人以外の大多数の人も読んでいることを忘れてはならないと思います。

[]幾何 09:40 幾何 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幾何 - 西川純のメモ 幾何 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子は高校入試です。今、必死になって過去問題を解いています。一番の難敵は幾何です。落ち込んでいるので以下のように語りました。

 『中学校の図形の応用問題は難しい。おそらく、小中高の数学・算数の中で一番難しいと思う。何故なら、積み上げだけでは無理で、飛躍・ひらめきが必要だから。安心しなさい。高校数学は中学数学の図形のような問題は殆ど無くなる。基本的にこつこつと一定のパターンに沿って公式を当てはめれば解ける問題だ。だから、今、頭を抱えている問題につきあわなければならないのは、おまえの人生であと二十数日だけ。その後は、全く関係ない。今は、とにかく出来ることをしよう。』

 人生において殆ど意味ないことによって、人生の進路が決まる。

 これに関しては、関係者の誰も悪くない。「今」の段階で出来る最善の方法であることは確かなのです。

 う~ん。

追伸 数学に関して素養のある子どもへの救済策としては意味があるかもしれません。そこで挽回してもらう。

[]誰のため 09:24 誰のため - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誰のため - 西川純のメモ 誰のため - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンをしていると、学校は人材養成機関ではないという論に出くわす。得に、最近の入試改革、アクティブ・ラーニングに対する教員側の主張に多い。

 何故分からないのだろう。(ま、理由は「分かりたくない」であることは分かっていますが)自分たちが今教えていることを必要としているのは、自分たちしかいないことを。

 教育学には実質陶冶と形式陶冶という言葉があります。前者は教える内容に着目し、後者は教えることによって得られる一般的な能力に着目します。例えば、算数だと九九を覚えること自体は実質陶冶ですし、物事を数的にとらえることは形式陶冶です。

 研究者の一人として断言します。私の知る限り、学校教育の形式陶冶があることを示す学術研究を知りません。例えば、数学を学ぶことによって論理的思考力が伸びることを示した学術研究を知りません。皆無とは言いませんが、一般の人が思っているほどのことはありません。認知心理学の領域固有性とか文脈依存性の考えから言えば、数学を学ぶことによって得られる論理的思考力は、数学の問題を解く際に必要な論理的思考力を伸ばしますが、一般的な論理的な思考力を伸ばすとは言えません。考えてみて下さい。おしかりを覚悟で申しますが、数学を専門とする教師の職員会議の発言は論理的ですか?これは、国語や社会や理科やその他の教科においても同じです。

 もし、形式陶冶に期待できないとしたら実質陶冶しかありません。

 ところが、学校教育で学ぶこと内容にあまり意味が無いことを成人は知っています。いや、教師すらも知っているのです(それの学術データを持っています)。ただし、必死にそれに意味があると思い込みます。何故ならば、それが自分の商売だからです。

 教師という自分の職業を守るための論と、人材養成だという論とどちらの方が、「子ども」にとって意味があるでしょうか?

 色々なご意見があるでしょう。でも、そのご意見に関して実証的な学術データで保証出来るかを考えて下さい。多くの方々の根拠は、「いままでそうなっている」、「多くの人がそう思っている」です。ま、多くの場合は正しい。しかし、変革期にはそれが成り立たなくなるのです。かつて多くの人は地球は平面だと思っていました。しかし、大航海時代になるとそれでは成り立たなくなったのです。

 かつては、社会は学校教育に対してあまり多くを望んでいませんでした。少なくとも、教師が必死になって教えていることに関しては。だから、とりあえず偏差値が高い学校が評価されたのです。が、前者で評価できる答えを覚える能力の価値が相対的に下がってきました。

 これからの社会は別なことを厳しく評価するようになりました。それがアクティブ・ラーニングです。それをなおざりにしている教師は、子どもを餓死・孤独死に追い込んでいるのです。悪気がないことは分かりますが、無責任で、エゴイストだと思います。

 学校は人材養成機関です。教師がそれに飽き足らないと思うのは望ましいと思います。しかし、それを教え子に求めるためには、人材養成に関して保証すべきです。それは、卒業後はもちろんのこと、卒業後もです。もし、それに対して結果を出せないならば、黙って人材養成するべきだと思います。

追伸 あるネットの記事を読んで書きたくなりました。