西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

16/01/31(日)

[]ネット記事 07:14 ネット記事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ネット記事 - 西川純のメモ ネット記事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

ネットの記事に取り上げられた。

単純に、嬉しい。

http://getnews.jp/archives/1348812

[]沈没船 07:08 沈没船 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 沈没船 - 西川純のメモ 沈没船 - 西川純のメモ のブックマークコメント

たとえ話です。

船が沈没しているとします。

一等船室の人は船に用意されている救命船で既に脱出しています。

救命船はあるのですが、旧式で壊れています。修理には時間がかかります。

沈没船の中には3種類の人がいます。

旧式の救命船で大丈夫だ、その船で脱出しようという人。

いや旧式では途中で沈没する、しっかりと修理してから脱出しようとする人。

たしかに旧式では途中で沈没する、しかし、応急修理でなんとか出来る。脱出してから修理を継続したらいいという人。

この人達が議論して前に進みません。

実は第4番目の人がいます。

その人は、そもそも船は沈没しないと思っているのです。

この人達が最大人数です。

その人達は「いや旧式では途中で沈没する、しっかりと修理してから脱出しよう」という論陣を張ります。ようは結論を出さないようにすればいいのですから。だから決まるには時間がかかります。

その構造がわかっていて、このままでは多くの人が死ぬと思う人がいました。

その人は船内にある浮きそうなものを海に投げ込みます。

そして、それにとにかくつかまって逃げろと叫ぶ人です。

私はこの立場です。

以上、5つの立場のいずれもが人を救おうとしている行動です。

そして、いずれが正しいかは、船が沈没する可能性と、沈没するまでの時間をどう見積もるかです。

大学改革、入試改革は性急に過ぎるという主張は多いです。正論です。

これは「いや旧式では途中で沈没する、しっかりと修理してから脱出しよう」という立場です。しかし、その人達の主張は変えたくない人に利するものです。

 私の本では、入試改革を学校のレベルで理解せず、日本の雇用の変化のレベルで見るべきだと書きました。

 今、高校、大学を卒業する子ども達の4割が非正規採用となり、年収170万円の生活に突入しています。そして、その理由は、高校、大学が、企業が正規採用したいという人材を養成していないからです。

 だから、私は議論の中に直接加わらず、一般の乗客に船の状態がいかに逼迫しているかを伝えます。それが一連のアクティブ・ラーニング関係の書籍です。おそらく類書と全然違うこと書いています。類書は学校村の話に限定されていますが、私は学校の外の社会の話を主にしています。

そして、とにかく浮きそうなものを持って海に飛び出すことを薦めています。

 昨日の群馬の会で保護者の方から相談されました。『学び合い』で学校作りをした小学校の保護者で、その小学校を卒業してからも群馬の会に参加されている方です。その子も高校2年で、来年受験です。私の受験本を読まれているので、現状がどんな状態かを知っています。そこで、お子さんの進路を私に相談したのです。

 大学入試までの時間は1年間です。やれることは限られています。

 私が薦めたのはジョブ型学部に進学することです。そして、そのジョブ型学部の教員を調べどの教員の指導を仰ぐかを決めることを薦めました。おそらく、就職出来るか否かはどの大学のどの学部に進学するより、どの先生のゼミに所属するかが決定的です(ちなみに、研究者の世界の場合は、それで決まると言っても過言ではありません)。そして、その先生とメールのやりとりをすることを薦めました。心ある教師ならば、ちゃんと対応するはずです。そして、その大学へのモチベーションが高まります。受験の合否を決定する最大の要因は本人のやる気ですから。

16/01/30(土)

[]アドバイス 22:24 アドバイス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アドバイス - 西川純のメモ アドバイス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の会のフリートークや懇親会で壁の花になっている人がいると、アドバイスすることがあります。とにかく、喋っている人の近くによって話を聞くこと。そして、質問することです。人は教えたがりです。そして、それが最も強いのは教師です。だから、「おしえて」とは「仲良くしよう」と同じなのです。これがポイントだとアドバイスします。逆に、聞きたくもない人に教えると、嫌われます。ようは相手の顔をみて、判断することが大事です。

 が、私は不得意です。だから、普段はニコニコしていて、聞かれたら応えます。

[]一人も見捨てず 22:02 一人も見捨てず - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てず - 西川純のメモ 一人も見捨てず - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のゼミ生の一人が、イジメを研究しています。そのゼミ生と半年以上、イジメのことを議論しているのですが、イジメは無くならないと思い続けています。ところが、最近のゼミでその誤解が氷解しました。

 私が言ったのは、仲良くなることは不必要だということです。「一人も見捨てず」とは人道主義に基づくものではなく、実利的なものです。例えば、世の中にはイジメられても仕方のない行動をする子どもはいます。多くはありません。でも、いることは確かです。でも、わざわざイジメるのは損です。単に関わらなければいいのです。もちろん、無視をするのは大抵は損です。挨拶を欠かさず、でも、関わらないようにすればいいのです。ようは、職場の「困ったちゃん」に対しての大人の対応です。

 かなり以前、ある『学び合い』の会で、『学び合い』の会なのに私は見捨てられたと声高に主張する学生さんがいました。心の中で笑いました。『学び合い』を理解していないと。しかし、折り合いをつけて、何も言わずにニコニコしていました。言っても、わからないでしょうから。

 人は、折り合いをつけた方が、多くの人の場合は有利です。そのことを子ども達に繰り返し語りましょう。希に、それがわからない人もいます。その場合は折り合いをつけて、その相手なりの距離感を保ちましょう。そのうちに、その子が学べば、距離を詰めればいいのです。学べなければ、距離を保ちましょう。ただし、関係を断ちません。何故なら、そうする行動をすることは自分にとって損だからです。

 人道主義も、道徳も、人間の利害を洗練したものだと思っています。

 ま、抽象論に走らなければ、ごく当然です。

 そして、抽象論の人道主義が数ヶ月でファッショになることを、実証データで示したことがあります。ファッショにならない現実的な方法は、距離を保つことです。

追伸 集団が十分に育てば育つほど、許容できる困ったちゃんのレベルが上がります。集団作りの問題です。

[]群馬の会 18:54 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

今、高崎を出発しました。

毎度、楽しめる会です。

感謝です。

日本全国でどんどん前に進む。

日本の夜明けは近い。

今日は、色々な裏話を話しました。

で、懇親会を一足早く出て、今は新幹線の車中。

家で晩酌の予定です。

原稿無し、思いつきの話で、時間ピッタリにする。

自分を褒めてあげたい。ふぉふぉふぉ

o4dao4da2016/01/30 23:52熱く温かい時間をありがとうございます。

take1_No12take1_No122016/01/31 02:24本日は熱いお話しありがとうございました。
Hママも、危機感を持ってお帰りになりました。
おかげさまで、月曜日の職員室が楽しみです。

jun24kawajun24kawa2016/01/31 18:49種はまきました。
後は任せました。

16/01/29(金)

[]一人も見捨てず 22:10 一人も見捨てず - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てず - 西川純のメモ 一人も見捨てず - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は病的に共感能力が高い。なので、人が不幸になることがとても辛いのです。ニュースで人が不幸になったニュースを聞くとそれだけで苦しくなる。なので、テレビのニュースは極力さけます。そんな私なので自分のクラスの子どもが不幸になる子とはとても辛いのです。その私が高校教師の時にはクラスの情報を集めまくった。自分のクビを閉めたのです。結局、精神的にも追い詰められ、でも、それが快感である。そんな病的な状況になりました。そして大学に逃げました。小中高の教員で大学教員になった人間は、小中高の教員としては負け組です。勝ち組だったら、大学教員になるわけありません。教師の喜びは、小中高の教員の方が多くを得られます。

 でも、逃げても教え子の映像、過去の経験は私をさいなみます。

 だから、心をシャットアウトして、その種の記憶を封印しました。

 でも、今は開放できます。何故ならどうしたらいいかわかるから。

 目の前の子どもを救うことは個人の教師が出来るわけ無い。人間関係も、学力向上も。そのことを学術的に確信を持てました。だから、中途半端なもがき方はしません。

 その代わりに、集団を育てることは出来ることは確信できるようになりました。そして、私が救えない「あの子」にも仲間を与えられることを知りました。「あの子」によって周りの子にとってメリットがあることを確信しています。

 ということで、自分で解決出来ないことは知らないように努力しています。困ったことに、私は見取りの能力が長けているので。必死にわからないようにしています。わかってもわからないふりをしています。そして、ゼミ生には、私が細かいことを知ると、私がぶれてしまい、みんなにとってデメリットが多いことを語ります。


 本日、ゼミ生たちが盛り上がって話しているので、私が「何、話しているの?」と聞いたら、「西川先生が聞きたがらないことですよ」と言いました。私はニコニコしながら、その場を立ち去りました。ゼミ生集団は成長しています。

 全ての子どもを救うためには、個に対するこだわりを捨てる必要があります。が、個に対する願いは捨ててはいけません。危ういバランスを常に保たなければなりません。


[]一人も見捨てず 22:10 一人も見捨てず - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てず - 西川純のメモ 一人も見捨てず - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は病的に共感能力が高い。なので、人が不幸になることがとても辛いのです。ニュースで人が不幸になったニュースを聞くとそれだけで苦しくなる。なので、テレビのニュースは極力さけます。そんな私なので自分のクラスの子どもが不幸になる子とはとても辛いのです。その私が高校教師の時にはクラスの情報を集めまくった。自分のクビを占めたのです。結局、精神的にも追い詰められ、でも、それが快感である。そんな病的な状況になりました。そして大学に逃げました。小中高の教員で大学教員になった人間は、小中高の教員としては負け組です。勝ち組だったら、大学教員になるわけありません。教師の喜びは、小中高の教員の方が多くを得られます。

 でも、逃げても教え子の映像、過去の経験は私をさいなみます。

 だから、心をシャットアウトして、その種の記憶を封印しました。

 でも、今は開放できます。何故ならどうしたらいいかわかるから。

 目の前の子どもを救うことは個人の教師が出来るわけ無い。人間関係も、学力向上も。そのことを学術的に確信を持てました。だから、中途半端なもがき方はしません。

 その代わりに、集団を育てることは出来ることは確信できるようになりました。そして、私が救えない「あの子」にも仲間を与えられることを知りました。「あの子」によって周りの子にとってメリットがあることを確信しています。

 ということで、自分で解決出来ないことは知らないように努力しています。困ったことに、私は見取りの能力が長けているので。必死にわからないようにしています。わかってもわからないふりをしています。そして、ゼミ生には、私が細かいことを知ると、私がぶれてしまい、みんなにとってデメリットが多いことを語ります。


 本日、ゼミ生たちが盛り上がって話しているので、私が「何、話しているの?」と聞いたら、「西川先生が聞きたがらないことですよ」と言いました。私はニコニコしながら、その場を立ち去りました。ゼミ生集団は成長しています。

 全ての子どもを救うためには、個に対するこだわりを捨てる必要があります。が、個に対する願いは捨ててはいけません。危ういバランスを常に保たなければなりません。

16/01/28(木)

[]同時多発 21:44 同時多発 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同時多発 - 西川純のメモ 同時多発 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かなり以前に、仲間から意図的に『学び合い』関係の会を日本全国に同時に展開することを計画することを提案されました。なるほど、と思いました。実現に至りません。

 が、今では意図しなくても、それが実現しています。

 今月30日に私は群馬で語ります。が、同じ日に、日本中で色々なことが起こっています。

[]楽 21:36 楽 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 楽 - 西川純のメモ 楽 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 もし、教える相手が、だまって従っているならば、一斉指導の方が楽です。

 もし、教える相手が、反抗しても、それを気づかずにいるならば、一斉指導の方が楽です。

 もし、一定以上の授業能力がある人がその時間の授業をなりたたせるならば、一斉指導の方が楽です。

 昔の大学には、分けのわからないことをぼそぼそ言って、黒板に書く人もいました。その人なりに、語る内容を吟味しているのかもしれません。そして、それが入門段階ならば、二十年前のノートでOKです。楽です。とにかく、その時間に喋って、板書すればいいのですから。それならば一斉指導の方が楽です。

 私が勤めた高校にも、生徒からバカにされきっている教師もいました。でも、それに気づいていないようでした。子どもとの会話を聞いていると、見事にすれ違いです。それだったら、ぼそぼそ喋っていればいいのです。それならば一斉指導の方が楽です。

 子ども達の多くは、何を学ぶべきかを知っていません。そりゃそうです。その子ども相手ならば、面白おかしく語ればいいのです。面白い授業、わかったつもりにさせる授業にはテクニックは必要です。が、限られたテクニックで可能です。それで、みんながニコニコする授業をするのならば、一斉指導の方が楽です。

 私は長らく、大学の講義では一斉指導でした。楽だからです。

 でも、ゼミ生に関しては完全無欠の『学び合い』でしています。それは、ゼミ生には多くのことを望み、達成したいから。

 一斉指導はもの凄く大変です。あれがある一定以上のレベル至るのは、才能のある人だけです。カリスマ教師の話を聞いてもなれません。三遊亭圓生の落語に通い詰めても、圓生になれないのと同じです。努力では無理で、才能の問題です。

 『学び合い』は大変です。子ども達と対峙し、ぶれずにいなければなりません。でも、才能は必須ではありません。必須なことは望みであり、志です。

 オリンピック選手になる才能を持つ人はわずかです。が、オリンピック選手になりたいと願うことは誰でも出来ます。その願いがあれば、オリンピックとは違う望みの叶う路が見えるようになります。

 このあたりは、一度、壁にぶち当たらないと分からないと思います。

 壁にぶち当たって、どうするか考えて下さい。冷静に考えれば『学び合い』で壁にぶち当たる人が一斉指導で壁を乗り越えることは出来ません。昔は黙っている子どもが多かった。でも、今は違います。私が高校教師だったときと同じ状態が、普通の教師が目にする状態です。

 それを本にしています。

[]謝辞 09:41 謝辞 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 謝辞 - 西川純のメモ 謝辞 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師の仕事は「目標の設定」、「教授」、「評価」、「環境の整備」の4つです。『学び合い』は「教授」は殆ど不要だと思っています。そして、目標の設定がちゃんと出来ていれば、評価する必要もありません。何故なら、学修者自らが評価するからです。だから、最後まで残るのは「目標の設定」と「環境の整備」です。

 卒論の提出時期が迫っています。ある学生の謝辞を載せます。

『本研究を進めるにあたり,多くの方々からの温かいご指導とご協力を賜りました。こうして卒業論文をまとめることができましたのも,皆様のお力添えがあったからこそと心より感謝申し上げます。

教職デザインコースの先生方には,貴重なご意見・ご助言をいただきました。特に,指導教官である西川純教授には,研究に打ち込めるための素晴らしい環境を提供していただきました。優しく,あたたかく,志高い研究室のみなさんと,共に学び合い,高め合いながら「1人も見捨てない」集団の中で研究できたことを幸せに感じます。子どもたちを心から信じ,子どもの姿から自らが学ぶという姿勢を2年間通して西川先生から学びました。

本研究の調査に際し,お忙しい中ご快諾の上,ご協力いただきました○○中学校の,校長先生,また授業者の○○先生をはじめとした全教職員の皆様に厚く御礼申し上げます。加えて,素晴らしい力を発揮し,感動のある学びの姿を見せてくれた子どもたちに感謝します。

西川・水落・桐生研究室の院生・学部生の皆様,昨年度修了・卒業されました院生・学部生の皆様には,たくさんの貴重なご意見と,温かい励ましをいただきました。忙しい中でも,親身になって研究の相談にのっていただいたこと,深く感謝申し上げます。

最後に,共同研究者である,○○さん,○○人さん。2人がいなければ,この卒業論文をまとめることはできませんでした。つらい時や悩んだ時には,優しく支えてくれたお2人は,とても頼もしい存在でした。本当にありがとうございました。』

[]懲りない 07:18 懲りない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 懲りない - 西川純のメモ 懲りない - 西川純のメモ のブックマークコメント

大学院の時のことです。

入学式の後、夜の院生控え室にいくといつも研究しているH先輩がいました。

他の先輩は夏休み以降に2時間ぐらい顔を出すようになりました。

が、まったく顔を出さないA先輩もいました。

バイトに精を出し、飄々としている方です。

提出1ヶ月前ぐらいになると、多くの先輩が夜遅くまで残るようになりました。

そのころにはHさんは書き上げており、細かなチェックをしています。

そんなときもAさんは飄々としており、控え室には顔を出しません。

Aさんは3日前ぐらいになって顔を出すようになりました。

そして、「あと3日ある」と大きく書いた紙を壁に貼りました。

それでも飄々としていました。

それが「あと2日ある」、「あと1日ある」になるころになると表情が変わりました。

その頃には後輩や提出した同級生が手伝いをし始めていました。徹夜をした人もいます。

紙は「あと12時間ある」、「あと3時間ある」、「あと1時間ある」と変わりました。

飄々としたAさんの姿はなく、半狂乱です。

醜かった。

提出した後の院生控え室はAさんのためにゴミ箱になりました。

1週間ぐらいAさんは顔を出しませんでした。

顔を出したときのAさんは、いつも通りの飄々とした人です。

おそらく、何の学習もなかったと思います。

私は学習しました。

「ああはなりたくない」と。

きっと、以下を書いた人は、何も学習しないでしょう。

彼は身を捧げて、周りの人に教えてくれました。

「ああはなりたくない」と。

http://corobuzz.com/archives/55952

16/01/27(水)

[]文系理系 22:30 文系理系 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文系理系 - 西川純のメモ 文系理系 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我が息子は英語と社会が得意で、理科と数学に不得意だと思っています。そして、「自分は文系だから」と言ったことがあります。

 文系、理系なんて私はないと思います。そくなくともそれぞれのトップレベルになる人は。たかが高校までのテストの点数で文系・理系は決まりません。

 教科の点数のレベルではなく、身近なものに対して問題意識をも持てる人が社会にとって必要な人です(個人研究でノーベル賞を取れる人は別です。でも、もの凄く少数です)。東大、京大の総長レベルだと、文系・理系に分類できないと思います。そして、東大・京大は人文系は残り、優れた情報発信をするでしょう。

 ようは、何をなしていたか。それで、語られる言葉を他人は評価します。特に、政策決定をしている人は。今、圧力を受けているのは大学です。文系理系の差はそれほど大きくはない。

http://dot.asahi.com/wa/2016012200031.html

[]アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 17:28 アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月4日に「アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門」が出ます。アクティブ・ラーニングでは子どもは自由に動きます。その中で遊ばず、課題に取り組むにはどうしたら良いかを書きました。しかし、その先を知ってもらいたくて書いた本です。http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160062

16/01/26(火)

[]書きたい 21:36 書きたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 書きたい - 西川純のメモ 書きたい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日は新潟県教育センターで講演しました。

 ずっと、今からの時代の苦しさを語りました。

 1時間半の講演の最後の5分間だけ、明るい未来を語りました。

 私は親向けの本で、それを書きたい。

 が、親向け本を買う人は、それに興味はありません。旧価値観の中にいる人です。95%の人の保護者に関係することを買いたいのですが、ようは、その人達は本を買わない。

 それが悩みです。

16/01/25(月)

[]商品 22:00 商品 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 商品 - 西川純のメモ 商品 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45820

 この記事の中で、学生さんが、「まるで学生が商品のような議論だ。(特定の枠組みに)学生をあてはめるのではなく、未知の可能性に学生を開いていくことが大事だ」と発言し、肯定的に受け取られている。

 私は「学生は商品だ」と言いたい。

 その顧客は、社会です。でも、その学生自身でもあるのです。

 その学生という「人」を人と表現しましょう。

 その人に社会に受け入れられる「学生」という商品を提供するのが学校だと思います。

 それだけか、と問われたら、それも与えない学校でいいのかと思います。

 多くの人に反発を食らうかもしれませんが、書きます。それで苦しんでいる子どもが多いから。

[]死 21:34 死 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 死 - 西川純のメモ 死 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 輪廻転生で来世の過去の自分の記憶が無いならば、それが「自分」の来世だろうか?と思います。

 輪廻転生しないならば、死後の世界にどれほどの人がいるのだろうか?それも、人という明確な切れ目がないのならば、天国と地獄にクロマニオン人、北京原人、いや、ツパイ、トカゲ、イモリ、魚、・・・・アメーバーも死後の世界にいるのだろう。神仏はそれを善悪で分けているのだろうか?そもそも、そんな「糞づまりのような」世界が本当の世界なのだろうか?

 ま、罰当たりなことを思います。愚かな私に、超越者の理解は分かりません。

 幼稚園か、小学校低学年のある時期、死は逃れられないことを知ります。それが怖かったことを思い出します。

 ふと思います。死んだら終わりでいいかも、と。これは、今の生に意味を見いだしたのだと思います。が、生物の業は深い。言っていることと行動は違うと思います。ただ、今、死んだら終わりでいいかもしれない、と意識化した自分を新鮮に思い、メモります。

 が、息子と家内の身の振り方が決まるまで、と思います。で、超越的な存在に祈ります。

[]悩む 18:11 悩む - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 悩む - 西川純のメモ 悩む - 西川純のメモ のブックマークコメント

 受験本を書いている私ですが、私も親で、子どもの進路に関して悩みます。

 私はどんな進路をたどってはいけないか、それはハッキリと分かります。そしてそれを本に書きます。ところが、どうすれば安全なのか、それを示す道がないのです。私の時代にはそれがあったのに。残念ながら、今の時代に安全な道はありません。

 何故なら、今後のエリートは答えのない問題に答えを出すことが求められます。ところが、答えがないのですから、確実に安全な道はないのです。昔だったら、トップを目指して、駄目でも中ぐらいの道がありました。ところが、トップを目指して駄目だったら、最初から中堅を目指している人より危険な道を歩まねばならない。では、トップの道を目指さずに、最初から中堅を目指せとも言えません。そもそも我が子の適性は分かりません。

 アメリカの受験制度は、惚れ惚れとするような天才を選抜するには、とても優れた方法です。が、そんな子どもは殆どいません。そして、日本の受験制度は、そっちに進んでいます。

追伸 我が子の人生の安全策は仲間であることは確かです。

追伸2 大卒の進路として、一番良いと私が思うのは「教師」です。何故なら、終身雇用制が最後まで残るのは公務員で、その中で自由度が高いのは教師だから。価値観が変わるまでの間は、そこが安全策です。が、息子はそれを望まないでしょう。それが悩むのです。

16/01/24(日)

[]本性 22:16 本性 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本性 - 西川純のメモ 本性 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人の本性は動物の面が大きいと思っています。

 ダンバーによればホモ・サピエンスはおおよそ150人ぐらいの集団を形成する生物のようです。おそらく150人ぐらいにおいては、集団行動は上手くいくでしょう。が、人類は社会を拡大することによって発展しました。が、大きな社会で必要とされる行動期間はDNAに組み込まれるほど長くありません。結局、教育・学習によって形成されるものです。例えば、教養ある西洋人でも箸は使えません。学んでいないからです。

 私は広い範囲内のネットワークで動いています。その結果、嫌と言うほど上記を感じます。常識ある、心ある人が、失敬で、恩知らずなことをするのです。最初は、その人の本性が失敬で、恩知らずなのかと思いました。が、違います。150人ぐらいの集団、つまり、頻繁に会う人に関しては、礼儀を理解し、恩を理解する人です。が、頻繁に会わない人に関しては、学習していないと、守れないのです。箸を使えない西洋人と同じように。

 その結果、私は学びました。

 150人を超える人とつきあうときには、150人とつきあう倫理は通用しないことを。特に、初対面の人に関しては、ビジネスライクにつきあうべきだと。それほどの人間関係の無い人なのに「自分を信用して下さい」とか「自分を信用しないのか」と言う人は信用できないことを学びました。

 二十年弱の見ず知らずの人とのつきあいの中で私の行動ルールを形成しました。

 私はシンプルなルールを一貫して自らに課すことが、結局、自分にとっても相手にとってもメリットがあると信じています。150人以外の人とつきあう方へのメモです。

http://goo.gl/7wMpEq

追伸  私が150人以外の人に対して行っているルールは以下の通りです。

1)依頼されたことに関しては、直ぐに対応する。(直ぐに対応出来ないことは、長い時間かけても対応出来ません)質よりも、即応性を重視します。

2)自分が直ぐに対応出来ない場合は、より適切な人に繋げる。そのために、繋げる相手と直ぐに連絡する。

3)一定以上の負担がかかる場合は、全ての人に求めることを求める。

4)それが出来ない場合は、お断りする。

至極簡単なルールです。

[]煮え切らない 17:36 煮え切らない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 煮え切らない - 西川純のメモ 煮え切らない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 鉄道を「第三セクター」、「JR」、「新幹線」の3つに類型化したとします。その機能は、地域の数十kmぐらいの距離の単一の路線、複数県を繋ぐネットワーク路線、全国を繋ぐ路線と違います。

 もし、国が以下のような行政指導をしたとします。

第三セクター

主として、鉄道を通じて地域に貢献する取組とともに、その路線の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で複数県の鉄道ネットワーク、全国的な鉄道ネットワークの構築を推進する取組等をする企業を重点的に支援する。ここでの「地域」の捉え方は、各企業の事情に応じて柔軟に設定することができるものとする。

JR

主として、路線の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で地域というより複数県の鉄道ネットワークないし全国的な鉄道ネットワークの構築を推進する取組等をする企業を重点的に支援する。

新幹線

主として、新幹線の強み・特色を活かして、航空・船舶などの全国交通システムと伍てして、全国的な交通システムの構築を推進する取組等をする企業を重点的に支援する。

 さて、この指導で一番混乱しないのは新幹線でしょう。逆に、一番混乱するのは第三セクターでしょう。第三セクターはもともとJRだったのです。その社員の中にはJRの元社員が多くを占めています。その社員が、JRと同じような複数県のネットワークを前提とした経営をしたらどんなことが起こるでしょうか?

 でも、国の指導では「主として、鉄道を通じて地域に貢献する取組とともに、その路線の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で複数県の鉄道ネットワーク、全国的な鉄道ネットワークの構築を推進する取組等をする企業を重点的に支援する。ここでの「地域」の捉え方は、各企業の事情に応じて柔軟に設定することができるものとする。」なのですから、大義名分が立ちます。

 本当は狭い地域の特性に特化したサービスを、地域の人とのネットワークで構築することが急務なのですが。

 なんで、私がこんなことを書いているか、全然分からないと思います。

 種を明かしましょう。国は大学を「地域貢献」型/「教育研究」型/「卓越した教育研究」の三つに分けて、それぞれ以下のように支援すると書いています。

重点支援1

主として、人材育成や地域課題を解決する取組などを通じて地域に貢献する取組とともに、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で世界ないし全国的な教育研究を推進する取組等を第3期の機能強化の中核とする国立大を重点的に支援する。

ここでの「地域」の捉え方は、各国立大の事情に応じて柔軟に設定することができるものとする。この枠組みについては、運営費交付金の重点支援の仕組みを通じて、人材育成や研究力の強化の取組を推進できるような支援を行う。

重点支援2

主として、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で地域というより世界ないし全国的な教育研究を推進する取組等を第3期の機能強化の中核とする国立大を重点的に支援する。

この枠組みについては、当該分野に重点を置いた人材育成や研究力の強化の取組を推進できるような支援を行う。

重点支援3

主として、卓越した成果を創出している海外大学と伍して、全学的に世界で卓越した教育研究、社会実装(注.研究開発成果を社会に生かす)を推進する取組を第3期の機能強化の中核とする国立大を重点的に支援する。

 このような表現では、「地域貢献」型の大学が混乱します。「地域貢献」型大学では、全国レベル、国際レベルの学会で評価された人材よりも、地域で評価された人材をスタッフに取り入れなければならないと思います。それも、特任という宙ぶらりんな位置ではなく、大学の意思決定を司る位置に立たねばなりません。

 もちろん、大学は大学の機能があります。その折り合いをどうつけるか、文科省も手探りなのだと思います。

[]やる 16:35 やる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - やる - 西川純のメモ やる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生から、私が何故、毎日何かをやり続けられるのかを聞かれました。私の応えは「とにかく、やる」です。やるか、やらないかを選択するのではなく、どの程度やるのか、もしくは何をやるかを選ぶのです。

 例えば、数行でもブログはアップし続けます。短くてもいいのです。

 本の原稿も、数行でも良いから書くのです。いや、書いた原稿を推敲するだけでもいい。

 いつかはやらねばならないことですが、忙しいので先延ばしした仕事もあります。それをやればいい。

 ということで、以下のようなことをしました。

 

 本日は研究室の床の汚れを雑巾で取りました。

 自炊しなければならないと思っていた本を裁断しpdf化けしました。

 その本、また、それ以外のpdfocr処理して検索可能にしました。

 そして、上記の記事をブログ等にアップしました。

追伸 息子の受験勉強の手伝いをして、面白いことを発見しました。これは息子の受験が終わってからアップしたいと思います。

16/01/23(土)

[]声 07:10 声 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 声 - 西川純のメモ 声 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 柳家小さんは「落語は人」と言いました。しかし、立川談志はそれを笑いました。私は人だと思います。

 昨日のゼミで、ゼミ生から教師の技術に関して聞かれたので、「落語は声」だと言いました。その声を通して、その人の人柄を理解する。その人を信頼できるから、どっぷりと落語の世界に浸れる。教師もそうだと。

 ネットサーフィンしていたら、「歌を聴いて、涙がこぼれたのは初めてだ。英語がわからなくても聴いてほしい」(http://whats.be/132995)がありました。話半分でも聞いてみてもいいなと思いました。前後にドラマ仕立ての演出があるようですが、それを飛ばして純粋に歌だけを聴きました。確かに涙が流れた。

 その人の声、表情、全てのボディーランゲージを通して、人を感じました。

[]メテウス 05:55 メテウス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - メテウス - 西川純のメモ メテウス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明治維新、太平洋戦争後のような旧価値観が崩れるとき、勝ち組と負け組がハッキリと分かれます。その差は、新しい社会のルールを理解するものと、旧ルールに固執するものです。これからの二十年間、教育も激変します。新たなルールを理解し、切り開く組織を応援します。http://www.zkaiblog.com/histaff/56884

16/01/22(金)

[]幸せ 22:05 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生は可愛い。私という変な人を指導教員に選んでくれた。信じてくれた。そして2年間、一緒に同じ目標に走ってくれた。

 それだけで愛するに十分な理由です。

 本日、ある教え子が幸せであることを知りました。長い、苦労をしている人であることを知っているので、ジワジワと嬉しくなります。幸せを得るには苦労が多かったと思います。しかし、その苦労以上に大事なのは、それを失わない行動。

 このメモは私とその人しか分かりません。

 そして、その人は絶対に反応してはいけません。

 とにかく、嬉しいので、ここにメモります。

[] アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 21:38  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 職業柄、色々な学校に行きます。

 中学校に行くと、体育館での集会の際、暴力団のような表情と声で生徒を動かしている教師がいます。また、絶えず指示を与え、注意を与え続けている小学校の教師がいます。

 危ういな、と思います。

 たしかに昔は、それでも出来たのかもしれません。しかし、今の子ども達の保護者は民主主義で育った大人です。子ども達は権利に対する知識も意識も違います。

 私の現場経験は定時制高校で暴走族相手に物理を教えることです。そこで、子ども達が集団となって反抗したら、教師は何も出来ないことを知りました。その結果、命令するのではなく、納得させるしかないことを嫌と言うほど分かりました。

 脅かすつもりはありませんが、これから十年以上教師を務める人ならば、必読だと思います。卑屈にならず、威圧的にならず、ちゃんと語ることが大事です。

http://goo.gl/BJMUy6

[]商品価値 21:38 商品価値 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 商品価値 - 西川純のメモ 商品価値 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 商品価値のことを言いました。でも、抽象的だったかもしれませんので、補足します。

 例えば、海外の日本人学校での教師経験がある方は少なくないと思います。そこから学んだことは多いと思います。ただし、比較教育学の大学教師が書くような制度的なものはいいのです。また、教室の掃除をするのは業者だとかいうレベルもつまらない。もっと現地の人との繋がりの中で生じた軋轢が面白い情報があります。

 例えば、民間の営業で苦労して、その後に教員になった方も少なくないと思います。営業で生き残るために、どんなことを学んだのでしょう。そして、それを今にどのように活かしているのでしょうか?私は暴走族相手に物理を教えたことは、今の教育観に決定的に影響を与えています。きっと、営業で悩んだことで学んだことはあるはずです。私が暴走族相手の教育に留まらず、そこから広げたように、民間の営業で学んだことを広げることは可能です。

 これは塾を経験した人も同じです。学校の事務職を経験した人も同じです。中学校で長らく教員をして小学校に異動した人、また、その逆の方も面白い経験をしたと思います。

 英語の教師の中には、海外で仕事した人もいるでしょう。その視点から語れることもあるでしょう。

 私は生物を専門とする学部を卒業したのですが、物理教師として採用されました。それと同じように、卒業した学部と現在の教科が違う人もあると思います。だからこそ気づけるものもあります。

 認知心理学に族類似という概念があります。我々は教師に対して一つのイメージを持っています。ところが、その全てを満たしている人は、案外、多くはありません。大多数は一致していますが、全て一致している人は多くはありません。実は、多くの人は、その人なりの商品価値があります。

[]奥義 21:38 奥義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 奥義 - 西川純のメモ 奥義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何事にも奥義があります。初心者に語ると誤解してしまうこと。だから、ある程度分かった人にだけ、伝えること。

 私のゼミの様子はユーチューブで公開しています。本日の修士2年のゼミは何故か、ビデオがおいていません。そこで思いっきり奥義を語りました。ゼミ生は、「ビデオがないから言い切りますね」と言って大喜びです。

 一定以上の経験と挫折をした人に、会話出来る状態の時に語れることがあります。

[]甘い 09:12 甘い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 甘い - 西川純のメモ 甘い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昔から歴史小説が大好きで、太閤記は小学校低学年の絵本太閤記から各種読みました。その中の一つの解説にあったと思うのですが、豊臣秀吉が出世した理由が書かれていました。曰く、その時の自分の仕事に最善を尽くした。草履取りの時には最高の草履取りになり。薪炭奉行の時は最高の薪炭奉行になり。もし、草履取りの時に「おれはこんなことをする人ではない」と思っていたら、一生涯、草履取りで終わるでしょう。いや、それすらも出来ず暇を与えられるでしょう。

 若い学生に言います。

 「理想の伴侶と結婚したいと思っているだろ?しかし、そんなのは確率論的にまあ、無理だよ。大事なのは、おまえを拾って結婚してくれる人が最高の伴侶になればいい。その方法は、自分がその人にとって最高の伴侶になればいい。」と

 とにくかくにも、就職出来なければ、その出発点にも立てない。

 そこそこの大学に入れば、そこそこの職業に就けるという、旧モデルのまま大学生になってしまった悲劇ですね。

 一度やめれば、非正規採用で一生涯すごす道しかない。厳しいのにな~。

http://blogos.com/article/156176/

[]商品価値 08:52 商品価値 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 商品価値 - 西川純のメモ 商品価値 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 自分という商品をグローバルに売り込もうとするとき、自分という商品を知る必要があります。

 私の商品価値は以下の通りです。

1) コンピュータが得意で、それを駆使した統計分析に長けている。

今では笑い話ですが、私が教科教育研究に入った頃は数十人のデータで作った棒グラフを使った論文が学会誌に掲載されていたのです。私は大人数のデータを収集し、それを統計分析したのです。その当時、名義尺度・順序尺度の統計分析が分かっていたのは、おそらく私ぐらいだったと思います。だから修士時代に、2つの学会誌論文、一つの紀要、歴史ある海外学術雑誌に掲載されることが出来ました。

ちなみに、これは既に一般化されているので武器になりません。だから、これを使って闘おうとはしません。

2) 生物物理学を学んだ。

日本に生物物理学の学会が生まれたのは1960年です。私が生まれた年の次の年です。つまり私が大学2年で足を突っ込んだときは20年ぐらいの歴史しかありません。だから、それを学ぶ人は少なかった。生物のようなグチャグチャしたものをシンプルな理論に近似するという手法をそこで学びました。これは今でも役に立っています。

3) 現職教員が多数学ぶ上越教育大学の教員である。

これによって現職教員と一緒に研究することが出来ます。初期の段階ではアンケートの被験者を集めることに協力してもらいました。だから、ボンボン論文が書けました。そして、後半になると、学校現場に中長期に入る研究を進めることが出来ます。

なお、現在の私の武器は日本中に同志がいる点です。ですので、必ずしも上越教育大学に勤めていなくても臨床的研究が出来ます。

4) 上司に恵まれた。

私は上司に本当に恵まれました。大々的に宣言しますが、私は生涯に1度たりとも直属の上司を非難する言葉を言ったことはありません。それは家内との会話においてでもです。それほど素晴らしい上司だったんです。おかげで我が儘放題は出来ますし、学会における活躍も出来ました。

残念ながら、お世話になった上司は鬼籍に入られたり、他大学でご活躍されています。今は、日本最高の教員集団である上越教育大学教職大学院のスタッフが武器です。何をやっても後ろから打たれることはないし、何かやろうとすると一緒にやってくれる仲間です。

また、全幅の信頼を置ける出版社の編集者とのつながりは武器です。

  

 以上があるから、惚れ惚れする天才がいる研究者の中で、名だたる学閥の名流に属していない私が学会で活躍でき、実践書を多数出せました。

 

 さて、自分の武器は何でしょうか?

 

 商品価値は希少性にあります。だから、当人が価値があると思っていたとしても、それと類似する人が1%以上いるならば、それは武器になりません。もし、グローバルレベルで戦える武器がない場合は別な方面で戦うべきです。それが95%以上の人の武器です。

 

 これにはニッチな商品をロングテールで打ち込む方法と、ローカルで戦う方法とがあります。

 ニッチな商品としては、「教員生活の殆どを離島の学校の教師として過ごした」、「スイミーを30年間、教材研究している」などが考えられます。その商品を必要とする人はおそらくものすごく少ない。だから本などの形にはならないでしょう。しかし、電子書籍だったら成り立つかもしれません。

 ローカルでの最大の武器は、人と人とのつながりです。そこでの信用、その人に対する情報です。おそらく多くの教師の場合は、ここが勝負所だと思います。ちなみに、私の一生涯続く、最大の武器もここにあるかもしれません。『学び合い』というローカルな社会で、その黎明期において汗をかく人との人間的つながりの多さ、多様さは私がダントツだと思います。

 自分の商品価値を冷静に分析することは有効です。

 「私は授業がうまい」、「私は文章がうまい」などのあまり客観的に評価できないものは、いくらでも類似品が出てきます。第三者からもハッキリ分かる希少性がポイントです。なお、本当に凄い人は、自分で価値を生み出せる人です。ドラッカーの言う顧客を創造できる人です。

[]追伸 06:49 追伸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 追伸 - 西川純のメモ 追伸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモの追伸です。

 今のところは、今のビジネスモデルでやるべきことは確かです。ただ、我々の世代のようには出来ない。そもそも教師が本を買って、読んでいた、我々より上の世代に比べれば、我々の世代はもの凄く厳しく、生き残れる人数ももの凄く少ない。それがもっとキツくなると言うことです。出版社さえも、色々と模索しなければ生き残れません。生き残る出版社は限られるでしょう。

 じゃあ、何を言いたいかと言えば、今のビジネスモデルで動き始め、次のビジネスモデルは何かのアンテナを立てるべきだと言うことです。

16/01/21(木)

[]市場 21:53 市場 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 市場 - 西川純のメモ 市場 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 土地は価格が上がると長年思われていました。少なくとも1955年ぐらいから。それを戦後の焼け野原の時代から分かった人が勝ち組です。そして、それ以前から分かっていた人がもっと凄い勝ち組です。ところが庶民がそれに乗って大騒ぎしたのがバブルです。でも、庶民は最後は負けました。だって、知識無しで、土地は上がるという幻想をもって投資したのですから。

 何かが儲かると知り、そのビジネスモデルに乗る人がいます。でも、どこかでバブルがはじけます。

 最近、ある人と話しました。

 

その人:西川先生は実践界の現状をどう見ているのですか?

私:あなたも、私も、時代のモンスターだ。おそらく、今のビジネスモデルで生き残れる人の最後の世代になると思う。そして、私もあなたも同じく。次のビジネスモデルにシフトしなければならない。

その人:どのようにシフトするべきですか?

私:本を中心としたビジネスモデルは縮小傾向だ。だから、新規参入は極めて難しい。参入しても、我々と同じことは起こらないだろう。

その人:なるほど。

私:我々の世代は厳しいよ。

 上手くシフトする人は3通りある。

 第一は、今のビジネスモデルで突っ走る人。既に市場を開拓した人は生き残れるだろう。でも、若い人は無理だろうね。我々のようには。

第二は、学校現場の既存の価値観「も」実績を上げる人。○○さんみたいにね。ようは、勤務校にソフトランディングする人。

大学に異動するのは難しいだろう。大学自体が縮小傾向だし、大学の価値観は実践界とは全く違う。もの凄い先達、もの凄い組織に導かれない限り、かなり苦労するよ。

 第三は、新たな市場を開拓する人。

その人:新たな市場を開拓する人とはどんな人ですか?

私:私の収入を考えると、本の収入より、講演の収入の方が大きい。これは音楽市場でも起こっていることだよ。今後はライブを重視して市場を開拓することだね。本はそのきっかけ。出版社はそのレベルをプロモーションできるところが生き残ると思う。我々を活躍させてくれる出版社はその可能性がある。

その人:具体的にはどんなことですか?

私:例えば、講演。あなたも体のことを考えれば、講演は制限した方がいいよ。その代わり、ネットを活用した講演も考える必要もあるよ。

その人:なるほど。

私:若い人が過去のビジネスモデルで頑張っていることが、私には不安だ。能力のある人だから。縮小市場なのだから、勝てる人は少ない。先行する市場は多い。年上の成功モデルではなく、パラダイムが変わった市場の経験を学ぶべきだよ。

 

 その人は、私と同じく、現状のビジネスモデルに限界を感じています。でも、そのビジネスモデルに若い人が新規参入することに危うさを感じます。若い人も出版も次にシフトしなければと思います。今のところ、電子書籍の試験運用をしていますが、それも一つの手だと思います。でも、それを若い人が参入しやすい方法が生まれたらいいなと思います。

 

 以上、実践界の次のリーダーへのおじさんのメモ。ようは、しばらくは今のビジネスモデルで動きます。が、私の時代よりは大変です。そして、私の時代はそれで逃げ切れますが、若い世代は逃げ切れません。だから、今のうちに、次のビジネスモデルを考えて下さい、ということです。

[]仙南の会 19:49 仙南の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 仙南の会 - 西川純のメモ 仙南の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

2月6日に『学び合い』の会が宮城で開かれます。お誘いします。

http://www.kokuchpro.com/event/29170db6d0463a441abf231e87af7753/

[]ヒット 18:46 ヒット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ヒット - 西川純のメモ ヒット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある学生がトポロジーの問題を解いていました。以下、私との会話。

私:へ~、トポロジーの問題といているんだね?

学生:何ですかトポロジーって?

私:(ちょっと驚いて)「だから位相幾何学だよ」

学生:何ですか?

私:(ゲタゲタ笑いながら)おまえバカか?

おまえは中高免許の数学を取得しようとしているのだろ。

学生:僕はバカではありません。

私:だって世界史専攻の学生がナポレオンを知らないと言ったらバカだろ?

学生:いや、それが個性だと思います。

 それを聞いていた6人ゼミ生が「お~」と感嘆の声を発しました。

 ある学生が「おまえは良い教師になるよ。多様性を認められるのだから」と言いました。

 私もいたく感激したので、アップします。

 試験に受かりさえすれば、良い教師になれます。(おい、S。この部分をよく読むようにね)

[]禁煙 18:24 禁煙 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 禁煙 - 西川純のメモ 禁煙 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生に関しては自己判断を大事にしています。ですので、無理強いはしません(ゼミ生の「え~」という声が聞こえますが)。が、例外的に強く指導することがあります。それは「箸の使い方」と「禁煙」です。これは、100%、その学生のためになると確信しているので、かなり強く、しつこく言います。

 本日、我がゼミの現職教員Siさんと、学卒院生Nagが禁煙宣言をしました。

 私は「男、一度言葉にしたら守れよ。そんなことも守れないぐらいで子ども達の前に教師面するな」と満面の笑顔で耳元で囁きました。

 お二人の承諾の上にアップします。

 フォフォフォ

[]教職大学院 12:57 教職大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教職大学院 - 西川純のメモ 教職大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員養成系大学・学部の大学院が基本的に教職大学院に移行する方向性が定まっています。さて、このことがどれほどのものかを勤めている教員が理解しているだろうか?と思います。特に教員の大部分を占めている教科専門の、それも50歳代より若い世代の人にとってはとても大事なことだと思います。

 教職大学院のカリキュラムは今までの修士課程と徹底的に違います。修了単位の約半数は共通科目で占められていますが、その内容は細かく決まっているのです。そして、教科に関わる科目はそのうちの一つの科目の一部です。最大に見積もっても1割程度です。逆に9割は関われないのです。残りの半数多くは学校での実習が占めているのです。

 教職大学院の教員は実務教員が4割以上必要です。実務教員の資格は定められています。学術論文の業績が十分にある方は小中高での教職経験が5年以上あればOKです。その他の方は概ね20年以上の教職経験が必要です。

 このことを満たす教員が大学に何人いるか、それがポイントです。

 教員スタッフ数が100人の学部があったとします。全教員の中で40人が実務教員であれば全員が大学院担当になれます。ところが、実務教員が20人であれば30人の研究者が教職大学院を担当できますが、50人は担当できないのです。さて、実務教員がどれだけいるでしょうか?

 大学院担当は出来ず、給料は下がります。

 つまり、教育実践がメインの教員以外は大学院の授業に関われないし、院生指導に関われない。そもそも大学院担当から外れなければならないのです。

 この状況は大学院を持つ教員養成系大学・学部共通なのです。そして、上記の規定は学内の議論でどうこうできないのです。

 もし、このメモを見ている50歳代より若い大学の教員は教育実践の研究にシフトすることを勧めます。ま、私のこのメモを見ている人は、そもそもその指向性がある方だと思うので意味がないメモかもしれませんが。とにかく、教員養成系大学・学部の教員は冬の時代です。

 また、いまから教育系の大学に就職しようとする若い院生に対しては、「5年以上は現場経験を積みなさい」とアドバイスします。そうしたら商品価値は高まります。

追伸 上記が大げさだと思う方は、ちょっと調べて下さい。上記の規定はネットで直ぐに検索できます。もちろん、文科省も上記を満額に実施したら大変なことが起こることは理解しています。だから、規定を緩めるかもしれません。でも、その範囲は、実務教員の必要割合をたの専門職と同じ程度の3割程度に落としすかもしれません。また、カリキュラムの柔軟性を高め教科専門の人が担当できるものを2割ぐらに増加させるかもしれません。しかし、厳しいことは変わりません。全員がシフトできるとは文科省は思っていないと思います。

[]なぜかうまくいくクラスのつくり方 12:31 なぜかうまくいくクラスのつくり方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - なぜかうまくいくクラスのつくり方 - 西川純のメモ なぜかうまくいくクラスのつくり方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 長瀬さんが著者、また、『学び合い』本でお世話になっている山本さんが編集している「なぜかうまくいくクラスのつくり方」(学陽書房)を読みました。

 若い人のレベルにあった内容だと思います。また、若い人の忙しさから考えて、負担なく、出来る子とをやろうとする気になる、そんな本です。お勧めです。

16/01/20(水)

[]全校『学び合い21:58 全校『学び合い』 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 全校『学び合い』 - 西川純のメモ 全校『学び合い』 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日田市立朝日小全校アクティブ・ラーニングの授業を公開します。

日時:2月2日(火)

 4校時:異学年合同授業(3学年)・・・11時35分から12時20分

 5校時:全校合同授業・・・14時10分から14時55分

参観を希望される場合は、1月27日(水)までに朝日小学校に連絡してください。

[]群馬の会 21:06 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月30日に高崎で『学び合い』の会が開かれます。私も話します。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/take1_No12/

[]手段と目的 10:31 手段と目的 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 手段と目的 - 西川純のメモ 手段と目的 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 生きる力を獲得するため言語活動が重視された。

 が、学校現場は生きる力の獲得は建前論としてとらえ、言語活動の重視が目的となった。手段と目的の取り違えです。そのため、言語活動をどれだけやったかが議論され、言語活動の質は問われませんでした。ようは、少しでもやればOKになりました。

 アクティブ・ラーニングも同じです。「認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」するためにアクティブ・ラーニングが導入される。

 が、学校現場は「認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」を建前論としてとらえ、アクティブ・ラーニングが目的となった。手段と目的の取り違えです。そのため、アクティブ・ラーニングをどれだけやったかが議論され、アクティブ・ラーニングの質は問われませんでした。ようは、少しでもやればOKになりました。

 「認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」の中で最も重視すべきは、教科学習で今まで担当した認知的(つまり知)だけではなく、倫理的、社会的能力(つまり徳)を含めた汎用的能力の育成することを求めている点です。

 今までの教科学習では、授業の最後に「分かった?」と教師は聞きます。しかし、アクティブ・ラーニングにおいては国語の授業の最後に「君たちは人として正しい行動をしているか?」と問えるかどうかがポイントなのです。しかし、多くの教師が分かっていない。

 我々は社会で生きられる人材を育てているのです。もっと言えば、働いて食べていける人を育てているのです。でも、大学の教師ですら、「それは自分たちの仕事ではない」と言います。ましてや、小中高の教師が「それは自分たちの仕事ではない」と言うのは当然です。

 が、子ども達は働いて食べていけなければ、死にます。

 今までは、それは卒業後の職場が教えてくれました。だから、「それは自分たちの仕事ではない」と教師が言えたのです。が、今後の社会は、職場で教えません。社会は、仕事を出来る人を求めます。だからジョブ型大学、ジョブ型高校を卒業することを求めます。同時に、仕事が出来るけど「嫌なやつ」は求めません。だから、「認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」を求めているのです。

 学校が、文科省がどんなにそれをマイルドにしても、社会は「認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成」を求めます。それが出来ない人を正規採用しません。そのような汎用的能力が無い人は年収170万円の人生を歩むのです。

 どこかの国の首相の経済政策を非難する情報はネットで流れています。私はそのことの是非を論ずれるだけの知識はありません。しかし、日本中の教師が目の前にいる子どもを善意の指導で年収170万円(そして奨学金という500万円の謝金を背負って)の人生に追い込んでいる高校教師が多いことを知っています。そして、そのようなことは自分たちの仕事ではないと思い、そんな進路指導をする高校に進学させている義務教育の教師が多いことを知っています。ものすごく罪深いことだと思います。そのような人が他人を非難できるのか?と思います。

 悪意がないことは分かっているのですが、義憤に駆られます。その子達の幸せを決められるのは首相ではなく、子どもに直接語りかけられる我々教師なのです。

 今の20代、30代の生活の実態を知るとそう思ってしまいます。すみません。

 そんな気持ちで書いた本です(http://goo.gl/1I6zDq)。

追伸 ネットで検索すると『学び合い』を否定する意見が多数ヒットします。でも、今まで一度たりとも、子ども達が30代、40代、50代になるときの社会はどんな社会であり、そのためにどのような教科学習であるかという次元で語った否定的意見を見たことがありません。

[]否定的な方へ 10:31 否定的な方へ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 否定的な方へ - 西川純のメモ 否定的な方へ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 このメモをお読みの方の中には、『学び合い』に否定的な方もおられるでしょう。そして、多くの方は疑問をお持ちでしょう。それが健全です。周りのやっていることを正しいと思うことは多くの場合は最良の判断基準です。ただ、社会が変わるとき、それは崩れます。

 上記のような方に書きます。

 皆さんの疑問に対しては、ありとあらゆることに関して、私は応えられます。それも学術データと実践データに基づいて。二十年間、あらゆる地域、あらゆる学校段階、あらゆる実践者が実践し続けているのです。それも非常にシンプルな原理原則、方法論の『学び合い』をです。だから、起こるであろう問題は出尽くしています。それに対して、学術・実践の両面で分析され、解決されています。もちろん、人相手の営みです。パーフェクトとは申しません。しかし、従来より「まし」であることは断言できます。

 が、それを理解するには、様々な本をお読みいただきたいし、その根拠となっている学術論文をお読みいただきたい。が、否定的な方、疑問をお持ちな方がそのような労力を費やすとは思えません。ですので、もっとも簡単な説明をします。この説明を考えることを機会に『学び合い』を学ぼうとする方が増えることを念じます。

 「一人も見捨てない」を前提とします。おそらく、多くの方は、それに反対されないでしょう。むしろ、『学び合い』が「一人も見捨てない」を専売特許のように言うことを苦々しく感じておられていると思います。すみません。しかし、「一人も見捨てない」と突き詰めれば、『学び合い』以外にあり得ないのです。

 さて、説明です。

 子ども達は多様です。能力的にも、性格的にも。これは当たり前ですね?

 では、その子達全員が分かる説明、全員が楽しい授業、そんなのあり得ますか?

 あり得ませんよね?

 だって、子どもの中には東京大学に進学するだろうと思える子どもがいる一方、知的な障害を持つ子どももいます。成績で輪切りになったはずの高校も、3ヶ月もたてば正規分布します。

 じゃあ、全員が分かる、楽しい授業を実現できるでしょう。

 放課後残して教えます、と言う方がいます。でも、何人指導できますか?おそらく2、3人が限度でしょう。それ以上は無理ですよね。

 じゃあ、どうしますか?

 普通はそこで思考停止します。そして、「頑張る」という太平洋戦争末期の精神論になってしまいます。でも、それで気が休まるのは教師のみです。

 『学び合い』はそこで思考停止しません。

 どの学校段階、どの教科も、子どもの多様性を理解した上で、成績中もしくは中の下に合わせた授業をします。つまり、その程度の授業ならば、教えられる子はかなりいます。その子達とTTすれば効率がいいじゃないですか?至極当たり前のことです。

 子どもでは教えられない、とおっしゃります。本当ですか?確かに教えられない子どもは過半数だと思いますが、教えられる子はいませんか?

 子どもでは教師のような教え方は出来ない、とおっしゃります。確かに、子どもは教師のような教え方は出来ません。でも、教師のような教え方で全員教えられますか?無理ですよね。

 子どもに任せれば遊ぶ、とおっしゃあります。たしかに遊ぶ子はいるでしょう。でも、遊ばずに学ぶ子もいませんか?そのような子が「いっしょに勉強しよう」という方が有効ではないですか?特に遊ぶであろうと思う子どもにとっては。

 子どもが学び合えば、一人ぼっちになる、とおっしゃいます。では、今の授業でそのような子は一人ぼっちではないですか?

 子どもが学び合えば、能力の低い子が露わになる、とおっしゃいます。では、今の授業では能力の低い子は露わになっていませんか?

 一人ぼっち、能力差、それは隠すことによって解決しません。露わにさせ、とれを乗り越える意味を語り、子ども達と一緒に乗り越えるしかないと思います。

 問題を先送りしないで下さい。今できることをやりましょう。ただし、一人で抱え込むのではなく。子ども達と乗り越えましょう。乗り越えることによって、全ての子どもは成長します。そして中年、老年の幸せに繋がります。

 子どもという子どもは一人もいません。あなたが心配していることをする子どもはいます。でも、あなたと一緒に解決してくれる子はいます。

 今まで努力して獲得したものを捨てることに躊躇する方もおられるでしょう。捨てなくていいのです。ただ、一時的に封印して下さい。子ども達集団が育ってくれば、今まで獲得した能力は有効に働きます。私自身、暴走族相手に物理を教えるときに書くとした能力は今でも使っています。

 今のクラスは『学び合い』を導入できる状態ではない、と躊躇する方もおられるでしょう。でも、じゃあ、その状態のままでいいですか?違いますよね。あなた一人で解決出来ますか?出来ないから今の状態があるのですよね。今の状態が自分にとって「損」である子は必ずいます。そして、その子はクラスの中で影響力のある子です。その子にちゃんと語れば、一緒になって今の状態を改善できます。市の義務教育課長(指導主事ではありませんよ)が頻繁に見に来るレベルの学級崩壊を1ヶ月で立て直すことも可能です。学級崩壊は革命です。革命が成功するには、理論的な指導者が必要です。学級崩壊するクラスにはそのような能力のある子が必ず3人はいます。だから、崩壊を立て直せば最高のクラスになれます。

 そして、最後に、否定するならば、ちゃんと本を読んで学んでから否定して下さい。トンチンカンな否定の仕方をすれば、その人の知性と品位が疑われます。本を読んで理論武装して否定して下さい。そして、2チャンネル的な言葉遣いではなく、大人の言葉を使って話しましょう。

 そんなことするつもりはない、とおっしゃる方は沈黙を守りましょう。

16/01/19(火)

[]飲み会 22:12 飲み会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飲み会 - 西川純のメモ 飲み会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は専攻の新宴会です。

 酒、肴、レベルは超1級です。

 その高級の飲み会で、五十代以上のオジサン、お姉様が学生ののりで、学生が語れないレベルの馬鹿話に興じました。

 我が専攻は、最強軍団です!眠たいので。ねます。

16/01/18(月)

[]新潟県教育センター 16:33 新潟県教育センター - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新潟県教育センター - 西川純のメモ 新潟県教育センター - 西川純のメモ のブックマークコメント

 新潟県の職員の方へ

 新潟県県立教育センターの午後の分科会Iで上越教育大学教職大学院の発表会があります。私と赤坂さんのコラボの講演会もあります。お誘いします。お申し込みは学校を通じてお願いします。

http://www.nipec.nein.ed.jp/sc/kyoikuforum/H27/H28poster.pdf

[]セオリー・オブ・ナレッジ 12:51 セオリー・オブ・ナレッジ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - セオリー・オブ・ナレッジ - 西川純のメモ セオリー・オブ・ナレッジ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学研究者は知的に考えていると思っている人が多いと思います。しかし、実際は本当に創造的に知を産みだしている人は、ごく一部です。そして、その人だって、研究者人生の中で本当に地を生み出している期間は長くはない。

 じゃあ何をしているか。

 創造的に生まれた知をもとに、職人のように一つ一つ確実に積み上げる作業をしている人が大部分です。前提が定まり、方法論が定まれば、時間と手間をかければ一定の結論に至るようになります。そのため、ものを考えるというトレーニングを本格的に受けていない研究者もいます。でも、それでも生きていけます。

 知る人ぞ知るPEARSONが出した「セオリー・オブ・ナレッジ」を一足早く読ませていただきました。今まで、欧州での学校教育での哲学の本を読みましたが、それに比べて組織的で分かりやすい。「なるほど、そうくるか」という具合で読めました。抵抗感なく読めるので、速読が出来ます。

 が、これを日本が受け入れられる状況に至るのは大変だな~っと思いました。おそらく、『学び合い』よりも大変だと思います。『学び合い』は人間の本能に基礎を置いています。だから、発想さえ変えればだれでも一定以上の達成を期待出来ます。しかし、この本を教えられる人は、ちゃんとトレーニングを受けた人でないと駄目だと思います。無理にこれを日本に導入すれば、演習ごとに標準的な解答が付せられ、教師はそれを覚えることを求めるでしょう。それは高校レベルのみならず大学でも同じように思います。

 おそらく、節ごとを1冊のマンガ本にすると分かる人が増えるように思います。

 もう一つのシナリオも考えられます。それはトップ大学とトップ高校がこれを取り入れた教育を行い、それを入試で使うのです。トレーニングされていない高校は全く手を出せなくなる。そんなことを妄想しています。

 最も組織的な学校「哲学」の姿を見たい方へお勧めです。そういう人が増えることによって、前に進める。

[]サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 10:01 サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月28日に発売されるサバイバル・アクティブ・ラーニング入門の著者インタビューがアップされました。お読みいただければ幸いです。http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160029

[]インプット、アウトプット 09:05 インプット、アウトプット - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - インプット、アウトプット - 西川純のメモ インプット、アウトプット - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員採用試験を受験した方なら、こう思いませんでしたか?

 「大学入試の直後に受けたら合格するよな~」と。

 少なくとも、私はそう思いました。

 このことが意味することは、大学入試と教員採用試験は一致して、それらは大学教育と一致していないということです。

 教員養成系学部のようなジョブ型大学はなにはともあれ教員採用試験に合格しないと駄目なので、アウトプットがハッキリしています。しかし、同じジョブ型大学である医学部と違って、国家試験がないので、そのアプトプットが大学入試や大学教育と一致していません。教員養成系学部の教育をもっとも劇的に変えるには、医師免許のように国家試験を課すことでしょう。

 ところが、非ジョブ型大学はもっと混迷しています。なにしろ、アウトプットの企業が大学教育に何も期待していな「かった」からです。だから、大学は自由に何でも出来ました。強いて言えば、大学としてのブランド力をあげることが就職に影響します。そのブランド力は入試の偏差値でランキングされます。

 でも、そのような大学もジョブ型大学化することになります。

 評価がお手盛りである限り、改善はない、という当たり前のことです。

[]記述問題 07:08 記述問題 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 記述問題 - 西川純のメモ 記述問題 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 センター入試以降の新テストでは記述問題が導入される。

 記述問題をどうつくればいいのか?みんな頭をひねっている。そりゃそうだ。どんな記述問題をつくるかがハッキリ分からないから。でも、簡単だ。「試験中にスマホを使い放題にした状態での受験生の能力が分かる問題」とすればいいのです。

 出題者は、自分がつくられねばならない問題が生やさしいモノでは無いことがハッキリ分かります。でも、簡単です。自分たちが日々悩んでいる問題を出せばいいのです。ネットサーフィンすれば、今問題となっているものが分かります。

 例えば教育学部だったら、「子どもの貧困問題をどのように解決したらいいでしょうか?」とかがあるでしょう。嫌らしい私だったら「道徳の教科化を学校現場はどのように有名無実にするでしょうか?それを踏まえて道徳の教科化を実のあるものにするために、行政はどのようなことをすればいいでしょうか?」なんて面白いですね。

 判断基準は「お~凄い!」、「うん、ちゃんと勉強しているんだね」、「浅いな~」、「日本語になってないよ」の4段階で十分です。ただ、難点は、採点者が「浅い」人だと「お~凄い!」を「日本語になってないよ」に分類することです。あはははは

[]生き残る人 07:08 生き残る人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生き残る人 - 西川純のメモ 生き残る人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 授業中も使えばいいのに。そして、大学入試でも使えるようにすればいい。今の社会で必要な能力は何か、それを教師は直視することになる。

 だって、学校の外は、そうなのだから。

 ちなみに、地元の実践者はそれを授業で普通にやってます。

 情報機器と張り合うのではなく、使えばいい。

 産業革命の時に、機械を打ち壊した側は衰退し、利用した人が活躍した。それと同じ。

 反対する論のルーツには保身がある。

 教師の職能は2桁の足し算を上手く教えることではない。それぐらいは塾・予備校・通信教育で履修済みの3割の子どもでも出来ます。

 そして、その教える子が情報機器を使って教えれば、もっと効率がいい。

 でも、2桁の足し算を教えられる子どもも教えられないこと、それは人の道を語ること。それが教師の職能。それが分かれば、張り合わない。

  最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である(ダーウィンだと言われますが実は作者不明の名言)

http://www.asahi.com/articles/ASH8Z03S1H8YUSPT00B.html

16/01/17(日)

[]受験戦争 21:38 受験戦争 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 受験戦争 - 西川純のメモ 受験戦争 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本年度のセンター入試が本日終わりました。おそらく、多くの子どもの大学の合否が本日決まりました。センター入試の点数を重視する大学が多くを占めるでしょう。だって、センターと同じだけのマンパワーを受験に費やせる大学は少ないですから。そして、アドミッションポリシーに対応した2次試験を実施できる大学は旧帝国大学以外は殆ど無いですから。

 厳しいですね。

 この受験戦争を緩和するために、入試を簡単にして卒業を厳しくするという方法もあります。でも、それってもの凄く厳しい戦いです。だって四六時中、戦いであるのです。ただ、いいこともあります。つねにリターンマッチもあるからです。そして、戦う相手は自分なので、他者との協働もしやすい。

 もう一つあります。得たものを失う可能性があります。つまり、ある大学に入学したことが無になる可能性です。我々は一度得たものを過大評価する傾向があります。だから、もの凄くつらいことになります。

 だから、一発勝負の現状は「優しい」とも言えます。ただ、それによって保証するものの価値が暴落していることを多くの人は知らない。

[]未来の学校 20:03 未来の学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 未来の学校 - 西川純のメモ 未来の学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 これからの仕事はグローバルとローカルになるのだろう。

 グローバルは価格や一般受けする価値で勝負する。ローカルは顧客の個人的な価値で勝負する。これはサービス業ばかりではなく、第一次産業、第二次産業も同じだと思う。

 私は大学で家電製品を買うとき、特定の業者、もっと言えば特定の「人」にお願いします。その人は、私の研究室においてある家電、特にコンピュータ関係を一手に納入しています。だから、何に何を繋げているか分かっているのです。そして、何を第一優先するかも知っています。だから、非常にアバウトな要求をしても、ちゃんと応えてくれます。また、コンピュータが不調な時は、調整してくれます。これがありがたい。

 今後、ICT機器の便利さを知っている老齢者が増えるとき、この手の需要は増えると思います。今でも、その担当者が異動したらどうしようか、と悩むほどですから。

 さて、学校はどうでしょうか?

 似たようなことが起こると思います。

 価格や一般受けする価値であるならば、ネット上でのソフトの優位性は絶対的です。

 だから、学校も家庭学習も塾も、それらを自由に使う点は同じだと思います。この種のサービスに教師個人はもちろんとして、中小受験産業、学校、教育委員会も勝つことは出来ません。無駄ですから戦わない。

 また、成績管理と一般的なアドバイス(例えば志望校別の受験対策のアドバイス)もネットの方が勝るでしょう。だって、ネットによって個人データを組織的に蓄積し、ビックデータを使って分析できます。また、一般の教師と、それだけで生きている受験産業のチームとで受験アドバイスを勝負しても、どちらが勝つかは自明です。つまり、今現在、教師の武器としているものの殆どは全く価値を失います。

 じゃあ、学校は何で残るか。それはローカルだと思います。本当の意味で一人一人の子どもと人として接する。その子の兄弟や親や祖父母の情報も重要です。その子の机の上にどんな本が置いてあるかのレベルを知る必要があります。となると、都道府県レベルでの採用や人事では無理でしょう。人口10万人程度のエリアでの採用が基本となります。採用後もそこでずっと異動します。じゃあ、今の全県レベルでやっている仕事は誰がするか?それは全く別の採用枠を設けるのです。つまり、優れた教師の延長上に管理指導主事や教育長がいるのではなく、管理者を別に採用するのです。

 そんなことを妄想しました。グローバルとローカルが全く違う論理で動くことを理解することが大事です。

追伸 言うまでもないですが、教師のもう一つの職能は、子どもの心に火をともすこと。全員にともすには集団をどのように管理すべきかが勝負です。

16/01/16(土)

[]ニッチ 21:43 ニッチ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ニッチ - 西川純のメモ ニッチ - 西川純のメモ のブックマークコメント

実は、この手の広告、気に入っているのです。

この手の商品が重要のように思います。

時計のムーブメント自体は、もの凄く安くなるでしょう。

そこに付加価値をつける。

テレビはどうでもいい4K闘争に入っている、馬鹿馬鹿しい。

むしろ、液晶少テレビの激安基本に、「私」を付加する製品を日本で出せばいい。例えば、韓国のテレビのプラスチック部分を吉野杉でやったらどうなんだろう。おそらく欧米でも買ってくれる。もちろんシャープではなりたたない。でも、シャープがリストラする社員にそういう道があることを示したらいいのに。

https://www.facebook.com/creema.jp/posts/1089326947786815?fref=nf&pnref=story

[]受験生 07:03 受験生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 受験生 - 西川純のメモ 受験生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 国立大学の教員は、ほぼ毎年、センター入試の試験監督をします。受験生を見ていると、心が苦しくなります。どれほどの不安の中にいるだろうかと。

 同時に思います。彼らの中にある願いは、大学に入りたい、だろうな、と。私もそうでした。だから、大学に入学したとたんに遊び始める。それが3年の後半まで続きます。どんな人生を送りたいかといヴィジョンと願いを持って入学して欲しい。しかし、そのレベルの指導を出来る高校教師は多くはない。

 例えば、高校1年から、いや中学生の頃から、自分の将来に関わる学部の大学教師に電子メールやFBで質問するのはどうだろうか?どんな本を読めばいいか?どんな経験が必要か?これに誠実に対応出来ない教師はどうでもいい。対応出来る教師もちゃんといます。

 また、体験入学を個人的するのです。例えば、その教員の授業に参加します。きっと大学生は温かく迎えるでしょう。そして、高校生の前では立派な大学生になります。両方ともメリットがある。

 ちなみに大学院生に関しては毎年私は受けています。上越教育大学教職大学院を受験しようとする学生からの質問メールを受けています。また、2泊3日ぐらいで体験入学を受け入れ、ゼミ生がどんな実習を受けているかを経験します。(ま、そんなことを実習でも受け入れられるのは、上越教育大学教職大学院の実習が学部の実習とは全く違う関係で実習校と繋がっているからですが)。そんなことが学部受験でもあっても良いなと思います。残念ながら、高校生からの相談メールはまだ数回しか受けたことがありません。光栄に思いました。

16/01/15(金)

[] 若手2 22:07  若手2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  若手2 - 西川純のメモ  若手2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 さっきのメモを書き終わって気づきました。

 先輩研究者から「下品だ」と言われるほど論文を書き続けたのも。

 学会賞を受賞したのも。

 最年少で教授になれたのも。

 学会誌の編集委員長になり、学会長になったのも。

 研究者で教育書を出版できたのも。

 有能と認められることより、有能であり続けるのは数段難しい。

 これは根本先生、戸北先生、渡邊先生という人の後ろ盾があったから。

 さて、自分はそんな諸先輩のような役割を果たせているだろうか。

 果たそうとしている。

 でも、恩送りをするには、まだ足りない。

[]若手 21:52 若手 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 若手 - 西川純のメモ 若手 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 晩酌の後なので、ほろ酔い気分で書きます。

 空恐ろしい若手が欲しい。

 変な若手もいます。面白いことを考えている若手もいます。でも、圧倒的大多数は普通の若手です。それでいい。でも、空恐ろしいことをやり始め、このままでは制御不能になりそうな若手が欲しい。おっさんとお姉様は潰しにかかるでしょう。でも、別なおっさんとお姉様に気に入られて、それを後ろ盾にしてばく進する若手が欲しい。

 私の時代、私より10年前の時代にやったことと同じ手法と手順でやっている人はいます。でも、現在、目立っている人は私の時代より上の人と同じ手法と手順ではやっていない。もちろん、それもやっていました。ただ、それ以外の今は標準化されている手法と手順を自ら開発した。

 私の時代は本に頼っていた。でも、次の時代の人は次を生みだして欲しい。そして、そのアイディアを本の世界で生きている人に売り込んで欲しい。そして、「今」その結果を出して欲しい。学校関係者以外の人と繋がり、化学反応を生みだして欲しい。

 もちろん、そんな人は少数でいい。でも、少数は必要だ。

 私が不満なのは、若手が分からないことをやっていることではなく、若手が私に分かることをやっていることです。もちろん、私が若手と言っているのは二十代ばかりではありません。四十代後半も若手です。

[]聖職 17:28 聖職 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 聖職 - 西川純のメモ 聖職 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教師は聖職だと思います。しかし、それを人から言われるのは嫌だし、それを強いられたらば闘います。私人としての幸せと余裕を持たざる凡夫がまともな仕事は出来ません。そして百万人弱いる教師の殆どは凡夫であることは自明です。

 和民を非難する人が、何故、凡夫に聖職を期待するのだろう?

[]遵法 10:20 遵法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 遵法 - 西川純のメモ 遵法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校には脱法行為があたかも美談のように語られることはあります。

 不夜城のような職員室、土日のない部活指導。

 やりたい教師や子どもがやるのはかまいません。やりたくない教師や子どもが強いられるのが嫌です。法で定められていないことを人に強いるのは脅迫です。

 若い教師や子どもはそれを言えないのは当然です。そんなとき、年長者がものを言わねばなりません。たとえ、自分の反対な意見に対してでも。ところが、そんなことを言う年長者が少ないから、今の状態が続いている。

 自分の意見を主張するのは権利です。しかし、反対する意見を言うのも権利です。そして各人が自己判断できる権利があります(法の範囲内で)。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という言葉は大好きです。

[]部活 07:05 部活 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 部活 - 西川純のメモ 部活 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は部活に対して好意的でないことを書きます。その意図は以下の通りです。

 『学び合い』では「一人も見捨てず」を根本の願いとしています。そして、安易に仲間を見捨てることは自分にとって損であることを経験させます。リッカートによれば、『学び合い』と同じような経営をするところの業績は高く、現状の一斉指導における名人授業と同じ経営をするところの業績は低いのです。これはドラッカーやコリンズの著作にも一致します。

 ただし、この『学び合い』的経営をしなくても成果を上げることが出来る場合があります。その条件は、いくらでもメンバーを切り捨てることが出来る。そして、いくら切り捨てても優秀な新メンバーの補充が可能な場合です。この場合、単に競争をさせればいいだけです。一番の例はプロスポーツです。そして、研究者の世界もそうでしょう。

 しかし、上記は学校教育ではあってはならないと私は信じています。

 しかし、ある競技で名門と知られ、日本全国から人が集まり、部員の数が試合出場の人数の数十倍のチームもあります。その場合は、どんどん見捨てて競争させることで「も」成果を上げられます。全てがそうだとは言いません。しかし、全てが違うとも言いません。ただ、そのような経営が可能であるのです。だから、テレビで映し出される名門チームの美談の裏に暗いものを見てしまいます。

 でも部員の数が試合出場の人数とトントンの部活だったらそんなことは起こりません。起こせません。

 ただし、私は部活を授業の中でしたい。部活国語、部活理科、そして部活体育です。

 授業を部活化することのメリットは大きい。

 第一に、全ての子どもが経験できる。

 第二に、練習時間、試合時間がふんだんにとれる。

 第三に、最終目標を教師が自由に設定できます。それによって子ども一人一人が多様にゴールを設定することが出来ます。例えば、一般の部活は大会の優勝、その大会のレギュラーになるというのが自動的にゴールになってしまいます。しかし、授業だったら既成の大会に縛られない。もちろん、中学校、高校の場合は進学・就職というゴールがあります。この場合は、教師が多様な価値観の可能性を伝え、多様なゴールを設定できます。ま、偏差値が序列でないと言うことです。

 なお、授業を通して支え合うことのメリットを実感できたならば、それは授業外に波及します。その中には部活も含まれます。

[]キャリア教育 06:29 キャリア教育 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - キャリア教育 - 西川純のメモ キャリア教育 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 キャリア教育をしっかりすべきです。

 組織は個人を守る力を失っています(http://netgeek.biz/archives/64543)。自分の身は自分で守らなければならない。何で守ればいいのか、それは多様な人間ネットワークです。自分の属しているネットワークの中にいる人は、その組織から出たとたんに孤立無援になる。実は、学校は、というか、現状では学校だけが人に多様なネットワークを与えられる。

 単に高学歴になる子とは未来を保証しません。いや、今は、高学歴を目指すことはリスキーとも言えます(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201601/CK2016010302000098.html)。子どもに適切な情報を流さなければなりません。その情報とは、偏差値とか、問題傾向ではありません。就職に関することです。大学だったら、大学の情報のみならず、それ以上にどの教員が業界と繋がっているかという情報が必要になるでしょう。大学進学前にゼミ所属を希望する連絡を教員にする子どもを育てなければなりません(私の三十年間の大学教員生活で学部生では一人しかいません)。

 これは高校教師ばかりではありません。中学校、小学校の教師もです。なぜなら、そんなことをしてくれる高校を選ばなければならない。だからです。

 そんなことを今月に出す本(http://goo.gl/GHcaLj)と来月に出す本に書きました。

追伸 例えば、ここで紹介した記事を子ども達に読ませて欲しいと思います。

16/01/14(木)

[]部活 21:37 部活 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 部活 - 西川純のメモ 部活 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 東京大学の推薦入試では各学校が推薦できる人数には制限があります。それが拡大した未来の話です。

 ある学校がありました。その学校は東京大学の医学部、法学部に受験する子どもが集まります。事実、その学校の選抜メンバーに選ばれれば、合格する可能性は高いのです。

 その予備校では、受験は団体戦であることを強調します。全員で受験勉強を乗り切ります。が、最終段階で選抜メンバーが選ばれます。それに選ばれないならば、東京大学の医学部、法学部に受験できません。

 選抜メンバーに選ばれなくても、団体戦で培った能力は高いです。だから、色々な大学に合格できるでしょう。しかし、東京大学の医学部、法学部は受験できないのです。選抜メンバーになれない、子ども達は選抜メンバーに選ばれた子どものために色々なことをします。

 さて、あなたはどう思いますか?この学校のこと。

 あるスポーツで大会常連校があります。地域の子ども達がその学校を目指して入学してきます。中には下宿してまで。その部活に、人数が集まります。

 当然のことならば、最終メンバーに選ばれるのはごく一部です。3年間、レギュラーになれない子がいます。その子はレギュラーになれた子を応援する姿が映し出されます。美談です。が、本当だろうか?と思います。

 最終的にレギュラーになれないことを分かって、その学校を選び、その部活を選んだだろうか?おそらく、大多数はその選択はしないと思います。

 結果が分からなくても、レギュラーに選ばれない可能性を知っても、その学校を選び、その部活を選んだだろうか?これは、その部活の登録選手数と例年の部員数で直ぐに分かることです。これに関しては、それでも選ぶ子は少なくないと思います。

 確かに、得るものは多い。それは分かっています。

 でも、選ばない子どもを私は育てたい。

 生物は生存競争だと言われます。しかし、競争するより棲み分けをしている生物の方が生き残る。

 なんでもいいです。あることで勝負しようとするならば、最終的には努力の問題ではなく才能の問題です。才能のある人が努力するならば、凡人が努力しても勝てませんから。だから、ニッチを探しそこで勝つことです。

 きっと嫌われることを書きます。

 私は高校野球大会やその他の各種大会が成り立たない状態になって欲しいと思います。それは一見違うように見えますが、東京大学の法学部、医学部に入学するのが勝ちであるという現在の受験戦争と全く同じ枠組みです。それが本当に何を意味しているかを分かっていない子がいつのまにか参加し、他の可能性を制限する競争です。

 一人一人の子どもが、自分だけの目標を持てば、全員が優勝できるのです。そんなことを考えられる子どもを育てたい。子ども達は競争にさらされる人生を歩むだろう。その中で幸せになって欲しいから。

 受験競争も高校野球も同根です。スポーツだから美しく、勉強だから汚いわけではありません。

[]富の創造 21:28 富の創造 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 富の創造 - 西川純のメモ 富の創造 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの人の買うものは、そんなにバカ高くない。バカ高くないから多くの人が買える。

 でも、世の中にはバカ高いものがあります。多くは希少性に由来します。欲しがる人が多いのに、その人達に行き渡る量がない。ダイヤもそうですね。ダイヤとガラスの違いが分からない人が何十万円の婚約指輪を買います。冷静に考えればバカみたいです。

 私の考える未来像は、より多くの人が数百人のニーズに応えることによって生きられる社会です。実は多くの人はそのような生活をしています。ただ、今と違うのは、数十万、数百万人のニーズを追い求めなくなって欲しい。

 地元で数百人の人相手の仕事を最初から目指す人が増えて欲しい。十万人都市で0.5%のニーズを開拓できれば500人の顧客が期待できる。おそらく商品ではなくサービスが主体になるだろう。

 一方、日本人を相手にすれば、0.0005%のニーズを開拓できれば500人の顧客が期待できる。おそらく、商品はこのような形になるだろう。

 もちろん多くの人が求める商品やサービスはあるだろうけど、それはロボットや人工知能が担当するだろう。そしてそれを超えるところは天才の領域。

[]学習スタイル 07:04 学習スタイル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学習スタイル - 西川純のメモ 学習スタイル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ネットサーフィンをしていたら「「学習スタイル」という考え方は迷信に過ぎない」(http://gigazine.net/news/20160112-learning-styles/)という記事がありました。

 ありゃ?っと思って読んでみたら、分かりました。誤解を与える記事だな~っと思います。

 世の中には「認知スタイル」とうものがあります。まあ、ものの見方、考え方のパターンです。一定のテストをすると判別できて、その結果は安定しています(これは学術データで保証されています)。例えば、地層を観察するときに近づいて地層を構成する土や石を見る人と離れて層を観察する人がいます。それはEFTテストというものを使うと事前に予想できます(これで学術論文を書きました)。

 ところが学習スタイルが学術的に証明されたかと言えば「?」です。たしかにそんな論文を読んだことはありません。少なくとも認知スタイルのように単純なテストで判別出来て、かつ、安定した結果を出した論文は。

 じゃあ、学習スタイルはないのか?あります。それは皆さんはおわかりですよね。人から強いられる学習方法が自分に合っていないと感じることは皆経験があるはずです。極端な話、識字障害の子どもに読ませて学習させても効果は無いですよね。ただ、そのような極端な例を除外すれば、認知スタイルのように少数のパターンに分類できません。認知に比べて学習は桁違いに複雑ですから。

 じゃあ、どうすればいいか?

 本人に任せるべきだ、というのが『学び合い』の大前提です。一人一人は違うのに、一つの方法を強いれば、必ずフィットしない子どもはいるという当たり前の前提に立っているのです。

 『学び合い』における子どもの学習方法の多様性、流動性を知れば、学習スタイルなんて馬鹿馬鹿しいと思います。

 ちなみに学習スタイルと同じように、いや、それ以上に面白いのが教授スタイルです。

 例えば、AがBに教えていました。Bが分かった頃にCがAに「教えて」と言ってきたのです。普通だったら、AはCに教えますよね。ところがAは「BさんCさんに教えて」と言ったのです。そして、その様子をAはじっと見ていたのです。これによってCが分かると同時に、Bがどれほど分かるかを評価できます。これは小学校の子どもがやったのを私が直に見た事例です。

 また、小学校の全校『学び合い』の事例です。小学校1年生に対人スキルの高いと思われる子(Dとします)がいました。その学校の6年生に勉強の不得意な子(Eとします)がいます。さすがに1年生は教えられません。入学してから、その子はじっと集団の様子を見ていたのです。そうするとEと相性のいい高学年の子(Fとしましょう)は誰かがわかります。

Eが勉強が分からなくて呆然としているのをDが気づきます。ところがEと相性のいいFが別な子を教えていて、Eの現状が分かりません。DはFが現在教えている子は別の子でも教えられることを知っています。そうするとその子をFが教えている子どもの所に手を引っ張って行きます。そしてFの手を引っ張ってEの所に連れて行くのです。つまり、教えるのではなく、繋げることをやっているのです。これまた私が直に見た事例です。これだったら小学校1年生でも集団全体に貢献できます。凄いな、と思いました。

 ね、面白いでしょ。『学び合い』の集団をじっくりと見ていると、この手の子どもの様子が山のように見られます。

 ともあれ、

 長々、書きましたが、結論は「学習スタイルはあります。ただ、単純ではありません」ということです。

16/01/13(水)

[]処世術2 22:09 処世術2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 処世術2 - 西川純のメモ 処世術2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ちなみに、ゼミ生に仕事を断れない上司(長くつきあえない人)との対処法を聞かれました。私の返答は、徹底的に無能のふりをすることを薦めました。同時に、その人と同レベル以上の賢い人を見いだし、その人の仕事を受けることを進めました。集団の2割は無能ですが、それと同じだけの有能な2割はいます。視野を広げ、関わりを広げれば、必ずヒットします。

[]処世術 22:00 処世術 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 処世術 - 西川純のメモ 処世術 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 年長のゼミ生・ゼミ卒業生修了生に話すことです。

 年長になると、色々なところから仕事が来ます。当然、全部を受けられません。受けたならばパンクします。受けた仕事をパンクさせるのは不誠実です。不誠実な人は断るのが出来ずに受け入れ、そして期限ギリギリになって断りを入れます。それより不誠実だと、受けてから期限を守れない。もっと不誠実だと、受けて、期限を過ぎ、督促されて断る。こうなると多くの人に迷惑をかけます。だから、三十代(有能だったら二十代後半)から仕事を精選するのが誠実な生き方です。

 では、どうするか?

 仕事の内容で受けるか受けないかを決めるのではなく、誰からの仕事であるかで受けるか受けないかを決めることを薦めています。

 長くつきあえる人は、必ず仕事の量と自分の能力を推し量って依頼します。そして、仮に質が低くても大丈夫なように考えます。そして、その仕事を達成することによって得られる依頼先のメリットを考えます。短期的には自分が損なことがあるかもしれません。しかし、長期的には帳尻あわせをしてくれます。何故なら、長くつきあえる人が、自分にとって多くのものを与えてくれる人だということを知っているからです。

 逆に長くつきあない人は、舌先三寸で色々と言います。長期間で帳尻あわせをするように言いますが、それを実行はしません。だから、一回の中で帳尻あわせを出来ることを保証できるようにします。初回の方はそうすべきです。

 では、どこで見分ければいいか。その人と長くつきあっている人がどれだけ多く、多様であるかを見ればいい。

 だから年長のゼミ生に仕事を受けるか否かの相談を受けたときには、「誰からの仕事?」と聞きます。仕事の内容の詳細は聞きません。

 実に単純な方法で私は生きています。その結果、非常に得な人生を長く生きています。

追伸 上記を徹底すると広がりはありません。そのため、全く見知らぬ人の場合、多少、要求水準を低めてつきあい始めることがあります。長くつきあえない人は、直ぐに馬脚を現します。一度、騙されたら二度とつきあいません。つきあいを再開するためには、自分が騙されたために生じたデメリットの数倍のメリットを提示しない限りしません。舌先三寸で生きている人は、そのスタンスを知れば、直ぐに退散します。舌先三寸で騙される人を探す方が費用対効果が高いですから。

追伸2 ちなみに以上の私の生き方を『学び合い』に反するとおっしゃる方がいます。『学び合い』をよくご存じない。『学び合い』は得を基本としています。徳は長く続きませんが、得は長く続きます。得の取引関係を整理したものが道徳です。

[]電子書籍 17:10 電子書籍 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 電子書籍 - 西川純のメモ 電子書籍 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学陽書房から電子書籍での出版のご案内です。だんだん時代が変化していくのを感じます。

 http://honto.jp/ebook/pd_27600339.html

[]生き残るもの 13:30 生き残るもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生き残るもの - 西川純のメモ 生き残るもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が好きな言葉に以下のものがあります。

 最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは変化できる者である(ダーウィンだと言われますが実は作者不明の名言)

 組織が大きくなればなるほど変われなくなり、やがて淘汰される。これはクリステンセンの示すところです。受験界も同じです。今までの焼き直し、手直しで何とか乗り切ろうとしているのが現状です。それでは生き残れない。

 でも、必ず生き残るところがあります。

 私が受験生だった頃、Z会と言えば、「東京大学を受験するような賢い子どもが関係するところ」というイメージを持っていました。事実そうだったんだと思います。そんな私にとっては雲の上の所に「推薦文」を書くなんて、全く予想もしませんでした。

 激変の中で、生き残って欲しいと願っています。

 http://www.zkaiblog.com/histaff/56884

 http://www.zkai.co.jp/juku/metheus/ad.html

[]イノベーション 08:58 イノベーション - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - イノベーション - 西川純のメモ イノベーション - 西川純のメモ のブックマークコメント

 クレイトン・クリステンセンの本を読むと、公立高校と一部私立の関係に読めてしょうがない。深い読み、深い社会認識、数理的理解という定義不可能な持続的イノベーションが100年以上続いている。それだけ続くと、枯渇して何も生みださない。ちょっと調べると数十年前に書かれたものと同じだったりして。

 でも、最大の問題が、企業の場合は株主や顧客の持っている既存のニーズに対応しているのに、学校の場合は教師自身の既存のニーズに対応している。だから、100年以上持続的イノベーションが続いている。

 でも、それは企業が教師のニーズを受け入れたから。でも、これからは違う。

 国家自身のニーズに国家が対応していたソビエトが崩壊したのと同じ。

「公立学校が他と違うのは、法や規制のせいで事実上の独占状態になっており、そのために新しいビジネスモデルを持つ学校が新しい指標で競争することが、困難または不可能となっている点だ。社会は学校に既存組織の中で新しい改善の指標を追求することを要求してきた。既存組織は古い性能指標に沿って改善を進めるように設計されている。つまり公立学校は、航空機を飛行中に作り直すことを要求されているようなものだと言える。」(「教育×破壊的イノベーション」)

 クリステンセンはコンピュータの導入でなしえようとしている。ま、常識的な考えだ。でも、コンピュータより有能で導入単価の安い「子ども」を活用すればいい。簡単だ。邪魔しなければいい。『学び合い』のアクティブ・ラーニングはそれが簡単に安全にできる。

[]学生の年齢 05:49 学生の年齢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学生の年齢 - 西川純のメモ 学生の年齢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日本人は学歴は生活保障の切符だと思っています。それは日本の景気が良くて終身雇用だったからで、全世界的には希な意識です。

 日本以外の国は有期雇用が基本です。その中で自らの意志でキャリアアップして、生活を変えようとします。だから、日本では当たり前の18歳で大学に入学するというのは実は変なのです。https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/541

 社会に出て、キャリアアップのためには何が必要なのかを自覚し、入学する。当然、学生は学費分の教育を求めます。

 残念ながら日本はその面の制度整備は十分にそろっているわけではありません。しかし、整備されている面もあります(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20151224/1450918126)。私の研究室にもこの制度を活用して教職大学院に入学した学生がいます。今年、教員採用試験に合格しました。来年もこの制度を利用して入学する人がいます。

追伸 今の世の中、偏差値60の大学を卒業しても、ジョブ型能力を持っていない人は就職出来ない時代です。ということを中学・高校の先生方に知っていただき、進路指導を誤りなくして欲しいと願います。

16/01/12(火)

[]フリースクール 22:04 フリースクール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フリースクール - 西川純のメモ フリースクール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ブルーオーシャン戦略も、破壊的イノベーションも似たようなことを言っているように思います。つまり巨大な既存組織は、一部顧客に喜ばれるようなどうでもいい付加価値開発の泥沼に陥る。ところが、巨大な既存組織からは見向きもされないような小組織が、巨大な既存組織からは手抜き・二流と思われる製品を生みだし、それが巨大な既存組織を駆逐する。

 クリステンセンは、教育は国が管理している、つまり単一の巨大な既存組織で動かされているためイノベーションが起こりづらいと書いています。その通りだと思います。

 私はフリースクールが公教育として認められたら、もの凄いイノベーションが起こるように思うのです。当初は不登校対策で導入されるかもしれませんが、その波及効果は劇的になる可能性があります。いやなるでしょう。

 だから、抵抗も大きいだろうな、とも思います。

 楽しみです。

[]ヨーグルト 21:16 ヨーグルト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ヨーグルト - 西川純のメモ ヨーグルト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の夕食の締めは私の膝の上でのヨーグルトです。

 一昨日、息子は自分の席(和机です)にヨーグルトを持って食べました。家内が「お父さんの所じゃないの?」と聞くと、「高校生になろうとしているんだからここで食べる」と言います。私は少し残念(実際は大いに残念でした)が、まさか二十歳になっても私の膝の上で食べるわけではないのです。来るべきものが来たか、と思いました。

 昨日は、ヨーグルトは食べませんでした。

 本日は、当然のように私の膝の上でヨーグルトを食べています。

 もうしばらく、続きそうです。嬉しい。

[] アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 15:27  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ  アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月4日に「アクティブ・ラーニング時代の教室ルールづくり入門」が出版されます(http://goo.gl/ZzxKkf)。

 「アクティブ・ラーニングと教室のルールづくりが関係あるの?」と思われるかもしれません。しかし、アクティブ・ラーニングでは子ども達の主体性が発揮されます。つまり、任される部分が多いのです。その中で授業が成立するには、子ども達が自律的な集団に育てなければならないのです。

 これは発想の大転換が必要です。何故なら、今までは教師が規律を「直接」正していました。ところが集団が主体的になれば、それは出来ません。簡単に言いましょう。いちいち指示する校長の下で主体的な職員集団が育ちますか?

 「いや、子どもと大人は違う」とおっしゃる方もいるでしょう。しかし、それはアクティブ・ラーニングの真の意味を取り違えています。残念ながら、アクティブ・ラーニングとは主体的・協働的に学習することが目的であると思い込んでいる方はいます。しかし、主体的・協働的な学習を「通して」子どもを大人にすることが本当の目的です。

 子どもを大人にするには、大人として扱い、そして、教師の管理下で失敗させ、子ども達がそれを乗り越えるしかないのです。

 では、どのようにしたら確実に大人になるような失敗をさせることが出来るでしょう。そして、どうのようにしたら失敗を乗り越えられるでしょう。それが書いてあります。簡単に言えば、我々が「やるぞ」と思うような校長に我々がなればいいのです。

追伸 いつもながら、いち早く手に入れたい場合は、お近くの書店に注文するのが一番です。アマゾンは売り出し当初は混乱しますから。

[]東大生 15:17 東大生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東大生 - 西川純のメモ 東大生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 みなさんの多くは物理で悩まされたと思います。物理が分からないとき、物理の教師に聞きに行きましたか?おそらく、そうでは無いと思います。何故なら、授業と同じぐらい意味の分からない説明をすることが予想されるからです。だから、聞くとしたら友達の方がいいことを知っています。

 東大生云々は東大を受験しよう、そして合格するであろう子にとって有効なのです。一般の子どもが東大生のノートをまねても有効とは限りません。もちろん絶対に無効だとは言いませんよ。東大生のまねをすれば良いというわけではないことは確かです。

 今の教員養成、教員再教育は誤った前提で構築されています。それは、教師は出来れば出来るほど、分かれば分かるほど教え方はうまくなるという前提です。これは学術的に誤りです。我々は認知的距離が近い相手としか教え/教えられることは出来ないのです。出来れば出来るほど、出来るであろう子どもに教えられますが、逆に、出来ない子どもにはちんぷんかんぷんな教え方をしてしまいます。

 『学び合い』では、そのようなことを前提としています。

 しかし、意外かもしれませんが、『学び合い』は成績上位層の子ども、偏差値の高い子の方が強く支持します。

 理由の第一は、教師の実力を大人の視点で冷静に評価し、見切れるからです。

 理由の第二は、多くの人間が正しいか否かを判断する最大の基準は、「みんながやっている」、「みんなが信じている」という基準です。これは群れる生物としてはきわめて有効な基準です。多くの場合はこれが一番いい基準です。しかし、変わりえない生物は緩慢に死にます。生物は常に変化の目を内包していなければ行けません。集団の中にそのような人材がいるはずです。そのような人材は「みんながやっている」、「みんなが信じている」という基準だけではなく、理論で判断します。

 振り子のオモリの重さが変わっても周期は変わりません。つまり、10gでも1tでも変わらないのです。これが変と思うのが普通です。しかし、世の中には計算してそれらが同じであることを納得する人もいるのです。そういう人が物理学者になります。そんなことが出来ないと、6次元や11次元の空間を考えることは出来ませんから。

 そういう人は、東大生のような成績上位者の中に含まれる可能性が高い(全員では無いですよ。もちろん)。つまり、一斉指導だったら東大生はものすごい賢い子どもを教えるのは得意ですが、成績中下位者を教えるのは下手である可能性が高いです。しかし、東大生は『学び合い』を理解する可能性は高く、そうであれば、様々なタイプの子どもに対応できます。つまり、重要なのは受験の点数ではなく、理論で考え判断できる能力です。

追伸  東大生が云々という教育関係の宣伝があります。最近、照明も見つけました(http://panasonic.jp/light/led/dokusyo/?utm_source=facebook&utm_medium=cpc&utm_campaign=%2Flight_ME_E_F&utm_content=%2Flight_ME_E_F_LED&utm_term=%2Flight)。こんなところにまで東大生を引き合いに出しているのは、ちょっと変なように感じます。

[]静電気 14:53 静電気 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 静電気 - 西川純のメモ 静電気 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 静電気のパチリは嫌ですよね。冬に多くなります。

 二つのことをすると殆ど感じなくなります。

 ポイントは静電気をためないことです。

 導電性スリッパを勧めます。最初に買ったときは1万円ぐらいしましたが、今は2600円ぐらいで買えます。静電気が発生する度に、床に流してしまうのでパチリとなりません。

 もう一つは、車の乗り降りです。たいていは車を降りる際にパチリとなりますが、あれは、エンジンを止めて、腰をフロントガラス側からドア側に90度回転するときの摩擦で生じます。ドアを開けます。その後のポイントはドアの縁(つまり金属部分)を手で持ちながら腰を回転します。そうすると発生する静電気が高圧になる前に流れてしまいます。

 お試しあれ。

[]気にしないで 08:29 気にしないで - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 気にしないで - 西川純のメモ 気にしないで - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ADHDのお子さんをお持ちの親御さんに申します。

 教師が何を言っても心配しないで下さい。どうせ、大人になれば落ち着きがなくても問題ない職に就けばいいのです(http://spotlight-media.jp/article/109570810469908344#/#showAll)。いや、大学だったら大丈夫です。まあ、出席の厳しい教員の時は寝てればいいのですから。学生の中にも、小中高でADHDを押さえつけていた学生がいます。

 ただ、勉強はしっかり教えましょう。成績が良ければ、余裕がない教師も「特別な支援を必要な子」とラベルをつけられません。

 全校の児童・生徒の数に占める、特別な支援を必要な子どもの割合を調べると面白いですよ。学校によって全然違う。どう考えても統計的には有り得ないほどの差があります。それは職員室の教育力を示しているのであって、子どもの特質を示すものではありません。

追伸 これを読む方の中には教師が多いと思います。もしかしたらご不快にさせたかもしれません。すみません。しかし、このメモは純粋に親として書きました。小学校3年まで知的障害と分類された私と、幼稚園の時に情緒障害と見られていた我が子のことを思い書きました。もちろん、本当に特別な支援の必要な子どもがいることを否定しません。でも、現状で特別支援の必要な子どもと分類される子どもの数はあまりにも多すぎる。

[]ADHD 07:11 ADHD - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ADHD - 西川純のメモ ADHD - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の特別支援教育の本をお読みになった方はご存じだと思いますが、私は特別な支援を必要としている子どもの大多数は、教師集団に余裕がなくなったために生じたと考えています。余裕のある職場がある学校だったら「面白い子」と認識されるのに、余裕のない職場の学校では「困った子」になり、「特別な支援を必要とする子」になってしまいます。

 フランスではADHDの発症率が極端に少ないそうです(http://tabi-labo.com/163141/adhd-2/)。私はその原因は、気にしないためだと思っています。

 ちなみに『学び合い』を実践すると、その瞬間からADHDは消滅します(レトリックですよ)。何故なら、クラス全員がADHDになるからです。目立たなくなるのです。ADHD傾向の子どもに静かにしなさいと言っても無理です。そうなると、叱ることになります。そして小学校高学年に気づくのです。教師の声よりも大きな声で怒鳴り返せばいいことを。ADHDは社会性とは関係ないのに、今の教育が反社会性に結びつけてしまいます。『学び合い』だったら、そんなことないのにな。

 『学び合い』では「座りなさい、静かにしなさい、ノートを取りなさい」とは言いません。その代わりに「動いていいよ、相談してもいいよ、でも、全員が分かるようになろう」と言います。ADHD傾向の子ども以外でも、元気な子どもにとって受け入れやすい。

 私がそう言うと、大人になったとき静かにしなければならないときがあります。そのために学校で教えるべきです。とおっしゃる方がいます。

 でも、45分間以上、じっと静かにしなければならないことってあります?

 私の知る限り、祝儀の主賓挨拶と不祝儀の読経の時ぐらいです。そんなの希です。そんな時のために、多くの子どもに負のラベルをつけることが合理化されるわけありません。

16/01/11(月)

[]軽量 13:04 軽量 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 軽量 - 西川純のメモ 軽量 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 どうも分からないことがあります。

 スマートフォンの軽量化競争の時、私には意味が分かりませんでした。だって、そんなスマートフォンに色々なストラップをつければ意味なのに。

 ネットで軽量バックが宣伝していました(http://item.rakuten.co.jp/fkikaku/1463293/?scid=me_ich_pcn_301_20160111_5772267_017)。でも、そんなことより、荷物を精選することの方が遙かに効果があるのでは無いのかな、と思います。私には理解できないことです。

[]雪国 07:10 雪国 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 雪国 - 西川純のメモ 雪国 - 西川純のメモ のブックマークコメント

雪国の生活は大変なところがあります。

でも、素晴らしいものがあります(http://niigata-repo.com/life/post-8523/)。

雪国の素晴らしさはこの他にもあります。

長い冬があるからこそ、春の美しさは一段と素晴らしい。

雪の下のフキノトウは美味しい。

東京にいるより、風邪を引かない。

etc.

でも、三十年すんでも慣れないものがあります。

1ヶ月以上、青空を見られない。

人と人との繋がりが強いので、三十年、四十年すんでも、地元の人からは「旅の人」と分類される。

70歳、80歳になっても雪下ろしをする人を見て、私にはなれないと思います(これが、旅の人、と言われるゆえんかも)

同時に生まれ育った東京にはもう戻れないことも感じます。

地方には

空間がある。

従って、プライバシーがある。

本当の静寂がある。

時間の過ごし方、楽しみ方の選択肢が少ない。

これは都会の人にはデメリットですが、私には悩まないというメリットを感じています。

人が少ないので、まっすぐに歩ける。

つまり、マイペースで生活出る。

これは素晴らしい。

この年になると、終の棲家をどこにするかを考えます。

追伸

2年間、4年間の学生生活だったら、メリットぐらいしか感じられないと思いますよ。

16/01/10(日)

[]良い方法 22:11 良い方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 良い方法 - 西川純のメモ 良い方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

人は救われたい。

でも、本当に救われるには、人を救うしかない。自分が救った人によって、自分が救われるから。私は多くの人に救ってもらいました。

これが難しい。

闇に沈むと、それが分からないのがよく分かる。

でも、それでは絶対に救われないのに。

でも、分からない人がいる。

相田みつをの詩がそれを示しています。

『くるしいことだってあるさ 人間だもの

 まようときだってあるさ 凡夫だもの

 あやまちだってあるよ おれだもの』

人間というものは、そういうものです。

それで終わるのが大部分。

でも、そのレベルの人が100人、1000人、10000人集まっても進歩はない。

だから、2割の人は、伝えること、救うことのメリットを理解して欲しい。

学び合い』の授業で子ども達に語っていることを、自分に課せばいいだけのこと。

学び合い』は授業方法ではありません。

効率の良い、生き方なのです。

と、納得しているので、私は毎日、それを少しずつやっています。

私の所には日本中から相談メールが来ます。

ちゃんと対応します。全てに。

願わくば、5人に一人。

分かって欲しい。

[]生き残る 18:13 生き残る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生き残る - 西川純のメモ 生き残る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は玉川大学で臨床教科教育学会が開かれました。『学び合い』の仲間も多数参加していただけました。

 懇親会では学会長として以下の話をして、乾杯をしました。

 今、大学、特に教員養成系大学の置かれる状況は厳しく、教育研究は危機的な状況です。

 第一に、十八才人口が減少し、大学はどんどん潰れる時代です。

 第二に、大学院設置の基準が変わったため、教員養成系大学で必要な教員数が少なくなりました。

 第三に、免許法が変わり、教科科目と教職科目との境目がなくなります。つまり、教員養成系大学の大部分を占める教科専門の人が、教職科目に流れる可能性があります。

 一つでもおおごとなのに、三つ同時に来ました。おそらく、明治の学校制度が発足した時に準じる激変です。おそらく、教育研究者の多くが職を失い、学問の学統が途絶える可能性があります。

 厳しい時代です。でも、見方を変えましょう。

 1億6千万年の間、恐竜は地球を支配していました。しかし、6500万年前に隕石が地球に落ち絶滅しました。恐竜以外の生物も多くは絶滅しました。しかし、生き残った生物もいます。その一つが我々ほ乳類の先祖だったのです。それらは恐竜が絶滅したが故に繁栄し、今の我々がいます。

 私はここに予言します。これからの厳しい時代を生き残る教育研究は、子どもを徹底的に観察し、そのデータに基づく研究を深められる我々であると。

 厳しい時代を生き残り、繁栄しましょう!乾杯!

16/01/09(土)

[]インクルーシブ 05:54 インクルーシブ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - インクルーシブ - 西川純のメモ インクルーシブ - 西川純のメモ のブックマークコメント

ある本の原稿に書きました。

私は「インクルーシブ」という言葉が大嫌いです。

誰が誰をインクルーシブするのでしょうか?

それは一人一人がインクルーシブなはずです。

全員がね。

が、その香りがない。

健常者がインクルーシブするように、普通に書いている本や記事が多い。

ちがうだろ。

我々全員がインクルードされないと生きていけないのに。

色々表現方法があるけど、でも、インクルーシブという言葉は好きになれない。

 『学び合い』で健常児のクラス担任と特別支援学級の担任の利害調整の時に常に、そこが問題になるから。

 その垣根がなくなることが、両方にメリットがあるから。

 が、マジョリティの健常児のクラス担任には、インクルーシブするという意識がある。

 ちがう。子ども達一人一人、全員が、受け入れ、受け入れられる。そうであれば、インクルーシブという言葉は適当ではない。だって、個々人のレベルで受容する際にはインクルードは使わない。

[]全校『学び合い05:26 全校『学び合い』 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 全校『学び合い』 - 西川純のメモ 全校『学び合い』 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学年一クラスレベルの学校、つまり、小学校だったら全校200人弱、中学校だったら全校100人弱の学校の場合、幼稚園・小学校の9年間、中学校も含めれば12年間、ずっと同じメンバーで学び続けます。結果として、以下のようなことが起こります。

 固定的な序列が形成される。

 お互いに分かっているので言葉がいらない。

 成績上位層が手を抜き、成績下位層が諦める。

 そして、進学によって新たな大きな集団の中に入るとき不適応を起こす子がいる。

 これを解消するには多様な人間関係を経験することが必要です。しかし、学年一クラスだと難しい。これを全校『学び合い』だと解決できます。全校『学び合い』は『学び合い』導入の最も安全な導入方法です。これによって教師同士の『学び合い』が可能になります(詳しくは『学び合い』ジャンプアップをお読み下さい)。なお、『学び合い』が定常化すれば、わたり、ABカリキュラムを解消することが出来ます。

 さて、高知県四万十市立昭和小学校(高知県内には別な昭和小学校がありますのでご注意下さい)では、全校『学び合い』を定常化し、公開しております。ご興味があれば、学校(窓口 國友先生)にお問い合わせ下さい。お誘いします。以下、学校からの案内文です。

**********************************

本校が平成25年度末から全校『学び合い』を始め、公開させていただくようになってから、もうすぐ丸2年を迎えようとしています。

おかげさまで、興味を持っていただいた方々が県内外から参観に来てくださっています。

さて、3学期の全校『学び合い』の日程が決まりましたのでお知らせいたします。

ぜひおいで下さり、子ども達への励ましや活動へのご意見ご感想をいただければ幸いです。

なお、あくまでも予定ですので、諸事情により変更することもございますので、おいでになる際は、事前にご連絡くださいますようよろしくお願いいたします。

①1/20(水)4校時

②2/5(金)6校時

③2/19 (金)6校時

④2/26 (金)4校時

⑤3/2 (水)4校時

⑥3/16 (水)4校時

4校時は11:35~12:20

6校時は14:55~15:40

となっております。

外部の方も少しでもおいでいただきやすいよう、金曜日の6校時にも設定しました。

子ども達にとっては少し疲れ気味の日程にはなりますが、その中であっても頑張る姿をごらんいただければと思います。

よろしくお願いいたします。

             四万十町立昭和小学校

16/01/08(金)

[]ヨーグルト 21:33 ヨーグルト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ヨーグルト - 西川純のメモ ヨーグルト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 息子の食後の締めは私の膝の上でヨーグルトを食べることです。いつまで膝の上にのってくれるだろうか。

[]博士課程 21:33 博士課程 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士課程 - 西川純のメモ 博士課程 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員養成学部が変わることは、実は日本の多くの学術に影響します。

 日本中の国立大学で全都道府県にみんなそろっている学部は教員養成系学部なのです。つまり、教員養成学部は理学部であり、文学部の役割を果たしています。

 日本には多くの博士課程の人材を輩出しています。残念ながら供給過剰な分野もあります。一番は、その博士課程の教員になることですが、そうであれば一人の教員が養成できる人材は一人だけになります。でも、それ以上の人材を供給しています。その人材はどこに行くか。教員養成系学部が大事な供給先です。

 それを前提として、今、日本の博士課程の多くは動いています。

 文科省が文系学部の廃止・縮小を打ち出したとき、日本中から反対の声が上がりました。

 それに対して、真意は教員養成系学部の縮小であると文科省が説明しました。そうしたら、気のせいですが、声が小さくなったように思います。

 でも、教員養成系学部が縮小するということは他学部の博士課程に大きな影響を与えるのです。

 教員養成系学部の大学院を維持する人数が減りました。ということは、採用がもの凄く減ることを意味します。

 それは先のメモに書きました。

 でも、もう一つあります。

 教員免許法の改定案が出ています。

 だれも、注目していません。

 でも、私はドキドキしています。

 大きなポイントは、教職科目と教科科目の垣根がなくなったのです。

 それが何を意味するか、教員養成系学部の教員も知らないし、ましてや他学部の教員も分かりません。

 学部科目を担当する際に教職科目を担当する場合は、教職に関係する業績を持つことを文科省に出す書類に書かねばならないのです。一方、教科科目の場合はそれが不必要です。学内がOKすればスルーなのです。学内の審査は大学院担当の審査であり、その審査は研究者がやります。だから、教科専門の業績があればOKです。

 さて、今後、教科専門の人にも教職科目の人と同じように教職の業績を求められたとします。さて、どうなるでしょうか?

 既に教員養成系学部の教員だったら学内の紀要で業績を上げることが出来ます。が、問題は新規採用者です。どう考えても、博士課程の学生が、教職に関する論文を書き、それなりのところに掲載されることは考えづらい。そして、実技系の専門の場合は実技の業績で大学院は審査を受けますが、学部担当は論文・書籍の業績審査を受けます。

 ということは、今のままの博士課程の養成方法では、採用されないことを意味します。

 ということを、教員養成系学部以外の博士課程の先生方は意識されているだろうか?

 と思います。

 若い研究者の卵を守るのは年長者のつとめです。

 ということで、情報提供です。

[]モデル 20:02 モデル - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - モデル - 西川純のメモ モデル - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大企業と中小企業、どちらの方に就職するべきか?

 私の時代には迷う余地はなかった。

 しかし、今は違う。

 大企業が凋落することは珍しくなくなった。

 安定している大企業に勤め、その企業が安定していたとしても、リストラに遭う危険性はもの凄く高い。

 自分より偏差値が10以上高い人が失業し、生活保護に追い込まれる。

 自分より偏差値が10以上低い人がダブルインカムの安定した生活を謳歌している。

 いや、自分より200万円年収の高い人が孤独の中にあり、自分より200万円低い人が幸せな毎日を過ごす。

 どのようなところに勤めたらいいのだろうか?

 勤めた後に、どのようなキャリアアップをすればいいのだろうか?

 どんなライフスタイルだと幸せになれるのだろうか?

 偏差値や年収は分かりやすい指標だった。でも、それで予測は出来ない時代。

 親も教師も、その答えを知らない。

 その中で社会に飛び込む子どもが毎年生まれている。100万単位で。

 だから、少数でも昔のモデルが壊れていることを声高に言うべきだと思う。急がなければならない。

 その私が、旧モデルでの試験の問題を解かせるために息子の尻を叩いている。

 教員採用試験を受けた人ならば思ったはずです。「これって、絶対に教師になってから役に立たないことだ」と。

[]現状認識 20:02 現状認識 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 現状認識 - 西川純のメモ 現状認識 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は教科教育学の研究者です。関連するある学会から原稿依頼が来ました。

 若い研究者への思いを込めて書きました。が、ボツになりました。その学会のお求めになっていること自体は学術的には妥当だと思うのです。だから、そのままボツにしました。が、その学会自体の存立が危うい状態だと思っています。それ故に、新たに書く気にはなれませんでした。お世話になった学会には申し訳なかったのですが、お詫びして辞退しました。

 おそらく、私の人生で初めてだと思います。依頼された原稿を書かずに辞退したのは。

 ボツになった原稿をアップします。願わくば、若い研究者の目にとまればと思います。そして、生き残って次の時代に繋いで欲しい。

Ⅰ 教科教育学の誕生

 教科の名前を銘打った学会の設立年度を以下に示します。

日本国語教育学会   昭和29年

全国大学国語教育学会 昭和26年

日本社会科教育学会  昭和27年

全国社会科教育学会  昭和26年

数学教育学会     昭和34年

全国数学教育学会   平成6年

日本数学教育学会   大正8年

日本理科教育学会   昭和27年

日本音楽教育学会   昭和45年

日本美術教育学会   昭和26年

日本産業技術教育学会 昭和33年

日本家庭科教育学会  昭和33年

全国英語教育学会   昭和50年

 日本数学教育学会を例外とするならば、上記の学会は昭和20年代後半以降に生まれた学会ばかりです。特に、昭和20年代後半に一気に生まれました。

 戦前において現在の教科教育学は存在しませんでした。正しく教えれば、正しく学ぶという古典的な学習モデルにおいては、教科の背景とする学問のみが重視されていました。

 例えば尋常師範学校で講義される学科に136配当時間が配分されています。その中で「倫理」、「国語」、「漢文」、「英語」、「数学」、「簿記」、「地理歴史」、「博物」、「物理化学」、「農業手工」、「家事」、「習字図画」、「音楽」、「体育」が122配当時間なのに対して、「教育」は14配当時間に過ぎません。また、「教育」も教育原理、教育法、教育史と並んで各学科の教育法も含まれる程度でした。

 昭和24年に教育職員免許法が制定されました。その法律に教科の指導法が独立して設けられ、必修単位になりました。しかし、その時点で教科教育学の専門家は存在しませんでした。

 新制大学は旧組織の教員の中から選ばなければなりません。昭和二十年代の教科教育学担当者は「教育学研究者」、「教科の背景となる学問の研究者」、「学校現場の実践者」と出自も様々でした。

 その中で、教科の指導法を担当する様々な大学教師が学会を設立しました。それが昭和二十年代後半の学会設立ラッシュです。

 昭和49年に大学院設置基準が制定され、昭和50年代になって教員養成系の大学院が設置されました。それらの大学では、教科教育担当者が必ず二人は必要になったのです。

 長らく教科教育担当者の大学における地位は相対的に低いものでした。しかし、博士課程で教科教育学を専門とする研究者が生まれ、全国の教員養成系大学に赴任しました。学会を設立した研究者の夢である学問としての確立の時期です。

Ⅱ 大学院設置基準の改正

 教科教育学が法によって生まれ、法によって成長したならば、法によって衰退する危険性があります。

 平成26年11月7日に文部科学省高等教育局長より「大学院に専攻ごとに置くものとする教員の数について定める件の一部を改訂する告示について」という通知が全国の大学に送られました。

 それによれば、国語教育専攻、社会科教育専攻、数学教育専攻、理科教育専攻、音楽教育専攻、美術教育専攻、保健体育専攻、技術教育専攻、家政科教育専攻、英語教育専攻を一つにまとめたならば、15人の研究指導教員(いわゆる○合)と10人の研究指導補助教員(いわゆる合)で成立させられるようになりました。

 なお、教科教育学担当の研究指導教員と研究指導補助教員は必ず含まなければならない。つまり、十教科を合同する専攻の場合、十教科の研究指導教員及び研究指導補助教員が各1名以上含まなければならないので、5人の教科専門の教員のみで成立できることになったのです。

 現状は十教科で76人(42人の研究指導教員と34人の研究指導補助教員)の教員が必要だった大学院が25人で成立するようになったのです。

 そして「今後、国立の大学院での教員養成・研修機能を教職大学院が中心になって担うことを踏まえると、国立の修士課程において、10教科の教科に係わる専攻ないし専修を全て置くことはおおむね想定されなくなる。」と先の通知で明記しています。

Ⅲ 教職大学院への移行

 教員養成に関わる大学院教育は修士課程から教職大学院へ移行する方針は明確に出されています。教職大学院の設置基準には大学院設置基準のような教科ごとの縛りはありません。

 共通科目に関して、以下のような内容が規定されています。

教育課程の編成・実施に関する領域

(教科等の内容を学校における教育課程及び学校教育全体の中で俯瞰する内容)

(具体的内容例)

学習指導要領と教育課程の編成実施

個に応じた指導の充実

指導と評価の一体化、教育課程の自己点検・自己評価

総合的な学習の時間の全体計画の内容と取扱い(各教科・道徳・特別活動との関連、学年間や学校段階間の指導との関連への配慮を含む。)など

教科等の実践的な指導方法に関する領域

(子どもの確かな成長・発達と創造的な学力を保証する教科等の実践的指導力に関する内容)

(具体的内容例)

教科等の意義・目的(教科間の関連指導の工夫を含む。)

授業計画(学習指導案の作成)

教材研究(教材の収集・選択・分析、教材化の工夫など)

指導方法(授業構成・授業形態の工夫(少人数指導や習熟度別指導など、個に応じた指導等)を含む。)

指導と評価(テスト等の作成、評価の在り方)など

生徒指導、教育相談に関する領域

(子どもの社会的・情緒的発達についての理解を深め、子どもが教育領域の諸活動を通して発達課題の達成と社会的自立を図ることを促進するとともに、社会的・情緒的発達の課題や問題の把握と適切な対処のできる実践的指導力を修得する内容。)

(具体的内容例)

子ども理解の内容と方法(思春期等に見られる心身症、精神疾患等に関する知識を含む。)

子どもの社会的・情緒的発達を促す指導

教員と子ども、子ども相互の人間関係

子どもの健全育成の取組み

ガイダンスの機能と教育相談の充実

問題行動等に関する事例研究

学校における生徒指導体制

家庭、地域や関係機関との連携

子どもの進路発達を促す指導援助体制など

学級経営、学校経営に関する領域

(子どもに充実した学校・学級生活を保障する学校・学級経営とともに、その課題の分析と解決の方策に関する内容)

(具体的内容例)

学級経営の内容と果たす役割

学級経営と学校経営(学年経営案、学年会、学校行事など)

保護者と連携を図った学級経営

学校組織、校務分掌とその機能

校内研修の意義・形態・方法

開かれた学校づくり(家庭や地域社会との連携、学校間交流の推進、学校経営と学校評議員、情報公開と説明責任)

学級・学校経営と評価など

学校教育と教員の在り方に関する領域

(上記1から4までを総覧し、現在の社会における学校教育の位置付けを理解し、教員としての役割を考える。)

(具体的内容例)

学校と社会(社会における学校教育の位置付け、学校教育の役割、学校教育が抱える課題等の俯瞰)

(上記のような学校における)教員の社会的役割と社会的・職業的倫理

(上記のような社会、学校における)教員に必要なコミュニケーション論(対子ども、保護者、同僚、学校外(関係機関、広く社会))

 つまり、教科教育学の役割は5分の1なのです。さらに、教職大学院のスタッフの4割は実務家教員でなければなりません。多くの大学では、地元の教育委員会と連携した、学校現場の教諭との交流人事によって確保しています。つまり、研究者教員は6割以下なのです。

Ⅳ 若い教科教育学研究者へ

 本書は多くの若手研究者が手に取る本であると筆者は想定しています。そしてその若手研究者は、本節のタイトルである「新しい研究としての教科教育研究」から具体的な研究手法を読み取ろうとするでしょう。ところが、いきなり衝撃的な事実を突きつけられて戸惑っているであろうと思います。

 しかし、筆者は皆さんにこれから数十年間続くであろう血みどろの戦いの中で生き残り、諸先輩が生み出した教科教育学という学問の学灯を次の世代につないで欲しいと願います。

 ご存じの通り、国立大学は毎年1%の予算カットを十年以上求められています。どの大学も同じです。十八歳人口が減少することの影響をもろに受けている私立大学は深刻です。

 総合大学の中で多くのスタッフを抱える教員養成系学部の必要人数が変わったことを他学部が知ればどのようなことが起こるかは自明です。

 我々の世代は、誰が退職すれば自分が昇任するかを予想がつく時代です。ところが、スタッフ数が一人減れば5年ぐらい昇任が遅れ、二人減れば10年ぐらい昇任が遅れることは起こります。その結果、教授に昇任する平均年齢は、過去に比べて10歳以上伸びている大学は少なくありません。退職の年に教授に昇任するという事例は希ではなくなっています。

 そのことは大学院生も気づいていると思います。では、どうしたら良いでしょうか?

Ⅴ 汎教科教育学

 これからの時代、最も厳しいのは教科専門の教員です。生き残ろうとするならば、教科教育学しか活路はありません。もし、あなたの専門が、教科専門の教員が比較的たやすく移行できる研究テーマ(例えば○○の教材化)であるならば、ポスト争いでは厳しい戦いになるでしょう。

 もし、「あなた」を採用させたい、昇任させたいと周りを説得するならば、「あなた」しか担当できない研究テーマを持つべきです。特に、教科専門の教員が移行できにくい研究テーマです。

 私は複数教科を横断する研究をすべきだと思っています。

 教科を横断する教育の学会の学会発表を聞いている人の行動を観察すると、その発表がどの教科であるかに基づいています。たしかに、今までの大学教員の評価は特定の教科ごとのコース単位で行われていました。ところが、今後はそのような組織が無くなってしまうのです。

 中学校教員の採用においては、国語、数学の免許だけでは無く、美術、音楽、技術などの実技系免許を持つ人の採用率が高いのはよく知られたことです。これと同じことが大学でも起こる可能性があります。先に述べたように全領域の教員を揃えることはほぼ不可能になります。複数の領域の業績を持つことは有利です。その最初は自分が元々専門にしている教科と新たな教科の比較をする研究もあり得るでしょう。本学会や臨床教科教育学会のように汎教科教育学研究を研究として受け入れている学会もあります。

 筆者は理科コースの教員として大学人人生を始めました。今から約二十年前に学習臨床コースという教科横断のコースの立ち上げに参加しました。その最初に、国語が専門の現職教員をゼミ生として受け入れました。理科教育の院生指導を十年以上経験しましたが、正直に白状すれば、最初は不安でした。

 たしかに内容に関する指導は出来ません。しかし、研究手法はそのまま使えます。そして、他教科の院生と共に研究を進める中で汎教科教育学研究の可能性を感じました。一言で言えば、身内の中で話し合っている中では見いだせない、新たな視点を見いだすことが容易いのです。

Ⅵ 学校現場に評価される

 これからの時代、若い大学教員を評価するのは、その教員とは専門と違う教科の大学教員です。そして大学管理職です。自分の専門だけに通じる論理や言葉では自分自身の業績を説明できないのです。

 これからの時代、一人一人の教員は定員充足・集客力を求められます。我々教科教育学研究者のユーザーは学校現場の教師なのです。

昔から理論と実践の融合は大事だと言われていました。しかし、理論は研究者が担当し、実践は実務家教員や教育実習指導教諭が担当し、学生が両者を融合することを求められました。しかし、それは無理です。我々研究者が実践と往還し、融合した結果を学生に伝えなければなりません。そして、それを学校現場に発信する必要があります。

 大きな書店に行けば、教師用図書のコーナーは大きなスペースを取っています。しかし、その著者の9割以上は学校現場の実践者です。大学教員も多くは実務家教員です。研究者教員の本は殆どありません。

 私は複数の学会から賞をいただき、学会誌編集委員長をつとめ、現在は臨床教科教育学会の会長です。同時に、50冊以上の単著・編集の教師用図書を出しています。もし、多くの教科教育学研究者が学校現場に情報発信をしているならば、教科教育学の地位は盤石になると確信しています。

 なお、一つ付け加えたいと思います。先に述べたように、教職大学院は実務家教員を4割揃えなければなりません。実務家教員とは学校現場でおおむね二十年以上の教育経験があるものを指します。しかし、「教職大学院の教員組織編成等に関する留意事項について」(平成27年1月 文科省高等教育局)によれば、十分な研究業績がある場合は5年間の実務経験があれば実務家教員となることが出来るのです。つまり、実務経験のある研究者教員はそれを最大限に生かして欲しいと願います。

Ⅶ 最後に

 これからの教科教育学研究者は厳しい時代を生きなければなりません。しかし、是非、それに生き残って次の世代に教科教育学研究の学灯をつなげて欲しい。厳しい時代を経ることによって、我々の知らない「新しい研究としての教科教育研究」を皆さんが生み出すであろうと確信しております。

[]睡眠薬 07:02 睡眠薬 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 睡眠薬 - 西川純のメモ 睡眠薬 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の睡眠薬は、息子が生まれてからは息子の寝息。息子が生まれる前は家内の寝息。息子が独り立ちしてからは家内の寝息になるだろう。

 なんで、家族と一緒に寝ると安眠できるのだろう。

 だから、出張すると直ぐに帰りたくなる。

16/01/07(木)

[] 切所 22:27  切所 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  切所 - 西川純のメモ  切所 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私に関わる方々に申します。

 昨年の当初に賽は投げられました。しかし、多くの人はその意味を分かりません。もちろん出版社もそれが当たりか外れかを見極めるのに時間がかかりました。しかし、一部の出版社が賭けてみたのです。それが昨年の夏です。そこで、それが大鉱脈であることを多くの人と出版社が気づきました。これから、総合的な学習の時間と同じようなことが起こります。

 私は、「自らの製品、サービス、プロセスを自ら陳腐化させることが、誰かに陳腐化させられることを防ぐ唯一の方法である。(ドラッカー)」という言葉が大好きです。私は私自身を陳腐化します。というより、本当の願いに近づきます。

 多くの人は今までの枠組みの中での製品を大量生産するでしょう。私はその戦いの中に入りません。別次元、別ジャンルで進みます。そして、一定の市場を確保します。

 私はアンテナの高い、集団をリードする人をメインターゲットとします。その人達が分かって貰えれば、あとはその人達が製品を生みだしてくれます。我々はそのきっかけを生みだすだけです。

 我々の『学び合い』は加えずとも、削らなくてもいい。その素材で勝負できます。もし、付加価値をつけるならば、子ども達に任せればいい。

 同志各位。今、スピードが勝負です。一緒にお願いします。

 したたかに。頭を使って下さい。手と足を動かして下さい。

 と言える私には仲間が多いことを誇ります。

[]勝手に 21:43 勝手に - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 勝手に - 西川純のメモ 勝手に - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週末に、臨床教科教育学会が玉川大学であります。ゼミ生はその発表のために全力を尽くしています。ゼミ生が一生懸命議論している脇をフラフラ歩き、ゼミ生の食べているお菓子を恵んでもらい、研究室に戻り私の仕事をしています。

 彼らの学会発表に関して私は知りません。私は基礎的な方向性を示し、細かいところは本(実証的教育研究の技法)に記しました。それ以上のことは私には出来ないことです。そして、ゼミ生も私は必要としていません。もちろん、心の中では必要とする場面でがあるでしょう。しかし、私を必要としていることを私が恥じることを知っています。そして、私がゼミ生を信じ切っていること、少なくとも私が細々指導するよりもゼミ集団が有能であることを信じ切っていることを知っています。

 ということで、ゼミ生が必死になっている時に、私は他ゼミの学生と馬鹿話をしながら食事をしています。

 『学び合い』で良かったと思います。

 が、信頼と放任は違います。そこを押さえ、かつ、任せる。微妙なバランスです。

 おそらく、ゼミ生は素晴らしい発表をするでしょう。ぜひ、学会においで下さい。

 高らかに言います。私は学会におけるゼミ生の発表練習を「一度」も聞きません。それ故に安心しています。

[]ぐんたまの会 21:27 ぐんたまの会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ぐんたまの会 - 西川純のメモ ぐんたまの会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月16日に埼玉県本庄市で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kuro106ra/20160107

[]広がる 21:24 広がる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広がる - 西川純のメモ 広がる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、韓国の方より、『学び合い』の本を出したいとのお申し出があった。実現できるか否かはわかりません。でも、そういう人がいることがありがたい。

16/01/06(水)

[]約束 20:04 約束 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 約束 - 西川純のメモ 約束 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私はヘビースモーカーでした。なにしろパイプや葉巻を常用している変な大学生でしたから。

 大学院のある日、ファミレスで、同じ研究室の同級生と「禁煙しよう」話がまとまりました。そこで持っていたタバコをそのファミレスで吸いきりました。そして、禁煙です。

 勢いで決めました。でも、心の中で同級生の方が先にねをあげるであろうと考えました。そうしたらさんざん馬鹿にして、吸えばいいと思っていました。が、同級生がねをあげません。考えてみれば、相手も私が先にねをあげると思っていたのです。そして、私をさんざん馬鹿にすることを楽しみにしていたのだと思います。

 そこで意地になって禁煙をしました。

 そして、禁煙に成功しました。

 我がゼミにタバコを吸っているゼミ生が少数います。若い頃はタバコを吸っていても大丈夫です。しかし、それが私の頃に効いてきます。命の問題です。だから、何度も禁煙するように言います。そして、その学生は禁煙します。しかし、タバコを吸ってしまいます。それが繰り返しました。

 ある日、心の底からその学生を軽蔑し、その目で見つめました。そして、約束を簡単に破り、それを恥じない人間は「くず」だと言いました。キツい物言いですが、その学生はそれを受け取れる学生と信じています。(言うまでもないことですが、ゼミ生や大事な人でなければ何も言いません。その代わりに一緒に仕事をしなければいいのです。仕事を一緒にしなければ、約束をする必要はありませんから。)

 昔、武士は借金の証文に「もし返済できないときは、人中でお笑いいただいても結構です」と書いたそうです。人中で笑われると言うことは、それを恥と思う人のコミュニティーの中からはじかれることを意味します。それは武士として生活できないことなのです。

 口約束は破っても罰せられません。しかし、それだからこそ重大なのです。何故かといえば、信用を賭けているからです。破れば、口約束をした人の信頼を失い、軽蔑されます。時間がたてば許されることはあるかもしれません。しかし、一度破れば、その十倍以上のことをしない限り、信用を回復できません。ならば、口約束を守る方が、楽です。

 そのことを学生に分かって欲しいと願っています。

追伸 私は病的に約束を破るのが怖いです。出版社等から原稿依頼が来たときには「諾否」のはがきが入っています。しかし、諾否のはがきを返信しません。直ぐに原稿を書き上げ、それを出版社に送ります。そうすれば、絶対に「諾」と返答して、約束を違えることは有り得ないからです。ま、「試し酒」(https://www.youtube.com/watch?v=GBz2kp7ImFQ)のようなものです。多くの人は出来ないことでしょうが、昔から約束を破るのが病的に怖い私の性分で筆が速くなりました。もちろん、断るという方法もありますが、私には実現したい志がありますから断りません。

[]サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 18:46 サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ サバイバル・アクティブ・ラーニング入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1月にでる本の第一弾がネットにアップしました。「サバイバル・アクティブ・ラーニング入門」(http://goo.gl/GHcaLj)です。今までのアクティブ・ラーニング本では、入試制度との関わりでアクティブ・ラーニングを読み解きました。今度は、その裏にある雇用制度の変化を中心に書きました。方法論のアクティブ・ラーニング本とは別次元です。なお、いち早くお手に取りたい方は、お近くの書店がお勧めです。アマゾンは発売当初、遅れますから。

[]納骨 18:37 納骨 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 納骨 - 西川純のメモ 納骨 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 戸北先生が昨年末に納骨されました。場所はご長男さんのご自宅近くの、千葉県印西市の印西霊園のCブロックです。ご法名は「釋 惟信」です。気にかけている方もいるだろうとのことで、戸北先生の奥様より託された情報です。

16/01/05(火)

[]スターウォーズ 20:50 スターウォーズ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - スターウォーズ - 西川純のメモ スターウォーズ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日はスターウォーズ・フォースの覚醒を見ました。初めてスターウォーズを見る息子は大喜びでした。しかし、私は唖然としました。今までのシリーズに比べると2ランク下がります。

 いつか見たような戦闘シーン。

 殆どのシーンがごく狭い空間。

 大幅に省略されたエピソード。

 ところが、ネット上での評価はそれほど低くない。

 ゲド戦記、ポニョレベルのガッカリです。私の方がおかしいのかな~・・・

[]仕事の速さ 20:33 仕事の速さ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 仕事の速さ - 西川純のメモ 仕事の速さ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は筆が早いと言われます。事実早いと思います。

 多くの人から「西川先生は別です」と言われます。私は凡夫です。しかし、原稿の書き方を知っています。

 第一に、多くの人が知らないことは、凡夫は素晴らしい文章を書けません。どんなに時間をかけても。(断言)だから、素晴らしい文章を書こうとすると仕事が止まります。そして時間をかけても書けないのですから、時間をかけること自体が無意味です。無理なのですから諦めましょう。

 時間をかけても、かけても書けないのであれば、誰だって気が滅入ります。大人のルールを守れる人は、どっかの時点で、「えいや!」と書くことになります。おそらく、最初に書いた文章とそれほど変わりません。

 じゃあどうするか?とにかく字数を埋めることに専念します。原稿で頼まれることは日々の仕事に関連することです。だから、とりあえず今ある材料を流し込み、字数を調整すればいいのです。

 第二に、凡夫なりのいい文章を書く方法です。それは、それをより多くの人に読んでもらい意見をもらうことです。より多くの人に読んでもらうためには、早く書き上げなければなりません。

 第三に、では早く書き上げる方法は何か?時間をかけることです。人間の時間は有限で、誰もが24時間です。だから、それ以外の時間を削るしかありません。書けない理由は時間をかけてないからです。

 以上、非常に単純です。

 おそらく、私を知っている人だったら、「忙しくて」という理由は言えないと思います。私はもの凄く忙しいですから。

私は特別だという理由は以上の通りです。つまり、書けない理由は「実際にとにかく書く」ということに時間をかけていないという至極単純な理由です。

 遅い人はしかたがありません。書き方を知らないし、だれからも教えてもらっていないから。だから、書き方を知ればいいのです。ようは、とにかく書く。質は天才が担当すればいい。凡夫は期限を守ることを大事にすることです。

[]未来 12:08 未来 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 未来 - 西川純のメモ 未来 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人工知能・ロボットの時代に残る職業はおおよそ二つのタイプだと言われている。

 第一は、ビックデータを利用できない、過去に類例の無い課題に対して解答を出すこと。ただし、これは天才の仕事で一般人には関係ない。

 第二は、個々人の嗜好性にあった「その人」相手のサービスを生み出すこと。

 ただし、これにも2種類ある。多くの人が喜ぶが、ただし、喜ぶものが一人一人違うこと。これは既にあるデータを利用すれば提供できます。例えば、こんな例があります(http://adgang.jp/2015/06/97944.html)。これは大きな組織の方が勝ちます。

 じゃあ、圧倒的大多数の普通の子どもの未来はどんなもので勝負したらいいか?

 それはローカルだと思います。

 顧客が限定され、それ故に大手が参入しない、そんなニッチだと思います。

 例えば、地方のバス会社の場合、顧客がどんな経路を求め、どんなダイヤを求めているかを調べ、それにあったサービスを提供することなどが考えられますね。また、小型タクシーを併用して隙間を埋めるなんてこともあるでしょう。

 学校も同じです。

 顧客が限定されています。でも、成績を上げるためのツール提供は大手の会社のネットサービスに勝てないでしょう。じゃあ、学校の先生はどうやって生き残るか。それはそのローカル特有のサービスを創造することですね。例えば、地元企業と連携したデュアルシステムを構築するジョブ型高校が今後の勝ち組になると思います。小学校も、中学校も、そのような高校と連携するのです。

 子どもはどうでしょうか?

 そのような地域の人とつながりを持ち、商品や価格ではなく、その人と取引をしたいという関係を築ける人がローカルの勝ち組になるでしょう。私はローカルエリートと言いたい。

 でも、そんな人はごく僅かです。でも、人間関係を築ける人と関係を結べる人は生き残ることが出来ます。例えば、対人関係に障害がある人と関係を結べるような人材がいて、その人とローカルエリートが繋がれれば大丈夫。

 つまり、クラスの中でグローバルエリートが一人巣立ち、グローバル大学創世支援のトップ校に進学する。そして、クラスの5人はジョブ型大学に進学し、ローカルエリートに育つ。のこりの25人はジョブ型高校に進学し、地元で生活する。伴侶は中学校までに見つけて、両方の両親と一緒に支え合う。

 そんな妄想を持ちます。ネックは学校だろうな。

追伸 それにしても、私は教科教育学研究者なんですが。規格外だな~

[]繰り返し 07:15 繰り返し - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 繰り返し - 西川純のメモ 繰り返し - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のメモを読まれている方の中には、『学び合い』に反対している方、疑問を持っている方がかなり含まれていると思います。当然です。しかし、教師としてではなく、親として祖父母として以下をお読み下さい。

 今のところ正規雇用の人が多くを占めています。しかし、お子さん、お孫さんの半数は非正規雇用になります。そして非正規雇用の人の平均年収は170万円で、その収入は変わりません。その様な人が増えてきます。さらに、正規採用であっても40歳代後半にリストラになり非正規雇用になります。今の法律では非正規雇用が拡大しやすい法なのです。今、日本が1950年代以前、つまり高度成長期以前の日本に戻っているのです。蟹工船、女工哀史を読めば、今、非正規の人に起こっていることと同じことが書かれています。

 その非正規の中には、500万円以上の有利子の借金をして大学を卒業した人がかなりを占めます。その人達は月2万円を変換しなければならないのです。返還が滞れば、訴訟になり、経済的な落伍者の烙印を押されるのです。

 下流老人の問題が今顕在化しています。さて、今ですらそうだとしたら、子ども達が老人になる頃はどうなるでしょうか?年金がどうなっているのでしょうか?いや、年収170万円で月2万円返還しなければならない人が年金を積み立てられるでしょうか?

 生活保護を受けず、受けられず餓死する人は今でもいます。それが増えるのです。

 我々の多くは、正規採用です。その恩沢によくしているため、非正規の厳しさを知りません。遠い世界の話、レアケースと思っているかもしれません。しかし、公的機関の各種統計には上記がハッキリと示されています。

 アクティブ・ラーニングは社会で飯を食える能力です。ブラック企業に騙されない、騙されても逃げられる、クビになったとき再就職を出来るための教育なのです。餓死・孤独死しない教育です。

 簡単に言えば、苦しい時に手をさしのべてくれる仲間を全ての子ども(部活に入っていない子どもも、教室で孤立傾向の子どもも含めて)与える教育です。それがアクティブ・ラー人における「倫理的・社会的能力を含めた汎用的能力の育成」だと思います。

 おしかりを覚悟で申します。

 あなたの子どもや孫が非正規雇用になり、あなたが死んだ後に餓死・孤独死したとしたら、その責任は政府にあるのではなく、「あなた」の責任です。

 むかっと、するかもしれません。お詫びします。でも、その怒りのエネルギーで、是非、社会の現状を調べて下さい。ネットで直ぐに分かる程度で結構です。

 今の若者が就職した場合、正規採用になる割合。

 非正規雇用の年収。

 派遣法、入国管理法の最近の改定。

 企業の潰れるまでの年数。

 ハローワークで職を探す人の年齢層。そして、募集される職種。

 そして、我が子、我が孫の将来を考えて下さい。今の教育で大丈夫ですか?

[]総合的な学習の時間 06:45 総合的な学習の時間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 総合的な学習の時間 - 西川純のメモ 総合的な学習の時間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は総合的な学習の時間は「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする。」に尽きると思います。

 これを読んでどう思われるでしょうか?

 私には「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。」というアクティブ・ラーニングの定義と似ていると感じます。

 当たり前のことです。どのような大人になるか、そのためにどのような能力が必要かが10年、20年で変わるわけありません。強いて両者の違いを挙げれば、「倫理的、社会的能力」を含めた汎用的能力をアクティブ・ラーニングで求めている点でしょう。これは経済・産業界の社会人基礎力の影響だと思います。

 これからアクティブ・ラーニングで起こるであろうことを総合的な学習の時間で起こりました。

 総合的な学習の時間では「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して」に注目があつまり「クロスカリキュラム=総合的な学習の時間」の枠組みが出来たように思います。そして、「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け」がおろそかになりました。

 具体的には、「教師が課題を見付け」、「教師が学び」、「教師が考え」、「教師が主体的に判断し」、「教師がよりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け」ました。私は様々な総合的な学習の時間の研究発表会に参加し、実践を見させていただきましたが、その大部分はそうです。子どもに配付される資料(当日、参観者に配られる資料)は「教師」の努力の跡がありありと見えます。そして授業における会話は「教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→・・・」が大部分を占めており、教師と子どもの協働はありますが、子ども同士の協働の割合が低い。もちろん研究発表の場面で子ども同士の活動の部分をぶつければ割合が高まりますが、単元全体としてみれば「教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→教師→子ども→・・・」が大部分を占めます。

 その結果として、「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断」する時間が相対的に低くなります。その結果、「よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができる」ことが弱くなります。

 仕方がありません。今の教育では、子どもを大人にするという意識が弱い。そして、教師の視野はその1時間、その単元が成功することに主眼が置かれます。確実に活動がなり立つためには教師がしっかりと準備をしなければなりません。教師の老婆心が総合的な学習の時間を変質させてしまうのです。

 我が息子がお世話になった上越教育大学附属小学校は本当に総合的な学習の時間を大事にしています。あれだけやれば子どもの主体的な能力も高まり、教師も信じることが出来て、それ故にもっと任せることが出来ます。しかし、そのためには総合的な学習の時間をカリキュラムの中心におかなければなりません。そして、各学年での活動の蓄積があり、教師の中でそれが文化として継承されている。また、上級生の活動を下級生が見ることによって、子どもの中で文化の継承がなされている。それは一多くの一般校では難しいと思います。

 その結果、落としどころとして、クロスカリキュラムになってしまいました。事実、「総合的な学習の時間=クロスカリキュラム」といような書籍も当時はあったと思います。しかし、クロスカリキュラムはどうでもいいことのように思います。何故なら、教科は全て多かれ少なかれクロスカリキュラムです。例えば、社会科などはその典型です。社会科の背景とする学問は日本史、世界史、哲学、倫理、人文地理、自然地理等があり、大学の学部で言えば理系も文系も含んでいます。まさにクロスカリキュラムです。しかし、教科書が出来て50年もたてば、それがクロスカリキュラムだなんて思う人がいなくなります。国際理解だってそれの教科書が生まれ、50年もたてばそれがクロスカリキュラムであるなんて思わなくなります。

 さて、今から二十年前のことです。総合的な学習の時間華やかなりしころ、上越ではもの凄く盛んでした。大手町小学校、附属小学校には全国から参観者が集まってきました。その横で『学び合い』研究を始めました。『学び合い』における子どもの様子を見ていると、まさに、「自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成する」ことが出来ているのです。扱っているのは、今まで通りの教科です。クロスカリキュラムではありません。しかし、同じ内容を学ぶにしても、その教科の得意な子と不得意な子の頭に浮かぶものは全く違います。それらが関わり合うとき、結果的にクロスカリキュラムになります。そして、「みんなが分かる」という超難解な課題を毎日取り組むのです。まさに、「横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにする。」です。つまり、『学び合い』によって教科学習全部が総合的な学習の時間になります。

 アクティブ・ラーニングとは、総合的な学習の時間で求めていたものを教科学習全体に広げるものであると言えます。おそらく、総合的な学習の時間で「教師が自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育成する」になったように、「教員と子どもの双方向的な講義形式」になってしまう場合が多いでしょう。総合的な学習の時間が「横断的・総合的な学習や探究的な学習をやればいいんだ」と同じように、アクティブ・ラーニングも「発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等」をやればいいだ、になるでしょう。

 でも、踏ん張らなければなりません。今の教師が「楽」なのはそのような変質ですが、それでは子どもの将来は「楽」ではありません。子どもが餓死・孤独死しないためには、苦労を共に乗り越えた仲間を全ての子どもに与えなければならないからです。

16/01/04(月)

[]補足 19:47 補足 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 補足 - 西川純のメモ 補足 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 先ほどのメモで「総合的な学習の時間の理念は消えてなくなった。」書きました。それをシェアした方のコメント欄に厳しいおしかりが書かれていました。曰く、「総合的な学習の理念は消えてなくなった。」という人は、教師失格です。山際隆先生の元に集まった精鋭が作り上げた理念は、しっかりと定着しています「消えた」と言う人は、ご自分がきちんと研究・実践していないのでしょう。」。

 慌てて補足しました。こちらでも書きます。

 私は野人のため、言葉を知らず、ご不快にさせたならばお詫びします。しかし、お二人のお気持ちを私の気持ちはそう違いはないと思っております。

おしかりの言葉を受け、学びたいと思っております。

「しっかりと定着した」とはどのような根拠に基づいておられるのでしょうが、具体的な事実をお教え下さい。

 私が「消えた」と申したのは0になったというものではありません。そう受け取られたならば、私の言葉足らずです。お詫びします。

 「消えた」と申したのは、以下の事実に基づくものです。

1) 総合的な学習の時間をテーマとした研究発表の数は激減した。

2) 総合的な学習の時間に関連する書籍が激減した。

3) 総合的な学習の時間に関連する研究論文が激減した。

つまり、学術、実践の両面で沈静化したというものです。

 これに対するものに対する反論として予想できるもの一つは、総合的な学習の時間が学校現場に定着したということです。しかし、これは二つのことから私には納得できません。今、教育書を主に買っているのは採用3年程度の若い教師です。その教師は現場に定着したとしてもそれを知りません。従って、定着しているならば、それこそ一生懸命に学び書籍を買うでしょう。

 もちろん、大学教育でも定着してるならば、その必要性はありませんが、須藤さんのご指摘はそうではないことを前提としています。

 もう一つです。もし、総合的な学習の時間が学校現場に定着しているならば、なんでALがこんなに注目されているのでしょうか?総合的な学習の時間が現場に本当に定着しているならば、「今の実践で大丈夫」となるとおもいます。しかし、身銭を切って本を買う教師ですら、ALに危機意識があるならば、定着しているとは言えないと思います。

 さらに、中央教育審議会が何故、ALという造語を生み出し、そして、大学入試と絡めて学校現場を縛っているのでしょうか?

 総合的な学習の時間の生まれるとき汗をかいた方々に敬意を表します。そして、そのような方々が今でも理念を具現化する実践をされているであろうということは了解しています。

 私の勤務地である上越はその実践で汗をかいた方々は多く、私の同僚にもそのような方がいます。

 しかし、それが学校現場に一般的に定着したとは以上の事実によって私には思えません。

「しっかりと定着した」とはどのような根拠に基づいておられるのでしょうが、具体的な事実をお教え下さい。よろしくお願いします。

 総合的な学習の時間で汗をかいた方であればあるほど、実際に学習指導要領が動き始めたときに、「なんだ!」と思われたと想像します。昔からあった地域探訪や、クロスカリキュラムが総合的な学習だと言われるようになります。教師が汗をかき、課題を教師が見付け、教師が深めた題材を、子どもが確実になぞるのが総合的な学習だと言われることに憤りを感じたのではないでしょうか?

 仕方がありません。小中高の教師は当時は百万人以上もいました。日本最大の組織です。学習指導要領が変わったからと言って、右向け右にはなりません。大多数の教師は昔からの実践に装いを加味する程度しかしません。

 ALの文章を読めば、「ありゃ、総合的な学習の時間で言っていたことじゃない」と思われるのではないでしょうか?そりゃそうです。学習指導要領は子どもが大人になった時を考えています。卒業後に60年、70年生きる子どもの生きる力が、10年、20年で変わるわけありません。ALという造語を作り上げた人は多様です。その中には、総合的な学習の時間に汗をかき、その理念をもう一度復活させたいと願った人がいると思っています。

 ALだって、同じです。学習指導要領が変わったと言っても右向け右にはなりません。大多数の人は、なんちゃってALをやるはずです。先に述べたように教員は日本最大の組織なのですから。でも、今度は、理念を分かる人を増やしたいと願っています。それによって、大多数の人が理念が分からなくても、理念に沿った実践が定着することを願っています。しかし、なかなか難しいと思います。しかし、諦めません。

 子ども達に社会で本当に生きる力を与えたいと願う、長い長い歴史の中で各人がその時々の言葉を使ってもがいていると思っております。

 その思いで書いた文章です。

 もし総合的な学習の時間で汗をかいた方々を侮辱するような文章になっていたとしたらお詫びします。しかし、真意は上記の通りです。

[]戦略 07:15 戦略 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略 - 西川純のメモ 戦略 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この前の教育界の大騒ぎは、総合的な学習の時間。

 本屋には関連書籍が満ちあふれた。

 しかし、実際に総合的な学習の時間がはじまると潮が引くように関連書籍がなくなった。

 結局、今のままでもOKということが分かったから。

 そして、総合的な学習の時間の理念は消えてなくなった。

 今度は、そんなことは起こしたくない。起こせば、子どもが不幸になるから。

 結局、前回の騒ぎは「どうしたらいいの?」の要求に応える本ばかり。だから、今のままでもOKということが分かれば関心が薄れる。

 アクティブ・ラーニングも同じ。実際にはじまれば、圧倒的大多数の教師は今のままでOKでやる。しかたがない。

 だから、私は「どうしたらいいの?」ということとともに、「なんのためのアクティブ・ラーニング」、「アクティブ・ラーニングで達成しなければならないのは何」、「達成できないと子どもの将来は」ということを強調している。過程ではなく、目標と評価を強調している。

 このポジションに立って情報を発信できる人は少ない。何故なら、日本の実践界は常に「どうしたらいいのか?」という需要に応えてきたから。私は「何のため」という需要を生みだしたい。

16/01/03(日)

[]医療事故 22:04 医療事故 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 医療事故 - 西川純のメモ 医療事故 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある病院で医療事故がありました。調べによれば、副作用情報をよく知らなかった医師が薬を処方したためです。患者は副作用のため重度の障害を負っています。担当医は、「その薬は、昔から使われている薬だ。だから、使っていた。副作用があることを患者がよく調べていなかったためだ」とインタビューに応えています。それに対して、「医師は専門家であるべきなのに、無責任だ」という非難の声が高まっています。

 さて、これをどう思われますか?

 おそらく、医師に対する批判に異存は無いはずです。

 さて、以下のニュースです。この責任は、第一義的には、高校の教師にあると思います。そして、第二義的には、そうなるであろうことが予想がつく高校に進路指導した中学校の教師にあると思います。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201601/CK2016010302000098.html

 悪気はありません。副作用情報を学ばなかった医師も同様です。

 すみません。脳天気に今の価値観の中でハッピーにいる人を見ると、ルカによる福音書23章34節を思い出します。

 「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

 私は3年後の卒業式に呼ばれたとき、私の前ではハッピーに見えた教え子のその後を知りました。しかし自分はやり尽くしたと思い込んでいるハッピーにいるひとは教え子のその後を知らないのでしょう。奈落に落ちた子は教師と繋がりを持たないでしょうから。でも、その子にも長い長い人生があるのです。

 ハッピーな人は、これを読みませんから。読んだ人はフォローを止めますから。意味ないのですが。愚痴です。

[]評価 11:00 評価 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 評価 - 西川純のメモ 評価 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は上越教育大学の最年少記録で教授に昇任しました。しかし、その審査では学術研究の業績でのみ評価されました。学生指導数、講演回数、出版した本の数は評価の対象となりません。

 私の指導したゼミ生の数はダントツで本学トップでしょう。しかし、学生を指導することによって給料は一文も上がりません。以前、数十年間ずっとゼミ生が皆無だった先生がおられますが、そのことは給与に全く影響ありません。

 そして、ゼミ生が多いために飲み会の度に万札がひらひらと群れて飛んでいきます。その金額は年間で数十万円でしょう。ゼミ生同士での結婚が急増しました(『学び合い』のゼミなので、支え合う中で・・・・・)。これは続けられないと思い、5年ほど前に、今後はゼミ生の結婚式には行かないと宣言したぐらいです。

 この評価システムは民間では全く考えられないでしょうね。

 かなり以前のことです。ある教科専門の若手の先生が「西川さん。教員養成系大学に勤めているのだから教育は大事だと言うことは十分に分かっている。でも、昇任で評価の対象となるのは専門の論文だけ。だから、教育に手を出せないんだ」と言っていました。

 ここが変わらない限り、大学は変わらないでしょう。

 ちなみに理系の研究者が社会に目を向けるのは「金」が必要だからです。だから外にアピールする能力が必要で、それが無ければ昇任も出来ません。

[]相手が違う 10:28 相手が違う - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 相手が違う - 西川純のメモ 相手が違う - 西川純のメモ のブックマークコメント

 地方都市の家電量販店がどんどん閉鎖・撤退しています。

 ある支店の閉鎖が決まったとします。おそらく、店員は店長に詰め寄って何とかせよと主張するでしょう。もとより店長は潰したくは無い。店長なりに必死に本店に交渉したでしょう。でも、駄目だったのです。その店の売り上げが低かったから閉店になったのです。閉店が嫌だったら、売り上げを上げていればよかったのです。その兆候さえあれば、店長は本店に掛け合うことが出来たでしょう。その兆候さえ無かったから閉店に追い込まれた。店長の腹の中でどう思っているでしょうか?

 某大学の話しです。文科省からあるお達しが来ました。会議でもめます。ある人が「学長、もう一度、従来の大学の価値を丁寧に説明して下さい。そうすれば分かってもらえます」と言いました。学長は、「その段階では無い」と取り上げません。学長は文科省の小部屋の中で担当者から徹底的に言われているのです。自分だってそうしたくない。でも、そうせざるを得ない。

 今、大学はどんどん予算を削減されています。当然、削減反対を文科省に訴えています。しかし、日本の大学を一番真剣に守ろうとしている官庁は文科省なのです。その文科省に文句を言っても仕方が無い。

 何でだろう、と思います。

 第一に、自分がどんな論理で攻められており、どんな成果を上げれば、その論理に打ち勝てるか、それを末端に下ろしていないように思います。多くの教師と同じように、クラスで問題が起こると教師一人が悩み、教師一人で解決策を考え、それを子ども達に求める構造です。ようは、末端を信じていない。事実、多くは信じられないと思います。でも、いっしょになって頑張ってくれるメンバーは少なくない。

 第二に、メンバーも直接の上司に文句を言って、上司の陰に隠れるのでは無く、上司の後ろにいる相手を意識し、行動すべきだと思います。その相手を納得させる成果を上げれば上司だって頑張れる。

追伸 学術は金の問題ではない、とおっしゃるならば、給料返上で仕事をすればいい。しかし、そんなのは無理。自身が金を求めるならば、その対価を金を出す側に説明する責任は一人一人にあると思います。

 余裕がある時代は、それを免除された。しかし、今後は誰もそれから逃れられない。

[]エビデンス 09:57 エビデンス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エビデンス - 西川純のメモ エビデンス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以前、ビートたけしが「人情がいいことを誇る地域は駄目だな。結局、それ以外何も無いことを証明しているから」と言っていました。凄く印象深いものです。

 文科省が文系学部縮小を打ち出したとき、当然のことながら反対の大合唱が起こりました。そして、それらは文系教育がいかに大事かを書いています。が、残念ながら「人情を誇る地域」と同じぐらい叙情的であり、エビデンスに欠けています。それでは、予算を握っている方々は表だっては丁重に承りますが、裏では予算で絞ります。

 でも、文系は役立たないのか?

 いいえ、役立ちます。しかし、それを証明するにはデータをまとめないとなりません。さらに、データに出すためにはカリキュラムを変えなければなりません。グローバル大学創世支援事業でトップ大学に選ばれた13大学は、学校教育法第83条にある「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」で良いと思います。しかし、その他の大学の場合は、就職先を納得させるエビデンスが必要でしょう。つまりアピールする相手は文科省ではなく、文科省の後ろの財務省であり、特に企業なのです。今は、企業が気づいて圧力をかけてきていますが、早晩、子どもや保護者が圧力をかけてきますよ。文科省は「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」と言っても聞いたふりをしてくれます。しかし、企業、子ども、保護者に「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」と言ったらせせら笑われるか、学費を返せと言われます。

 学校教育法83条で書いてあることを具現化したのが3ポリシーです。さて、学部段階の3ポリシーのなかで「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」と書いている大学があるでしょうか?一度読むと良いと思います。

 文系の価値を予算を握っている人に認めさせられない現状を、文系の禄を食む末端一人としてそれが歯がゆい。これから数十年間、研究者として生きなければならない若手研究者が可哀想です。彼らは旧価値観の学会で評価を受けなければならない、同時に、自らの存在意義を社会に説明しなければならない。このままでは二律背反です。

[]学習指導要領 07:38 学習指導要領 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 学習指導要領 - 西川純のメモ 学習指導要領 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学習指導要領が改訂されます。記事によれば、「今回の改訂では、これまでの知識偏重型から脱却し、思考力や表現力を主体的に育むアクティブ・ラーニングを重視する方針で、ポイントは「英語教育の強化」と「地理歴史、公民に新必修科目」だ。」だそうです(http://www.news24.jp/articles/2016/01/01/07318757.html)。

 私は学習指導要領の改訂なんかどうでもいいと思っています。

 中央教育審議会の答申、学習指導要領を読んでいる人がどれだけいるでしょうか?

 教師が読んでいるのは学習指導要領ではなく、教師用指導書レベルでしょう。そして、どうせそんなに変わらないことを知っています。

 文科省が学校現場の教育に出来ることはあまりありません。決定的にコントロールできるのは免許・研修の時間数、また予算に関わる定員などです。ようは数字で表されることはコントロールできますが、その数字をどのように具現化するかは都道府県の教育委員会に任されています。中央教育審議会は理想から出発します。ところが現実の学校に直接責任を負っている都道府県の教育委員会は現実の学校の実情から出発します。だから、限りなく現状維持します。そのため、総合的な学習の時間、言語活動の充実も見事に「今のままの実践」となります。

 ということが分かっているので、学習指導要領の改訂に興味がありません。

 ところがアンテナの高い仲間から、今回の学習指導要領はいままでとは取り組み方が違うことを聞きました。それでも、「ま、そこそこなんでしょ?」と思って聞き流していました。が、繰り返し、言われるので本気になって調べ始めました。

 その結果、分かったことは、今回の学習指導要領改訂の背景となる答申が網の目のように張り巡らされていることです。そして、その答申の中に「なにげなく」忍ばされている爆弾がかなりあることを見付けました。この種の爆弾はよく読まないと見逃されがちです。

 ここに至って、ただ事ではないことを知りました。つまり、学習指導要領は影響力があまりないのは今まで通りです。しかし、学習指導要領の裏にある各種の施策の影響力は大です。なにしろ、予算で露骨に縛っているのですから。

 次に不思議になりました。なんで、こんなことをするのだろう、と。ここまで強引で露骨なことを文科省は今までやったことはないと思います。文科省は伝統的に日本の学校と教師を信じています。だから、方向性は指し示しますが、具体は現場に任せていました。

 そこで関連する文献、資料を調べて見始めました。そうすると総務省、内閣府、経済産業省関連の資料と符合します。そして、経済団体の資料と符合します。そして、関連した資料を調べると、日本がとんでもない状態に「既に」なっていることを知りました。

 それが一昨年の末から昨年の3月頃の話です。慌てて本をまとめ、出版社に提案したのが4月下旬です。そして本が昨年の8月から出始めました。

 学習指導要領で何が決まっても、決まらなくても、どうでもいいう気持ちは今でも同じです。どうせ、それを具現化するのは都道府県の教育委員会で、都道府県の教育委員会は現実の学校の現状から出発します。でも、日本の置かれた状況は都道府県の教育委員会がどうこうできるものではありません。だから、私は学習指導要領のことは話の最初にちょいとうかうかもしれませんが、直ぐに日本の現状の話をします。

 学習指導要領関連や新テスト関連の情報に一喜一憂していません。優勝が決まった後の消化試合を見ているようです。極論すれば、学習指導要領が「アクティブ・ラーニングは止めます」と決め、「新テストは止めてセンター入試を続けます」と決めても大勢には影響しません。ただ、公立学校がもの凄く大負けするであろうことは確かになり、我が子は公立学校でお世話になっているので困ります。が、それは政治の決めることです。私の頭の中では、次のことを考えています。

16/01/02(土)

[]生き残る職業 11:16 生き残る職業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生き残る職業 - 西川純のメモ 生き残る職業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人工知能やロボットの発達で現在ある職業の多くはなくなり、今は無い職業で子ども達は働く。

 これは多くの本で書かれていることであり、私の本でも書きます(特に1月に出る本で)。

 世の中には「生き残る職業は何で、生き残れない職業は何か?」という本があります。私の本にもそれを書いています。

 でも、本当は「生き残る人と生き残れない人」があるのであって、「生き残れる職業と生き残れない職業」があるのではありません。

 例えば、昔は魚屋や八百屋はどの商店街にもありました。しかし、スーパーに駆逐され、そのスーパーは郊外店に駆逐され、そして郊外店はネットショップに駆逐されています。

 ところが現在も生き残っている魚屋や八百屋があります。

 どこに違いがあるか、それはニッチな顧客を見いだし、徹底的にその顧客に合ったサービスを創造し提供し続けているか否かなのです。

 顧客の好みを徹底的に知らなければなりません。その地域(いや集落)の年中行事を知らなければ成りません。その顧客の家族構成をしらなければなりません。顧客が求めるとき、24時間体制で対応することが必要でしょう。人と人との信頼関係が重要です。

 逆に生き残る職業があるかもしれませんが(まあ、殆ど無いと思いますが)、個人単位で考えたとき生き残れるか分かりません。例えば、プロ野球は連綿と続いていますが、プロ野球選手で一生涯生計を立てられる人は千人、万人に一人でしょう。

 寄らば大樹の陰で大企業で生きるより、一人一人が中小企業として生きるのです。サラリーマンとして生きるとしても、一人一人が独立した企業内企業として生きる道を模索する必要があります。

 「20年後に生き残る職業」というような本を読む人は生き残れません。どの職業を選ぶかではなく、自分自身がポイントなのです。1月に出す本で、そこを読み取って欲しいな、と思います。

追伸 公務員が一番おくれるでしょう。でも、早く変わって欲しいと願います。学校一つ一つが独立した企業のように裁量権を持ち、教員一人一人が自分を商品として売り込むのです。そうなれば、ブラック企業のような雇用関係は解消されます。ずっと先だと思う人が大多数でしょう。でも、フリースクールが公的に認められ、教科書が電子化すれば、ものすごい勢いで変わるでしょう。まずは都会から。

[]文系 10:23 文系 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 文系 - 西川純のメモ 文系 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日、息子と話したことを以下に書きます。

 息子は英語と社会が得意で、数学と理科が相対的に不得意です。ですので「自分は文系だ」と思っています。そして、だから、数学と理科は駄目で良いんだと思っています。そこで話しました。

 まず、おまえは普通の中学校だったら数学や理科も得意科目だと思っている。でも、附属だから相対的に不得意だと思っている。でも、それは誤解だよ。

 以前、大学で学ぶ数学の本を見せたよね。あれと学校で学ぶ数学と同じだと思う?

息子(首を振る)

 そうだろ。本当の数学と学校で学ぶ数学は縁もゆかりも無い全くの別物。学校の数学がいくら出来たとしても、大学で学ぶ本当の数学には役に立つとは思えない。本当の数学を学ぶのだったら、今の数学なんて学ばず、お父さんが見せた本を読めば良いんだよ。難解だと思う。でも、あれを読み解くしか無いんだよ。難解だと思う。でも、適切な人に導いてもらえれば、一定以上の能力がある人だったら、それは文系だと思っている人も含めて、読み解ける。数学とはそんなもんだよ。それに物理学も同じ。難解だけど、確実に学ぶ道が数学や物理にはある。

 でもね、私はおまえに数学者になって欲しいとか、物理学者になって欲しいとかとは思っていない。ありゃ、そうなりたいと心の中から突き動かされるような人がなる職業で、なりたくない人がなれる職業でもない。

 じゃあ、なんで数学や理科を学ぶのか?そりゃ、今のシステムがそうなっているから。お父さんに文句を言うなよ。今はそうなっている。そして、それなりの意味もある。おまえが職業に就いたら、自分が不得意なことを担当しなければならないこともある。そんなときに吸収してそれなりに仕事が出来なければならない。だから、そつなく出来るような人が必要な時代、「だったんだ」。そこで使える人を効率よく選別する方法として、今の受験システムは構築されている。だから、その中で乗り越えるしか無い。

 いいか。受験勉強は一番簡単な道なんだ。手に職をつけて人から認められるような仕事をしたいとき、それを導くような参考書はないし、問題集も無い。どんな修業をすればいいかなんていう王道は無い。でも、受験勉強は、やりさえすれば、一定の成果を上げられる。だから、一番簡単な道なんだよ。

 じゃあ、どうすれば数学や理科を勉強すれば良いか。理科の中で物理以外の化学、生物、地学は中高レベルは雑学がどれだけあって、それらがどれだけ関連づけられているかで差が出る。おまえが社会が得意なのはその手の雑学があるからだ。ようは関連する色々な本を読んで楽しめば良い。ちなみにお父さんは理科も社会科も得意だった。勉強なんてしたことは無い。でも、点数は取れた。理由は本を読んだから。おまえを見ていると、お父さんと似ている。だから、物理以外は簡単に点数を上げられると思うよ。

 さて、数学と物理だ。世の中には、数学と物理の才能がある人がいる。その人達はほぼ0から出発して問題を解決出来る。でも、圧倒的大多数の人はそれは出来ない。出来たとしても受験問題を解かねばならない時間内に、確実に解けるとは限らない。どうしたらいいか?覚えればいい。一見色々な問題があるように見えるけど、有限のパターンを基本としている。だから、そのパターンを覚えればいいんだ。覚えていれば、問題を見たとたんに書き始められる。おまえが今しなければならないのは「勉強」じゃない。受験勉強だ。受験勉強とは点数を取るための勉強だ。数学や物理を理解する必要は無い。ま、たいていは、覚えると、そのうち分かっていく。お父さんはそうだった。

息子(じゃあ、お父さんは僕は理系の大学に進学すべきだと思っているの?数学や理科で学ぶものなんて社会で役に立たないものだよ)。

 その通り、大学で学ぶものは社会で役に立たない。実は、中学、高校で学ぶものだって社会に役に立たない。でも、理系の場合は5%ぐらいの人の仕事に役に立つ。95%は役に立たないけどね。

息子(例えば、どんなものに役立つの?)

 例えば生物学の場合は、医薬品会社、化粧品会社、食品会社に関係するよ。

息子(なるほど)

 一方、文系の大学で学ぶものの多くは、文系の研究者になるために役立つけど、それを必要とする会社は殆ど無い。少なくとも、直接にね。日本の働いている人の中で大学研究者は0.5%以下だろう。だとすると理系の方が10倍以上役に立つ。

息子(でも、僕は文系に進みたい)

 だったら、文系に付加価値をつけなさい。例えば、法律を学ぶのであれば、大学で学ぶ法律の他に他国の法律を学びなさい。おそらく、他国の知識と関連できる人は少ないから、おまえの商品価値は高まるよ。

 それと数学の力を持ちなさい。文系の人は数学が嫌いだ。だから、そこそこの数学の能力があれば商品価値の高い人材になれる。もちろん数学の発見をする必要は無い。可能性のある数学の応用を読んで理解し、それを自分の仕事に使えることが大事だよ。

 例えば、お父さんは本質的には文系の人間だと思う。でも、英語が不得意で数学と物理が得意だったから理系の大学に進んだ。そこでコンピュータを使えるようになった。数学とかコンピュータを使える人は文系の人の中では少ない。それを武器にして研究者として生き残った。大学では複雑な現象を徹底的に抽象化し、それから演繹することを学んだ。これは今でも武器にしている。

 理系の研究者になるには、才能が必要だ。でも、理系の大学で学ぶ程度ならば才能は必要は無い。同じように文系の研究者になるには、才能が必要だ。お父さんは惚れ惚れとするような研究者を何人も知っている。お父さんには意味不明の文献を読み解け、それに基づいて研究を深められる人もいる。お父さんにはその能力は無い。でも、理系と文系の両方持っているということで生き残っている。

 一部の天才以外は、その戦略がいいよ。

 文系で生き残ろうとしたら3つが必要だ。第一に、国際的な知識・技能。第二は数学。そして一番大事なのは、多様な仲間。

 ということで、たかが高校入試レベルの数学ごときのことは、やればいい。やりなさい。

 と受験勉強の息子の尻をたたいています。

16/01/01(金)

[]毎日2 16:34 毎日2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎日2 - 西川純のメモ 毎日2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私には願いがあります。それを強く願っています。

 そして色々なチャンネルから情報を収集しています。

 願っている私のフィルターを通すと、見逃されがちな情報の意味を感じられます。

 そのままにしていると、直ぐに忘れてしまいます。だから、私なりに直ぐに書きます。それをブログやFBに入力します。

 チャップリンは精神的に病んでいた母親を笑わそうと願い、強く願っていました。それ故、毎日の生活を真剣に観察しました。そうすると日常には笑いの種が多くあることに気づきます。それを切り出し、精選加工して母親に笑わせました。その中で彼の中で笑いのセオリーが創り上げられました。

 大事なのは、願うこと。そして、情報を収集すること。そうすれば凡人にも色々なものが書けます。

 以上を話し、ゼミ生にはブログ、FBを毎日書くことを勧めています。書けば、小論文対策にも、面接対策にもなります。そして、自分をまとめることが出来ます。

 が、それをするゼミ生は殆どいません。

 願いが弱いからです。才能の問題ではありません。

[]毎日 16:23 毎日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 毎日 - 西川純のメモ 毎日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近の私の日常です。

 

 5時に起きる。ストーブのスイッチオン。メールのチェック。

 5時半に家族が起き始める。

 カーテンを開け、パジャマから着替え、顔を洗う。インターネットで仕事をし始める。

 7時15分 朝食

 7時35分 歯磨き等

 7時45分 家を出発

 8時 研究室に到着。朝に考えた構想で文章を打ち込み始める。

 11時15分 院生控え室により、学生さんと食堂に行く。私は家内の作った弁当を持参。

 11時45分 大学の文書室により手紙を取る。研究室でコーヒー若しくはお茶を飲み、午後の仕事にはいる。

 15時半 学生さんの控え室に行き、馬鹿話をする。

 16時 仕事開始

 18時半 学生さんの控え室に行く。

 18時45分 大学出発

 19時 自宅到着

 19時半 息子と風呂に入る。

 20時 夕食、家族で晩酌です。

 1時 仕事

 22時半 就寝

 これは毎日です。土日も変わりません。

 昨日は、息子がどうしても年越しを起きて過ごしたいというご希望の就寝時間が24時半になりました。そして今日の起床は7時です。朝食を食べて初参り。そして、大学に出発しました。以降はいつもと同じです。休日は、息子を研究室に拉致して、受験勉強をさせています。実にシンプルな生活をしています。

 土日休日も無く、シンプルに積み上げると、かなりのものが積み上がります。明日は、いつものペースに戻ると思います。

 色々なことでプレッシャーを与える教え子から「西川先生は特別なんです」と言われます。特別だとしたら、このシンプルな生活を土日も変わらずにしている点だと思います。それだけです。

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謹賀新年

 皆様のご家族が健康で過ごされ、仲良く支え合えることをお祈り申し上げます。