西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/10/01(木)

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 何度も書いたことですが、何度も書きます。

 ある学生がいました。その学生が「先生の理屈は分かるけど、目の前にいる子どもの姿がそうなっていない。だから信じられない」と言いました。そこで私は「子どもたちにちゃんと語れば良い。それだけで変わる。」と言いました。そして、私の飛び込み授業のビデオを見せました。子どもに対してちゃんと語るだけで初対面の子どもが変わるのは一目瞭然です。

 最近、子どもたちの前で『学び合い』の語りをしたそうです。そして、子どもが激変するのを経験しました。言葉の力の凄さを知ったでしょう。でも、言葉の力ではなく、願いの強さなのです。

 私は本でテクニックを提案しています。多くの優れた教師も様々なテクニックを提案します。それはクラス開きから4週間、長くても3ヶ月は有効でしょう。しかし、教師の腹を見透かす子どもには4週間は長すぎる。そうで無い子どもも3ヶ月は長すぎる。結局、その後に残るのは、教師の「腹」なのです。

 だから、子どもに対する願いがあるならば、経験の無い学生でも子どもを動かすことが出来ます。そして、それをサポートする『学び合い』の様々な理論があり、テクニックがあります。

 これは誰でも出来ることです。しかし、教師も人の子です。自分の弱さがあります。何よりも、楽したいという気持ちです。任せているつもりが、放任になってしまうことはあります。人の子なのですからしかたがない。そうなると1週間以内に集団が悪化します。子どもの真の姿が出てしまう『学び合い』の場合は如実です。偉そうなことは言えません。私もそうです。

 さて、その後です。そのような状態になったときに、心で勝負するか、テクニックに頼るか、そこが分かれ目です。心で勝負すると言うことが『学び合い』の「奥義」です。それを乗り越えた同志ならば、この言葉の意味を分かると思います。全て順調なときに「語る」ことは容易いことです。しかし、上手くいかないとき、自信を失ったときに「語る」には覚悟が必要です。そして、子どもを信じなければなりません。

 でも、その奥義を得られるでしょうか?それは自分の語りに対する信頼ではありません。そうあるべきですが、上手くいかなくなるとそうは思えません。大事なのは、テクニックの限界を理解することです。そして、『学び合い』の学校観に立ち上り、今、自分のしていることが「自分の楽」を願っているか、「子どもの将来」を願っているかを自問自答することです。とても辛く、覚悟の必要なことです。これは修羅場を数回乗り越えないと得られない奥義です。

toukonyukitoukonyuki2015/10/02 03:52集団の闇が見えた時、ものすごくつらいし、自信を失うし、子どものせいにもしたくなります。人と付き合うのが苦手だったり、上手くない子とも最低限の関係を結んでおくことが得なことだと、言ってるつもりで実は肚が据わってないから、闇が大きくなるんでしょうか…?

jun24kawajun24kawa2015/10/02 12:39子どもの姿は教師の鏡、と思うしかありません。
人は変えられなくとも、自分は帰ることは出来ますから。