西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/09/15(火)

[]講演 19:45 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週18日に、金沢の明成小学校で講演します。そして、急遽、10月7日に長野の下氷鉋小学校で講演します。内容は、この前の中野西高校で話した新作です。内容はアクティブ・ラーニングを受験制度の変化と雇用社会との関わりで話します。

 講演会の最後には以下のようにまとめます。

アクティブ・ラーニングの定義は『教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。』です。

 「結局、何をすれば良いの?」と思う人は定義の中の『発見学習、問題解決学習、体験学習、調査 学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク 等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。』に着目するでしょう。

 もう少し一般性を求める人『教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。』に着目するでしょう。

 しかし、いずれもアクティブ・ラーニングを方法レベルでとらえています。そして、思いつけるだけの方法を列挙し、最後に「等」をつけ、「総称」でまとめているところに着目し、方法に縛りがないことに安心します。そして「今より、少しでも子どもが関わる場面を保証すればアクティブ・ラーニングだ」と思います。

 学習指導要領の範囲内でアクティブ・ラーニングを理解しているならばそのような解釈も可能です。しかし、上記の定義の中に「認知的」と同時に「倫理的、社会的能力」が並列していることを見逃します。それは何故かを探れば「社会的基礎力」や経済・産業界の提言に至ります(PISA型能力とか、二十一世紀型能力ではなく)。そして、学習指導要領だけはなく文科省の施策全般を俯瞰すれば、アクティブ・ラーニングとは『今後の社会で活躍できる社会人(エリートとジョブ型)に子どもを育てる教育』であり、直近の課題として、『日本のトップ大学をアイビーリーグ化するための教育』であることに気づきます。少なくとも進学校の教師と保護者は既に気づいています。

しかし、文科省の施策だけではなく、政府の施策全般を俯瞰し、今後の雇用社会の厳しさを理解し、トップ校以外の子どもの将来を心配するならばアクティブ・ラーニングの定義は、『我が子が、教え子が三十年後、四十年後に餓死・孤独死することなく、豊かな人生を全うするための教育』となります。

 さて、二つの定義を比較しましょう。

「今より、少しでも子どもが関わる場面を保証すればアクティブ・ラーニングだ」

 と

「我が子が、教え子が三十年後、四十年後に餓死・孤独死することなく、豊かな人生を全うするための教育」

 前者を語る人は無知なだけです。しかし、責任ある立場の人の無知は罪です。