西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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15/09/15(火)

[]56歳 21:44 56歳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 56歳 - 西川純のメモ 56歳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 56歳になって、母親から「56歳になって感じることは?」と聞かれました。

 私は母親の24歳の子どもです。

 私の息子は40歳の子どもです。従って、息子に「56歳になって感じることは?」と聞くためには96歳にならねばなりません。医療技術の進歩によって、「憎まれっ子なんとやら」によって、それを聞けるかもしれませんが、聞けませんかもしれません。でも、どうでもいいことです。

 「56歳になって感じることは?」の答えは「別に」です。年々、歳々、変わるものはありません。まあ、次に変わるとしたら退職後でしょう。でも、「退職して感じることは?」の答えも決まっています。

 「なんで、あんなにハッチャキになっていたんだろう。バカみたい。」です。現役を必死に駆け抜けたならば、その感想しかありません。「まだ、やりたりない」と思えたとしたら、現役のときに手を抜いていたでしょう。現役でやりきって、でも、不十分の人ならば、後進をそだてると思います。そして「後はお任せ」になると思います。

 でも、疲れない程度の仕事はし続けたいと思います。

[]講演 19:45 講演 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 講演 - 西川純のメモ 講演 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週18日に、金沢の明成小学校で講演します。そして、急遽、10月7日に長野の下氷鉋小学校で講演します。内容は、この前の中野西高校で話した新作です。内容はアクティブ・ラーニングを受験制度の変化と雇用社会との関わりで話します。

 講演会の最後には以下のようにまとめます。

アクティブ・ラーニングの定義は『教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。』です。

 「結局、何をすれば良いの?」と思う人は定義の中の『発見学習、問題解決学習、体験学習、調査 学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク 等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。』に着目するでしょう。

 もう少し一般性を求める人『教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。』に着目するでしょう。

 しかし、いずれもアクティブ・ラーニングを方法レベルでとらえています。そして、思いつけるだけの方法を列挙し、最後に「等」をつけ、「総称」でまとめているところに着目し、方法に縛りがないことに安心します。そして「今より、少しでも子どもが関わる場面を保証すればアクティブ・ラーニングだ」と思います。

 学習指導要領の範囲内でアクティブ・ラーニングを理解しているならばそのような解釈も可能です。しかし、上記の定義の中に「認知的」と同時に「倫理的、社会的能力」が並列していることを見逃します。それは何故かを探れば「社会的基礎力」や経済・産業界の提言に至ります(PISA型能力とか、二十一世紀型能力ではなく)。そして、学習指導要領だけはなく文科省の施策全般を俯瞰すれば、アクティブ・ラーニングとは『今後の社会で活躍できる社会人(エリートとジョブ型)に子どもを育てる教育』であり、直近の課題として、『日本のトップ大学をアイビーリーグ化するための教育』であることに気づきます。少なくとも進学校の教師と保護者は既に気づいています。

しかし、文科省の施策だけではなく、政府の施策全般を俯瞰し、今後の雇用社会の厳しさを理解し、トップ校以外の子どもの将来を心配するならばアクティブ・ラーニングの定義は、『我が子が、教え子が三十年後、四十年後に餓死・孤独死することなく、豊かな人生を全うするための教育』となります。

 さて、二つの定義を比較しましょう。

「今より、少しでも子どもが関わる場面を保証すればアクティブ・ラーニングだ」

 と

「我が子が、教え子が三十年後、四十年後に餓死・孤独死することなく、豊かな人生を全うするための教育」

 前者を語る人は無知なだけです。しかし、責任ある立場の人の無知は罪です。

[]シンプルな生活 18:03 シンプルな生活 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シンプルな生活 - 西川純のメモ シンプルな生活 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何か仕事をするためには、「家族の時間」、「平常の仕事」、「やりたい仕事」以外は出来るだけ捨てるしかありません。そのために、日常生活をシンプルにします。私の日常です。

5時半 起床

5時45分~7時15分 メールチェックと「やりたい仕事」を中心に行う。

7時15分~7時40分 朝食

7時45分 家を出発

8時 大学等着

8時~11時15分 「やりたい仕事」

11時15分~11時45分 昼飯(11時30分まではカレーとぶっかけうどんが200円です。私は家内の弁当ですが、一緒に行く学生さんのためにその時間に行きます)

11時45分~12時 郵便物を取りに行く

12時~18時45分 「平常の仕事」(この間に2回ほど下の階の学生さんの控え室に行き馬鹿話をする)

18時45分 大学出発

19時 帰宅

19時~19時半 息子と風呂に入る

19時半~20時 メールチェック

20時~21時 夕食

21時~10時半 「やりたい仕事」

10時半 就寝

 この時間をキッチリと毎日守ります。私はテレビを殆ど見ませんし、音楽は通勤の往復30分だけです。マンガは見ません。映画は出張の時の移動中に見ます。

 ちなみに「平常の仕事」が6時間程度で収まっているのは、私のルーティーンな書類仕事の大部分はゼミのみんなでこなしているからです。そのため、私としては政治的なもの、予算的なものにエネルギーを費やせます。

 以上の生活によって、私の生産量は維持されています。

[]2割 17:32 2割 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 2割 - 西川純のメモ 2割 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある主張をすれば、2割が賛成で、2割が反対で、6割が中間層。

 5割以上の人が賛成になるのは無理です。

 ようは中間層の6割が、賛成、反対のいずれの側の方が良しとするかです。

 どうしたらいいでしょうか?

 反対の2割を説得しないこと。無理です。説得しようとすると問題を悪化させます。ひたすら関わらないことです。

 6割の人を説得することも避けましょう。変な宗教の勧誘みたいに思われます。

 では、何をすればいいか、2割の賛成者を固めましょう。そして、その人達が、全員(反対者も含めて)にとって利と理がある主張を不特定多数に発信しましょう。

 そして、「多様」な方法を「柔軟」にやり「続け」ましょう。

[]特典 09:23 特典 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 特典 - 西川純のメモ 特典 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員志望の学生さんへ。また、教員志望の学生さんの保護者の皆様へ。

 今年、教員採用試験に合格された方も、また、残念な結果になった方のいずれにも、上越教育大学教職大学院の場合、様々な特典があります。

 教員採用試験に合格された方には特典があります。各県の教員採用試験を合格し名簿登載期間延長の処置を貰える人に関しては、教職大学院の授業料を全額または半額免除になります(http://www.juen.ac.jp/060admissions/010graduate/030info/files/2015-0107-1550.pdf)。ちなみに、大学院1年の際に受験し、合格した場合は、2年目の授業料は全学又は半額免除になります。

 なお本学は学生寮が完備されているので安く生活できます(http://www.juen.ac.jp/090campus/030lodg/index.html)。

 教職にとりあえずなりたいという人にとっては、魅力は無いかもしれません。しかし、合格した後に、今の学校現場で生き残りたい方へは耳寄りな情報だと思います。現職教員の院生さんとチームになって学び、実習を受けられることが上越教育大学の教職大学院の特徴です。つまり、採用されてから必要な自分より10歳、20歳離れた人と付き合いながら仕事をすることを学べます(http://www.juen.ac.jp/110request/h28_kyousyokudaigakuin/#page=1)。

 教職大学院進学者に対する特例措置が様々あります。昨年度の資料ですが、推薦制度もあります(http://www.juen.ac.jp/kj/pdf/suisen.pdf)。また、先に述べた名簿登載期間の延長措置は多くの自治体で採用されています(http://www.juen.ac.jp/140career/files/PPgyouji_siryou_1_H25.7.31tokureisoti.pdf 申請期間に注意下さい)。これらの制度は毎年拡大されています。

 小学校と中学校の交流人事がある自治体の場合は、中学校免許状だけだと不利の場合があります。出来れば小学校の免許をとることが有利です。何故なら、人事交流の自由度が増すからです。

 また、中学校で受けるときも、社会科免許のみではなく、それに併せて技術や美術や音楽の免許を持っていることは有利に働く場合がりあります。何故なら、小さい中学校の場合、技術や美術や音楽で専任をとることは出来ず、非常勤にお願いするしかありません。その場合、専任教員の中でそれらの免許を持っている人がいれば、非常勤を雇わなくていいからです。

 上越教育大学の教職大学院は「教育職員免許状取り増し」制度(http://www.juen.ac.jp/070graduate/files/2014-0722-1137.pdf)というのがあります。本学教職大学院は既に何らかの免許があることが入学資格です。しかし、それは何でも良いのです。例えば、高校の免許だけをもって入学した人が、本学で小学校免許を取得し、小学校で勤めている人もいます。

 大学で教職免許を取得したが卒業後に教員以外の仕事をしていた。しかし、一念発起して教職の道を目指したい方もおられるかも知れません。そのような方へは教育訓練給付制度(http://www.juen.ac.jp/090campus/050fee/kyouiku_kunren.html)というのがあります。一般の大学院に比べて専門職大学院の場合は手厚い支援があります。

 詳しくは、希望の教育委員会もしくは、本学に問い合わせ下さい(私に連絡していただければ、関係する部局に繋げます)。

 これもご覧下さい。http://www.juen.ac.jp/kj/pdf/20150915.pdf

追伸1 学生さんの皆さん。教室に掲示物を貼る時、どのような視点で貼る物を選び、どのような配置で貼るべきか、一度たりとも大学で教えて貰ったことありますか?大学で教えて貰ったことは全て、勉強する気になっている子に有効な教材であり、指導法です。ところが、教師になって味わう悩みの8割の原因となる2割の子どもは、勉強する気になっていません。その2割の子をどうするか・・・。それらはその学校の先輩教師から教えて貰うことなのです。

追伸2 ちなみに本学学生さんの場合は、もう一つ特典があります。受験料が無料です。

追伸3 今後は教員の修士化、特に教職大学院修了生の優遇化は既定の事実だと思います。少なくとも、現在、受験する人が働き盛りの時には絶対だと思います。

[]増刷 07:16 増刷 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 増刷 - 西川純のメモ 増刷 - 西川純のメモ のブックマークコメント

学陽書房の『学び合い』スタートブック10刷2000部(計22500部)、

学び合い』ステップアップ4刷1000部(計9500部)の増刷が決まりました。ご愛顧感謝いたします。

[]ナイーブ 06:52 ナイーブ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ナイーブ - 西川純のメモ ナイーブ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 あれも大事、これも大事、という人の根拠は学術的な根拠がないことが多い。残念ながら研究者も。

 私の教師としての原体験は学力的には最底辺の高校で物理を教えました。当然、「なんで勉強するの?」という質問を受けました。そこで学部、大学院で学んだことを語りました。ところが見事に論破されます。ちなみに、妻帯者の男性は、伴侶を説得して下さい。子どもと同じように論破されますから。だって、そもそも普通の人が言っている「あれも大事、これも大事」は学術的に根拠がないのですから。

 教科教育学で何が大事だということをまとめた論文は各教科でかなりあります。中には学会としてまとめられたものがあります。それらの多くは、その教科の背景としている学問の体系に準拠し、学ぶべきものを整理しています。しかし、これらの研究の決定的な瑕疵は、そもそも、その学問を学ばなければならないことを証明していないところです。だから、その学問を学ぶべきだということを暗黙の前提にしているのです。

 私は色々な教科の人にその学問を学ぶべき理由を聞くと、非常にナーブ(素人的)なのです。例えば、「数学が分からないと買い物が出来ないでしょ」というようなものです。しかし、現在は計算できなくてもバーコード読み取りで問題なく買い物が出来ます。

 理科の時間数が減ると理科教育関係の学会が、「資源のない日本は科学技術で立国している」のような論陣を張ります。私は日本の代表的な経済・産業団体の提言を全て洗い出し調べました。その結果、昭和50年代後半から、そのような団体から小中高の理科教育振興を求める提言はありません。つまり、経済・産業界は小中高の理科が大事ではないのです。それを学術論文にまとめました。私の知る限り、それを覆す学術論文を知りません。

 また、数学は論理的思考能力を高めるという、一般的な能力を前提にした主張もあります。しかし、私の知る限り、それを証明した学術論文はありません。逆に、認知心理学の文脈依存性、領域固有性の知見によれば、その様な主張は誤りであることを論証できます。数学で学べる論理的思考能力は、数学における論理的思考能力です。たしかに数学者になるには必要でしょう。また、理系の仕事に就くには必要でしょう。ところが、国民の大多数は数学者にも理系の仕事にも就かないのです。そして、その国民の多くは「命題と証明」、「2次関数」を学ぶことを強いられているのです。

 さらに、保護者に対して小中高で学んだことが成人になってから社会生活・家庭生活に訳だったかを調査しました。ところが、あんまり役立っていないのですね。そして、教師にその評価は妥当か否かを問う調査をしました。その結果、妥当だと判断しています。つまり、大人も教師も学校で学ぶものはそれほど役に立たないことを知っているのです。なお、これも学術論文にまとめています。

 ということで、あれも大事、これも大事という人の主張には、私はもの凄く敏感です。そして、その主張の根拠は何かを調べます。大抵、というか100%はナイーブな主張です。つまり、「あった方がいい」程度のものです。

 私も「あった方がいい」ことは認めます。そもそも、「あった方がいい」の逆は「有害」なのですから。

 そんな程度の「あった方がいい」が積もり積もって、現在のカリキュラムになっているのです。似たようなことはありませんか?それは教師の書かねばならない書類もそうです。「あった方がいい」レベルで色々なところから求められた書類が山と増えているのです。

 「あった方がいい」という主張に知恵は必要ありません。責任を負う必要はありません。しかし、教育に必要なのは『これこれは「必ずしも全国民が」学ばなくていい』という主張です。これには知恵も必要だし、責任を負わねばならない。それは研究者の責務だと思っています。

 研究者になってから30年。今、その軸を得たような気がします。その軸とは、30年後、40年後の子どもが幸せになるために何を学ぶべきかという軸です。いや、それでも甘い。30年後、40年後の子どもが餓死、孤独死しないために何を学ぶべきかという軸です。

 「あった方がいい」という主張に悪意はありません。しかし、知恵も無いし、責任もない。