西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/08/10(月)

[]サンデル教授 21:17 サンデル教授 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - サンデル教授 - 西川純のメモ サンデル教授 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、ある方と話したとき、「サンデル教授の白熱授業はアクティブ・ラーニングではない。あれは教授の手の上で対話者が踊らされている。西川先生の講演は違いますね。」といわれました。

 サンデル教授の白熱授業は一見、アクティブ・ラーニングですが、実態はパッシブ・ラーニングの典型です。いわゆる、教師の一方的な授業です。ただし、とても上手い教師です。学生は完全にサンデル教授の考えた路線に乗せられている。でも、私の授業でも似ていることをカミングアウトしました。でも、決定的な違いが一つある。それは、私は学生さんに論破されたいのです。

 ゼミ生ならばおわかりのはずです。私が人前で泣いてしまうのは2種類だけです。第一は、子どもたち、教師が、可哀想すぎて、自分のふがいなさを思うとき。第二は、ゼミ生が私を乗り越えるとき。後者はゼミ所属1年目ではあり得ません。2年目の後半に1度あれば凄いことです。前者は悲しくて泣きます。後者は嬉しくて泣きます。後者の時、私は成長できます。だって、私の手の内で動いている間は、私は何も学べない。しかし、私を超えれば、それを私が学べば私は成長できます。もっと強くなれる。もっと救える。

[]急ぐ 17:40 急ぐ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 急ぐ - 西川純のメモ 急ぐ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は最近、気が狂ったように本を書いています。何故か?それはとても焦っているからです。理由を書きます。

 今後の雇用社会が変わり、終身雇用は崩れます。その結果、企業内教育はなくなり、企業は即戦力を求めます。

 日本人の半分は高卒で働きます。そして、その多くは普通科高校を卒業します。問題はトップ校に行かない高校なのです。そこの子どもたちは職を得られないか、もしくはアルバイトに毛が生えた職しか得られないことになります。

 これを何とかするには、職業高校が誇りを回復し、攻めに転じて欲しいのです。そして、多くの中学生にとって魅力のあるプランを提供して欲しい。普通科高校も金太郎飴のような横並びではなく、ジョブを想定した独自のカリキュラムを立ち上げる必要があります。

 このためには高校教師が現状を理解し、危機感を持って欲しいと思います。

 中学の教師も危機感を持って欲しい。今までと同じような偏差値や地域テストの点数で学校を選ぶんならば、教え子は路頭に迷うのです。進路指導から高校教育に圧力をかけて欲しい。

 小学校1年の子どもが高校卒業するのは12年先です。その頃には確実に雇用社会が変わっています。その選択を中学校3年でしなければならないのです。上記を理解している学校を選べることが出来るか、すなわち、上記を理解している高校が地域にあり、それを選ぶサポートの出来る中学校教師がいるかが子どもの幸せを決めます。9年後です。

 さて、皆さんのお子さんは何年生でしょうか?学年が上がるにつれて猶予の時間は無くなります。我が息子は中学校3年生です。残念ながら、上記を理解した教育を今後受けられることを予想できません。だから、生き残るためにはトップ校への進学しかないのです。でも、可愛そうなのは、ジョブ型に全く対応していない偏差値60以下の文系学部に在籍している学生さんとその卒業生です。非常に辛い未来しか待っていません。全ては教育関係者の不勉強に原因があります。

 ドラッカーの未来予測はかなり正確です。彼は、未来予測の基礎は人口構成であると述べています。そして、既に起こったことを外挿することによって未来を予測できると述べています。

 既に終身雇用は崩れています。昔は景気が悪いときにリストラがありました。今は、景気がいいのにリストラがあります。不定期雇用が増えました。他ならない公教育もそうです。常勤的非常勤という分けの分からない勤務者に正規採用者と同様に担任を求め、サービス残業を求めています。鼻先に正規採用をちらつかせています。まさにブラック企業そのものです。そんなことを公教育でやっていることを理解した上で、上記の私の書いていることが絵空事かを考えて欲しいです。

 『学び合い』では長期スパンの対策がとれます。学校が、教育委員会が未来を理解できないときでも教え子を救えることが出来ます。それは仲間を与えて進学し、卒業させることなのです。

 かなり言い過ぎなことを書きましたが、私は子どもたちの未来がとても不安ですし、怖いのです。長期的にはみんな分かるでしょう。でも、今の子どもたちの未来はとても暗いのです。苦しむ子どもや教師を出来るだけ最小限にしたいと願っています。

追伸 大学はサラリーマン養成機関ではないと言う大学人に私は言いたい。それを就職できずにいる三十台の卒業生に言えますか?そして、入学説明会に参加する子どもや保護者に言えますか?フェアーでない。

[]エビデンス2 12:44 エビデンス2 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エビデンス2 - 西川純のメモ エビデンス2 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「十年後、二十年後、三十年後の子どもや社会の幸せ」とは何でしょうか?

 第一に、就職できる。そして、十年後、二十年後に就職している。

 第二に、結婚している。そして、十年後、二十年後に家庭を維持している。

 第三に、子どもをもうけている。その人数。

 意見の分かれるところだと思いますが、ホモサピエンスの幸せは、生物的ベースの上に成り立っていると思います。すなわち、生きて、子孫を残す。それ以外の指標もあると思いますが、おそらく、このあたりが最も合意できるものだと思うのです。

[]エビデンス 11:25 エビデンス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - エビデンス - 西川純のメモ エビデンス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の『「学力」の経済学』についての補足です。

 経済学はエビデンスベースで発展し、科学となっています。何故なら、「お金」という指標があり、万人がそれを認めているからです。

 医学もエビデンスベースで発展し、科学となっています。何故なら、「生きる」という指標があり、万人がそれを認めているからです。

 教育学がエビデンスベースで発展し、科学となるためには、まず万人が認める指標が必要なのです。そこがネックです。

 例えば、現行学習指導要領には学力の三要素の中に「基礎的知識・技能の習得」とあります。しかし、「基礎的とは何か?逆に言えば基礎的でないとは何か?」、「知識とは何か?」、「技能とは何か?」、「習得とは何か?」が定義されていないのです。これで議論してもかみ合わないのは当然です。当然、それに関するエビデンスを積み上げても、何ら説得力をもちません。何故なら、一人一人が違った意味で言葉を使っているのですから、別な意味でエビデンスを積み上げても、「それは違う」で終わりです。

 では、どうしたらいいか?

 もっとマクロな単位で分析すべきだと思っています。

 それは十年後、二十年後、三十年後の子どもや社会の幸せだと思っています。そのレベルになると、ホモサピエンスとして共通のものが見えてくると、生物学出身の私は思います。