西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

15/08/08(土)

[]アクティブ・ラーニング 20:52 アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ アクティブ・ラーニング - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最初に申しますが、以下は安保法制に関しての議論ではありません。

 ネットサーフィンをしていると、安保法制に関して様々な記事がアップされています。その中に、Aを主張している人に対して、非Aが一言いうと、Aの人がすごすごと引き下がるという図式の記事がかなりあります。これって非アクティブ・ラーニングだと思います。あまりにも、社会的能力が足りない。

 Aの主張に矛盾があると非Aが突っ込んだとしたら、何故、Aがそれに対して反論できないのでしょうか?そして、Aがすごすごと引き下がったとしたら、非Aの人がAの人を呼び止めて、その人のAの主張の真意を問わないのは何故でしょうか?Aも非Aもそれなりの理がある。それを突き詰めて議論し、どこが分かれ目なのかをAも非Aも探ることを両者でやるのがアクティブ・ラーニングで育てる力です。そして、両者の対立のないBを探ったり、とりあえず、先延ばしするための対処法を考えたりするのがアクティブ・ラーニングで育てたい能力と思うのです。

 世の中の問題には正解がないのが普通です。多様な方法を柔軟にやり続けることが大事です。「多様」であること、「柔軟」であること、「やり続ける」こと、それが大事だと思います。

 少なくとも、他人の子どもをあずかる公教育の教師にはとても大事な認識だと思います。

[]コア 20:35 コア - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - コア - 西川純のメモ コア - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をトライする人、そして深める人、去る人、戻る人。

 二十年弱、数千人の方々に関わっています。私のスタンスは、いずれに人にも等しく、無理ない範囲で誠実にです。

 『学び合い』をトライする人は基本的に困り感がある人です。そりゃそうです。見た目、変ですから。困り巻がなければ、今まで通りのことをする方が楽です。気になる子がいる、心の病を患っている、自分は何のために教師になったのか分からなくなる・・・。

 でも、圧倒的大多数は、その日の授業、その日の生活、長くても1年の授業、1年の授業のレベルです。そして、それらは、その日の授業を分からせられない、その日の子どもの理不尽な反応に耐えられない、その日の子どもの苦しんでいる姿を見ているのが辛い、です。

 私もそうでした。

 しかし、その日ではなく、その年ではなく、教え子が二十歳、三十歳、四十歳・・の幸せを考えられるようになり、自分が確かにそれをやっていることを感じられる人もいます。そうなれば、その日、その年に何を学ぶか、子どもの理不尽な行動、子どもの苦しみを相対化できます。そして、何をすべきかが見えます。自分が全てを解決できなくても、どのような方向で解決すべきかのビジョンが見えます。そうなれば、滅私奉公でやっている自分の姿を相対化できます。そして、自分が家庭を大事にすることが子どもを幸せにさせることが分かります。

 でも、見た目が変わっている。それ故に、迫害は大きい。そして、周りに実践者がいなければ、相談者がいない。上手くいかなくなれば辛くなるのは当然です。

 悩みますが、『学び合い』のセオリー通りのことをします。集団をどう動かすかです。結局、個々人の志に頼れる部分は少ない。幸い、私には同じ思いを持っている仲間がいます。もっと増えて欲しい。私を無視し、私の思いつかないことを勝手にやる人がもっと欲しい。いま、順調に増えています。退職までにはフェードアウトできそうです。