西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/06/14(日)

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 我々は全ての子どもにICレコーダーをつけ、その子どもの会話を記録し分析します。1校時の子どもの会話を聞くだけで1校時かかります。それを文字化し、カテゴリー化するには数倍かかります。それがクラス人数分やるのです。つまり1時間の分析に100時間ぐらいかかります。それを最低で3ヶ月、半年から1年分析するのです。気が遠くなりますね。そんな研究を平行して十数人が行います。それを二十年以上積み上げているのです。

 それが我々の学術です。

 本学に派遣される現職院生さんは十年選手、二十年選手です。しかし、その人たちも知らない子どもの姿を初めて発見します。そうです。個を追うというのは上記レベルのことで初めて片鱗が見えるのです。教卓から何年見ても、目立つ子どもしか見ていません。個別対応しても、1日24時間なのですから、一部の子どもしか関われない。何故なら、個を見取るには、膨大な時間が必要です。例えば、1校時の分からないことを分かるために必要な会話は小学校で5分~7分かかります。それを30人分は1校時の数倍です。だから、それ以上のレベルを理解しようとするならば、気が遠くなるほどの時間が物理的に必要なのです。

 その結果、分かったこと。教師は絶対に個を見とれない。子どもたちの一部は見とれる「かも」しれないですが、全員は無理です。結果として寄り添うことも絶対に無理です。

 では、どうすればいいのか?

 個は見とれませんが、集団は遙かに見とれます。水分子の個々の運動は現代科学でも記述できません。しかし、その集団の振る舞いはかなり正確に記述できます。それと同じです。ただ、その精度は、集団の凝縮力に依存します。だから、『学び合い』では集団の凝縮力を高め、全体を見取ります。個に寄り添うのでは無く、集団に寄り添うのです。では、個はだれが寄り添うのか?それは子どもたちです。そのためには教師は個に寄り添ってはいけません。教師が個に寄り添えば、その個に他の個が寄り添えません。

 一見、冷たい教師のように見られる行動をするのは、本当に、全員を見捨てたくないからです。今の価値観では理解されにくいですが。