西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/03/29(日)

[]流れ 18:01 流れ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 流れ - 西川純のメモ 流れ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 アクティブラーニングで先導的な役割をしている方の講演会に参加した同志が、その方の講演でアクティブラーニングの研究者の筆頭に私の名前があることにビックリして、「先生はその方を知っていますか?」と聞かれました。残念ながら存じ上げませんが、非常に光栄に思います。

 でも、何となく分かります。

 何度も書いているように、文科省の掲げているアクティブラーニングとは特定の理論を指すものではありません。今後の日本社会を見据えたとき、今までとは全く違う学力を獲得しなければ日本は生き残れないという問題意識から、教育界に積極的に考え、実践して欲しいという強い、とても強いメッセージなのです。

 と学校が言われても、「どうしたらいいの?」というのが学校現場の本音だと思います。

 不遜ながら思います。

 普通の教師が出来ることで、一定以上の成果を上げられるものがどれほどあるでしょうか?

 普通の教師が出来る、言葉がけ、教材づくり等のノウハウが整理され、本として出版されているものがどれほどあるでしょうか?

 学校レベルでの実践を考える人は、そこを考えます。自分が出来る、ではなく、ごく普通の同僚や管下の職員が出来る実践を探すでしょう。ところが、世にあるものの多くは、出来れば凄いかもしれないけど、それが同僚や管下の職員の多くが出来そうには思えないものです。さらに、やるとなったら「どうしたらいいの?」と同僚や管下の職員から聞かれます。それを一人一人に対して口伝で伝えますか?無理です。

 『学び合い』はその点をクリアーしています。

 しかし一方、既存の授業の延長上にある素晴らしい授業は授業しやすいのですが、『学び合い』はそれとは違います。「変」と思う人がいても当然です。が、それに関してもノウハウは整理され本となっています。それが合同『学び合い』です。

 アクティブラーニング関係で、その全てがそろっているもの、『学び合い』以外に私は知りません。