西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/03/18(水)

[]教授が変われば大学は変わる 18:32 教授が変われば大学は変わる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教授が変われば大学は変わる - 西川純のメモ 教授が変われば大学は変わる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「教授が変われば大学は変わる」(毎日新聞社)を読みました。読みやすい本だし、著者が苦労人でいい先生であることを感じられる本です。しかし、私の大学人としての経験とは一致していないと感じます。

 以下で書くことはあくまでも私の狭い経験を過度に一般化している可能性を理解しつつ書きます。

 漫画的には大学教師とは象牙の塔に籠もって浮き世離れした言動をする人のようです。そして、研究に邁進し、それ以外には目もくれない。当然、学生の教育なんかどうでもいい。というような人です。例えば、ノーバート・ウイナーや岡潔の奇行は有名ですね。でも、奇行はあるにせよ、普通のおじさん、おばさんの面を多く持っています。そして、圧倒的大多数の大学教師は、もっと普通のおじさん、おばさんです。

 そして一般の人が思うように俗世から離れて、研究に没頭するなんてやっている大学教師はそれほどいません。いたとしたら、ごくごく少数の大天才と、大部分は無能な大学教師です。大学教師の中には勉強が大好きで大好きな人がいます。その人は色々と調べて読むのですが、知の吸収はあっても、知の生産はありません。

 私がつきあった大学教師の中で一流と呼ばれる人は九割以上は人間的にも尊敬できる人でした。何故か?それは人間的にも尊敬できる人出ない人は業績を上げられないからです。

 理系では連名論文が一般的です。それによって一定の業績を一生涯上げ続けることが出来ます。でも、人格的な問題を持っている人は一緒に研究しようとする人はいません。人格的に問題を持っている人の研究室に、有能な学生は所属しようとはしません。そのような学生がいない研究室は業績を上げられません。

 この事情は数学でも同じです(藤原正彦さんの本を読むと分かります)。文系でも同じです。文系の場合、学会誌はそれほど多くはありません。研究業績の中で本の占める割合は高い。でも、一本立ちで本を出せる人はそれほど多くはありません。協働で本を出す人が大部分です。人格的に問題がある人は一緒に本を出そうとは言われません。また、一本立ちで本を出す人は、出版社とちゃんとした関係を維持しなければなりません。漫画的な非常識な大学教師とつきあうほど暇な出版社はそれほどいません。

 これは旧帝国大学でも同じです。博士課程を担当している教員の場合、自分以外に4人の博士課程指導の資格を持つ大学教師の同意がなければ博士の学位を出せません。人格的に問題のある教師はその同意を得られないのです。

 つらつら書きましたが、ごくごく少数の大天才を除けば、業績と人格(少なくとも他人に対してのつきあい方)は比例します。そんな人が、学生を馬鹿にして、いい加減な授業をするわけありません。

 さて、どんな大学でも一定数の有能な大学教師はいます。本人の能力もありますが、関係によって決まるものですから。

 私が同僚教師の無能さを後に学長になった方に愚痴ったことがあります(若かったのです)。その方は「おい、西川。周りの教師がおまえより論文が書けて、授業がうまくて、学生に人気がなって欲しいのか?」と笑われました。凄く納得しました。

 長々書きましたが、ようは「教授が変われば大学は変わる」というタイトルですが、私の感覚では「既に、どの大学にも一定数の教育者としての意識の高い教授はいる」というのが私の感覚です。ちなみに、本学上越教育大学はどのコースを見回してもその割合がとても高いと誇っています。

 でも、大学の改革が遅遅として進まないのは何故か?私の感覚では、教授が変わるよりも、教育者としての意識の高い教授に機会と権限を集中できるか否かだと思います。一般社会では、多くの集団では2割のメンバーが8割の仕事をします。ところが大学では横並びになっており、本来8割の仕事を出来る2割のメンバーが、2割の仕事しか出来ないようになっている点がネックなのです。

 旧帝国大学系ではパブリッシュ・オア・ペリッシュが徹底しています。一生涯助教の人もいれば、若くして教授になる人もいます。先に述べたように、それと教師としての力量に相関があるならば、健全性が保たれます。しかし、地方になればなるほど、それが弱くなり、横並びになる。そうなると集団全体はトップ集団ではなく、下位集団に配慮するようになります。

追伸 大学出身者だったら、自分の大学の教員を思い出してください。たしかに首をかしげる人はいたと思いますが、少数だったでしょ。大多数は普通の人だと思います。そして、かなり優れた教育者もいたと思います。でしょ?最後の人が大学の中で発言力を持てるか、それとも全員の中の一人にすぎないのか、そこに違いが生じます。

[]中信の会 17:47 中信の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中信の会 - 西川純のメモ 中信の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

6月20日に中信の会があります。お誘いします。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/akifune3/20150318/1426668063

[]発表 15:54 発表 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発表 - 西川純のメモ 発表 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本年度のゼミ生の発表をアップしました。http://goo.gl/kt6xae

[]課題づくり入門 14:50 課題づくり入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 課題づくり入門 - 西川純のメモ 課題づくり入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「子どもが夢中になる課題づくり入門(明治図書)」(http://goo.gl/qkOX1Y)が1ヶ月で重版決定です。ご愛顧感謝します。

学び合い』をやり始めようとする直前、そして直後に一番聞かれる質問は「課題づくりはどうしたらいいのですか?」なのです。実は本当の答えは「どうでもいい」なのです。でも、それをいきなり言うと意味が不明なので、まずは簡単に『学び合い』の課題を作るテクニックを教えます。その後、子どもの反応を見つつ、課題のツボどころを説明します。『学び合い』をやる前に大事だと思ったことは実はどうでもいいことなのです。その代わり、『学び合い』をやる前には考えたこともない、でも、本当は一斉指導でも絶対にすべきことが大事であることが分かります。そのことは一斉指導だと考えなくても授業らしきものは出来るので意識しないのですが、『学び合い』では絶対に必要なので意識します。このことを意識できることは一斉指導においても大事なことです。

 『学び合い』の課題づくりは、今までの課題づくりとは真逆です。今までの課題づくりは、課題に加えることによって課題を改良します。例えば、発問だったり、プリントなのです。それは味付けを濃くした料理をつく模様なものです。味付けが濃くなると子どもは喜びます。しかし、素材のおいしさは分からなくなるのです。典型的なのはおもしろ実験です。おもしろ実験は面白いほど手品になってしまいます。子どもたちは大受けだけど、テストはさっぱりということになるのです。

 『学び合い』ではぎりぎりまで課題を削ります。そして、どうしても押さえないといけないものは何かを考えます。今までの授業と違って後出しじゃんけんは出来ないのです。一度課題を与えたら、子どもに任せます。だから、なんとなくでは課題は作れません。課題のコアは何かを考えるべきなのは今までの授業も同じですよね。

 先に述べたように今までの授業では色々と味付けをします。ところが『学び合い』では何故それを学ばなければならないかを説明します。料理で言えば、その食べ物がいかに体にとって大事かを語るのです。

 このような課題づくりをすると、教科の時間が学級づくりの時間になります。そして、ともに課題をつくり合う教師集団が出来るのです。教科内容をこてこて扱った課題づくりでは、中学校、高校の先生方は学び合えません。教科が違いますから。でも、『学び合い』だったらそれが出来るのです。

 まだお読みでない方に、お勧めします。

[]ぐんたまの会 07:23 ぐんたまの会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ぐんたまの会 - 西川純のメモ ぐんたまの会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 6月27日に埼玉の本庄で会があります。お誘いします。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/kuro106ra/20150317/1426595310