西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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15/03/08(日)

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 『学び合い』の本体は、一人も見捨てたくないという願いであり、それを実現するための学校観と子ども観という考え方なのです。私が様々な本に書いた声がけの方法、見取りの方法、課題の作り方は、その学校観と子ども観の影です。テクニック的には、従来指導型との併用は可能です。しかし、併用したものは『学び合い』とは縁もゆかりもありません。

 本人が気づかなくても、一定の考えの基に使っているのです。

 『学び合い』以外の課題を思い起こして下さい。その課題が、子どもの一生涯の幸せに通じていると本人に語ることが出来ますか?その説明は、あなたの嫌いな教科(例えば物理)の教師が、その教科が大事だと語るような説得力ではないでしょうか?

 『学び合い』以外の授業におけるあなたの立ち位置を思い出して下さい。あなたがいなければ、そのとたんに成立しなくなるのではないでしょうか?そうであれば、教師がいない社会において生きていける力を与えているのでしょうか?

 教室ではさまざまな問題が起こります。それに対応するために数多くのテクニックを教師は学ぶべきであり、そのテクニックのバリエーションが多い(引き出しが多い)方がすくれているとは思っていないでしょうか?『学び合い』では、問題を解決できるのは子ども集団であると考えているのです。

 考えて下さい。ここに二人の野球部の顧問がいたとします。一人は、県大会優勝を目指しており、野球が出来ることが全てに通じていると考えているAがいます。そして、子どもは未熟で自分が指導すべきだと考え、様々な練習プログラムを知っていて、それを子どもたちに指示します。

 もう一人は、子ども全員の成長を目指しており、野球が出来る出来ないかは大人になってからは重要では無いと思っているBがいます。しかし、野球を通して人との関わりを学び、その中で様々な困難に立ち向かう力を育てたいと考えています。そして、子どもたちは多様で数十人の一人一人には課題があると考えています。だから、子どもは未熟だけど、その多様性に対応できるのは子どもたちで、自分には対応できないと考えます。だから、自ら考え解決できる集団を作ることに頭を使い、個々の練習プログラムは子どもの問題だと考えます。

 さて、Aにも、Bにもテクニックを持っています。もし他方のテクニックを使う場合はどう使うでしょうか?

 AにとってBのテクニックは有効だと思います。そして今までのテクニックと同じように使うでしょう。ただし、子どもに任せることは限定的で、あくまでもA中心に動かすでしょう。

 BはAのテクニックは自分では使いません。使う場合は、子どもたちに例示して、使うか使わないかを判断させます。

 それと同じです。だから、『学び合い』をテクニックとして使っている人か、考え方として理解しているかは私にとっては非常に分かりやすいのです。『学び合い』と非『学び合い』は併用できません。『学び合い』を非『学び合い』のテクニックは次元が違うのです。基本的に併用できません。併用できるとお考えの方は、学校観と子ども観に立ち戻って下さい。そうすると、『学び合い』ではないことが分かると思います。

 私も一斉指導で使っていた話術や課題作りを使いますよ。ただし、一発勝負の講演会や、最初の授業だけです。使えば楽だから。でも、私のクラスである西川ゼミの学生に一斉指導のテクニックを使おうなんて思ったこともありません。馬鹿馬鹿しいから。私が一斉指導のテクニックを使ったらゼミ生はとても気持ち悪がると思います。もっと言えば、『学び合い』のテクニックすらも使いません。私が可視化のテクニックを使ったらゼミ生は気持ち悪がると思います。

 『学び合い』の考えが分かれば分かるほど、肩の力は抜けていき、バカなおっさんになっていきます。

追伸 諸般の事情で併用せざるを得ない場合があります。心が『学び合い』の学校観と子ども観ならば、『学び合い』です。また、やりはじめで信じられないひとは併用はありです。でも、同時に併用は避けて下さい。アイスクリームとカレーは美味しいですが、それを混ぜるとまずくなります。『学び合い』をやるときは純『学び合い』で、一斉指導をする場合は純一斉指導をすることを勧めます。