西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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15/02/07(土)

[]板書 06:58 板書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 板書 - 西川純のメモ 板書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は講演会でも講義でも最初に「ノートはつけないで下さい」とお願いします。そして「つけたいと思うようなことがあり、それを再度読みたいならば本に書いています。また分からないところがあれば聞いて下さい(メールして下さい)。ちゃんと応えます。それよりも話を聞いて、考えて下さい」と続けます。

 『学び合い』はもちろんのこと、多くの授業や私の講演会のような一斉指導型においても、板書を書き、子どもは写させるということは教育的な意味は無いと思っています。あれは、書籍が高く、コピー機が無い時代に、教師が書籍を板書し、それを子どもは写すという、つまり遣唐使の写経みたいなものです。従って、今の時代には意味がありません。今の時代だったら板書するようなものは印刷し、配布し、ノートに貼らせた方が良い。そのプリントの一部に空欄のスペースを用意し、子どもが自由に書き込めるようにすれば良いのです。年間の授業計画を立てたならば(立てるべきです)それを冊子にして子ども渡せば良いのです。

 それを説明します。

 まず、多くの人が意味があると思っていることを再検討します。

1) 授業の内容を整理することが出来る。

複雑な内容を整理するとき、図で整理することが有効である時や人もいます。しかし、その整理は「自分なりに」整理することが大事です。教師の思考と子どもの思考は違います。特に、勉強が分からない子どもにとっては。我々がフィールズ賞受賞者の数学のノートを読んでも、それを写しても、まったく意味がありません。それは認知心理学のエキスパート・ノービス研究からも明らかです。

2) 書くことによって覚える。

私も英単語を覚えるとき、書いて覚えたことがあります。みなさんもそんな経験があると思います。しかし、その時、何度か来ましたか?覚えようとするならば、何度も繰り返さなければなりません。もし、板書を10回書いたならば、授業はそれだけで終わります。第一、子どもは板書しているとき覚えようとしているのでしょうか?ただ写しているだけでは効果は薄いですよね。

 逆に、板書し、それを写させることによるデメリット。

1) 教師が板書しているとき、子どもを見られません。『学び合い』は板書が殆ど無いので、子どもを一斉指導より見られます。

2) 子どもが写してるとき、写すことに集中すると思考が停止します。

3) 子どもが写し終わるまで授業がストップします。低学年では、ノートを書くスピードが極端に違います。遅い子はとても遅い。その子が書き終わるまで、早く書き終わった子どもが待たされます。

ということで意味がありません。だから、『学び合い』ではやりません。

でも、私の初任時代にそれを教えてもらえ、自分でも納得したとしても板書し、子どもに写させるでしょうね。理由は力量の無い私にとってとてもメリットがあるからです。それは自分が板書している時間、そして子どもがそれを写している時間は、何も考えず、何も、何もしゃべらなくていい時間なのです。つまり手を抜けるのです。案外、そんなことが板書が残っている理由かもしれません。