西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

15/02/07(土)

[]絶滅危惧種 22:28 絶滅危惧種 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 絶滅危惧種 - 西川純のメモ 絶滅危惧種 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私がコンピュータに接した当初はXYプロッターというものがありました。ペンを上下左右に動かし、字や図を書く機械です。ところが、プリンターが性能が上がるにつれて絶滅しました。XYプロッターの会社がプリンターに互していこうとした機種を発売しましたが、素人から見てもパロディでした。勝てるわけありません。

 私が小さい頃には駄菓子屋がありました。今は絶滅していますね。また、八百屋や魚屋も絶滅しました。米屋も絶滅危惧種ですね。絶滅するには理由があります。そして、どうやっても絶滅します。もちろん生き残る店もありますが、ごくごく少数派です。

 本日、私が語ったのは、今の教師という職業が絶滅危惧種であることを、あたりまえの事例を元に語りました。

 『学び合い』があろうと無かろうと、今の教師という職業は絶滅します。でも、学習は人には必要ですので、その後の受け皿が必要です。おそらく、教科内容を教えるということなら学校はネット社会にはかないません。ネット社会では押さえきれないこと、それは人の道です。学校の役割をソフトランディングさせる方法は、『学び合い』以外に私は知りません。

 そんな話を群馬でしました。

[]自慢 21:47 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの学校では、報告・連絡・相談は必須事項です。いわゆる「ほうれんそう」です。ところが西川ゼミでは報告・連絡は不要です。そんなことをゼミ生が言い始めると話を切ります(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20051028/1130505925)。その代わりに明確にルールを定めています(http://goo.gl/mxwUkx)。つまり、生命に関わるもの、お金に関わるもの以外は、独り決めしないならば任せています。

 これが我がゼミでは徹底しているので、殆どのことは私の耳には入らず、ゼミ生が自主的に解決しています。

 報告、連絡は不要ですが、相談は受け入れます。そして大歓迎なのは自慢です。つまり、私の意見などは聞くつもりでは無く、私をへこますつもりの時は大歓迎です。何故なら、その時、私は成長できるからです。

 本日の群馬の会では講演をしました。その際は、定番の講演では無く、その場のアドリブで話を組み立てる講演です。これって、もの凄くエネルギーを使います。だから、講演が終わったとたんに疲れが出て、ちょっと離れたところで寝てしまいました。

 しばらく寝ていると、ゼミ生が、西川ゼミのみんなが発表することを知らせてきたのです。当たり前のようですが、これってとてもまれなことなのです。というのは、全てゼミ生が自主的にやっているのが西川ゼミの作法ですので、その発表に私が聞くことを求めることはまれなのです。「へ~」と思い、ゼミ生の発表を聞きました。そして分かりました。ようは発表を聞かせたいのでは無く、自慢を聞かせたいのです。

 自慢を聞きました。十分に誇らしかった。とても楽しめた。なおさら、彼らに任せるべきであることを確信できました。

[]幸せ 21:47 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 群馬の会に参加すると、古くからの仲間たちに会います。みなさんから、様々な幸せの報告を聞きました。嬉しかった。私は好きな人が幸せになることが大好きなんです。

[]飛び込み授業 07:12 飛び込み授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飛び込み授業 - 西川純のメモ 飛び込み授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来月、数年間継続して、『学び合い』で学校作りをしている学校の校内研修で呼ばれます。私は出張を伴うお仕事にはかなり高額な要求をしています(自分の体を守るため)。しかし、校内研修で私を呼ぶなんて、太っ腹だと思いました。

 その際、飛び込み授業を頼まれました。

 飛び込み授業のノウハウは確立されています。いくつかのポイントを押さえれば、参観者には魔法としか思えない子どもの変容を見せることが出来ます。しかし、それは『学び合い』を分かっていない人、つまり、手品の種を知らない人には有効ですが、種を知っている人には有効ではありません。そして私は大学教師であり、小学校、中学校の教師としてはアマチュアです。プロの小学校教師、中学校教師、それも『学び合い』を実践している方々の前では、とても恥ずかしくて出来ません。ということで飛び込み授業はお許しいただきました。私はプロの『学び合い』教師の実践を参観することが楽しみです。

[]板書 06:58 板書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 板書 - 西川純のメモ 板書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は講演会でも講義でも最初に「ノートはつけないで下さい」とお願いします。そして「つけたいと思うようなことがあり、それを再度読みたいならば本に書いています。また分からないところがあれば聞いて下さい(メールして下さい)。ちゃんと応えます。それよりも話を聞いて、考えて下さい」と続けます。

 『学び合い』はもちろんのこと、多くの授業や私の講演会のような一斉指導型においても、板書を書き、子どもは写させるということは教育的な意味は無いと思っています。あれは、書籍が高く、コピー機が無い時代に、教師が書籍を板書し、それを子どもは写すという、つまり遣唐使の写経みたいなものです。従って、今の時代には意味がありません。今の時代だったら板書するようなものは印刷し、配布し、ノートに貼らせた方が良い。そのプリントの一部に空欄のスペースを用意し、子どもが自由に書き込めるようにすれば良いのです。年間の授業計画を立てたならば(立てるべきです)それを冊子にして子ども渡せば良いのです。

 それを説明します。

 まず、多くの人が意味があると思っていることを再検討します。

1) 授業の内容を整理することが出来る。

複雑な内容を整理するとき、図で整理することが有効である時や人もいます。しかし、その整理は「自分なりに」整理することが大事です。教師の思考と子どもの思考は違います。特に、勉強が分からない子どもにとっては。我々がフィールズ賞受賞者の数学のノートを読んでも、それを写しても、まったく意味がありません。それは認知心理学のエキスパート・ノービス研究からも明らかです。

2) 書くことによって覚える。

私も英単語を覚えるとき、書いて覚えたことがあります。みなさんもそんな経験があると思います。しかし、その時、何度か来ましたか?覚えようとするならば、何度も繰り返さなければなりません。もし、板書を10回書いたならば、授業はそれだけで終わります。第一、子どもは板書しているとき覚えようとしているのでしょうか?ただ写しているだけでは効果は薄いですよね。

 逆に、板書し、それを写させることによるデメリット。

1) 教師が板書しているとき、子どもを見られません。『学び合い』は板書が殆ど無いので、子どもを一斉指導より見られます。

2) 子どもが写してるとき、写すことに集中すると思考が停止します。

3) 子どもが写し終わるまで授業がストップします。低学年では、ノートを書くスピードが極端に違います。遅い子はとても遅い。その子が書き終わるまで、早く書き終わった子どもが待たされます。

ということで意味がありません。だから、『学び合い』ではやりません。

でも、私の初任時代にそれを教えてもらえ、自分でも納得したとしても板書し、子どもに写させるでしょうね。理由は力量の無い私にとってとてもメリットがあるからです。それは自分が板書している時間、そして子どもがそれを写している時間は、何も考えず、何も、何もしゃべらなくていい時間なのです。つまり手を抜けるのです。案外、そんなことが板書が残っている理由かもしれません。