西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

15/02/04(水)

[]教科教育の人 21:17 教科教育の人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科教育の人 - 西川純のメモ 教科教育の人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1996年、私が37歳の時、私の実質的な最初の編著である「一般教科教育学序説」という本を書きました。その本では、各科教育学の緩い集団である教科教育学の現状を述べ、教科を横断する教科教育学の可能性を述べました。その時点では、理論的にあるべき姿を述べました。しかし、具体的にどうしたら良いかはハッキリ分かりませんでした。

 最近、昔からの仲間にメールを久しぶりにしました。ある教科に関連する学会の学会長を務める人です。その返信に「西川さんは,教科教育の人になってしまいましたね。」とありました。酔った勢いで書きます。おそらく日本最初の「教科教育の人」は私かもしれません。少なくとも研究者レベルでは。約20年でかつて本で書いたことを実現しました。

[]なりたい教師像 07:24 なりたい教師像 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - なりたい教師像 - 西川純のメモ なりたい教師像 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学教師なので何度も面接を担当しました。今までに「子どもと共に成長できる教師になりたい」という生徒はいっぱいいました。しかし「子どもと共に幸せになれる教師になりたい」という生徒は一人もいませんでした。私は後者です。

[]大事なこと 07:11 大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大事なこと - 西川純のメモ 大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 皆さんは舌を筒状にすることが出来ますか?私は出来ますが、出来ない人もいます。舌に関して言えば、柏餅のように舌を折りたためる人を実際に見たことがあります.私は出来ません。そして、耳を動かせる人もいます。私は出来ません。

 もし、学校で耳を動かせる練習をして、それが出来ることと100点貰えたらどう思いますか?耳を動かせることが一流大学に進学できる必須要件になっていたらどう思いますか?耳を動かすために学校で教え、塾・予備校もあったら・・・。馬鹿馬鹿しいですよね。でも、それと同じことをやっている国が実際にあるんです。どこだと思いますか?

 日本です。

 え?と思いますよね。説明します。

 最初の例で馬鹿馬鹿しさを感じたのは、耳を動かせることがどうでもいいことだと思っているからです。それに特別な意味を与えているから馬鹿馬鹿しいのです。しかし、耳を動かせることはサルの時代には生きるための必須要件だったんです。敵がいないか、獲物がいないかを素早く判断するには、耳を動かすことが大事だったんです。ところが、それが必要なくなったから退化した、その退化が進んでいない人が耳を動かし、舌を動かせるのです。しかし、今の時代にそれが役立っているわけではないのです。

 では、今学校で教えていることの中で、本当に役立つことって何でしょうか?例えば、足し算・引き算がレジでバーコードで読み取る時代にどれほど大事でしょうか?学校で学ぶことはそれほど大事では無いことを、大人、そして教師も知っていることを学術的に明らかにしたことが私はあります。

 出来た方が良い。それは否定しません。しかし、それによって子どもの大事な時間を奪うだけの価値があるかを考えるべきです。特に、それが出来ない子どもに出来ることを求めることに疑問を持ちます。特に、特別な支援を必要な子どもにそれを求め、駄目な子というラベルを貼ることに犯罪的だとさえ思うのです。

 特別な支援を必要とする子どもに何が大事か?周りの人が出来るからといって、それだけの理由で、社会に出てからそれほど必要でないことを学ばせることに何が意味があるのだろうかと思うのです。むしろ、その子の出来ることは何かを探ることに時間を費やし、その子が社会で生きるための役割を与えるのが大人の役割だと思います。

 もちろん出来なくて困ることがあるでしょう。でも、出来ないのですから。耳を動かせるか否かは遺伝の問題です。私に耳を動かせといわれても、無理です。出来ないものは出来ないのです。では、どうするか?人と繋がれれば何とでもなります。大事なのは人とのつながりなのです。

 もう一つ別なことを書きます。

 『学び合い』を実践したら、専門家が知的な障害と認定した子が算数で100点をとるようになったのです。今から十年ぐらい前の研究です。その頃の私はにわかには信じられませんでした。知的な障害があっても、社会や国語や理科の場合、ド暗記で何とか出来る部分があるので点数上昇があることは知っていました。しかし、算数でも出来ることにビックリしました。でも今は分かります。今の教育が健常児を特別支援学級に追いやっているのです。今の教育に会わない子は全て特別支援学級に追いやっているのです。怖いことです。私も小学校3年生まで知的障害だと思われていました。

 私は特別な支援を必要とする子どもの将来を本気で思っている保護者と教師に、今までとは違う可能性を知って欲しいと願っています。もちろん、『学び合い』は魔法ではありません。出来ることもあれば、出来ないこともあります。でも、『学び合い』を通して、安易に人を見捨てない社会を構築できれば、それはみんなの幸せに繋がると確信しています。

 昨日、「『学び合い』で「気になる子」のいるクラスがうまくいく!」が発売されました。この本の売りは、私以外の方が書いている部分です。そして、私に関しては、本の最後の部分が売りです。涙を流しながら書きました。

[]長崎の会 05:54 長崎の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長崎の会 - 西川純のメモ 長崎の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週の土曜日に長崎で『学び合い』の会があります。お誘いします。

2月7日(土)14時半~16時半ぐらい

場所 諫早駅 ミスド集合(満員の場合は、売店前)

内容 『学び合い』情報交換

    フリートーク(話したい内容がメイン♪)

ご希望の方は、以下のメールアドレスに連絡をください。

tomomi4011☆gmail.com

☆を@に変えてください。

1034.27.6