西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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だめで元々で、とりあえずドロップボックス(http://db.tt/bMZAZwx)とjimdo(http://jp.jimdo.com/)の無料アカウントを登録してみてはいかがでしょうか?実に簡単ですから。

本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

15/02/28(土)

[]守る 22:27 守る - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 守る - 西川純のメモ 守る - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は四十代を超えたあたりから、毎年、上越教育大学をやめたいと強く思っています。理由は、守るべき人の重さが辛いからです。自分一人だったら、もう何もしなくても、だれからも文句を言われないだけの業績があります。だから、その誘惑を感じるのです。でも、守るべき人が無くなれば、生きる意味を失う。

 苦しみと幸せは、一対。難儀だな~

[]負けないで下さい。 22:06 負けないで下さい。 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 負けないで下さい。 - 西川純のメモ 負けないで下さい。 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は負けるのが大嫌いです。そして負けると凄く落ち込みます。だから、負けないように、負けないように、色々なことを考えて行動します。しかし、私と同じタイプなのに、勢いに任せてその配慮を怠る人がいます。気持ちは分かります。

 だから本でも、直でも何回も言います。

 『学び合い』を出さなくてもいい場面で出さないで下さい。

 分からない人を説得してはいけません。分かる人は、隠しても分かります。そして、そっと近づきます。

 ましてや、やりたくない人に強いてはいけません。あなたが弱い立場だったら、あなたをつぶしに来ます。あなたが強い立場だったら、味方を作ってあなたをつぶしに来ます。

 高邁な理想を言う前に、分かりやすい結果を出して下さい。分かりやすい結果も出せないならば、あなたの高邁な理想は実現不可能です。

 一人で解決しないで下さい。みんなで解決しましょう。

 そして、あなたが思っていること、そして、その結果として失敗すること、それら全ては先人が経験しています。そして、その経験を踏まえて、どうすれば良いかは分かっていて、本にちゃんと書いています。本の通りやれば、大成功は時間はかかりますが、大失敗は避けられます。

 負けて玉砕し、自己憐憫に浸る気持ちは分かります。しかし、その結果として被害を受ける子どものことを考えて下さい。管理者は多くの人を守らねばなりません。だから負けてはならないのです。もし、負けたら、しぶとく嵐をやり過ごし捲土重来を期さねばなりません。負けたと自分が思わない限り、負けません。一番嫌がられる敵とは、負けを認めず、しぶとく挑み続ける敵です。

 加えて、もう一つ。

 『学び合い』はテクニックではありません。テクニックであれば、他の様々なテクニックと併存可能です。が、違うのです。一人も見捨てたくない、それが自分の得になるという考え方です。

 力のある方であれば、大多数の子ども(管下の職員)を不幸にしません(ま、実は力のない人でも五十歩百歩なのですが)。しかし、一人も例外もなく不幸にしないには、一人では無理です。『学び合い』のテクニックがある程度分かった方の中で、これが分かっていない人もいます。『学び合い』のテクニックによって「まし」になります。でも、どこまでいっても「まし」レベルです。集団が一人も見捨てないことを自分の得であると理解した集団のすごさは別格なのです。『学び合い』はテクニックではありません、願いなのです。

 自分の授業をよくする、ではなく、教え子の一生涯の幸せを願い続ける、それが『学び合い』です。が、わかりにくいですが。

[]本を出すと言うこと 19:39 本を出すと言うこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本を出すと言うこと - 西川純のメモ 本を出すと言うこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は同志に本をドンドン出して欲しいと願っています。でも、そのことがどいうことかを分かって欲しいと願います。

 まず、出版社が本を出すということはどういうことかを説明します。

 一つの本を出すためには、出版社は約400万円以上のリスクを負うと言うことです。だから、初刷り二千五百部を売り切らなければなりません。

 そして、『学び合い』関係の本がこけると、それ以降の『学び合い』関係の本を出そうとする人の道を狭めるのです。

 だから、以下を心に聞いて下さい。

 第一に、本を本当に出版したいですか?

 つまり、もし、直ぐに企画が通らなくても、出そうとトライしつつけるつもりがありますか?

 第二に、出版社に損をさせないように、必死に販売努力をしますか?売るのは私の仕事ではない、は無責任です。

 第三に、販売努力の成果が現れないとき、具体的には2年間で初刷り2500部を売り切れなかったとき、500冊(75万円)ぐらいは買い取ることもありえると思えますか?

 世の中には、本を出す人がいます。その様な人は、以上のようなことを覚悟した人なのです。私もその一人です。

 もちろん、そうでない人もいます。その人は長年、様々なところで実践発表をして、編集者がリスク計算した人が声をかけられます。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20140423/1398202841

15/02/27(金)

[]どうしたんだろう 21:31 どうしたんだろう - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どうしたんだろう - 西川純のメモ どうしたんだろう - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下で書くことに関するコメントは禁止です。そして、このコメントが何を書きたいかは分からないと思います。

 私は、ある人をとても期待しています。一度逆境になったので、とても残念に思っていたのですが復活の兆しを得たので喜んでいました。が、その人の情報発信の内容がどうも、その方の力量を生かしている環境にいるとは思えないのです。

 発信していること、これは分かりやすい情報です。ところが、その人が力量を生かしていれば、控えつつもにじみ出る情報発信がなく、ある意味、どうでも良い情報発信が定期的に出ています。もし、私の予想が正しいとしたら、その方を生かし切れないことは日本にとって残念なことです。

 ま、市井の一教員には分からない深いところがあるのかもしれません。が、私にはそう思えてならないのです。

[]もがく 19:55 もがく - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - もがく - 西川純のメモ もがく - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学は講義もなく、卒論、学習成果発表も終わり、静かな日々です。が、頭の中はフル回転で動いています。情報収集をして、次の一手、次の次の一手を考えています。

 3月中下旬になれば人事が発表されます。期待と不安でいっぱいです。

 日本全国の教員養成系大学の教員の中で、二十以上の都道府県の管理職人事に気をもんでいる教員はどれぐらいあるのだろうかと思います。十人もいないでしょうね。

 ということで、時間は静かに流れているのですが、毎日、疲れます。

[]予定 19:41 予定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予定 - 西川純のメモ 予定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 そろそろ来年度の講演依頼が入り始めるころです。

 今のところの遠方の講演予定は以下の通りです。

3月9日、10日 福島県伊達市保原小学校

5月11日 静岡市美和中学校

8月1日、2日 『学び合い』フォーラム(東京)

8月6日、7日 北海道 教師力BRUSH-UPサマーセミナー(札幌)

追伸 上記に連動する出張の場合は、「一般の講演等に連動する日程の講演等」にあたります。http://goo.gl/Z2UX4N

15/02/26(木)

[]人事 22:28 人事 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人事 - 西川純のメモ 人事 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人事とは恐ろしいものだと思います。動かされるときより、動かす側になったときに強く感じます。ということを説明します。おそらく動かす側になると楽になると思う人が少なくないと思いますので。たしかに、楽になったと感じる人がいますが、そんな人は末期哀れの人生が待っていますから。

 人事は多種多様な要素が関わっています。100%上手くいくとは限りません。上手くいかない場合は、人事を動かされる人は動かす人を恨みます。逆もまた真です。ところが、動かされる人は動かす人一人から駄目なやつと思われるだけですが、動かす人は多くの日の人事に関わります。ということは恨まれる危険性が格段に増えるのです。

 じゃあ、恨まれないようにするにはどうするかと言えば、ありとあらゆることを考え、ありとあらゆることをし続けます。

 動かされる人は人事がどのように動くかを知りません。だから、動かす人が「これこれのことに対応しない」と何度も言っても、「でも、私は・・・」と言い張って自らを変えようとしない人もいます。それに対して「じゃあしらない」とは言わずに、何度も説得し、納得させねばなりません。その人のために外部と戦っているのに、その人からごちゃごちゃ言われれば「じゃあしらない」と言わないようにするのは忍耐が必要です。

 私は私の人事を一生懸命にやってくれたボスにずっとお仕えしていました。思い起こせば「でも、私は・・・」と言い張ったことがあります。が、ボスはそれにつきあってくれました。そのボスは多くの人から慕われ、尊敬されました。

 一方、そんな人事の世話を全くしない人もいます。ま、するときは邪魔をするときばかりです。しかし、そんな人の行く末は惨めなもんです。定年に近づくほど、存在感がなくなり、馬鹿にされるのです。

 もしかしたら、私が人事を動かした人の中で、その恐ろしさを知らない人が少なくないと思います。でも、それを学ばなければ末期哀れな人生が待っています。人の幸せに貢献することが自分の幸せを確かにするものです。『学び合い』のセオリーです。

[]人の道 21:37 人の道 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人の道 - 西川純のメモ 人の道 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 人事とは恐ろしいものだと思います。動かされるときより、動かす側になったときに強く感じます。その人の幸不幸ばかりではなく、その人に連なる人の幸不幸が関係する。その波及効果は絶大です。自分が積極的に関わった人に関しては、責任を感じています。そして、それが自分の老後を決めることを私は知っています。

 本日、一つの責任を果たしました。ホッとしています。

[]飛び込み授業 21:14 飛び込み授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飛び込み授業 - 西川純のメモ 飛び込み授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近は飛び込み授業をよくやるようになりました。

 今年修了するTさんが修士1年で飛び込み授業をするときは、無理だとかなんだとかごちゃごちゃ言いました。ところが、出来ない理由を言うと、たちどころに出来ることを証明します。その結果、やらざるを得ない状況になり、やり、成功し、そのようなことを繰り返すことによって飛び込み授業に抵抗感を無くしました。

 今年の現職3人組は、それを見ることによって、飛び込み授業に抵抗感を無くし、修士1年の時から「自主的」に飛び込み『学び合い』をするようになりました。ということは、来年あたりになると、学卒院生も飛び込み『学び合い』を普通にするようになり、学部生もやるようになるかもしれません。

 ま、やれば成功するに決まっています。セオリー通りにやれば、ちゃんと結果を出すことが出来ますから。

[]必要なくなった 21:07 必要なくなった - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 必要なくなった - 西川純のメモ 必要なくなった - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ふと気づきました。

 かつてはゼミ生に以下のように語りました。

 「周りからどうみられるなんかどうでもいい。我々が周りをどう見るかの方が重要だ。周りがどう思ったとしても、今、我々が、ここで未来の教育を生み出しているんだ」と。

 しかし、最近はそういうことを言う必要が無いように思います。私が言わなくても、それを感じていると思います。

15/02/25(水)

[]熟成 21:50 熟成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 熟成 - 西川純のメモ 熟成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 OBのクラスを久しぶりに見せてもらった。熟成されたワインのようだ。とにかく音が良い。良いクラスの『学び合い』は聞いていると安心して眠くなる。お昼も一緒に食べましたが、とても良い感じです。

[]富 07:01 富 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 富 - 西川純のメモ 富 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ピケティの著作がブレイクしていますね。発売直後から爆発的に広がっています。さて、何故これだけ売れるのか?それは旧時代の価値観にフィットしているからです。何故なら、我々の多くは旧時代の価値観から逃れられない。

 彼の主張は、現状のシステムでは富は一部に集中してしまうということです。それを是正するには税制の改革が必要だ。ま、簡単に言えばそうなります。が、実現するとはちょっと思えません。でも、別な解消の方法があると思うのです。

 例えばです。富豪社会ではポケモンカードがもてはやされたとします。そして、ビルゲイツは2億枚のポケモンカードをもっています。今後、金持ちと一般人の保有するポケモンカードの枚数の差は広がる。というデータが明らかになったとします。さて、これを知ってどう思いますか?仮にそれが本当だったら「バカじゃない?」と一笑に付されるでしょう。何故、ピケティの本がもてはやされ、上記の話が馬鹿馬鹿しいか、それは我々がお金には価値があると思い、ポケモンカードには価値がないと思っているからです。

 そこで次に考えて下さい。あなたにとって幸せになれる金額はいくらですか?ベルサイユ宮殿並みの家を持ってもしょうがないですよね。数十万のワインを飲んでもそんなに美味しいとは思いませんよね。さて、いくらでしょうか?

 そしてあなたにとっての幸せの条件は何でしょうか?

 私の住んでいる上越市には長者番付に常に名を連ねるお医者様がいます。我が家もお世話になっている方です。でも、その先生のようになりたいと思ったことはありません。何故なら、その先生を求めている患者は山のようにいて、そのため休みが取れないのです。患者のために自己犠牲をし続けている方です。私にはなれません。

 あなたにとっての幸せの条件は何でしょうか?

 もし、我々全員が一人ずつ個性的な幸せの次元を持ったとします。そして、一人一人から見たら富豪のお金はポケモンカードのように見えたとします。さて、富豪は富を蓄財し続けるでしょうか?むしろ、それを社会的に還元することによって得られる感謝や尊敬という富に気づくかもしれません。

 旧時代の支配層は、己の得手の富を万人の富だと思わせ、それによって支配しようと強います。我々はそこから逃れ、自らの富を創造すべきなのです。支配者たらんとしているのは富豪ばかりではありません。他ならぬ教師もそうです。「これは試験に出るぞ」、「内申書に影響するぞ」で子どもをコントロールしていないでしょうか?でも、高学歴が万人にとって本当にあわせなのでしょうか?

 我々は様々な子どもを教えます。勉強が出来る、運動が出来る、という単純な次元で幸せをはかれると思わせれば、不幸な子どもを生み出します。例えば肢体不自由の子どもにかけっこが早いことは良いことだと思わせたならば、出口はありません。

 私はピケティよりもトフラーの富の未来をお勧めします。

[]反転授業 06:01 反転授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 反転授業 - 西川純のメモ 反転授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 反転授業(少なくともいまやられている形態)は典型的な旧時代の考え方で新時代のツールを使おうとしているものです。一歩前進ですが、どこまで行っても旧時代のままです。

 旧時代の特徴は、「規格化」「専門化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」です。反転授業は、まさにそうです。

 それに対して、新時代の特徴は、上記とは真逆の「個性化」、「総合化」、「非同時化」、「分散化」、「適正規模化」、「地方分権化」です。そして本来ICTは上記を実現するための技術です。

 例えば、何故家で視聴した様々な教材をメールやチャットやスカイプで子どもたちが議論することを想定していないのでしょうか?また、教室で何か分からなくなったとき、教材を見ることを想定していないのでしょうか?そんなことを考えれば、家と学校の違いは限りなく無くなるのに。どこまでいっても、「規格化」「専門化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」でコントロールしたがっている。

 「個性化」、「総合化」、「非同時化」、「分散化」、「適正規模化」、「地方分権化」とは何でしょうか?それを平たい言葉で表現すれば、「みんなで、多様な方法を、柔軟に、使い続けて課題を解決する」ということです。

 旧時代の「規格化」「専門化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」は一人一人の生産性が低く、一人一人が主張をしない非民主的な社会にはフィットします。しかし、一人一人の生産性が高まり、民主的な社会にはフィットしません。

 三十年前、私が学生時代CAIやCMIがもてはやされ、各学校にコンピュータ室が入りました。国は内需拡大の観点から、コンピュータを学校に導入しました。結局、お飾りにしかなりませんでした。学生時代にその栄華盛衰(数百、数千万円がゴミになる過程)を見ながら滑稽に思っていましたが、何故、成功しなかったかは分かりませんでした。今は分かります。

 革新的な技術は、それを必要とする新社会と一対になっているのです。社会を理解せず、ツールだけを使おうとすれば無理に決まっています。

[]千葉の会 05:38 千葉の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 千葉の会 - 西川純のメモ 千葉の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

以下のように『学び合い』千葉の会が開かれます。

お誘いします。

2015年3月14日(土) 13:00~17:00

場所は前回と同じく、千葉市美浜区 稲毛海岸駅そば(JR稲毛駅からだとバス) です。

(会場は、お申し込み時にお知らせしています)

今回の話題提供者のお一人は、木更津高専の鈴木さん。

もうお一人は公募します。ぜひ、ご応募ください。

また、懇親会と昼食会も行います。

詳細とお申し込みは、以下のページを参照ください。

http://kokucheese.com/event/index/268597/

15/02/24(火)

[]全転授業 09:01 全転授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 全転授業 - 西川純のメモ 全転授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 反転授業というのがありますが、『学び合い』は全転授業。家も学校も、ず~っと知識の獲得であり、知識の応用です。だって、知識の獲得や知識の応用が、6時間ごとに変わるなんて効率が悪い。我々の知識の獲得と応用は短期間の往還があるのが当然。時には、数分単位で起こります。

 ま、あたりまえのことです。

[]ホラー 07:08 ホラー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ホラー - 西川純のメモ ホラー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員用の転職のためのサービスがあることを知りました(http://t-career.jimdo.com/)。まあ、あるでしょう。日本で最もありふれた職業であり、かつ、最近は急激に職場環境が悪くなっています。が、失礼ながら笑います。少なくとも公立校の教師ならば特にです。

 だって、転職すれば収入は激減します。都会ならばいざしらず、地方においては教師は高給取りです。というか教師以外は、もの凄く収入が低いのです。

 仕事の辛さもそうです。モンスターペアレンツはいるかもしれませんが、どの職業でも顧客はいて、クレーマーはいます。手のかかる子はいるでしょう。でも、手のかかる顧客はいます。その顧客は子どもでは無いのです。

 民間では顧客は獲得しなければいません。ところが、公立学校では顧客は法が手当てしてくれます。

 合わない上司がいるかもしれません。でも、公務員ですから基本的にクビは無いのです。民間企業出身の校長がパワハラ等で問題になることがありますね。そりゃそうです。民間企業ならばクビがあります。ところがそれを使えないで民間企業での管理をしようとしたらパワハラまがいのことしか出来ませんから。

 日本の0.5%の教員は心の病で休職しています。でも、その数値を民間の人が見たら一笑するでしょうね。

 私には教員をやめて転職することのメリットを見いだすことが出来ません。あるとしたら、教員としての成果を認められ、その能力を生かして転職する人ぐらいです。教員で挫折して、転職して成功する可能性はもの凄く低いと思います。教員で挫折した同じことが、もっと拡大し、もっと厳しく求められるのですから。もともと、教員は子ども相手に人の道を説くべき職業です、余裕を持たねばなりません。だから、一般の民間よりは収入があり、余裕を持つべきなのです。

 が、今後は厳しいですね。昨日のメモに書いたように、今後は競争相手が出来ます。自分の授業よりはるかに質の高い授業が安価に豊富に提供されるのです。あてがい扶持の顧客から、それも上得意の成績上位者からレッドカードを与えられるのです。

 おそらく五十代の教員の半ばは早期退職して転職を考えるでしょう。しかし、上記の通り転職は成功しません。結果として数千万レベルの生涯収入を捨てることになります。四十代の教員の半数は飼い殺しでしょうね。怖い言い方ですが、大きな学校にはそんな教員が何人かいますよね。あのような人が増えるのです。

 このような移行は徐々に進行します。

 私の小さい時代には、魚屋も八百屋も米屋もいっぱいいました。今、見かけませんね。でも、どのように無くなったか思い出せますか?思い出せないでしょう。移行期間には以下のような会話があるかもしれません。

A:ねえ、B先生がやめるんだって。

C:へ~。そういえば最近辛そうだったもんね。

A:そうそうそう。

C:でもB先生のお子さんは中学生だよね。やめてどうするの?

A:なんか分からない。そのあたりB先生は何も言わないから。聞きづらくって。

C:ふ~ん。

 そして、数年もたたないうちに、B先生の記憶はA、Cの記憶から消えるのです。でも、Bの人生はその後も長く続きます。

 ホラーですよね。

 今普通にある職業が、明治以降ずっとある職業が、今後もあるとは限りません。就職したらキャリアアップは終わり、なんていう生き方は出来ません。そうすればBのようになります。五十代は何とかごまかせるかもしれません。しかし四十代以前の人は無理でしょうね。

15/02/23(月)

[]ICT 21:01 ICT - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ICT - 西川純のメモ ICT - 西川純のメモ のブックマークコメント

 新年度の前半にICTの本を出します。かなり普通のICTの本とは違います。簡単に言えば真逆な本かもしれません。

 何度か書きましたが、私が学生の時にトフラーの第三の波を読みました。おそらく、多くの人が私の本を読んだときと同じに、「理屈は分かるけど、でもね~」でした。しかし、その後の社会の変化は彼の予言にきわめて近いと思います。

 彼によれば旧時代の特徴は、「規格化」「専門化」「同時化」「集中化」「極大化」「中央集権化」です。現代の学校は、まさにそうです。

 それに対して、新時代の特徴は、上記とは真逆の「個性化」、「総合化」、「非同時化」、「分散化」、「適正規模化」、「地方分権化」です。そして本来ICTは上記を実現するための技術です。

 例えば、インターネット利用を全員が同時に、一定の利用方法を指定するなんてあり得ますか?ありえません。ところが旧時代の枠組みで考えると、新時代の技術を旧時代の利用方法で使おうとします。例えば、電子黒板は旧時代のツールです。それにどんな技術を付加しても新時代にはなりません。新時代になるためには、一人一人がタブレットで書き込むのです。そして、それをみんなが同時に見るのでは無く、一人一人が自由に書き込み、必要に応じて、必要な人がそれを見るのです。そんなことはどんなに技術を付与した黒板であっても出来るわけありません。

 一斉にタブレットにソフトをダウンロードしてパンクした事例がありましたね。あれもインターネットを旧時代的に利用した事例です。新時代では、「非同時化」なのです。

 残念ながらICTの技術だけに目を向けているばかりで、そのような技術を必要とした社会を理解していないのです。

 ということなので、多くのICT本と真逆なことを書いています。

 もう一つ、今までのICT本との違いがあります。それは、子どもの一生の幸せを考えているのです。今のICTの学校利用では、とにかく自分の管理下では問題を起こさせない、という小役人的発想が闊歩しています。しかし、子どもは大人になります。ところが、その大人の時代になるまで無菌室で育てられ、いきなり雑菌だらけの社会にうち捨てられるのです。私は、それは無責任だと考えています。

 近日発売、乞うご期待。

[]次、次の次 19:54 次、次の次 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次、次の次 - 西川純のメモ 次、次の次 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 情報配信サービスは色々あります。「教育配信基盤機構」(http://edupa.org/?p=4904)があります。視聴しましたが、実に格調高いものです。良い授業です。高校数学教師の中で、これを超える授業をどれだけの人が出来るでしょうか?

 でも、これはおそらく過渡的なもの過ぎないと思います。おそらく、この授業がフィットする子どもはいるでしょう。でも、ごく一部です。

 多くの人が誤解しているのは、万人にとって良い授業があると考えているのです。その授業を聞くと、成績上位者も中位斜も下位者も等しく「なるほど~」と納得する授業があると思っているのです。しかし、そんなものあるわけありません。一人一人が違ったニーズがあるのです。ではどうするか?それはゴチャゴチャと多様に教材を作るのです。

 色々な人がブログを書くように、教材をアップするのです。それほど難しいことではありません。ネット動画をあげている人はいっぱいありますから。最初は教師や元教師がアップするかもしれません。そのうち大学生がアップすることになるかもしれません。子どもたちの中で分かりやすい授業をアップする人が人気ブロガーのように扱われるかもしれません。そして、教員養成系学部の学生さんの場合、人気動画の作者の場合は有利に働くかもしれません。そうなるとどんどん増えますよね。これが「次」です。

 でも、次の次もあります。

 学習は対話によって成り立ちます。学生さんがボランティア活動をしているように、複数の学生さんが緩い集団を作ります。子どもは分からないときに質問をします。そうすると誰かのところに繋がって、学生さんがそれに答えるのです。チャットのようでもいいですが、スカイプのような動画もありですね。なお、そのやりとりが公開され、集団の中で吟味されるのです。

 このような教材やサービスが授業中に使えるようにするのです。子どもたちはまず自分で解きます。分からないときは仲間に聞きます。そして、それでも分からないとき上記に頼るのです。

 では、このようなとき教師に何か仕事が残っているでしょうか?少なくとも今の授業を教師の仕事であると思っている教師には何も残っていないでしょう。でもあります。集団を管理する能力が必要なのです。

追伸 ちなみに毎回のゼミは動画としてアップしています。https://www.youtube.com/user/TheNishikawalab/videos

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15/02/22(日)

[]豊橋の会 19:42 豊橋の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 豊橋の会 - 西川純のメモ 豊橋の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 3月29日に愛知県豊橋で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/toyohashi-start/20150221/1424518577

[]老後 07:59 老後 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 老後 - 西川純のメモ 老後 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は同僚の最終講義と懇親会がありました。懇親会での挨拶の際、「65歳からの時間はとても大事な時間だから仕事をせずに楽しみたい。軽い仕事であっても、性格上、全力を尽くしてしまうから」という言葉がありました。う~ん、と考えました。上越教育大学の定年は65歳です。でも、老後の生活を考えるならば定年の長い大学に異動することを考えています(直ぐでは無いですが)。しかし、そうなると老後を楽しむ時間が短くなります。

 23歳の冬に、楽しみのための本、3時間以上音楽に浸る、そんな楽しみを封印しました。それを退職後は楽しみたいと思っています。中学校から大学の学部時代に、どれほど本を読んだか分かりません。話の筋は忘れましたが、ページをめくるのがもどかしく、残りのページが少なくなるのが恨めしく、読後は余韻を楽しんだ本は数多くあります。長いすに横たわり、好きなクラシックを半日聴くこともありました。新たな本や曲を探すより、あの時代に楽しんで本と曲を再度楽しみたいと願っています。だから同僚の言葉は響きます。

 が、同時に、そんな生活を毎日過ごしたとき、それを何年も続けられるか?それが分かりません。悩ましいところです。だから、働けるうちは働くことがいいのではないかと思うのです。

[]フェミニズム 07:59 フェミニズム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フェミニズム - 西川純のメモ フェミニズム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 以下に書くことはおしかりを受けるかもしれませんが、書きます。

 昨日のテレビで、男が家事や育児をすれば生涯収入が1億増えるということを言う方がいました。その理屈は、それによって女性が社会進出できて、年間350万円の収入を30年間得られるからという理屈です。私も家内(専業主婦)も首をかしげました。

 しかし、男女は完全に同じに出来ません。なぜならば、妊娠・出産は女性しか出来ません。そして子どもは女性に育てられるようになっています(詳細は後段に)。だから男が家事や育児に協力したとしても、女性が社会進出すれば、そのしわ寄せは女性に行きます。共稼ぎの女性は、かなりの負担を強いられています。それが年間350万円に相当するか?といえば疑問です。

 私は生物学専攻です。経済学的、また、社会学的にでは無く、この問題も生物学的に考えます。というのは、我々の快不快、幸、不幸はDNAに組み込まれたプログラムだと思うからです。そして、そのDNAが変わるには百世代、千世代、万世代の時間が必要です。だから、まずは高等なサル、未開のヒトの生活(実は数百年前の日本でも十分だと思います)をモデルにすることが大事だと思います。そこでは血縁関係を中心とした小集団で家事や育児をしています。だから、女性が社会進出するには「夫が家事や育児に協力する」というレベルでは無理で、数世代の家族が単位となり、それらが集まった小集団で家事や育児をするとするべきだと私は考えます。そのようなことをしている高等なサルや未開のヒトはメス・女性が生産活動に参加しています。

 現在の学校システムは、近代の初期に生じた異常な状態に生じたあだ花です。『学び合い』はごく自然な学習に回帰しているだけなのです。それと同じように現在の核家族の家族はあだ花だと思っています。ネットが発達し、仕事が変わることによって、生活のために物理的に長距離移動する必要がなくなると思います。そうなればかつての日本の生活に戻れます。その時、女性が十分に教育を得ているならば、かつての日本よりも豊かな生活をおくることが出来ます。

 女性の社会進出を現在の状況を前提として、最小単位である夫婦で解決しようとしている点に無理を感じました。

toyohashi-starttoyohashi-start2015/02/24 23:52ご紹介ありがとうございます。
続けます。

jun24kawajun24kawa2015/02/25 05:42楽しんで下さい。

15/02/21(土)

[]妄想 07:47 妄想 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 妄想 - 西川純のメモ 妄想 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教え子であり同僚であるMさんからは、「西川先生は週刊誌のように本を書く」といわれます。全くそうだと思います。私は早くブレイクするときの準備を整えたいのです。今後『学び合い』にトライする人が増えるでしょう。その人が誤りなく成功するために道具立てを整えたいのです。また、今後『学び合い』に対する様々な批判、疑問をぶつけられるでしょう。その時、同志の人の代わりに矢面に立つために書きました。

 しかし、徐々にフェードアウトしたい。今後のことに関して妄想します。

 私の強みは研究者である点です。物事をじっくり考え、それを理論にまとめるのが仕事です。関連する学術研究と結びつけるのが得意です。今後、『学び合い』を研究する研究者がもっと増えると思いますが、それまでは私が場つなぎしなければならないでしょう。だから今は全般的なことを書いています。

 では、現場におられる同志の強みは何か?それは生の子どもに接していることです。私はある場面の子どもの姿を描くことが出来ます。しかし、総合的、かつ継続的なエピソードは現場教師の方が知っています。それをもとにした小説的な本が出たら良いな、と思います。『学び合い』スタートアップはノウハウ集としては未完成です。しかし、あの本は現場の先生方のエピソードがもの凄く素晴らしい。多くの先生方の心に響くものだったと思います。あのような本が欲しいと思います。私は次のターゲットは保護者であり、社会の人だと思います。その人たちの心を動かす本が欲しいと思っています。

 今、『学び合い』にトライしている方、主導している方はイノベーターやアーリーアダプターです。でもブレイクするにはアーリーマジョリティに広げなければなりません。しかし、両者が求めるものは違います。だから戦略を変えなければならないのです。アーリーマジョリティが求めるものは確実に出来る、簡単にできるなのです。私はそのために『学び合い』ジャンプアップで合同『学び合い』を提案しました。しかし、今後は日々の『学び合い』にシフトして欲しい。そのために必要なのは、ホールプロダクトです。簡単に言えば、その本の見開きをコピーし、それを子どもに配れば『学び合い』が出来るような本であり、プリント集なのです。

 もちろん、そんなのを使っているならば本当の『学び合い』は分かりません。しかし、私が想定している状態とは、学校の中には数人の『学び合い』が分かった人がいることを前提としています。そして週1程度で全校レベルの合同『学び合い』をして、その時に『学び合い』の語りを子どもたちが聞ける状態です。そんな状態だったら、コピーし、子どもたちに配れば出来る本でもそこそこは出来ます。少なくとも、従来型よりはましになります。ところが4月1日から3月31日までの教材を作れといわれたって私には無理です。しかし現場の方だったらそれが出来ます。数年後にはそんな本が必要になります。少なくともアクティブラーニングが本格的に導入される前には用意しなければなりません。

 じゃあ、その頃、私は何を書いているか?東洋館出版社で毎年書いていた頃の本に戻るのです。つまり、学術データに基づき、その時点での最先端の『学び合い』の試みをイノベーターやアーリーマジョリティに提案する本です。ただし、私は直接書きません。西川ゼミの人に書かせるのです。私がやるのは「日本を変えよう。自らの心に響き、多くの教師の心に響く本を書きなさい。はい、どうぞ」です。私のやるべきことは前書きと後書きを書き、出版社との交渉をすることです。

追伸 最後の部分をゼミ生に最近何度も語ります。ゼミ生は戦々恐々としています。私が口に出したとき、本気で考えており、計画が出来つつあることを知っていますから。

[]家庭の医学 07:11 家庭の医学 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 家庭の医学 - 西川純のメモ 家庭の医学 - 西川純のメモ のブックマークコメント

「『学び合い』を成功させる教師の言葉がけ」(東洋館出版社)(http://urx.nu/hBxS)の紹介です。

 言葉がけについては既に『学び合い』ステップアップ(http://urx.nu/hCBY)、言葉がけ入門(http://urx.nu/hCBT)に書きました。では、今回の売りは何か?

 私はありとあらゆる方から質問を受けます。言葉がけについてもです。大抵は、これこれの問題が起こっているのですが、どうしたらいいですか?という形でです。それに対する返事の半数は語りのことを話します。問題を解決するとしたら、子どもたちが解決するしか無く、そのために教師が出来るのは語りですから。

 が、それらの多くは先に挙げた本に書いてあることです。そこで、上記を読んだかを聞くと読んだ人ばかりです。では、何故、書いてあるのに質問するのか?

 理由はその問題の渦中にいるとき、頭がいっぱいで前に読んだことを思い出せないのです。そこで、今回の本では、問題が起こるであろう問題を時系列で整理しました。また、目次を見れば、自分の問題が何ページにあるかが分かるようにしました。つまり、教室においておけば、今起こったことに対する対応が直ぐに見つかるのです。ま「家庭の医学」というような本です。

 その本を『学び合い』の実践者の文章とともに一流の編集者の力によってまとめた本です。既刊書と併せて読むと理解が深まると思います。

15/02/20(金)

[]編集者 22:09 編集者 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 編集者 - 西川純のメモ 編集者 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は本当に恵まれています。私は学陽書房、東洋館、明治図書から出版の機会を与えていただいています。それぞれには全幅の信頼をおける編集者がいます。我が儘放題の私の話をじっくりと聞いて、私の夢を実現してくれる人がいます。ありがたいと思います。

 本を書いたことが無いと、編集者がどれほど大事かは分からないと思います。もの凄く、もの凄く大事なのです。

 本日、本年度、最後に出る「『学び合い』を成功させる教師の言葉がけ」(東洋館出版社)が自宅に届きました(http://urx.nu/hBu5)。2月27日に出る本です。それを一足さきに読みました。私と同志の文章で構成されている本なのですが、それらの単純和より遙かに上をいっています。それが不思議なのです。

 今度の編集者との出会いは不思議です。『学び合い』スタートブックの編集者であるYさんが他社の編集者であるHさんのファンなのです。で、東洋館出版社に是非、Hさんの編集で本を出したいと直訴しました。東洋館からは誰が担当になるかは社内事情で決まりますとやんわりと断られました。しかし、Hさんが担当になりました。おそらく、直訴が効いたと勝手に解釈します。

 私が関わる3社の編集者に共通することは、良き教育を実現したいという強烈な願いがあることです。そして、誰が何派だというレベルでは無く、自分の考える良き教育を実現すると思われる人に機会を与えたいと願っている点です。そして、本作りに関わりながら、より完成度を高めます。それは著者並みに影響力があります。同じ文章であっても、それが読者の目にとまり、読者の心にすんなりと入るかどうかは編集者の力量です。

 学陽書房、明治図書、そして今回の東洋館、同じ私の文章であっても、感じ方が違うと思います。その違いは編集者の感性なのです。そして、それぞれがみんな素晴らしい。

 最近、そのような編集者の気持ちが分かるような気がします。私が書くよりも、同志が書いた文章の方が優れているに決まっています。その同志の本が世に現れ、多様な道筋が明らかになったならとても素敵です。私が書けることは限りがあります。でも、多くの同志が情報発信をして、その手伝いが出来たならば、私は十人、百人、千人のパワーを持ちます。それはとてもやりがいがあるし、面白いと思います。

[]フキ 19:31 フキ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フキ - 西川純のメモ フキ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 春の野草の一番はフキノトウです。

 この数日、寒さが和らぎます。そうなるとドンドンと雪が消えます。屋根の雪が見えなくなり、そして1m半程度の雪が消えていきます。そこに現れるのがフキノトウです。

 植物は光に当たると白色体が葉緑体に変わり、細胞壁が厚くなります。つまり、エグい味が強くなり、堅くなります。ところが雪国のフキノトウは雪の下で大きくなります。そのためとてもおいしいのです。

 昨日の朝に家内が取ったフキノトウが昨夜と今日の朝にフキ味噌で出ました。とても美味です。

15/02/19(木)

[]嫌な質問 14:45 嫌な質問 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嫌な質問 - 西川純のメモ 嫌な質問 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日、2冊の本が発売になります。詳細は以下をお読みください。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20150206/1423225358

 この2つの本は非常に変わった本です。

 入門書です。だから、すぐに使えるノウハウを、会話形式で優しく書いています。だから、すぐに使えます。本の大部分は『学び合い』を持ち出さずに説明しています。だから、一斉指導でもすぐに使えます。この本の通りにやれば、NRT10ポイントは上がります。『学び合い』だったらそれ以上上がるでしょう。以前、学校からそれを求められたとき、「本の通り」にやったら24ポイント上がりました。嘘みたいでしょ?読めば分かります。

 ただし、本の通りにやったら、という限定付きです。

 何故なら、本の通りにやるためには、多くの教師が無意識に逃げている問いに直面しなければならないからです。それは「学力って何?」という問いです。たいていは、熱く語られる割には、綿密に議論されることが殆どありません。たいていは「あるべき論」に基づいていたり、学術的な根拠を持たない当人の数少ない経験を過度に一般化した論です。

 本の中では、頭の良い小学生でも分かる程度の事実と論で書きました。だから私の論の瑕疵を見いだすのは困難でしょう。何故なら、ありませんから。そうなると、「学力って何?」に直面しなければならないのです。

 この本で読者の方に問いかけている、嫌な問いとは『週に数時間で獲得できるようなものが、あなたの考える「学力」なのですか?』なのです。みなさん、どうでしょうか?

 不快に思う方も少なくないと思います。私の考えに同意される方も、反対される方も、是非、この問いに自分なりの根拠ある答えを得るべきです。それが無い限り、学力は上がりませんし、日々の授業は迷走します。そして、これを乗り越えない限り、『学び合い』の初級段階を超えることは出来ません。

 入門編の顔をした中級編なのです。

15/02/18(水)

[]給付金 22:29 給付金 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 給付金 - 西川純のメモ 給付金 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)に関して、大学のHPにアップしました。ご覧下さい。http://www.juen.ac.jp/090campus/050fee/kyouiku_kunren.html

 最近の制度ですが、さっそくそれを利用した方がおられます。その方の体験談です。あくまでも、その地域、その方の事例であることを理解した上でお読み下さい。出来るだけ早く地元のハローワークに相談下さい。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

<実践教育訓練給付>

ハローワークに相談して聞かれた点は次の通りでした。

・どの施設で勉強をするのか(県よって違うと思いますが、私のすむ地域に大学院で認定を受けている施設がないので、専門学校に通うのかと思われていました)

※他県での受給したい場合、申請と受給する県が異なるので要相談との事。新しい制度でまだ対応が良く分かっていないみたいです。

・勤務歴 (何年、職種、転職歴)

・仕事をいつ退職するのか

(実践教育訓練給付ではなく、教育訓練支援給付を受ける際に離職票が必要なので)

※教育訓練支援給付は申請が講座開始の1ヶ月前になっていますが、在職中の人は退職後1ヶ月までに申請とのこと。

・ジョブカードをもっているか

・研修・訓練後の就職予定。予定先。希望。

・失業給付は就職活動をしないので支給出来ないが大丈夫かどうか。

でした。

その後、電話でキャリアコンサルタントと連絡を取りアポイント取得、面談しながらジョブカードを作成します。通常、2回以上の面会をしながら作成します。(私は面会2回、電話での話が4回)目的がはっきりしていないと時間がかかるとキャリアコンサルタントがいっていました。担当者によって対応はかなり変わる可能性があります。

<ジョブカード作成時>

1回目の面談までにジョブカード資料を電子・紙媒体で作成して持参。

(面会内容)

・なぜ離職し給付を受け勉強をしたいのか

・研修・訓練後の就職予定。予定先。希望。

※基本的には1回の面会が2時間ぐらいでした。

(私の地域はハローワークで面会をしないといけない決まりになっている。そのため面会は平日5時までしか面会できない)

※1回目の面会は面談が主。キャリコンも面会内容を記録として残すので相手の詳細確認です。

2回目の面会で資料内容の訂正確認。パソコンを持っていったのでその場で訂正し、ジョブカード完成。

<ハローワークで申請>

基本的に全ての資料をそろえ提出するだけです。

※ジョブカードも提出するのでコピーをとっておいた方がいい。

※金融機関の通帳も必要です。受給を受けるのに下ろしやすい郵貯や大学院ちかくの新潟近辺の地銀、大手機関がおすすめじゃないかとの事でした。

結果が郵送で送られてくるそうです。

私の場合は、4月に住民票を上越に移し上越所で再度受給の相談する必要があります。また離職票をもらったら、1ヶ月以内に教育訓練支援給付の申請をする。

[]今できること 21:47 今できること - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 今できること - 西川純のメモ 今できること - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、来年から教壇に立つゼミ生が「4月までにやれることはなんでしょうか?」と私に質問しました。実に心地よい。私も同じ質問を恩師に聞きました。そして、その時の表情は、ゼミ生の表情と同じです。なすべき事をなしきった学生の表情です。

 わたしのアドバイスは、「新任1年目を生き抜く 教師のサバイバル術、教えます」(http://urx.nu/huya)と「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」(http://urx.nu/huyF)を読みなさい。です。

 理由は、新任1年目はもの凄く大変だということを知っています。今から何かをやっても間に合いません。今から準備をしても、まあ、1週間ぐらいで破綻します。

 では、どうするか?とにかく、上手くごまかすしか無いのです。この時期に、教材がどうのこうの、指導法がどうのこうのと言っても無理です。それは、十年選手が指導主事訪問の授業を毎日せよと言われても無理なのと同じです。

 10の仕事をしなければならないとしたら、10を用意することでは無く、1を10のように見せることが大事です。その代わりに、職員室で挨拶をちゃんとやる方が大切です。そんなことを「新任1年目を生き抜く 教師のサバイバル術、教えます」に書きました。そして、その先を「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」に書きました。

 新人用の書籍ですが、中堅で、ここで書かれていることをちゃんと出来る人は半数もいません。しかし、それでも生き残れます。しかし、充実した毎日を過ごせません。最悪、子どもと保護者の悪口は饒舌な教師になってしまいます。

追伸 昨日、「新任1年目を生き抜く 教師のサバイバル術、教えます」が発売されました。

[]再来 21:21 再来 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 再来 - 西川純のメモ 再来 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日の話です。国語教育学の偉い人と一日中話したとき、色々な話が出ました。その中で「大村はま先生の再来と言われる人だ」という表現で、ある方を表現していました。

 ど素人の私は、「大村はま先生の再来とは、大村はま先生のどの属性に基づくものなのですか?どう考えても全集を書けるような年では無いと思いますが」と聞きました。

 その方はニコニコしながら「準備万端の授業をする人っていることですかね」と仰いました。ただ、この話に関しては、根拠のあるデータによる学者としての発言では無く、感性に基づく発言と感じました。

 でも、それを聞いて、さもありなんと思いました。あれだけの著作をなす方です。もの凄い背景をお持ちなのでしょう。そして、それを一人で構築されました。毎日の授業が準備万端なのだと思います。

 さて、私の立場です。

 私は、そんなこと出来ません。そして、私より若い人の多くもそうだと思います。だから、五十半ばの私がすべきことは、大村はま先生みたいにはなってはいけません、というべきだと思いました。赤の他人にとっては大村はま先生みたいな先生がいて欲しいと思うかもしれません。でも、大事な人がそうなって欲しいとは、私は思いません。

 きっと、この発言を嫌う人はいるかもしれないけど、私の言うべきことだと思いました。

追伸 その先生は、言い終わった後で、「大村はま先生の再来と言われる人はいっぱいいるけどね」とニコニコしました。そうだと思います。あんな先生がそういるわけありません。

[]同じ教材 09:05 同じ教材 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 同じ教材 - 西川純のメモ 同じ教材 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は国語教育学の先生と一日仕事をしました。その合間に色々なことを教えてもらいました。国語というネーミング自体が非常にまれなネーミングであるということをしりました。このようなネーミングは日本と日本の植民地支配を受けた国ぐらいなのだそうです。じゃあアメリカはといえばイングリッシュで、中国はチャイニーズなのです。つまりアメリカと同じに表現すると、日本語が相当なのだそうです。そんなのたいした違いが無いと思ったのですが、日本史を国史と表現してみるとそのニュアンスが分かると教えてもらえました。納得です。

 じゃあ日本がナショナリズム一辺倒なのかといえば、先進国の中で日本ほど外国作品を教材にする国は無いそうです。また、共通テストの題材はイギリスだとシェークスピア、ドイツだとゲーテが定番なのだそうです。

 また、長年の疑問をその方にぶつけました。それは、何故、様々な国語教科書で同じ教材が扱われるかということです。その方によれば、全ての教科書で扱われる教材はそれほど多くは無いそうなのですが、複数の教科書で扱われる教材は少なくありません。そして、その理由は「現場の先生方が一度教材研究をしたものを使い回しにしたいから。つまり、教材研究をしたくないから」とのことでした。凄く納得しました。

 残念ですね。今の学校教育は、教師が知れば知るほど教え方がうまくなると思っています。しかし、知れば知るほど、やればやるほど、分かる人が少なくなるのですが。

 違う分野の先生とゴチャゴチャと雑談すると学ぶことが多いと感じる一日でした。

[]素直に 09:05 素直に - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 素直に - 西川純のメモ 素直に - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある現場の先生から、私が子どもを見取っていないと率直に指摘されたことがあります。それは体育館での全校『学び合い』で、ある子どもが不満に思っていることを私が見とれず、全体的に良かったと評価した際に言われました。

 その通りです。学校現場の先生方はプロだと感じることは多いです。子どものノートをちらりと見たとたんに子どもの誤解を見取ることが出来ます。そのようなことを先生方がごく普通に話し合っているのを見ると、すごいな~っと思います。その面では勝てないし、勝てるとも思いません。もちろん、教科の研究者の中には大学の先生なのに、現場の先生より見取る能力の高いかがいます。その現場の先生方と同質の見取りで勝る先生が尊敬されます。

 しかし、一方、私の強みもあります。一般に一人一人の子どもの見とれるのですが、集団全体の見取りが出来る方はもの凄く少ない。以前の研究で言えば、郡市で数人レベルの方しかいません。そのレベルの見取りに関しては私は勝っていると思っています。何故、私が勝っているかと言えば、子どもたち全員にICレコーダーをつけて、数ヶ月以上の会話を西川研究室という集団が分析した結果を二十年以上積み上げた分析に基づいているからです。これは、一人の教師が百年実践しても得られない情報です。それをもとに理論構築します。

 理論はいいものです。なぜならばあることをコンパクトに表現することが出来ます。例えば、ある教材における子どもの誤解を見取るノウハウをまとめることは出来ます。しかし、それは教材ごとに変わります。結果として教師が教える内容全体でそれを出来るようになるとしたら膨大な情報が必要です。が、理論はそれをコンパクトにまとめることが出来ます。例えば、最近出した見取り入門はその一例です。

 理論には膨大な背景があります。それを理解するにはその膨大な背景を理解しなければならないのです。でも、それは大変です。だから、理論に基づいた結果を応用する場合、とりあえず理論は疑わず、その通りにします。

 例えば、マイナス×マイナスがプラスであることを数学的に証明することは出来ます。しかし、多くの場合は、マイナス×マイナスはプラスと疑わず使います。もし、自分の感性で、「まあ、プラスの時もあるよな」と判断したら無茶苦茶なことが起こります。

 例えば、『学び合い』のノウハウを書いたステップアップにはネームプレートを使うことを書いています。ところが使わないで実戦を始める方がいます。気持ちは分かります。何故、私がネームプレートを使うことを勧めているかといえば、「子どもたち」が誰が出来て誰が出来ないかが分かるためなのです。しかし、誰が出来て誰が出来ていないかを分からなければならないのは「教師」だという旧来の枠組みにいると、自分が机間巡視で分かるのだからネームプレートは無くてもいいと思ってしまいます。

 でも、このレベルの理由付けをノウハウ本に書いたら、大全集レベルのボリュームが必要になってしまうのです。

 学力向上に関して、私は多くの同志にテストの点数を上げて下さい、と十年以上前から言い続けています。でも、「まあ、テストの点数はそれほどのことではないので」とほほえまれるとそれ以上は言えません。でも、何を理解していないかといえば、テストの点数の分布はクラス集団のトータルなレベルを示すものであることなのです。私はテストの点数自体に意味がそれほどあるとは思いません(子どもや保護者にとっては大事ですが)。しかし、テストの点数の分布が示すものはもの凄く大事なものなのです。

 また、教科の本質を大事にして、テストを馬鹿にする方がおられます。気持ちは分かります。繰り返しますが、私はテストでとおているものが凄いとは思いません。もっと大事なものがあることを知っています。しかし、それらの凄いものを、全ての子どもに経験させようとするならば、教師がゴチャゴチャ手を入れない方が良いことを知っているのです。何故知っているかといえば、先に述べたように、子どもたち全員にICレコーダーをつけて、数ヶ月以上の会話を西川研究室という集団が分析した結果を二十年以上積み上げた分析をしているからです。

 私のいうことは真実である、とはいいません。しかし、最初はそれをやって下さいと願います。不遜ながら申します。どんな優れた教師、大村はまや斎藤喜博レベルの教師が100年教師をやったとしても得られない情報に基づいて、毎年約二十人で二十年以上の蓄積でできあがったものなのです。

 とりあえず、そのままやってください。

15/02/17(火)

[]脱知識偏重 07:44 脱知識偏重 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 脱知識偏重 - 西川純のメモ 脱知識偏重 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 文科省が脱知識偏重を打ち出している。これは多くの人が以前から言っていたことだ。しかし、行政がそれをハッキリ打ち出し、それに対する施策を出しつつあることに意味がある。行政は失敗は許されない。だから非常に慎重に動く。しかし、もうそれしか日本の生き残る道はなくなったんだろう。単純な労働や、単純なサービスでは生きられないから。

 でも、カリキュラムをいじくっても学校現場がいくらでもやったふりをするから実効性はないだろう。一番良いのは結果を求めめる。一番簡単なのは、コンピュータでインターネットを利用できる環境でテストをすれば良いと思う。こうすれば単なる知識問題は出せなくなる。そしてグループで問題を解くのです。

 もう少し具体的に妄想します。

 国語、社会、数学、理科、英語の5教科のそれぞれに1日を費やすのです。子どもたちは6人ぐらいのグループにします。グループ構成は同じ学校の生徒が混じらないようにするのです。そして、グループ構成は、毎日変わります。子どもたちは試験会場で自分のグループを見つけ、その部屋に行き初対面の人たちと出会うのです。そこには課題が置かれています。それは現在でもハッキリしない問題です。例えば、「邪馬台国が日本のどこにあったと考えるか?」のような問題です。子どもたちはコンピュータを駆使して情報を収集し、議論し解答を作成するのです。その様子は映像で記録されます。

 大学は解答を採点し、その総合で足切りをします。その上で映像を精査し、面接を行い合否を判定します。

 ものすごく大変です。が、これをやれば単なる知識偏重の子は生きていけません。人との協調性の無い子は生きていけません。しかし、一流大学の研究者が自らの研究室に欲しい人材を見いだすのには有効です。そして企業が欲している人材を見いだすのには有効です。

 もし一流大学がこの方法を採用したらどうなるでしょうか?今の高校教育は瓦解します。そして、それは一流高校に波及するでしょう。だって、一流大学に入るから一流高校なのですから。そうなれば今の中学校教育は瓦解します。

 インターネットで検索すれば答えが直ぐ出るような知識量で高等教育に対する適正をはかっていること自体馬鹿馬鹿しいと思います。

 当然、以上のようなテストでは手が出ない子もいます。しかし、そのような子はもともとアカデミズムの方向に進まなければ良いのです。高学歴が良いという馬鹿馬鹿しい幻想を脱し、多様な方向に進めば良い。感性と技術によって生きる道において、いくらでも花開くはずです。

 怖いことですが、それは大学も同じです。上記のテストに耐えられる子どもを獲得できない大学は、大学としてなりたたなくなります。

追伸 そういえば私の大学の授業がほぼ同じであることに気づきました。

toukonyukitoukonyuki2015/02/18 04:10大学入試の新しい形…私なんかは思いもつかないことを西川先生は考えておられることに,あらためて敬服いたします…。本当にそんなふうになったら世の中がガラリと変わるだろうなあ…。なったらいいなあ。

jun24kawajun24kawa2015/02/18 15:24みんなが情報発信すれば良いのです。

15/02/16(月)

[]若い人 08:31 若い人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 若い人 - 西川純のメモ 若い人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は『学び合い』東京の会です。

 といいまして全国から来ていました。岡山や大阪からおいでになった方々とも色々と話しました。

 語りたいことは山ほどあるけど、一つだけ書きます。

 ある若い教師から、「私の子どもたちは対人関係で失敗した子どもたちです。『学び合い』は出来るでしょうか?」という質問を受けました。

普通の教師だったら、その子どもたちの状態を聞き、それに合わせた指導法を提案するところです。しかし、そうしませんでした。以下会話。

私:今から、いままでとは全く違う視点で聞くね。

相手:はい。

私:『学び合い』は今日の授業が分かるとか、その学校を卒業できるというようなレベルにとどまらず、子どもの一生涯の幸せを実現しようとする教育なんだよ。

相手:はい。

私:じゃあ、対人関係で失敗した子どもたちが、一生涯の幸せを得るために何が必要?

相手:・・・・・人と付き合う能力だと思います。

私:だよね。で、それをいつ、どこで学べばいい?

相手:・・・・・今、学校でだと思います。

私:そうだよね。小学校の先生は小学校では無理だから、中学校で学べば良いと先送りをする。中学校の先生は中学校では無理だから、高校で学べば良いと先送りをする。高校の先生は高校では無理だから、社会や大学で学べば良いと先送りする。でも、大学ではそんなこと教えないし、何も学ばずに社会に出ればつぶれてしまう。だから、今、学校でだよね。

さて、人と付き合う能力を学ぶのにどうやって学べば良いと思う?

相手:人と関わることが必要だと思います。

私:だよね。で、人と付き合う能力を学ぶとして、何回ぐらいで学べる?一回?二回?

相手:それは何回も何回も学ぶ必要があります。

私:その何回も、何回も学ぶとしたら、そんなことが出来る学校の場面って何?ホームルーム?修学旅行?

相手:授業しかないですよね。

私:はい、チェックメイト。つまり、授業で何度も何度も人と関わることを経験することを、今、学校でやらなければならないと言うことだよね?

相手:はい。

私:じゃあ、それをどうやって実現したらいい?

相手:『学び合い』ってことですよね。

私:正解。つまり、あなたが『学び合い』をやらないということは、子どもが一生涯の幸せを得ることに関して、どうでもいい、っていうことでしょ?

相手:・・・・・(笑顔)

 今までの教育は現状をベースにして、少しましにすることを考えます。それは大事なことです。しかし、同時に、最終的に何を求めるかを考え、逆算することも必要なのです。そうでないと、積み上げる方向が右に、左にぶれます。そして、どこかで、まあいいや、と思ってしまいます。

 この手の話は相手を見て話します。普通の中堅教師にそれを話せば、「何、建前論言っているんだよ、現実は厳しいんだよ」という表情をされるからです。でも思います、現実は厳しいことなんて、私だって知っています。しかし、それをなんとかしなければと思わない「あんた」は教師かよ、と思ってしまうからです。

 日本中の教師の中で一番多いのが私の年齢の教師です。私の時代は教師にとてもなりやすかった時代です。新入生が科目を選ぶとき、なんとなく教員免許状もとれるんだったら、とうろうかと思う人が多いので、その人たちに付和雷同して多くの人が教職科目をとります。結果として免許を取得し、なんとなく高校教師になった人は少なくありません。教員養成系大学、学部も似たようなものです。

 ところが今は違います。景気の低迷の中、教師のは人気の職業です。私たちの時代に比べれば雲泥の差です。そうなれば易きに流れる人は、教師を目指しません。上越教育大学でも、昔だったら考えられない教員採用試験を受けない人が採用が厳しい時代に入ってから出現し、増えました。後付け理由はいくらでも出来ますが、ようは大変なものを避けているだけのことです。

 ということで、若い先生方の意識は、我々の時代、いや私に比べて雲泥の違いです。初任、二年目なんて何が何だか分かりません。初任研で都立教育センターで講義を受けても、穴間の中には「こんなの意味ねえじゃん。今必要なのは、とにかく、明日の授業で使えるプリントが欲しいんだよ」と思っていました。当然のことながら、子どもの一生なんて考えられません。毎日、毎日、授業らしき時間をどうやって過ごすかでめいっぱいでした。

 今の若い先生は辛いと思います。職員室の教育力が圧倒的に低下しています。大物校長も少なくなっていると感じます。つまり、中長期で育てる環境がないのです。そのような中でも、もがく先生がいるから、『学び合い』に可能性を見いだすのでしょうね。

 子どもたち、保護者はどんどん変わってきています。臨界点は近いと思っています。臨界点を超えれば、子どもたち、保護者が現状の教育に対して、礼儀正しい反乱を起こすのです。その中でつぶれない教師を一定数は速やかに確保しなければならないと思っています。

 都会では5年以内、地方でも10年以内にそれがきます。

toukonyukitoukonyuki2015/02/18 04:17一昨日,職員室で同じような質問を受けました。教室にいる低学力の数人の生徒に対してどうしたらいいのかと。違う課題を与えていいのか,でもテストは同じテストだし…と。そして昨日,その先生に,「学び合いジャンプアップ」と「学び合い入門」(青い表紙)をお貸ししました。彼が興味を示すかどうか,選択肢の一つとして選ぶかどうか…それは神様だけが知っているのでしょう。心から「なんとかしたい」だから,これしかないと思ってくれたらいいなあ…。

jun24kawajun24kawa2015/02/18 15:25全方位に少しずつ広げるのです。ただし、反対者には秘密にね。

15/02/15(日)

[]春 08:40 春 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 春 - 西川純のメモ 春 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 春風亭小朝の落語の枕に、沖縄の春のことがあります。沖縄にはハブがいます。そのハブが巣穴から這い出し、人をかむ事件がニュースで報道されると、春が来たんだなということが分かるという話です。落ちは「スプリング、ハブ、カム」です。不謹慎な話ですが、そうかな~と感じてしまう話です。

 新潟に住んでいると、天気予報に「融雪なだれ警報・注意報」が出ると、「あ~、春は近いな」と感じます。昨日もみぞれが降っていましたが、ベランダに積もった雪が完全に消えました。まだ降るでしょうが、冬の峠は越えたことは確かです。

 雪国の春は格別です。まるでアナと雪の女王のエンディングみたいに世界が一変するのです。

[]キャズム 08:40 キャズム - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - キャズム - 西川純のメモ キャズム - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かなり以前からキャズムを意識した戦略を続けていました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20101208/1291816423)。それ故に、多くの本を書きました。『学び合い』の理論が手垢に汚れることを理解した上で、ノウハウを公開しました。そしてキャズムを乗り越えるホールプロダクト(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20101208/1291816423)として、全校『学び合い』を提案し『学び合い』ジャンプアップを書きました。

 さて次はと思っていたのですが、『学び合い』が十分に市場として成立できるほど大きくなったので出版環境が整ったようになります。今は『学び合い』全般のノウハウが出版されていますが、今後は、各学校段階、各教科別のホールプロダクトにシフトするでしょう。つまり、それをそのまま印刷し、配れば、だれでも出来るような書籍等が世に出るだろうと思います。もちろん、『学び合い』の理論が分かっていなければ変質するでしょうが、それを正すのは本では無く口伝しかありません。幸い、口伝できる人がかなり増えています.その人たちがもっと書籍を書き、講演し、相談になれば良いのです。

 私はキャズムを超るのは近いと感じています。

[]あと十年 08:40 あと十年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - あと十年 - 西川純のメモ あと十年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 葛飾北斎は90歳まで生きました。当時としては驚異的です。しかし、その臨終において、あと10年、せめて5年長く生きられたら本当の画工になれるのにと言ったそうです。欲深ですが、気持ちは分かります。

 私は四十代前半までに、多くの論文を書き、数多くの学会から賞をいただき、教授になりました。研究者としては全てを得たと言えます。上越教育大学の定年は65歳です。だからその後の二十年間はノホホンとしても生きられる。

 が、その頃に『学び合い』にシフトしました。ダイナミックで苦しかったが、峠は越えたように感じます。そうなると欲が出る。

 出来れば75歳、せめて70歳まで働きたい。そうすれば教育内容の精選や学校制度の改革の研究が出来る。定年の長い大学は無いかな、とチョコチョコと調べている今日この頃です。

[]ライブの勧め 06:26 ライブの勧め - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ライブの勧め - 西川純のメモ ライブの勧め - 西川純のメモ のブックマークコメント

 既に『学び合い』に関してのノウハウは色々な書籍で公開されています。私自身に聞かれること、アドバイスを求められることのほぼ全てがそこに書かれています。『学び合い』はもの凄くシンプルです。どの教科でも、小中高でもやることは同じです。だから、ノウハウがもの凄くコンパクトにまとめられます。

 でも、『学び合い』の生を参観することを強く勧めます。それも色々な方の授業を参観することを勧めます。

 人は既存の概念で、新たなものを理解しようとします。しかし、『学び合い』と既存は根本的なところが違うのです。それは方法のレベルの違いとは異なります。具体的には、『学び合い』はその日の課題が出来るかどうかでは無く、子どもが学校を卒業し、60歳、70歳になったときに幸せであるにはどうしたら良いかを考えます。まあ、現状の教師がまず絶対に考えないことです。だから、毎日の授業でどれを優先するかの判断が違います。また、『学び合い』では教えると言うことに関して教師の能力は限定的であり、子ども集団の方が優れていると思います。教師は有能であるべきだという多くの教師が思っていることとは真逆です。

 だから、本でこれこれをする、逆に言えば、これこれをしない、と書いても「そんなバカな」と思い、本で書いていることとは真逆なことをしてしまいます。結果とて『学び合い』ではなく、既存のグループ学習の亜流のようなものになってしまいます。でも仕方がありません。人は既存の概念で、新たなものを理解しようとするのは当然ですから。

 だから『学び合い』の生を参観することを勧めるのです。それによって本で書かれていることは比喩表現では無く、そのまんまが書かれていることが分かります。そしてイメージが分かるのです。

 また、『学び合い』はテクニックでは無く考え方です。だから『学び合い』の考え方が分かっているならば、テクニックは多様になりえます。では考え方とは何かと言えば、それは短い言葉で表現することが出来る学校観と子ども観です。でも、「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する能力を獲得するのが学校教育の目的である」、「子どもたちは有能である」という言葉がどれほど深い意味と、発展性を持っているかは言葉を読む限りでは分かりません。だから、色々な人の授業を見ることを勧めます。それによって、人によってテクニックは様々だが、多くの人が使っているテクニックは何かが分かります。そして、何故それが多くの人が使っているかを理解することによって、学校観と子ども観が理解できます。

では、どうやって参観するか?

 私のところにメールすれば、その方の近くの実践者を紹介しましょう。

 また、『学び合い』の会に参加し、『学び合い』実践者に話し、授業参観をお願いすれば良いのです。『学び合い』授業だったら参観は楽です。何故なら子どもを見てもらうので、気が楽です。そして見てもらうことによって子どもは成長します。だから、基本的にウエルカムです。ただ、勤務する学校の校内事情によって、隠れキリシタンのような方もおられます。その場合は、別な人を紹介するでしょう。

 本日、私は東京の『学び合い』の会に参加します。また、長野でも会があります。お誘いします。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20150209/1423428800

15/02/14(土)

[]共感能力 21:38 共感能力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 共感能力 - 西川純のメモ 共感能力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の強みは、共感能力の高さだと思います。

 私は東京で生まれました。でも、板橋区の外れです。近くには田園風景が広がり、見知った人だけで生活できました。しかし、電車にのれば都会です。色々な楽しいものがあります。が、都心の生活感が大嫌いなのです。向こうから来る人、ビルの小さな光の向こうにいる人のこと、その人を思い浮かべるのが辛いのです。

 特に辛いのは、電車に乗って合う私立学校の同年代の人です。公立学校の小中では味わっていない競争的な環境、自宅から遙か離れた学校に通学している同年代。その人たちがどんな気持ちでいるのかを想像すると過呼吸になりそうになります。

 その点、今の勤務校は気楽です。関わる人は三十人ぐらいです。大学の廊下はまっすぐ歩いて人をよけることはありません。おそらく研究者として過ごす限りは、それで完結できると思います。ま、全国大会や理事会程度ぐらいでしょう。

 が、私のネットワークは広がっています。色々な人の生活の香りを知れば、その裏の生活を想像します。喜びもあるでしょう。苦しさもあるでしょう。その人のことを考えるたびに、それが思い浮かぶのです。それがどんどん広がっています。

 それがとても光栄なことを感じます。ただ、自分の能力がそれに追いつくだろうかと思います。大事なのは、次に引き継ぐことです。引き継げるほどに体制が整っていない。それは全て私の未熟さです。

 すみません。とても公的に発する独り言です。

15/02/13(金)

[]最終講義 22:51 最終講義 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最終講義 - 西川純のメモ 最終講義 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は最終講義も退職の会も嫌だ。ま、周りから色々言われるでしょう。我が儘だと言うでしょうね。でも、私の大学院の指導教官はそれを押し通しました。私も色々言いました。が、今は分かります。ま、我が儘なのです。でも、年を取ったら我が儘を通したい。

[]飲み会のルール 22:12 飲み会のルール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飲み会のルール - 西川純のメモ 飲み会のルール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は単純な基本ルールを自分に課します。それが良いからです。ま、単純バカの理系人間ですから。

 飲み会における私の行動ルール。

 私がワンノブゼムの時は参加しません。

 私が一定の役割を果たさなければならない立場の時は参加します。しかし、最短で5分、で静かに消えます。

 私のゼミの会は1時間半ぐらいはいます。でも、会の終わりにはいません。

 上越にいる場合でそれ以降まで参加するとしたら、大学やゼミ生のために参加する必要があるときです。

 以上のルールの根源的な理由は、家にいた方が良いからです。だから早く帰りたい。こう思える自分の今を幸せに思います。

追伸 その同じ理由で、とにかく出張が嫌いなのです。

[]フェードアウト 21:54 フェードアウト - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - フェードアウト - 西川純のメモ フェードアウト - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私も55歳と半年です。今は、どのように消えるかを考えています。

 若い頃から、これは私で無ければ出来ない、と思い込んだことがあります。ところが、いざやめてみると上手くいくのです。もちろん、やめ方が大事ですが。そして、やめることによって、その先のものが見えてくるのです。

 三十代前半までは、自分の頭でバンバン論文を書きました。

 三十代後半になると、院生さん・学生さんと一緒にやるようになりました。そうなると、私のパワーは数倍になります。そして、私の発想を超える結果を出してくれるようになりました。

 四十代前半になると、それまでの理科教育学から離れ始めます。そうなると、教科教育を俯瞰的に見られるようになりました。そうなると教科教育とは何かを考えられるようになりました。

 四十代後半から学校組織に関わるようになりました。そのため、研究室運営を学生さんにどんどん任せるようになりました。とにかく忙しいからです。ところがゼミ生は見事に乗り越えていきます。私がゴチャゴチャやるよりいい。『学び合い』のセオリーの深さがどんどん分かります。そして、組織を動かすことによって、私の願いはさらに大きくなることを知りました。

 五十代前半からは自分の研究を本格的に実践に適用しました。もちろん、以前から実践と理論の往還があります。ただ、私が関わっている人は私の考えを理解しようとする人です。このころから理解したくない人とのつきあいがあります。これは学者が経験しなくて良いことです。でも、それによって、日本全国の人とつきあうことが出来ました。日本の研究者の中で他県の校長人事、教育長人事が気になる人はそう多くはないと思います。

 そして、今は五十年代後半に入ります。研究の成果を実践に還元する仕事が本格的です。我ながら笑うほど本が書けます。ここで一気に進ませようと思っています。ただし、六十年代のフェードアウトをどうするかを本気で考える時期です。

 江戸っ子の美学としては、きれいに消えたい。ま、惨めに消えるのでしょうけど。

 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20131222/1387713620

1111.26.5

15/02/12(木)

[]給付金 18:05 給付金 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 給付金 - 西川純のメモ 給付金 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月1日のメモに給付金のことを書きました(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20150201/1422786345)。あれから分かったこと。分かってしまえば当たり前ですが、私立学校勤務の方、公立学校の時間講師の方はもらえる可能性があります。

15/02/11(水)

[]幸せ 22:16 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校の先生の中で「幸せとは何ですか?」と子どもに問いかけられたとき、真顔でちゃんと語れる人がどれだけいるだろうか?この種の問いには答えはありません。ただ、その人なりの考えを持っており、それが自身の教育に反映されているか、を申しています。

 それが語れないから、とりあえず今日の課題が出来ることを求めている。しかし、それがその先生の手を離れたときの幸せに繋がるかを放棄している。典型的なのは、小規模校の先生が手を入れまくって分からせて、上級学校で破綻する例です。

 そして、とりあえず進学する方が良い、とりあえず偏差値の高い方が良い、と考えます。もちろん、それほど単純では無いことを知っています。しかし、進路指導に関して偏差値以上の情報をもっている先生がどれほどいるでしょうか?例えば、大学ごとのカリキュラムの特徴、大学にいる先生とその特徴、就職支援はどうなっているか・・・。

 とりあえず、とりあえず・・・・

 その犠牲者がどんどん生産されます。特に、縮小経済ではもろに出ます。

 大学卒になっても、就職先からは大卒として認識されない大学に進学させます。そのために奨学金を借り、返せない人が生まれ、どんどん増えるでしょう。そのことに責任を取っている高校教師がどれほどいるでしょうか?

 それと同様に悲惨であり、日本の知の消費と思われるのは博士課程です。博士を取得しても、それを生かせない博士課程はかなりいます。もっと正確に言えば、同じ大学であってもついた指導教員によって、その後の運命は天国と地獄です。博士課程に進学するような人だったら、すこしはリサーチすれば良いのですが、それもしないような人が博士課程にいける状態なのです。22歳で愕然となるなるより、27歳で愕然となると悲惨です。オーバードクターになるともっと悲惨です。その人が博士の学位を持っているから自分は研究者として一人前と思っていたとしたら、それが違うことに気づく頃には取り返し不可能になります。博士は単に出発点に過ぎません。それをベースにして、どれだけのことができるかです。ま、相撲の世界ならば新弟子検査を合格したぐらいのものです。ところが新弟子検査を合格したら横綱になれると思っている人もいます。でも、そこまで行かなくても十両ぐらいにはなれると思っている人が大部分です。実際は、十両になれたら凄いことです。そして、最後まで十両で終わる人が大部分です。

 でも、学生さんが悪いわけではありません。ま、無罪では無いですよ。ちょっと調べれば分かることですから。でも、それより罪が重いのは、その世界で長く生きている教師の責任です。教えないから、そんな行き違いが起こる。そんなことで直ぐに信じてしまう博士受験生が多いのは、小中高で高学歴がいい、偏差値が高ければ良いという単純な判断方法を植え付けられていたからです。

 つまり、子どもの人生を考えず、とりあえずの価値観を与えることの危険性は特別な支援が必要な子どもばかりでは無く、大学受験、博士受験をする学生さんも同じです。

追伸 それ故、私が博士を指導する際は、既に職を持っている人に対して、その職を捨てない条件で、かつ、博士の学位を与えられると確信した人のみしか受け入れません。人の人生に関わると言うことはとても恐ろしいことだからです。http://goo.gl/JFi6vo

[]次 21:35 次 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次 - 西川純のメモ 次 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 特別支援教育に関して『学び合い』の本を出しました。私は読み直して涙を流しました。良い本です。http://goo.gl/15vRom

 某日某所で、共著者の間波さんに次を語りました。

 今回の本は、現状の価値観の中で受け入れられて、現状の中で一歩進められる本です。だから、直ぐに使えます。直ぐに効果があります。

 でも、『学び合い』での願いは、一人も見捨てずであり、生涯の幸せです。

 特別な支援が必要な子どもはに「普通(?)」を求めても無理な子はいます。その子に横並びのことを求めても無理は無理です。『学び合い』も魔法では無いのですから。横並びを求めれば、劣等感に繋がります。だから、その様な子どもには別課題を与えます。でも、別課題は通常学級のクラスの子どもの簡略版であり、低学年版です。それを何とかしたい。そのためには、その子が不得意なことを何とかするより、その子が得意なことをどんどん伸ばすのです。それによって、健常児とは違うベクトルを特別な支援を必要な子どもに与えたい。だが、駄目なところを何とかしたい、という医療モデルの特別支援教育はなかなか受け入れられないでしょうね。そう思っている人に悪気は無い。でも、心の中に「かわいそうな子」という心があります。その心を「一人一人違って良いじゃ無いか、そのままで」という心に変えたい。

 次に、医療モデルの特別支援教育は、とにかく今を何とかしたいで頭がいっぱいです。今の問題解決が、未来の幸せに繋がると信じています。でも、そうでしょうか?私は違うと思います。それを実証する必要があるのです。特別な支援を必要な子どもが30歳、40歳、50歳、60歳、70歳・・・となったときに、何が必要か、それを明らかにしたい。残念ながら、特別支援教育で頑張っている先生はその視点が無い。今、自分が担当しているときの子どもが幸せかどうかに目を奪われている。それが証拠に、卒業後の子どもの生活を気にしている学術研究や実践研究は殆どありません。

 細かい、方法論や教材の違いでは無いのです。「そもそも」のところに誤りがあれば、正すべきです。それが正されないならば、その前提で生み出されたものは意味がありません。

 それを正すべきであると気づく人を生み出さねばならない。それを目指そうと、某日某所で間波さんと話し合いました。でも、その前段階として、今の価値観や状況でも驚異的な改善が出来ることを分かって欲しい。だから出版しました。

 まずは読んで下さい。

追伸 同志から、名古屋の三省堂では平積みになっていることを知りました。

[]中信の会 21:14 中信の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中信の会 - 西川純のメモ 中信の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

2月13日に長野県塩尻で『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。

http://kokucheese.com/event/index/251247/

[]次のステージ 19:48 次のステージ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 次のステージ - 西川純のメモ 次のステージ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日は本学教職大学院のプロジェクト発表会です。といっても何が何だか分からないと思います。教職大学院のカリキュラムには学部の実習よりも長期の実習を課せられています。これは全国全ての教職大学院は共通です。本学教職大学院の特徴は、現職院生と学卒院生がチームになって教育実習に行きます。一人が単位の実習と違います。それも現職教員と学卒院生がチームになるということが特徴です。

 もう一つは教育実習であると同時に、一人一人の学生の研究テーマをそこでやるのです。例えば理科実験の指導を研究したい学生は、実習では理科実験を中心とします。特別活動を研究したい学生は、実習では特別活動を中心とします。これが特徴です。つまり、授業を一般的にする学部の実習とは違います。

 同時に、単に授業をやるばかりでは無く、学校教育のありとあらゆることを経験します。ま、常勤的非常勤の時数削減版みたいなものです。とにかく、教師がやらねばならないことを一通りやるのです。これが特徴です。

 このようなことを実習校が受け入れてくれるのは二つの理由があります。第一は、学生の指導は実習校の教諭が責任を負うのでは無く、大学教員が責任を負っているのです。第二は、学生の研究テーマが学校の課題であるようにマッチングさせているのです。だから、学生が研究したいことを追求することが学校のメリットになるのです。

 と軽く書きましたが、これが出来るためには教員は驚異的なことを求められるのです。つまり、研究指導が出来なければならないのです。同時に、板書の仕方、発問の仕方のようなレベルも指導できなければならないのです。一般的には研究者教員と実務者教員に分かれていますが、本学の教員は両面を持つことを求められているのです。

 第二に、マッチングが上手くいくのは、地元の学校が本学を大事にしてくれているからです。そして、地元の学校の事情と、大学教員の特徴をよく分かっている特任教員が仲立ちをしてマッチングします。そういうことが出来る特任教員がいるのです。そして、マッチングが終わった後は、大学教員が現場学校に何度も足を運び、いろいろと交渉ごとをします。つまり、現場の校長や教務主任や研究主任とちゃんと話が出来る大学教員で無ければならないのです。

 その教育実習での成果を発表するのが本日です。我々の発表を見に、現場の学校の校長先生や教諭の先生が来られます。ま、息子の学芸会の発表会を見に来る保護者みたいな温かい目で参加していただいております。西川ゼミでは、なんと、大分から校長先生がおいでいただけました。感謝感激です。

 さて、いくつかの偶然が重なりました。

 本日、神奈川の北見さんから三長さんの歌のCDが送られました。墨黒々と「西川純先生」という北見さんらしい宛名が書かれた封書を開け、聞きました。彼の声を聞き、彼を思い出しました。そして、不思議に思いました。

 彼は一介の教諭です。それも若手です。本をバンバン出し、講演会には人が集まるカリスマ教師ではありません。それなのに、葬式には会場に入りきらない人が集まり、月命日にも人が集まり、そして彼を偲んでCDが作られます。これって都道府県レベルの教育行政のトップに上り詰めた人であっても難しいことなのです。それが普通の若い教師がなぜ、と思いました。

 葬式は死者のためにある以上に、生者のためにあるからです。彼を理由に集まることによって、心が豊かになり、勇気を貰えるからです。そうなれる理由は、彼はそういう人であり、周りの人の心を豊かに出来る人だからです。凄いな~、と思いました。

 偶然の二つ目です。

 その発表会には毎回、外部評価者を呼びます。今年は早稲田大学の水原克敏先生です。発表会の最後に評価をいただきました。お話を伺うだけで、お人柄が分かります。とにかく良い先生なのです。学生たちが元気になるお話をいただけました。本学の実習を高く評価した上で、その上を目指すべきだと宿題をいただきました。特に発表会の発表の仕方に対してです。たった20分間ですが、最近お話を伺った中で、一番、心が温かになるお話でした。

 偶然の三つ目です。

 私は教職大学院開設以来、ずっとコース長です。教職大学院全体の懇親会では、専攻長が最初の挨拶、そして乾杯はコース長の私です。乾杯の挨拶の際は、皆さんコップをお持ちです。だから私の挨拶は短くなければなりません。ところが、専攻長がお体の加減が不調なので、急遽、私が最初の挨拶と乾杯をすることになりました。

 で、考えたのです。

 本日、水原先生からいただいた宿題に対して、私なりに回答を考え、学生さんに語ろうと思ったのです。その時、思い浮かんだのは三長さんのことです。一人でも多くの教師が、周りの人に心の豊かさと勇気を与えられる教師になれば日本の教育は良くなります。そして、それを組織的に育成できるとしたら、本学教職大学院だと思います。

 本日は三長さんの思い出と、水原先生のお話を語り、本日の発表会の次のステージは、参加者を感動させ、涙を流させる発表会だと語りました。

 ま、私が長めに話せば、くさい話になります。当然、「くさいな~」と思う人もいるでしょう。そして多くは「話が長いな~」と思うでしょう。が、『学び合い』のセオリー通りに、私の語ることにロマンを感じてくれる2割が必ずいます。そして、本学教職大学院の場合は、2割では無く、3割、4割、それ以上だと思います。

 ということで、本日の大任をこなしました。

 お二人のおかげで、色々と考えることが出来ました。感謝です。

maya-1maya-12015/02/11 21:21中信ブロック会のご紹介ありがとうございます。
さすがの私も、本日は休ませていただきました。プロジェクト発表会のご盛況おめでとうございます。

jun24kawajun24kawa2015/02/12 05:49ありがとうございました。とてもいい会になりました。

15/02/10(火)

[]誠実 09:24 誠実 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誠実 - 西川純のメモ 誠実 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 目の前にいる人に対して、誠実であることはそれほど難しくありません。多くの人が出来ます。しかし、普段合わない人のことを心にとめ、その人に対して誠実であり続けることはたやすいことではありません。

 ホモサピエンスはもともと小さい集団(大凡150人程度)の群れで生活するための能力を本能として持っています。それらの群れは常に顔を合わせている人たちです。ところが現代社会になって繋がる人の数も、また、物理的な距離も増加しました。それらと繋がる能力はDNAに組み込まれるほど時間がたっていません。だから、意識的なものが必要なのです。

 私は三つのことでそれを成り立たせています。

 私への仕事の依頼は全て電子メールで送るように求めます。私自身が私にメールを送ることもあります。そして処理済みの仕事のメールはアーカイブします。従って、受信ボックスルには未処理の仕事が残ります。それが最大でも二十以上にならないようにしています。

 上記が成り立つように、自分自身がやるべき仕事と他者がやるべき仕事を峻別し、後者を他者にゆだねます。他者にゆだねるべき仕事を、他者にやってもらうことを言い出せずに、結果として仕事を遅らせることは、全ての人に迷惑です。

 自分がしなければならない仕事に関しては、直ぐに終わらせます。質よりも早さ、価格よりも納期を私は重視しています。そもそも我々のところに来る仕事の9割近くは、手を抜ける仕事です。その場合は、手を抜きます。それによって、手を抜けない仕事に時間を費やせます。

 以上3つで誠実であるようにしています。不誠実な人は、上記のようなルールを自分に課していないのです。理由は自分は出来ると思い込んでいるからです。たしかに、その人が普段会う人に対しては十分に出来るのでしょう。しかし、普段合わない人に対して誠実でいる能力とは別な能力なのです。それが分かっていない。

 若いうちから、広い範囲の人と繋がり、その人たちと誠実につきあうための能力を獲得すべきだと思います。

 以上、「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」に書いたことです。

 そういえば、昨日、数ヶ月ぶりに電子メールの受信ボックスが空になりました。でも、三十分だけです。今、残っているのは予算獲得のために必要なメールが一つ。これは1週間以内に申請するか否かを決めて、誰に委譲するかを決めなければなりません。もう一つは、教職大学院の誰かが担当しなければならない委員をどのような方法で選出するべきかを問い合わせているメールです。これは最大、明日中には解決出来ます。

 私がこれほど誠実であることにこだわる理由は、不誠実だと判断されると、どうなるかをよく知っているからです。

[]静岡市立美和中学校 05:28 静岡市立美和中学校 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 静岡市立美和中学校 - 西川純のメモ 静岡市立美和中学校 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 久しぶりの静岡県でのお仕事です。5月11日に美和中学校でお仕事です。美和中学校は静岡市の中心部から10kmほど郊外にありますので、公共交通機関で来るには、静鉄バスで30分ほどかかるのですが、その代わり、駐車場がたくさんあるので、近隣から車で来るのには、十分対応できると思います。

 内容は、私の飛び込み授業です。

 その日に全力を費やせるように、前日には前泊を求められていますが、拘束は無くとにかく静岡市に10日に入れば良いのです。そして、夜は飲み会での懇親会ですので、後泊が必要です。そして12日の拘束はありません。

 私は自分の健康管理の関係から、出張に関して基準を設けています。おそらく平均的な大学教師の出張とは桁違いの金額を求めています。それを設定していない時は、年間70日以上も出張し、不整脈になりました。その基準をご存じな方だったら、2泊三日で飛び込み授業つきがどれほどの金額を必要とするかおわかりだと思います。それをたった1日の私にかけていただける。その気っぷの良さと、金遣いのきれいさは、江戸っ子の私としては心地よい。なんか「高島屋!」と二階席から、声をかけたいと思います。

 一つの中学校がこんなことも出来るのも、学校が公益財団法人「はごろも教育研究奨励会の平成27年度(第11回)はごろも『夢』講演会」に応募し、補助が受けられるからです。はごろも教育研究奨励会に厚く感謝したいと思います。

 研究者、教育者としてはもちろんですが、芸人としても私の全力を尽くさねば、心意気に応えられません。なお、学校のご厚意により、公開です。ご覧になりたい方は、下記にお問い合わせください。  

静岡市立美和中学校(しずおかしりつみわちゅうがっこう) 担当 良知(らち) できるだけメールでご連絡ください。

〒421-2124 静岡市葵区足久保口組3276番地の2    TEL :(054)296-0009    FAX :(054)296-1719     E-mailmiwa-j@shizuoka.ednet.jp

15/02/09(月)

[]大人のルール 22:14 大人のルール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大人のルール - 西川純のメモ 大人のルール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 こころを初めて読んだのは高校生の時です。その時から、夏目漱石の「こころ」の以下の部分がとても気に掛かりました。

「とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。そうして自分が欺あざむかれた返報に、残酷な復讐をするようになるものだから」

「そりゃどういう意味ですか」

「かつてはその人の膝ひざの前に跪ひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載のせさせようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥しりぞけたいと思うのです。私は今より一層淋さびしい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己おのれとに充みちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

 私はこういう覚悟をもっている先生に対して、いうべき言葉を知らなかった。

 55歳になって、この言葉の意味がとてもよく分かる。

 学生時代、指導教員をあしざまに言う人がいました。その人は、あしざまに言うことによって、指導教員より優位に立ったと思っているのでしょう。しかし、聞いている私は、問題の多いその指導教員より、さらに下位に立つ人としか見えませんでした。

 過去にも一人だけ、そのような人がいました。ま、在学中から、変わった人であることは周りの人は知っていましたから。しかし、よくあるのが不誠実です。「おはよう」に対して「おはよう」と言う。自分の言ったことに責任を持つ。そんなことを守れない人がいます。その人と過ごした時間が長ければ長いほど、上記の言葉を思い出します。

 事例としては少ない。おそらく、小中高の先生方よりは、もの凄く少ない。でも、少なくともその度に、教師としての賞味期限が切れていることを自覚します。そして、研究指導が無い、授業だけやっている職場の方が良いな、と思うのです。

 ふと思い出し、それが何かを誰も分からないタイミングなので、ここに書きます。

 あ、これを見ている人は違います。その人たちは不誠実なのですから。

[]東京の会、東信の会 05:53 東京の会、東信の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 東京の会、東信の会 - 西川純のメモ 東京の会、東信の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月15日に東京で『学び合い』の会が開かれます。

http://kokucheese.com/s/event/index/261440/

 同日、長野県でも『学び合い』の会が開かれます。お誘いします。http://kokucheese.com/event/index/254442/

1044.27.4

15/02/08(日)

[]守られている 21:52 守られている - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 守られている - 西川純のメモ 守られている - 西川純のメモ のブックマークコメント

 出張の初日は暴飲暴食をします。二日目もします。しかし三日目あたりからセーブして、四日目あたりから不安になります。それ以降は、どんどん体が弱ります。結局、くたくたになり、ぼろぼろになって家に帰ります。家族と一緒に食べ、家族と寝る、これを二日か三日すると復活します。

 家内のコントロールはきついときがあります。が、ま、甘えているのです。家内が守ってくれているから、たまに暴飲暴食が出来ます。でも、家内が守っていない状態になると、自分で自分を守らなくてはなりません。そしてどんどん病んでいく。

 ということで、私は自分の命のために出張が嫌いなのです。

[]地獄 21:52 地獄 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 地獄 - 西川純のメモ 地獄 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は生涯に十二回最悪を経験しました。

 第一は高校2年の3学期。在学していた高校では、みんなが同じ速度で崩れていたので、何もしなくても私はトップ集団にいました。2年の3学期、英語で偏差値27という結果を見て呆然としました。それから受験勉強をしました。

 第二は大学3年の最後です。遊び回っていました。悪の限りを尽くしました。それなりに楽しかった。が、何も残りません。大学で学んだことが何かを言えない自分に愕然としました。やっと将来を考え始めました。

 第三は、大学院1年の年末です。実際に研究テーマを決めるとき、今まで考えていた夢物語は夢物語に過ぎないことを認めざるを得ませんでした。どうしたら良いのか分かりません。しかし、今まで一日13時間研究し続けていたものをチャラには出来ない。

 第四は、バカなミスで採用試験に受け損ないました。

 第五は、採用された学校が学力的に最底辺の学校でした。今まで学んだことは全く無駄だと分かりました。

 第六は、愛する教え子の怠学を促す仕事をしなければなりませんでした。

 第七は、大学に異動しました。教えなくてもいい、研究しなさいと言われました。教え子を奪われた教師は死にます。

 第八は、三十歳で急性アルコール性肝障害になりました。自分の命の限界を知り、自分の障害を考えました。初めて結婚したいと思いました。が、簡単で無いことを知りました。焦りました。

 第九は、結婚して他人と生活することことはどんなことであるかをしりました。しかし、独身時代の苦しさと比べれば天国であることは分かっています。

 第十は、子どもが生まれました。本当に天国です。その天国を享受するためには、自分を捨てることが必要であることを理解するまでに時間がかかりました。

 第十一は、教師としての賞味期限が切れていることを知りました。昔だったら何もしなくても子どもたちから求められていました。それが失われていることに気づきました。

 第十二は、今です。自分の考えていることと世間との乖離が激しすぎます。近づけようとしますが、近づく速度より進む速度が速すぎます。それによって私を信じてくれている学生さんたちに迷惑をかけています。

 いずれも、解決するためには自分でやるしかありません。そして魔法の解決策は無く、色々としつこくやり続けるしか出口はありません。いままでもそうですが、今後もそうだと思います。

[]新刊 12:30 新刊 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 新刊 - 西川純のメモ 新刊 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、出版社から「学力向上テクニック入門」(http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20150096)と「課題づくり入門」(http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20150095)が届きました。我ながら、良い本です。

[]ブラック企業 07:09 ブラック企業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ブラック企業 - 西川純のメモ ブラック企業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 世の中でブラック企業が取りざたされていますね。

 ワタミなどがネットで叩かれていますが、今、ネットで叩かれていないブラック企業があり、私は問題だと思っています。

 どこかの企業と同じで、お客様第一を掲げ、その美名により無理・無茶は合理化されます。そして、職員もそれが普通となっているんです。例えば、その企業には休日は週に1日です。下手すると無しです。休日出勤に伴う手当が数千円です。その仕事にはワゴン車が必要な場合がありますが、それは自腹で買わなければならないのです。時には「休日も働かせて下さい」という書類を上司から書けと求められるのです。ひどいですよね。

 そんな企業に25万人も従事しています。

 中学校です。

 私は教え子が小学校の教師になるべきか、中学校の教師になるべきかを悩んだとき、迷わず小学校の教師を薦めます。理由は部活指導がひどすぎる。今の部活指導は、今の夫婦関係には合いません。部活指導の末に離婚した人をかなり知っています。

 はやく中学校教師になることを勧められる状況になって欲しいとおもいます。中京圏の一部には部活指導を社会体育と連携する実践が深まっています。私はそれが広がれば良いのに、と願っています。

[]おりあい 07:09 おりあい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - おりあい - 西川純のメモ おりあい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 愛する教え子が苦労していることを知りました。心配です。

 『学び合い』を分かった人は、つまらなそうにしている子、不安そうにしている子が見えるようになってしまいます。そうなると何とか一人も見捨てない教育をしたいと願うでしょう。

 昨日、ある『学び合い』実践者に「なんか困っていることはありますか?」と聞きました。曰く「『学び合い』自体は上手くいっているのですが、『学び合い』をやっていますと周りに言えない自分が嫌になっている」と言いました。私は笑いながら「我々は子どもに「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」が大事であることを教えています。我々自身がおりあいをつけなければ」と言いました。

 くれぐれも無理しないで下さい。したたかにやりましょう。一人で出来ることは限られています。ことさら荒立てることはありません。みんなで状況を変えましょう。今、状況は変わりつつあります。

 若い方へ、戦ってはいけません。それはオジサン、オバサンの仕事です。

追伸 ゼミOBOG

私が大学では我が儘放題で、ありとあらゆることが可能となっていることを知っていますよね。でも、それが出来るのは学術業績でも、実践業績でも、管理職としても、教育者としても、どの面からも人から何も言われないだけの抜群の業績を上げ続けているからです。でも、君たちにはそれが無い。だったら、上手くやって下さい。目立たないで下さい。矢面には私が立てば良い。環境を整えるため、毎日やっています。今の職場のことで焦っていますが、職場の外の世界に目を向けて下さい。変化が見て取れると思います。

[]絶滅危惧種 06:06 絶滅危惧種 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 絶滅危惧種 - 西川純のメモ 絶滅危惧種 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昔は子どもが携帯を持つなどもってのほかです。ところが都会では中学生が持つのは普通になり、今、小学校に波及しています。その動きは地方に広がるでしょう。何故そうなったか?理由は保護者が学校に申し入れたからです。「もし、子どもと連絡を取れなくて問題が起こったら学校は責任をとれるのか」とです。そして、それらが複数あれば申し入れがあれば許すという形になります。そうなれば子どもはその流れを保護者に伝え、他の保護者もそれを求めるようになります。その数が多くなれば携帯に関するありとあらゆる制限がなし崩しに崩れてしまいます。

 息子はタブレットによる通信授業を受けています。若い教師が明るく授業をしています。教材はチームで作成されたものです。指導案もそうでしょう。双方向性も高く、息子が入力するデータが講義に反映されます。今後、そのような個人データに基づき、個人ごとの誤答パターンが分析され、それに基づいて補助教材が送られるようになるでしょう。

 今の日本で、上記に勝てる教師がどれほどいるでしょうか?

 今、反転授業でタブレットを活用しようとしています。公的機関が、上記を推進しようとしているのです。世の中には無料で使える授業ビデオがクラウドに保存されています。今後はもっと保存されるでしょう。

 その結果、成績上位者の子どもが教師よりもタブレットの方が勉強になり、それは学校に持ち込むことが出来ることに気づくのです。大学入試の時、授業中に受験問題集を内職した人いますよね。その気持ちを思いだして下さい。

 その子どもの保護者が礼儀正しくタブレットで勉強させて欲しいと申し入れるのです。理由は現状の授業は成績中もしくは中の下に併せており、自分の子どものレベルに合わないからです。さて、携帯電話を拒否できない学校にそのような申しれを拒否できるでしょうか?出来ません。

 そうなると、教室に5人ぐらいがタブレットで担任教師を無視して勉強をするのです。そうなればタブレットで勉強するのが賢い子、担任教師の授業を受けるのがそうでない子という図式が生まれます。そうなればどんどん波及するでしょう。

 そうなれば教室の殆どの子はタブレットで勉強し、担任教師は呆然とするのです。

 さて、成績下位の子どもはどうなるでしょうか?おそらくタブレットで遊びます。そこで教師が注意すると、「うるせい!」と怒鳴るでしょう。なにしろクラス中が教師の権威を認めず馬鹿にしているのですから。教師がそれに対して怒鳴れば、「おい、殴れよ、殴ってみろよ、懲戒免職だぞ。ほら、殴れないのか?あはははは、ちんけなやつだな」と言うのです。なお、これは中学校から始まりますが、早晩、小学校3年生ぐらいまでは広がります.その手の能力の高い子はいますから。

 その様子を成績上位者は見ているのです。昔だったら、あれたクラスは成績上位者にとって損でした。だから、立て直せた。ところが成績上位者にとってあれたクラスは自分にとって得なのです。だから容認します。その様子を成績中位層が見ています。クラス中が馬鹿にするという世論の上に下位者が傍若無人なことをし始めます。

 学級崩壊では無く、学校崩壊では無く、今の教育システムの崩壊です。

 旧体制の教師に生き延びる余地があるか?

 ありません。

 上記は『学び合い』があろうと、なかろうと生じる未来です。

 さて、上記のどこに無理がありますか?

 本当に賢い子どもが集まる学校では既に起こっていることです。学級崩壊をしているクラスでは既に起こっていることです。それがネットの発達と、SIMフリーのタブレットが広がった後の世界では拡大するだけなのです。

 教科内容を教えるのが教師の仕事と思い込んでいる教師は絶滅危惧種です。もちろん、そのような状況でも生き残る教師はいるでしょう。超名人級の教師だけは生き残るでしょう。でも、大多数の教師は生き残れない。生き残るとしたら、組織の管理者が教師の仕事であると考え方を変えるべきなのです。それが『学び合い』です。

 というようなことを昨日話しました。

 そして、そんなことを書いた本2冊を来年度に出版します。

15/02/07(土)

[]絶滅危惧種 22:28 絶滅危惧種 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 絶滅危惧種 - 西川純のメモ 絶滅危惧種 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私がコンピュータに接した当初はXYプロッターというものがありました。ペンを上下左右に動かし、字や図を書く機械です。ところが、プリンターが性能が上がるにつれて絶滅しました。XYプロッターの会社がプリンターに互していこうとした機種を発売しましたが、素人から見てもパロディでした。勝てるわけありません。

 私が小さい頃には駄菓子屋がありました。今は絶滅していますね。また、八百屋や魚屋も絶滅しました。米屋も絶滅危惧種ですね。絶滅するには理由があります。そして、どうやっても絶滅します。もちろん生き残る店もありますが、ごくごく少数派です。

 本日、私が語ったのは、今の教師という職業が絶滅危惧種であることを、あたりまえの事例を元に語りました。

 『学び合い』があろうと無かろうと、今の教師という職業は絶滅します。でも、学習は人には必要ですので、その後の受け皿が必要です。おそらく、教科内容を教えるということなら学校はネット社会にはかないません。ネット社会では押さえきれないこと、それは人の道です。学校の役割をソフトランディングさせる方法は、『学び合い』以外に私は知りません。

 そんな話を群馬でしました。

[]自慢 21:47 自慢 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自慢 - 西川純のメモ 自慢 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 多くの学校では、報告・連絡・相談は必須事項です。いわゆる「ほうれんそう」です。ところが西川ゼミでは報告・連絡は不要です。そんなことをゼミ生が言い始めると話を切ります(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20051028/1130505925)。その代わりに明確にルールを定めています(http://goo.gl/mxwUkx)。つまり、生命に関わるもの、お金に関わるもの以外は、独り決めしないならば任せています。

 これが我がゼミでは徹底しているので、殆どのことは私の耳には入らず、ゼミ生が自主的に解決しています。

 報告、連絡は不要ですが、相談は受け入れます。そして大歓迎なのは自慢です。つまり、私の意見などは聞くつもりでは無く、私をへこますつもりの時は大歓迎です。何故なら、その時、私は成長できるからです。

 本日の群馬の会では講演をしました。その際は、定番の講演では無く、その場のアドリブで話を組み立てる講演です。これって、もの凄くエネルギーを使います。だから、講演が終わったとたんに疲れが出て、ちょっと離れたところで寝てしまいました。

 しばらく寝ていると、ゼミ生が、西川ゼミのみんなが発表することを知らせてきたのです。当たり前のようですが、これってとてもまれなことなのです。というのは、全てゼミ生が自主的にやっているのが西川ゼミの作法ですので、その発表に私が聞くことを求めることはまれなのです。「へ~」と思い、ゼミ生の発表を聞きました。そして分かりました。ようは発表を聞かせたいのでは無く、自慢を聞かせたいのです。

 自慢を聞きました。十分に誇らしかった。とても楽しめた。なおさら、彼らに任せるべきであることを確信できました。

[]幸せ 21:47 幸せ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 幸せ - 西川純のメモ 幸せ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 群馬の会に参加すると、古くからの仲間たちに会います。みなさんから、様々な幸せの報告を聞きました。嬉しかった。私は好きな人が幸せになることが大好きなんです。

[]飛び込み授業 07:12 飛び込み授業 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 飛び込み授業 - 西川純のメモ 飛び込み授業 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 来月、数年間継続して、『学び合い』で学校作りをしている学校の校内研修で呼ばれます。私は出張を伴うお仕事にはかなり高額な要求をしています(自分の体を守るため)。しかし、校内研修で私を呼ぶなんて、太っ腹だと思いました。

 その際、飛び込み授業を頼まれました。

 飛び込み授業のノウハウは確立されています。いくつかのポイントを押さえれば、参観者には魔法としか思えない子どもの変容を見せることが出来ます。しかし、それは『学び合い』を分かっていない人、つまり、手品の種を知らない人には有効ですが、種を知っている人には有効ではありません。そして私は大学教師であり、小学校、中学校の教師としてはアマチュアです。プロの小学校教師、中学校教師、それも『学び合い』を実践している方々の前では、とても恥ずかしくて出来ません。ということで飛び込み授業はお許しいただきました。私はプロの『学び合い』教師の実践を参観することが楽しみです。

[]板書 06:58 板書 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 板書 - 西川純のメモ 板書 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は講演会でも講義でも最初に「ノートはつけないで下さい」とお願いします。そして「つけたいと思うようなことがあり、それを再度読みたいならば本に書いています。また分からないところがあれば聞いて下さい(メールして下さい)。ちゃんと応えます。それよりも話を聞いて、考えて下さい」と続けます。

 『学び合い』はもちろんのこと、多くの授業や私の講演会のような一斉指導型においても、板書を書き、子どもは写させるということは教育的な意味は無いと思っています。あれは、書籍が高く、コピー機が無い時代に、教師が書籍を板書し、それを子どもは写すという、つまり遣唐使の写経みたいなものです。従って、今の時代には意味がありません。今の時代だったら板書するようなものは印刷し、配布し、ノートに貼らせた方が良い。そのプリントの一部に空欄のスペースを用意し、子どもが自由に書き込めるようにすれば良いのです。年間の授業計画を立てたならば(立てるべきです)それを冊子にして子ども渡せば良いのです。

 それを説明します。

 まず、多くの人が意味があると思っていることを再検討します。

1) 授業の内容を整理することが出来る。

複雑な内容を整理するとき、図で整理することが有効である時や人もいます。しかし、その整理は「自分なりに」整理することが大事です。教師の思考と子どもの思考は違います。特に、勉強が分からない子どもにとっては。我々がフィールズ賞受賞者の数学のノートを読んでも、それを写しても、まったく意味がありません。それは認知心理学のエキスパート・ノービス研究からも明らかです。

2) 書くことによって覚える。

私も英単語を覚えるとき、書いて覚えたことがあります。みなさんもそんな経験があると思います。しかし、その時、何度か来ましたか?覚えようとするならば、何度も繰り返さなければなりません。もし、板書を10回書いたならば、授業はそれだけで終わります。第一、子どもは板書しているとき覚えようとしているのでしょうか?ただ写しているだけでは効果は薄いですよね。

 逆に、板書し、それを写させることによるデメリット。

1) 教師が板書しているとき、子どもを見られません。『学び合い』は板書が殆ど無いので、子どもを一斉指導より見られます。

2) 子どもが写してるとき、写すことに集中すると思考が停止します。

3) 子どもが写し終わるまで授業がストップします。低学年では、ノートを書くスピードが極端に違います。遅い子はとても遅い。その子が書き終わるまで、早く書き終わった子どもが待たされます。

ということで意味がありません。だから、『学び合い』ではやりません。

でも、私の初任時代にそれを教えてもらえ、自分でも納得したとしても板書し、子どもに写させるでしょうね。理由は力量の無い私にとってとてもメリットがあるからです。それは自分が板書している時間、そして子どもがそれを写している時間は、何も考えず、何も、何もしゃべらなくていい時間なのです。つまり手を抜けるのです。案外、そんなことが板書が残っている理由かもしれません。

15/02/06(金)

[]群馬の会 22:07 群馬の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 群馬の会 - 西川純のメモ 群馬の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明日、高崎で話します。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20150108/1420667035

 私の本は、多くの方から質問されていることを書いています。しかし、書いていないこともあります。それは聞かれないことです。来年度の夏以降に出る本には、聞かれないようなこと、つまり、聞かれるようなことの先の話をします。ある意味、怖い話です。

[]中越の会 22:01 中越の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 中越の会 - 西川純のメモ 中越の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 2月13日に塩尻で『学び合い』の会があります。お誘いします。http://kokucheese.com/event/index/251247/(最後の方にありますのでご注意を)

[]判別法 21:55 判別法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 判別法 - 西川純のメモ 判別法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 その教材研究が自分の成長のためなのか、子どもの幸せのためなのかを判別する簡単な方法があります。それは、その教材研究によって誰にとってメリットがあるかを考えれば良いのです。一人一人の子どもの顔を思い起こして下さい。そして、フィットしない子どもがいたときに「しかたがない」とか「放課後に対応する(つまり、授業中は対応しない)」と思ったとしたら、それは子どもの幸せを願っているとは言えません。

 子どもという子どもは一人もいません。全ての子どもは必死に生きています。

[]かっこいい 21:47 かっこいい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - かっこいい - 西川純のメモ かっこいい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教材研究をちゃんとやった方が、それを捨てる姿は素敵です。捨てることによって、今まで以上に多くの多様な教材研究を出来るのですから。教材研究を捨てられず、固執する人もいます。違いは、その教材研究の目的にあります。それは自らを成長させるための教材研究家、子どもを幸せにするための教材研究かの違いです。後者は子どもの幸せは何かを再検討し、『学び合い』はそれを求めていると分かれば、潔く捨てられます。今回も、そんな人に会いました。

[]初級編、中級編、上級編 21:39 初級編、中級編、上級編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 初級編、中級編、上級編 - 西川純のメモ 初級編、中級編、上級編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越においでになる方が『学び合い』を質問する場合は、初級編、中級編、上級編の説明を順に説明します。というのは、ちゃんとフォローできるからです。

 『学び合い』を説明する場合、大抵の場合、初級編の説明と中級編の説明は短い言葉にすると真逆になります。例えば、教材研究に対しては初級編は「不必要」と言い、中級編では「必要」と言います。そして上級編の説明をすると、それは荒唐無稽の宇宙言のようになります。

 でも、表現は違っても、その根幹は学校観、子ども観であり、一致しています。ようは子どもの幸せとは何かを考え、子どもと一緒にそれを実現しようとしたらば、方法論はどうすべきか、なのです。ただ、学校観、子ども観の腑に落ち方で、分かる表現のレベルが違います。

 実際の現実で理解しようとすると、中級編までが理解できます。しかし、一度、現実から離れ理論的に考え、それを現実に適用することによって上級編が分かります。それが理論と実践の往還が必要なゆえんです。ただし、現実から出発しない理論では初級編すらも分かりません。

追伸 初級編でうなずき、中級編で目が点になり、上級編では目が泳ぐ。極端に言えば、そうなります。一度分かると、当たり前のことしか言っていないのですが。でも、時間はかかります。私は20年間かかりました。それを1年で分かれと言っても無理です。

[]課題作り・学力向上 21:22 課題作り・学力向上 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 課題作り・学力向上 - 西川純のメモ 課題作り・学力向上 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、アマゾンに明治図書の新刊2冊がアップされました(http://goo.gl/PZIwDw)。

 これによって2月20日に発売になることを知りました。直ぐに手に取りたい方は、近隣の相対的に大きな書店にご注文いただくのが確実です。アマゾンは新刊当初は品切れになる可能性が高いですから。

 さて、あらために宣伝します。

 一冊目は「子どもが夢中になる課題づくり入門(明治図書)」です。『学び合い』をやり始めようとする直前、そして直後に一番聞かれる質問は「課題づくりはどうしたらいいのですか?」なのです。実は本当の答えは「どうでもいい」なのです。でも、それをいきなり言うと意味が不明なので、まずは簡単に『学び合い』の課題を作るテクニックを教えます。その後、子どもの反応を見つつ、課題のツボどころを説明します。『学び合い』をやる前に大事だと思ったことは実はどうでもいいことなのです。その代わり、『学び合い』をやる前には考えたこともない、でも、本当は一斉指導でも絶対にすべきことが大事であることが分かります。そのことは一斉指導だと考えなくても授業らしきものは出来るので意識しないのですが、『学び合い』では絶対に必要なので意識します。このことを意識できることは一斉指導においても大事なことです。

 二冊目は「簡単で確実に伸びる学力向上テクニック入門(明治図書)」です。『学び合い』を1ヶ月も実践すれば人間関係の向上の成果を感じられるのはたやすいことです。そして、一見何もしないと思える授業なのに成績が下がらないことにビックリするでしょう。実は、一斉指導は大多数の子どもにとってあまり意味が無いので、それを無くしても下がらないのです。

 事実に基づく笑い話に、こんなものがあります。ニューヨークの医者がストをしたそうです。ところが、しばらくして自主的にストをやめました。理由は何だと思いますか?

 理由は死亡率です。スト中の死亡率が低下してしまったのです。このままストをし続けると、それが表に出てしまうのでストをやめたそうです。

 さて、下がりませんが、上がらない人がいます。私の本では『学び合い』で抜群に上がると豪語しているのにです。何故でしょう。成績を上げようとして課題をいじくり始めます。そうすると『学び合い』の根幹が揺らぎ、『学び合い』が崩れてしまうのです。

 『学び合い』は成績を抜群に上げることが出来ます(きっぱり)。ただし、そのためには私が本に書いているとおりのことをやって欲しいのです。たいていの人は常識人です。私の本で書いていることを100%はやりません。どこかで「まあ、そこまでは」とストップがかかってしまうのです。しかし、それでは抜群にあげることは出来ません。

 何故学力が上がらないか?それは「学力とは何か?」ということをちゃんと考えないからです。何故考えないかといえば、それが抽象論に陥ってしまうからです。でも、本当の理由はそれをちゃんと考えれば、自分が考えていた「学力」というものがとてもつまらないものであることを分からなければならないからです。

 しかし、学力をあげようとするならば、まずは学力はつまらないものだと認め、それに対する対策をすることが必要です。それさえすれば、抜群に上がります。何故なら、学力を上げる伸びしろが一番大きいのは成績下位層なのです。その下位層を動かす力は教師にはありません。あるとしたら同級生です。だから『学び合い』だと抜群に上がります。

 そして、「学力」はつまらないと分かると、その先の「学力」が見えてきます。それが次の学習指導要領が求めているアクティブラーニングとも一致する学力です。

 従って、この本は入門者用の本であると同時に、中級者用の本とも言えます。

[]本を出すためには 19:43 本を出すためには - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本を出すためには - 西川純のメモ 本を出すためには - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は多くの同志に本を出して欲しいと思います。そこで、ある出版社の編集者に新たな著者を探すのはどうやるかを聞きました。以下の通りです。

1)研究会などで発表された方・もしくはお会いした方のご実践を拝見し、そこからお願いする形。

2)分担執筆でご執筆いただいた原稿を拝読し、「この方の内容・主張をもっと多くの方に広めたい」と感じた場合に、単行本をご依頼。

3)HP(ブログ上)や他社の雑誌で寄稿された文章を拝見し、そこからご依頼

4)著者の先生からのご紹介による場合。内容・テーマにより、可否を検討。

5)持ち込みによる場合。これはほとんど本にならないケースが多いですが。

 いかがでしょうか?まずは情報発信をすることだと思います。出来れば多様な場を見いだして情報発信して下さい。つまり、『学び合い』の会以外に発信の場を見いだして下さい。楽しみです。

15/02/05(木)

[]お客様 19:37 お客様 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お客様 - 西川純のメモ お客様 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 おそらく今年最後の参観を伴ったお客様が昨日から来られています。九州の教頭先生と、来年度から新潟と京都の教師になる学生さんです。参観によって、どんどん分からないところが氷解する様子が表情の変化で分かります。そして、どんどん質問が出ます。本日は5時間近く、質問を受けていました。

 特に、『学び合い』では教材研究が必要か?という質問に対して初級編、中級編、上級編に分けて応えました。一つ一つが一見矛盾するようなことを言っているのですから、それぞれが矛盾していないことを説明するのに時間がかかります。

15/02/04(水)

[]教科教育の人 21:17 教科教育の人 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教科教育の人 - 西川純のメモ 教科教育の人 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 1996年、私が37歳の時、私の実質的な最初の編著である「一般教科教育学序説」という本を書きました。その本では、各科教育学の緩い集団である教科教育学の現状を述べ、教科を横断する教科教育学の可能性を述べました。その時点では、理論的にあるべき姿を述べました。しかし、具体的にどうしたら良いかはハッキリ分かりませんでした。

 最近、昔からの仲間にメールを久しぶりにしました。ある教科に関連する学会の学会長を務める人です。その返信に「西川さんは,教科教育の人になってしまいましたね。」とありました。酔った勢いで書きます。おそらく日本最初の「教科教育の人」は私かもしれません。少なくとも研究者レベルでは。約20年でかつて本で書いたことを実現しました。

[]なりたい教師像 07:24 なりたい教師像 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - なりたい教師像 - 西川純のメモ なりたい教師像 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学教師なので何度も面接を担当しました。今までに「子どもと共に成長できる教師になりたい」という生徒はいっぱいいました。しかし「子どもと共に幸せになれる教師になりたい」という生徒は一人もいませんでした。私は後者です。

[]大事なこと 07:11 大事なこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大事なこと - 西川純のメモ 大事なこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 皆さんは舌を筒状にすることが出来ますか?私は出来ますが、出来ない人もいます。舌に関して言えば、柏餅のように舌を折りたためる人を実際に見たことがあります.私は出来ません。そして、耳を動かせる人もいます。私は出来ません。

 もし、学校で耳を動かせる練習をして、それが出来ることと100点貰えたらどう思いますか?耳を動かせることが一流大学に進学できる必須要件になっていたらどう思いますか?耳を動かすために学校で教え、塾・予備校もあったら・・・。馬鹿馬鹿しいですよね。でも、それと同じことをやっている国が実際にあるんです。どこだと思いますか?

 日本です。

 え?と思いますよね。説明します。

 最初の例で馬鹿馬鹿しさを感じたのは、耳を動かせることがどうでもいいことだと思っているからです。それに特別な意味を与えているから馬鹿馬鹿しいのです。しかし、耳を動かせることはサルの時代には生きるための必須要件だったんです。敵がいないか、獲物がいないかを素早く判断するには、耳を動かすことが大事だったんです。ところが、それが必要なくなったから退化した、その退化が進んでいない人が耳を動かし、舌を動かせるのです。しかし、今の時代にそれが役立っているわけではないのです。

 では、今学校で教えていることの中で、本当に役立つことって何でしょうか?例えば、足し算・引き算がレジでバーコードで読み取る時代にどれほど大事でしょうか?学校で学ぶことはそれほど大事では無いことを、大人、そして教師も知っていることを学術的に明らかにしたことが私はあります。

 出来た方が良い。それは否定しません。しかし、それによって子どもの大事な時間を奪うだけの価値があるかを考えるべきです。特に、それが出来ない子どもに出来ることを求めることに疑問を持ちます。特に、特別な支援を必要な子どもにそれを求め、駄目な子というラベルを貼ることに犯罪的だとさえ思うのです。

 特別な支援を必要とする子どもに何が大事か?周りの人が出来るからといって、それだけの理由で、社会に出てからそれほど必要でないことを学ばせることに何が意味があるのだろうかと思うのです。むしろ、その子の出来ることは何かを探ることに時間を費やし、その子が社会で生きるための役割を与えるのが大人の役割だと思います。

 もちろん出来なくて困ることがあるでしょう。でも、出来ないのですから。耳を動かせるか否かは遺伝の問題です。私に耳を動かせといわれても、無理です。出来ないものは出来ないのです。では、どうするか?人と繋がれれば何とでもなります。大事なのは人とのつながりなのです。

 もう一つ別なことを書きます。

 『学び合い』を実践したら、専門家が知的な障害と認定した子が算数で100点をとるようになったのです。今から十年ぐらい前の研究です。その頃の私はにわかには信じられませんでした。知的な障害があっても、社会や国語や理科の場合、ド暗記で何とか出来る部分があるので点数上昇があることは知っていました。しかし、算数でも出来ることにビックリしました。でも今は分かります。今の教育が健常児を特別支援学級に追いやっているのです。今の教育に会わない子は全て特別支援学級に追いやっているのです。怖いことです。私も小学校3年生まで知的障害だと思われていました。

 私は特別な支援を必要とする子どもの将来を本気で思っている保護者と教師に、今までとは違う可能性を知って欲しいと願っています。もちろん、『学び合い』は魔法ではありません。出来ることもあれば、出来ないこともあります。でも、『学び合い』を通して、安易に人を見捨てない社会を構築できれば、それはみんなの幸せに繋がると確信しています。

 昨日、「『学び合い』で「気になる子」のいるクラスがうまくいく!」が発売されました。この本の売りは、私以外の方が書いている部分です。そして、私に関しては、本の最後の部分が売りです。涙を流しながら書きました。

[]長崎の会 05:54 長崎の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 長崎の会 - 西川純のメモ 長崎の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週の土曜日に長崎で『学び合い』の会があります。お誘いします。

2月7日(土)14時半~16時半ぐらい

場所 諫早駅 ミスド集合(満員の場合は、売店前)

内容 『学び合い』情報交換

    フリートーク(話したい内容がメイン♪)

ご希望の方は、以下のメールアドレスに連絡をください。

tomomi4011☆gmail.com

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15/02/03(火)

[]節分 22:01 節分 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 節分 - 西川純のメモ 節分 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家に帰って、息子と風呂に入り、食事です。

 まずは恵方巻きを無言で食べました。太くて長い巻物を一気に食べると、それだけで腹がバパンパかパンです。食べ終わってから、鰯やシジミ汁等を食べました。息子はヨーグルトを冷蔵庫から持ってきて、私の膝の上に座って食べます。小さい頃からずっとです。最近は膝の上に座る息子の頭は私の頭より上に来ます。

 年の数だけ豆を食べました。小さい頃は豆の数を数えるのも、それを食べるのも一瞬です。ところが数え年で56粒の豆を数えるのも、食べるのも時間がかかります。

 例年通りの節分が終わりました。あ、明日から春だと言うことで、菜の花の料理もありました。

[]褒めてあげたい 22:01 褒めてあげたい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 褒めてあげたい - 西川純のメモ 褒めてあげたい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は一日出張で大学を不在です。明日から3日間はお客様が来ます。しかし、その中で文部科学省に出さねばならない書類、それも他の人の分の書類も含めて膨大に書かねばなりません。それも大急ぎで。そして、その合間に某雑誌の原稿を書き上げました。ということで、本日は朝から夜まで、1時間半のゼミと三十分の昼食以外は、書きに書きまくりました。帰る頃にはフラフラです。

 これで、やっと一息つける。

 もちろん、やらねばならない仕事はまだあります。だた、超特急の仕事に追われるのは疲れます。

 自分を褒めてあげたい。

15/02/02(月)

[]セオリー 21:44 セオリー - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - セオリー - 西川純のメモ セオリー - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日はゼミ生の飛び込み授業の鞄持ちで遠方に出張しました。実に出来が良い飛び込み授業です。ゼミ生はきわめて正しくセオリー通りに動き、子どもたちはセオリー通りに変容します。安心できますし、誇らしかった。

 ただ、今回の飛び込み授業のクラスが驚異的に良いクラスだったので、ゼミ生の力量、『学び合い』のセオリーのすごさを100%を出せなかったのが残念です。もの凄く、簡単すぎるのです。日頃の先生方の指導が行き届きすぎていました。あはははは

追伸 地域の美味を堪能しました。

15/02/01(日)

[]専門実践教育訓練給付金 19:25 専門実践教育訓練給付金 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 専門実践教育訓練給付金 - 西川純のメモ 専門実践教育訓練給付金 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今から書くことは最終的にはハローワークでちゃんと調べて下さいね。細かい規定が色々あるのですから。ただ、ザックリと紹介します。(ただし、素人が調べた範囲内ということを理解して下さい)

 専門実践教育訓練給付金というのをご存じですか?最近出来た制度です。厚生労働省が雇用の安定を狙った制度で、指定された教育訓練施設で勉強する学費等の一部を補助する制度です。

 今までにもあったのですが、今までのは最大10万円の補助なのですが、専門実践教育訓練給付金は上限が大幅にアップされたのです。そして、これは大学院の場合は専門職大学院しか指定を受けられず、現在、その指定を受けている教職大学院はごくわずかです。そして本学教職大学院が指定を受けたんです。

 ただし、これを受けられるのは雇用保険を2年以上受けた人しか可能性がないのです。公的機関や公立学校は雇用保険に入っていないので駄目です。逆に言えば、民間企業や私立学校の場合は可能性があります。(あくまでも可能性ですよ。受けら得るかどうかはハローワークに問い合わせ下さい)

 じゃあどれぐらいの補助が得られるかと言えば、ざっと計算すると上越教育大学教職大学院で2年間学んだ場合は約54万円の補助が得られる計算になります。さらに、修了後に雇用保険のある職場に就職した場合は27万円が加算されるんです。繰り返しますが、お金に関わることですから、自己責任で調べて下さいね。

 私のゼミにも、上記の資格を持った人が所属し、修了しました.その頃からあったらよかったのに、と思います。が、今後はこの恩沢に浴せる人が増えると良いなと思いました。

 もし、民間で働いて教育の大学院で学びたいと思う人には朗報だと思います。ただし、本学教職大学院は免許を一つは持っていることが入学の基礎要件です。私のゼミでも中高の免許を持っていて、入学後に小学校の免許を取得し、現在、小学校の教員として勤めている子はいます。しかし、その子も中高の免許は持っていたんです。もし、免許の全く持っていない民間企業で働いた人の場合は、本学の免許プログラムがお勧めです。その場合は上限10万円ですが、その様な人を補助する制度があります。ハローワークに相談することをお勧めします。

 取り急ぎ、第一報です。お子さんやご親戚にその様な人がいたら、ハローワークで調べることを勧めて下さい。

[]本質 10:21 本質 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 本質 - 西川純のメモ 本質 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に対して、「『学び合い』では教科の本質を教えていない、問題の解き方を覚えさせているに過ぎない」という批判をする方がいます。そのたびに、「この人、教科の本質が何かを分かっていないんだろうな~」と思うのです。

 ロマネコンティを100倍に希釈して飲ませて、ワインのなんたるかを分かるでしょうか?モナリザの微笑みの5cm四方を鑑賞してモナリザの何が分かるでしょうか?分かるわけありません。

 研究者ならざる人が、その教科の本質を学べるとしたら大学です。それも卒業研究でその道の先達の指導の下で2年間ぐらい徹底的に絞られて、はじめて、その片鱗を感じられるものだと私は思っています。それを学んだ人であるならば、現状の授業で教科の本質の片鱗のかけらでも与えられるとは思わないと思います。

 私は少なくとも中学校や高校ではそれを与えたい。しかし、それを実現するには内容を大幅に変えなければならない。少なくとも大学でやっているように、数学はデデキントの切断公理あたりから始める必要があるし、物理はファイマン物理を使うべきだ。とにかく大学でやっているような勉強を中学生にすべきです。しかし万人がそれにフィットするとは思えません。だから、現状の単線型学校教育制度を複線型に変更したいと思うのです。

 我々の持つ能力は多様です。現在、学校教育のテストではかれる能力というきわめて狭い能力で、多感な子どもたちが評価され続けている。そんな馬鹿馬鹿しいものを取り外したい。

 だから「『学び合い』では教科の本質を教えていない、問題の解き方を覚えさせているに過ぎない」という批判をする方に対して微笑みを禁じ得ません。

[]何で? 09:54 何で? - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何で? - 西川純のメモ 何で? - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「何で生きるのか?」、「なんで学校で○○を勉強するのか?」という疑問には若い頃は応えられませんでした。でも、今は「自分」の解答を得ています。

 若い人に「なんで生きるのか?」と聞かれたら「幸せになるため」と即答します。それができるのは「幸せとは何か?」の解答があるからです。それは「家族仲良く生きること」です。そのために必要なのは「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決する能力」が必要であると考えています。だから、「なんで学校で○○を勉強するのか?」に対する解答も出来ます。それが『学び合い』です。

 「なんで学校で○○を勉強するのか?」と多くの子どもに聞かれました。その答えを探しました。その頃の私は、教科の内容からそれを探し出そうとしました。多くの研究者は今もそうやっています。しかし、そこには答えはありません。少なくとも全ての子どもを納得する答えはありません。そして納得しない子どもが、教師の悩みの8割以上を生み出します。

[]アンドラ 09:54 アンドラ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アンドラ - 西川純のメモ アンドラ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、息子は理科の問題を解いています。頭をかいたり、背伸びをしたり、う~んっとうなったりしています。そしていっこうに手が動きません。

 そこで、「おまえはアンドラという国を知っているか?」と聞きました。私の予想では「分からない」と言うはずでしたが、さすが我が息子、アンドラがフランスとスペインの間にあるミニ国家であり、その国の首都名、人口、税金、郵便制度をすらすらと言いました。あっけにとられました。しかし、その元首までは知りませんでした。そこで元首がフランス大統領とウルヘル司教であることを述べました。(私は息子以上の地理オタクですから)そこで「もしアンドラの元首は誰か?という問題があったとき、頭をかいたり、背伸びをしたり、う~んっとうなったりするか?しないだろ。今、解けない問題があったとしても、それはおまえが電流を分かっていないからではない。単に問題のパターンを知らないだけだ。そんなのをしても時間の無駄。じゃあ、アンドラの元首は何か?という問題が出たらどうする?」と聞きました。息子は「答えを見る」と応えました。私は「そうだろ、時間の無駄はよせ。こんな問題、理科の本質とは何ら関係ない。単なるクイズであり、パターンに過ぎない。じゃあ、単にパターンを覚えるだけだ」と言いました。

 私は理科教育の専門家です。専門家だから、実態としての教育、特にテストの実態を看破しただけです。