西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/11/17(月)

[]11月7日 16:56 11月7日 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 11月7日 - 西川純のメモ 11月7日 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 11月7日に「大学院に専攻ごとに置くものとする教員の数について定める件の一部を改正する告示について」という通達が文科省より発しました。実に穏やかな名前ですが、教員養成系学部に身を置くものにとっては、激震です。まあ、来るであろうことは分かっていましたが、詳細を読むと初めて分かるものもあります。

 私のように単科大学の場合は良いですが、医学部と一緒の総合大学にある教員養成系学部の人たちのことを思うと、察してもあまりある。血の雨が降るのだろう、と思います。

 が、ネット検索してもヒットしない。私の告示の読み方が誤っているのだろうかと思います。大学院のある教員養成系学部の准教授の人にとっては自分の人生に関わることなのに、と思いました。気づいていないのかな?そんなわけないよな?

 大学の教師以外には関係ないことです。

[]特別支援本 06:41 特別支援本 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 特別支援本 - 西川純のメモ 特別支援本 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、特別支援の本のゲラチェックをしています。

 その本を一緒に書いた方からメールが来ました。それを読んで分かりました。私にとっては当たり前のことで、特別支援の世界では画期的なこと。メールの該当部分は以下の通りです。

障害名にこんなに

拘らない特別支援教育の本があるでしょうか。

ないです!

診断名なんて、本当はいらないんだと思っています。

[]知らなければいけないこと 07:12 知らなければいけないこと - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 知らなければいけないこと - 西川純のメモ 知らなければいけないこと - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生からは何度も「教師は一人一人の子どもを理解しなければならないと思いますが、『学び合い』ではどうなんですか?」と聞かれます。その度に「一人の教師が数十人の子どもを理解できるわけはないし、理解しても対応できない。だから無意味。結局、目立った数人の子どもの情報だけを得ることになる。そして、知っても何も出来ない情報を得ることによって心が揺らぎ、方針がぶれる」と応えます。そうすると「じゃあ、教師の仕事は何ですか?」と聞かれます。私は「個では無く集団に寄り添い、それを見取ること」と応えます。そうすると「具体的にどのように集団を見取れば良いのですか?」と聞かれます。私は「いろいろあるけど、まずはテストの点数の分布で分かる。テストの点数分布の分散は集団の凝縮力をしめす。もし分散が小さいならば、テストの平均点は集団のレベルを示す」と応えます。この問答が何度も繰り返します。このあたりが腑に落ちるのは時間がかかるのだと思います。

 このあたりを理解するのは特別支援教育で頑張っている人にはさらに困難になります。なぜならば、対象としている子どもは数人で、中には一人です。寄り添おうとすれば寄り添えるし、そして対応も出来る。だから、特別支援教育の世界の人に、「個では無く集団に寄り添い、それを見取ること」と言うことはその人の全てを否定するように思われてしまいます。事実、今度の特別支援教育の本を一緒に書いた人も、最初に『学び合い』に接したときは怒りを感じたと書いてあります。そうでしょうね。

 今の特別支援教育は医療の意味合いが強い。今の障害をなんとかしようと頑張っていますが、その子の人生をあまり考えません。少なくとも、その子が三十歳、四十歳、五十歳、六十歳になったときに何が必要なのかを考えていないように思います。特別支援学級で育った人がそのような年になった時に、その親にインタビューをしました。その親たちは、学校教育に対して絶望しています。そして「在学中は手厚いのに、出たら、誰も助けてくれない」と言います。この親に対して特別支援教育で頑張っている方々はなんと応えるのだろうか、と思います。

 私は特別支援教育で頑張っている方々に、「一生涯」の視点を持ってほしいと願います。その視点に立てば、大事なのは四則演算の能力では無く、仲間であることは自明だと思います。だから特別支援を必要な子どもの診断名を知るべきは教師では無く、子どもたちなのです。その子どもと一生涯つきあうであろう、子どもたちなのです。子どもたちが好きなアニメは何かを話すように、自分の診断名を語ることが出来るクラスに育てたい。そして、健常児と分類している子どもも、その診断名と同じレベルに、自分が忘れ物が多い、トマトが苦手と語ってほしい。

 そんなクラスに育てるためには、クラスにいる子どもの診断名にかかわらず、「一人も見捨ててはいけない」(ま、表は様々でいいですが)という方針をぶらさずに求め、語れる教師である必要があります。

 ということで、『学び合い』で特別支援教育の本を作れば、診断名の扱いがものすごく軽くなるのです。どんな診断名の子どもがいても、やることは同じですから。