西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/10/01(水)

[]困ったな~ 07:37 困ったな~ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 困ったな~ - 西川純のメモ 困ったな~ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 書かない方がいいな、と分かっているのですが、書いてしまます

 問題解決学習課題解決学習、あれは生活体験を対象としている限りは、子ども全員が参加できますしかし、教科内容を対象としたならば、「絶対」に一部の子どもたちが活躍し、その子と教師との会話がほぼ全てを占める授業になります大学の附属学校だったらば反乱は起こりません。しかし、一般校では反乱が起こります。附属学校で成り立つ論理を一般校に持ち込む、困ったことです。勝ち組が、かつての自分モデル教育を考えてしまうからです。

追伸 附属学校でも早晩、反乱は起こりますが。

[]時代 07:24 時代 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 時代 - 西川純のメモ 時代 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 かつてソ連アメリカに先駆けてスプートニクという人工衛星打ち上げました。アメリカ中は、いつ宇宙から攻撃を受けるのではないかと恐れました。スプートニクショックと言いますソ連科学技術で負けないようにと科学教育に膨大な予算を与える国防教育法という法律が成立しました。それがため1970年代には革命的なカリキュラム開発が行われました。

 しかし、ソ連アメリカよりも早く人工衛星打ち上げられたのは、ソ連科学技術教育が優れていたわけではありません。当時のソ連教育はかなり悲惨ものだったと私は理解しています。それでは何故出来たか?それは、ナチスドイツ降伏時に、ミサイル専門家ドイツから連れてきて研究させたからです。しかし、それは、その道の専門家はよく分かっていました。分かっていたが、ソ連教育が優れている証拠だと利用し、多額の予算を獲得した人たちがいるのです。

 私が理科教育学で頑張っていた時の話です。その大会院生と参加しました。その大会では認知研究が中心に位置づけられ、良いポジションで発表が出来ました。院生さんから西川先生は何故、今後は認知研究が主流になると分かったのですか?」と聞かれました。私は満面の笑みをたたえて「主流になることを予想したのではなく、主流にしたんだよ」と応えました。

 当時、私は三十代半ばでした。その頃の理科教育学教育学の流れをくむ教育史と比較教育、そして教材開発が主流でした。そして認知研究異端であり、迫害を受けていました。そこで、同年代の生きの良い研究者グループ作りました。そして、個々独立でやっていた研究認知研究という旗印の下で発表しました。生きの良い研究者が5人で発表すればかなり目立ちます。そして、いつの間にか、異端であった認知研究が主流の位置についています。当時の仲間はそれぞれの分野で学会レベルポジションについています

 なお、その前にも戦いがありました。理科教育学研究の中で、千人レベルデータに基づき、統計分析をちゃんとした学術論文は、私の修士論文学会誌投稿したもの最初です。今では量的分析常識になっています

 今、3度目の戦いです。

 今度の戦いは、理科という教科だけではなく教科学全般であり、それ以外も戦場となります。それも理屈データが正しければ通るという学術世界ばかりではなく、実践世界戦場となりますしかし、今回の戦いにおいて一緒に戦ってくれる人が多いのが心のよりどころです。大変な戦いですが、私は負ける気が全くありません。その根拠は、民主化し、豊かになった日本において、一人の教師が数十人の子どもを教えるという現状の教育は成り立つわけありません。早晩、泣きつく以外に道はありません。ようは、そこに至るまでの時間をどれだけ短縮するかです。

 日本の子もの2割は地獄の苦しみの中にいる。それ以外の子どもは2割の子どもが苦しんでいることを見捨てて、毎日勉強している。そして全体の2、3割の子どもは学校馬鹿にしている。この子たちが反乱するのは目に見えています

 現状の教育議論の多くが、フランス革命における貴族論理のように思えるのです。「パンが食べられなければ、ケーキを食べれば良い」というような論理です。苦しんでいる子どもが、何を苦しんで切るかが分からず。かつての自分モデルにして、改善策を考えている。

[]最初の思い出 06:02 最初の思い出 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最初の思い出 - 西川純のメモ 最初の思い出 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、ふと私のもの心ついた最初の思いでは何かを考えました。思い出の中に出てくる周囲の状況は私が3、4歳頃まで住んでいた家の前の歩道です。真っすくに延びた歩道を見ながら「今って何だろう」と考えていた自分を思い出します。「今」と思っているそばから過去になる「今」。しばらく考えてみました。おそらく解決出来ない問題だったので記憶に残ったのだと思います