西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/09/13(土)

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 ゼミに所属して1年間ぐらいのゼミ生たちの質問は、私が本に書いていることばかりです。当然です。『学び合い』は既に多くの人が実践し、その人たちのお悩みは私のところに集まり、私はアドバイスします。だから、私の頭の中には膨大な事例が入っています。この情報に関しては、他の人とは二桁違うと自負しています。それらは見事に同じです。『学び合い』はもの凄くシンプルです。学校段階によらず、教科によりません。ホモサピエンスの本能に由来しています。だから、実践して起こることは非常に安定しているからです。そして、それに対する対応策もシンプルです。おそらく、『学び合い』を実践して困ることは全て出尽くしています。そして、その対応策も出尽くしています。だから、教師の『学び合い』に関しては『学び合い』ステップアップという一冊で書き尽くせますし、合同『学び合い』に関しては『学び合い』ジャンプアップという一冊で書き尽くせます。教科や学校段階や子どものタイプによって変わるものだったら考えられないことだと思います。

 ゼミに所属して1年間ぐらいのゼミ生の質問も本に書いていることばかりなのは当然です。そこで、ゼミ生の質問に応えた後に、笑いながら「本に書いてあるけどね」と言いました。そうすると、あるゼミ生が「そう言われると質問できなくなります」と言いました。そこで慌てて補足しました。本に書いてあり、読んでいても、それがすくに分かるわけではありません。そこに書いていることを自分の問題場面に置き換えるためには経験が必要です。理論が血肉を伴うには、経験が必要なのです。だから分からなくて悩んでも当然で、それに対して具体的な事例のアドバイスが必要なのです。

 だから、世に溢れている教育本の圧倒的大多数は、直ぐ使える料理本のようなものです。でも、現状の教師の忙しさからは致し方ないものです。しかし、事例をいくら覚えても理論が無ければ覚えていられません。そして、自分の持っていない問題場面では手も足も出ません。その様な時に理論が必要です。理論があれば、どんな問題場面でも、対応策を考えることが出来ます。現状の教育本の多くが残念なのは、その理論が整理され明示されていない点です。そのため、いくらそれを覚えても理論が構築できないのです。横に広がるだけで、積み上がらない。

 ちなみに『学び合い』だけができる、オールマイティの対応策があります。普通、問題が起こると、教師は一人で悩み、一人で解決策を考え、それを一律に子どもたちに課します。でも、子どもは多様で流動的です。だから見栄えは良くなりますが、本質的な解決にはなりません。結局、本人たちがその問題を解決しようと思わなければならないのです。『学び合い』の解決策は、子どもに率直に問題点を語り、解決する意味を語り、まかせ、評価する、というものです。ただ、これが本当に機能するには「一人も見捨てない」ということが徳ではなく得であることを、集団の2割は確信し、6割は確信した2割の子どもが正しいだろうと確信する必要があります。そのためには「多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決する能力の獲得が学校教育の目的である。」という学校観が分かっていないと駄目です。なぜなら、それが出来ていないと、毎時間のことで一喜一憂してしまい、中長期で解決することが出来ません。とりあえず見栄えの良いようにしたいという誘惑に負けてしまいます。そして、「子どもは有能である」という子ども観が必要になります。もちろん「子どもは有能である」と言う教師は少なくありません。しかし、理論が無い。『学び合い』は個々人のレベルで言えば、愚かな子どもも、性格的にゆがんだ子どももいると多くの教師が思っているように思っています。しかし、同時にそれと同じ数だけ、賢明で優しい子どももいることを知っています。そして、その子を中心とした集団をつくれば、教師を超える有能性を発揮することを知っています。

 『学び合い』を批判する人の中に、患者が100人集まっても医者がいなければ駄目だ、という論を立てる人がいます。その方々が誤っているのは、現状の子どもが何を悩んでいるかということです。現状の子どもが悩んでいることの圧倒的大多数は子どもでも解決出来ることです。先の医者・患者の例で言えば、患者の圧倒的大多数は「バランスの良い食事と十分な睡眠」で直るのです。問題は、それをやり続けるのが大変なのです。そして、それをやり続ける方法は周りの人からの声がけなのです。つまり、医者よりも周りの患者の声がけが有効です。

 という理論がないと「子どもは有能である」という言葉が空虚になってしまいます。ちなみに上記に関して、『学び合い』は実証的データで保証し、それらは学術論文にまとめられています。その点が、『学び合い』の独自性です。