西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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本格的にトライする人も多くいると思います。その際、人とのつながりが大事です。身近にいる人と繋がれるとありがたいですよね。『学び合い』を実践される方は、『学び合い』マップ(https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zDInXkSSxyO4.kNDji5uDNm0Y)に、是非、登録下さい。登録は、『学び合い』マップ登録フォーム(http://form1.fc2.com/form/?id=77081b4d4f40dd2f)から出来ます。  「私なんて、人になんか教えられるレベルに行っていない」と思う方へ。だからいいんですよ。一番知っている人が、一番の教え手ではないことは『学び合い』を実践しているならば、子どもを見れば分かるでしょ。それに、教える必要はないのです。共に学び合えばいいのです。いや、愚痴を言ったり、笑ったりする、それでいいのです。  是非、一人でも多くの人がマップに登録下さい。強く、強く、お誘いします。

14/09/30(火)

[]バカ 22:03 バカ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - バカ - 西川純のメモ バカ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日、あるバカから電話が来ました。教員採用試験に合格したそうです。そのバカは教員になりさえすれば、子どもたちを育てられるし、職員室の大戦力になることは、確信しています。しかし、教員採用試験の勉強はしそうもないし、そしてバカなのです。だからなかなか合格しなかった。それが合格した。よかった。その子はもちろん、その子を合格した県もです。抱っこして、ナデナデしたかった。

 何度も書きましたが、私はバカが大好きです。

追伸 合格の報告を聞いた後、最初に言ったこと。結婚と子作りに直ぐに邁進しなさいです。これは私のゼミ生だったら分かることですよね。

[]囲碁 21:35 囲碁 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 囲碁 - 西川純のメモ 囲碁 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ゼミ生に語ったことです。

 ゼミ生は色々な悩みを言います。大抵は身近な身近のことです。私は承って、アドバイスをします。そうすると、その身近での状況を事細かく話し始めます。

 私が言うのは、以下の通りです。

『あなたの身近で何をすべきかは私ではなくあなたしか分からない。私は可能性のある解決策を喋るけど、それを採用するかしないかはあなたが決めればいい。だって、あなたの身近のことはあなたの方が絶対に分かるから。だから、私の喋っていることのどこを使い、どこを無視するかはあなたの判断でやっていいよ。あなたの判断を信じている。だけどね、あなたはあなたの身近のことしか考えていない。あなたの身近なことで解決出来ない時、それでもあなたの身近なことの解決に拘っても解決策は見いだせないだろう。どうするか、もっと広い立場で物事を見るべきだ。身近な問題に関して、考えら得る対処療法はしてもかまわない。しかし、大きな視点で考え、解決策を考えなければならない。

 あなたの問題を本質的に解決するには、あなたの学校ではなく、あなたの市町村を変えねばならない。あなたの市町村を変えるためには、あなたの県をかえねばならない。あなたの県を変えるには日本を変えるしかない。私の言っていることは抽象的に感じるかもしれない。でも、それ以外に出口はない。では、どうするか?それは日本中の志の高い人と付き合って、市や県を変える良い悪巧みをするしかない。例えば・・・』(以降、やるべきことをアドバイスしました)

 多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決すること、この子どもに語っていることは、今の自分においても真理なのです。

 私は囲碁が好きです。局面で負けそうになっても、それを捨て、盤面全体に目を転ずれば色々とできることはあります。そして、それをやれば難攻不落だった局面が変わります。

追伸 そのあと、学校の問題を県レベルにとらえなおすと出口があることを具体的に示しました。ただし、即効性はありません。しかし、可能性が高い。そして、即効性の高い方策はないのですから。

14/09/29(月)

[]越後『学び合い』の会 21:16 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ 越後『学び合い』の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今週末の10月4日に上越で越後『学び合い』の会が開かれます。

 土日に全校『学び合い』を参観できることはなかなか出来ません。この会では、『学び合い』を実際受けている子どもと自由に話せます。是非、おいで下さい。強烈にお誘いします。http://kokucheese.com/event/index/191346/

14/09/28(日)

[]攻撃 21:18 攻撃 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 攻撃 - 西川純のメモ 攻撃 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 第三者からもよく分かるある人を攻撃する人がいます。気持ちは分かります。私を攻撃する人も含めてです。そして、可哀想だな~と思います。自分が直接攻撃されていない個人を攻撃するのは生物学的には異常です。おそらく、自分の現状の不満を別な人にぶつけて合理化したいのだろうなと想像します。

 それを継続している人がいます。気持ちは分かります。私を攻撃する人を含めてです。そして、愚かだな~と思います。攻撃する人は、自分が攻撃された時にどうなるかを考えていません。だから、自分が個人特定される攻撃されると激情し、自壊します。論争の勝敗は、自分の味方ではなく、自分の敵ではなく、どうでも良いと思っている中間層なのです。そのためには品良くやらねば。

 幸い、私を攻撃する人は下品なので、ありがたい。一番良いのは、個人特定する攻撃をやめれば良いのに。ま、感情が前に出て、自己コントロール出来ないのですから、しかたありません。

[]仙南の会 20:53 仙南の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 仙南の会 - 西川純のメモ 仙南の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 10月29日に大河原駅ちかくで『学び合い』の会があります。http://manabiai.g.hatena.ne.jp/g5o0t9o9/20140928

[大事なこと]道徳 17:41 [大事なこと]道徳 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - [大事なこと]道徳 - 西川純のメモ [大事なこと]道徳 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本屋に行って教育関係の棚を見ると、今のトレンドが分かります。おそらく、何段も道徳関係の本が置かれていると思います。この状況は数年前ならば考えられない状況だと思います。私は1990年代を思い出します。

 総合的な学習の時間は平成12年(2000年)に本格的に導入されました。それを見据えて、総合的な学習の時間の実践研究の発表会が日本全国の先進的な学校で行われました。そこには全国の教師が集まり大盛況でした。書籍も多く出版されました。今の道徳のレベルではありません。大型書店の場合、本棚一つがまるまる一つ総合的な学習の時間関連の本で埋まりました。私の勤務する上越教育大学は全国から現職教員が大学院生として派遣されました。そして多くの教師が総合的な学習を研究しました。

 さて、今はどうでしょうか?中型レベルの書店の場合、総合的な学習の時間の本を見いだせないと思います。ICTや小学校英語に総合的な学習の時間の名残を見いだすことは出来ますが、総合的な学習の時間として前面に出された研究会が最近あるでしょうか?

 1990年代の総合的な学習の時間の隆盛は、朝鮮戦争による特需のようです。ところが今の道徳はバブルのようです。つまり実態があまりなく、一部関係者の「これからは道徳だ!トレンドだ!」という声は騒がしいですが、それに伴った実態がありません。何故でしょう。それは、「総合的な学習の時間」は耳慣れない言葉で、何をして良いのか分からないのに対して、道徳は以前からやっていました。

 教科化と言っても、多くの教師にはぴんときません。「検定教科書の使用」、「評価観点」、「教員免許」のいずれも、どうなるかハッキリしません。そして、現職教員にとっては、そう言われたら、それに対応すればいいレベルのことです。強いて違いを挙げるとしたら、今まで他の時間に置き換えていたけど、それを時間数だけしっかりと道徳をやること、と思っているのだと私は思います。だから強いて今必要なのは直ぐに使える教材のストックです。

 皆さん知っていましたか?今、世の中に出版されている道徳関係の本の中で、商業的に成功した本は殆ど無く、一つのシリーズが一人勝ちの状態です(おそらく、どのシリーズかは分かりますよね)。これが現状の道徳がバブルであって特需で無いと思うゆえんのことです。

 これまた意外だと思いますが、西川ゼミでは十年ぐらい前から『学び合い』道徳を研究し、実践しています。『学び合い』は教科学習を中心のフィールドとしています。理由は頻度は高いですし、評価がハッキリできる点です。しかし、限界もあります。それは内容が教科の内容である点です。そのため、人の生き方、人格の完成を大きな視点で俯瞰するには縛りが大きい。『学び合い』道徳は『学び合い』の教科の『学び合い』の基礎の上に、大きく花開くものだと私は思っています。

では、どうするか?

 現状の道徳のニーズは、直ぐに使える実践例集です。しかし、『学び合い』を全面的に取り入れ、その基礎の上に年間を通して『学び合い』道徳をする人は殆どいないと思います。しかし、教科における『学び合い』には抵抗はあるけど、道徳の『学び合い』だったら「あり」と思う方は少なくないと思います。そして、道徳を 全面的に『学び合い』ではやらなくても、たまに取り入れるのだったらOKという方は少なくないと思います。

 だから、現状既にやっている道徳の実践を、『学び合い』の手法で簡単に新たな実践に変換でき、かつ、今までには見られない子どもの反応が生まれることを分かってもらえるような情報が世の中に必要なのです。

 総合的な学習の時間は、「総合的な学習は何を育てたいのか?」、「遊びとどう違うのか?」、「教科の時間を削ってもやる必要があるのか?」という批判を受け時間数は削減されています。それは道徳の時間も同じように問われるでしょう。しかし、我々にはそれに対する応えがあります。それが学校観です。それを心ある道徳の実践者に伝えたいと願っています。

14/09/27(土)

[]神が降りてきた 10:48 神が降りてきた - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 神が降りてきた - 西川純のメモ 神が降りてきた - 西川純のメモ のブックマークコメント

 数日前に、三つの出版社の方と、6つの新企画の話を進めています、と書きました。

 今度「クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門(http://goo.gl/JGaMG4)」が出ますが、それを下支えする本が本年度中に4冊あり、既にゲラチェックを終えています。そして、その続編の原稿が2冊分書き終えています。

 その他にも1冊が1ヶ月以内にゲラチェックになるはずです。

 1冊は原稿は全て渡してあり、全体の調整に入っています。

 1冊の企画案は出して、GOのサインを頂きました。

 その他に2冊の企画案があり、編集会議の判断待ちです。

 その他に腹案が二つほどあります。

 ということで、現状では他の人の反応待ちで、私の方はやり尽くしました。ということで、私は仕事に追い立てられる状態を脱し、待ちの状態になりました。

 自分でも恐ろしいのですが、4日で1冊の本を書き上げました。(もちろん推敲には数ヶ月かけます)

 とにかく『学び合い』はシンプルなセオリーであるので、どんな教育上の「名詞」でもものを言えます。それもかなり斬新な切り口で言えます。そして表現の多様性を考えれば無限に書けます。

 が、4日で1冊を書くのは私でも相当疲れます。早く、私が書かなくても良い状態になりたいと本心から願います。そのために、色々やっているところです。

14/09/26(金)

[]教師の立ち位置 22:22 教師の立ち位置 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の立ち位置 - 西川純のメモ 教師の立ち位置 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日のゼミでゼミ生に語ったことです。

 ゼミ生が様々な疑問を私に聞きます。その疑問の多くは、その授業を良くするレベルです。私の返答は、そもそもその授業は何のためにあるかを問います。そして、それから考えてどんな授業をするべきかを語ります。それが繰り返されます。

 急流下りの舟をコントロールするには、その急流よりも早く船を進ませねばなりません。子どもたち集団をコントロールするためには、子どもたちより教師は優れており、そしてコントロールしなければならないのです。ここは多くの教師が納得するところです。しかし、そこから先が違います。私は集団をコントロールするには、その集団のトップレベルの子どもに教師は常に勝っていなければならないのです。多くの教師はそれを安易に出来ると思っている。

 小学校の教師は全科担当です。では、日本中の教師の中で全ての教科で子ども集団のトップの数人を勝ることは出来るでしょうか?理科・社会・英語の場合はかなり危ういと思います。中学校・高校の場合、入試問題を解けるか否かだったら危うい教師は少なくありません。

 『学び合い』では、「一人も見捨てたくない」という願いを、どんな状況でも常に維持できる、踏ん張れるという点で教師は勝ることが出来ると考えています。そして、今日の授業、せいぜい、上級校への受験レベルの視野しか無い子どもに対して、10年、20年、そして50年先の未来の幸せを考えられる教師は、絶対に勝ります。

 その点で、クラスのトップレベルの子どもが信頼してくれれば、クラスの世論が教師を支持します。だから、教師の職能とは、子どもに負けるかもしれない成績中もしくは中の下に合わせている授業に関する能力では無く、子どもが絶対に勝てないところにエネルギーを費やすべきだと語りました。

14/09/24(水)

[]就職してからはじめて 22:05 就職してからはじめて - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 就職してからはじめて - 西川純のメモ 就職してからはじめて - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は仕事を早め早めに終わらせ、どんどん進ませます。そして仕事に追い立てられるのが嫌なので、もの凄く仕事が早い。

 しかし、今、三つの出版社の方と、6つの新企画の話を進めています。どの方も誠意ある方で、とびきり能力のある方です。だから、絶対に誠意を尽くし、結果を出したい。ということで大学に就職してからはじめて仕事に追われています。ある意味、新鮮です。しかし、1冊6日で書ける普段のスピードの、3割増しで頭が働きます。これも新鮮です。忙しいですが、パンクする予感は0%です。

14/09/23(火)

[]成長 22:30 成長 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成長 - 西川純のメモ 成長 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今、書いている原稿の関係で、OBOGとメールのやりとりをしている。つくづく成長したことが分かる。そして、幸せな職場に就職し、管理職と同僚に育てられていることが分かり、ありがたい。しかし同時に、我がゼミ・教職大学院のコンセプトである協働の経験が、しっかりと生かされていることを感じる。

 多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決すること、これは子どもばかりでは無く、教師においても成り立っている。

 嬉しい。

14/09/22(月)

[] クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門 18:18  クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク -  クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門 - 西川純のメモ  クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 明治図書から「クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門<会話形式でわかる『学び合い』テクニック>」を9月26日に発刊します。アマゾンさんが申し込みを開始したので、再度ご案内します。

http://goo.gl/7ktH4u

 ただし、アマゾンさんの場合、発刊当初は「入荷待ち」となると思いますので、いち早く手に入れたいと思われる方は、お近くの書店に9月26日に発刊予定であることを言って注文することをお勧めします。

 この本は私の生涯で書ける、最も読みやすい『学び合い』の入門書になるのではないかと思います。理由は二つです。

 第一は、本の大部分は、ベテラン教師という立ち位置の「西川」という教師と、その学校の若手教師との会話という設定で書いています。ま、山本周五郎という人の小説は会話中心ですが、そんな小説に近いものです。

 この本の初稿は6日間で書き上げました。何故、そんなに短期間で書き上げられるには理由があります。毎年、多くの人が上越においでになり、2泊3日、みっちりと私と議論します。そこで議論されることは見事にパターン化しています。そのため、質問されると定番の説明を喋り始めます。その質問と説明のペアが私の頭の中にはストックされています。それを打ち込むだけなので6日間で書き上げられることが出来ます。

 2泊3日、上越に来て私と議論するには時間とお金がかかります。それを二千円以下で疑似体験できるのです。

 理由の二番目は本書がシリーズ化するからです。「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」という定番の入門者の疑問に対して、10月以降、順次発刊予定です。

 不思議なもので、同じ説明を言っているつもりなのですが、どんな事例を挙げるか、どんな順序で説明するかで腑に落ち方が違います。明治図書さんのご英断で、私にそれだけの説明の機会を与えていただきました。9月26日に発刊される本も、それ以降の本も、単独で読めるようになっています。しかし、それらを読めば、同じことを色々な説明で「聞ける」ので分かりやすいのです。そして、何度も繰り返し聞くことによって、多様な事例で聞くことによって、その奥の理論が見えやすくなります。

 なお、10月以降に発刊する「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」では、『学び合い』を前面に出しません。あくまでも従来型授業の「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」のテクニックを紹介しています。

 『学び合い』は授業の大部分の時間、立ち歩きや相談をOKにしているので、その表面的な部分のみが批判の対象となっています。しかし、その見た目の裏にある一つ一つのテクニックは、バリバリの従来型の先生方も納得するものです。だから、9月26日に発刊する本も含めて、「とりあえずは『学び合い』はやるつもりは無いが、今、話題の『学び合い』って何?」と思っている方にベストの本だと思います。何しろ、全編、『学び合い』を全く知らない人と、『学び合い』を実践している人との架空の会話で書かれている本ですから。

 最後にもう少し宣伝。本書は6日間で書きましたが、推敲には数ヶ月かけています。多くの仲間に読んでもらいました。そのある方の感想の一部を以下に書きます。

 「モーゼが歩くと海がひらける絵をイメージする一冊だと感じています。これは『学び合い』に関係なく集団教育の名著ですね。」、「第一印象はこれまでで最高に読みやすく、かつ『学び合い』の神髄が分かる本だと思います。失礼を承知で言えば最高に分かりやすいと思いました。単なるノウハウ本ではなく、『学び合い』が生まれた背景、そして願い、進もうとしている方向がはっきりと分かります。」

 お近くの書店で予約して、いち早く、お手にとっていただければと思います。

14/09/20(土)

[]最善の方法 21:16 最善の方法 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 最善の方法 - 西川純のメモ 最善の方法 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 研究室のHPに書きましたが、最善の方法は「多様な方法を柔軟にやり続ける」ことです。本日も柔軟にやりました。本日一日で、A4版37ページ分の原稿を打ち込みました。

14/09/19(金)

[]ゼミ生 22:05 ゼミ生 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ゼミ生 - 西川純のメモ ゼミ生 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ゼミ生に対して目標の設定を行いました。ゼミ生に対して全幅の信頼を持っています。それが嬉しい。あとは、彼らが自分の力量を自覚し、私の尻をたたえてくれるだけになって欲しい。楽しみです。

14/09/18(木)

[]無謀と大胆 21:47 無謀と大胆 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 無謀と大胆 - 西川純のメモ 無謀と大胆 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 無謀と大胆は違います。リスクを分からずに行動するのが無謀で、リスクを分かった上で行動するのが大胆です。資料も読まず、人と相談せず、人のアドバイスを聞かず、自分の直感で行動するのが前者です。後者も直感にもとづき判断すると思いますが、行動する前に、リスクを分かるために、資料を読み、人と相談し、自分でじっくりと考えます。

 思い起こせば、若い頃は無謀でした。高校も、大学も、大学院も、教員採用試験も全て願書は1通しかもらってきていませんでした。自分的には追い込んだつもりですが、よく考えていなかった。無謀です。

 一方、就職後は慎重です。そう見えないかもしれませんが、もの凄く慎重です。何故なら、就職後は自分を頼ってくれる人、というより、自分がバカするとそのとばっちりを受ける人が多くなるからです。

 私が重視しているのは「人と相談」です。

 私は信頼できる人を選び、その人と相談しまくりました。私が若い時、その人と毎日2時間ぐらいは話したと思います。大抵は、その人は「いいよ、それでいいよ」と言ってくれました。ところが希に「それは駄目だよ」と言いました。私はゴチャゴチャと説明します。でも、「それは駄目だよ」と言った場合は、素直に諦めました。そして、自分の願いを実現するための次善、三善の策は何かを聞きました。

 今は、その方は職場にいません。ですが、尊敬すべき同僚がいて、教え子がいます。その人に相談します。また、事務の方々に相談します。幸い、私は失敗少なく、前進しています。

 私は失敗が大嫌いです。おのれ自身の失敗だったら気分を切り替えれば何とでもなります。しかし、関わる人に影響を与える失敗は怖い。だから慎重になります。だから、人に相談します。そして、人の意見を聞きます。

 無謀と大胆は違います。

 『学び合い』を実践する人は大胆であって欲しい。

14/09/17(水)

[]余波 19:44 余波 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 余波 - 西川純のメモ 余波 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員養成系大学・学部は橋本内閣の定員削減以来、十年以上激変の日々です。その総仕上げがあと数年できます。結局、教員養成系大学・学部のありようは免許法と設置基準によって決まりますから。でも、今度の改訂は教員養成系大学・学部のみならず、名門大学に影響を与えると思います。

 博士課程の就職先は一部学部を除いて、大学を想定しています。その多くが、教員養成系大学・学部、そして免許科目担当者です。ところが免許法や設置基準が変わると、受容が激変します。そんなこと全国の博士課程のマル合教員の方々は知らないだろうな・・・。でも、いったいどうなっちゃうんだろう。合理的な推論は出来るけど、「まさかそこまでは・・・」と思ってしまう私です。

 多くの人にとっては意味不明ですが・・・・。なにしろ教員養成系大学・学部の教師も分からない人が多いから。

[]広げる 19:30 広げる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広げる - 西川純のメモ 広げる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、本の企画を一つ提案したら、1.5のオファーが来た。すかさず、3の提案をした。とにかく、いくらでも書ける。ただ、今のところ入門者用が主だな。今のところは、私が突破口を開いて、どんどん多様性を広げる準備をしている。

 大きな本屋の本棚一つぐらい、教師が「一人も見捨ててはいけないよ」と言うような本で埋まったら凄いよな。

14/09/16(火)

[]大阪の会 18:37 大阪の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 大阪の会 - 西川純のメモ 大阪の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 10月25日~26日に大阪で『学び合い』の会が開かれます。関西では久しぶりの本格的な会です。お誘いします。

 http://kokucheese.com/event/index/198783/

[]予言 07:04 予言 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 予言 - 西川純のメモ 予言 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 何度か書きましたが、死に直面した患者がどのような行動をするかという研究したロスの「悲嘆の五段階説」というのは面白いです。

 第一段階は、その存在を否認し、たいしたことはないと無視します。第二段階は、怒りで攻撃的になります。第三段階は取引です。第四段階は抑鬱です。そして第五段階が受容です。

 『学び合い』は非常に面白いグループ学習だと思って飛びついた人は、しばらくして、自分の大事なところを変えることを求めていることに気づき、無視するようになったと思います。つまり、「『学び合い』。あ、新潟の先生の本で読んだことあるけど、でもね~、あれは理想論だよ」と片付けるのが第一段階です。

 3年~4年前から第二段階に達しました。つまり、このまま進むと自分では制御不能のレベルになりそうなので、とにかく潰そうと思います。が、感情的なレベルなので、つぶし方が稚拙です。感情的なので攻撃も稚拙です。何の資料も読まずに表面的なことを感情的に述べ立てます。

 最近は第二段階から第三段階に移行しつつあるようにあります。つまり、資料を読み妥協点を探り始めたようです。ただ、出発点が「自分は変わりたくない、納得したくない」なのですから読み方が浅く、不正確です。

 では、次はどうなるでしょうか?私にはありありと見えます。「『学び合い』で言っていることは、我々のパクリだ」と言うはずです。その言明の一部は正しく、一部は間違っています。

 教育自体は、数百万年以前からホモサピエンスは行っています。我が国の学校教育においても、積算すれは十億弱の人が十数年間の営んでいるものです。ありとあらゆることが起こり尽くしています。優れた教師も多く、多くのノウハウは蓄積しています。『学び合い』で述べていることは100%天地開闢以来はじめてだと主張するつもりはありません。『学び合い』は自然科学をモデルにしています。過去の事実はちゃんと踏まえ、その基礎の上に成り立っています。『学び合い』の始原の形は、優れた教師の姿をモデルにしています。それを整理したものでした。ただし、『学び合い』の特徴は、徹頭徹尾、実証的な学術研究によって記録・分析したものを基礎としています。これがオリジナリティの第一です。不遜ながら申しますが、我が国で全国的に広がった教育実践の中で、実証的な学術研究に基礎づけられている教科学習は、『学び合い』だけだと思います。

 私が認知研究から『学び合い』研究に本格的に移行し始めたのは平成9年頃です。初期は優れた教師の姿をモデルにしており、問題意識も現状の教師が思いつくレベルのものです。例えば、どんなグループを形成したら話し合いが活性化するか、などを研究していました。『学び合い』で述べていることは、明治以降の多くの優れた教師の気づいていることです。本を丁寧に読めば、斎藤喜博や大西忠治の本にもその片鱗はあります。しかし、それらは実証的な学術研究によって分析されているわけではありません。

 学校現場の先生方は忙しいし、他人のお子さんを預かっているので冒険は出来ません。結果として、常識の範囲を超えることが難しいのです。学術は物事を理論的に考えますので、今までの常識を純化し、推し進めると、こうなる、というものが分かります。そして、我々は一つ一つ検証してきました。そして平成14年ぐらいから、常識から乖離し始めるようになったのです。そして、それを十年以上爆走しているのですから、学校現場で普通に思いつくレベルでは理解不能になっています。ま、それがご批判の原因なのですが。

 ですので、「『学び合い』で言っていることは、我々のパクリだ」と主張しても、現実には違いがありすぎるので無理があります。そうなると第四段階に移行します。さて、いつ頃になるでしょうか?

 ま、いずれにせよ、感情的な議論の第二段階よりは、少しは勉強した人の第三段階の方がやりやすいです。妥協点は、週1の合同『学び合い』だと思っています。

14/09/15(月)

[]職能 07:25 職能 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 職能 - 西川純のメモ 職能 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』に関して多くの人が誤解していることの典型の一つは、「『学び合い』は一斉指導が出来た人ができることであり、まずは一斉指導が教えられなければならない」という誤解です。これは3年やM1、つまりゼミに入りたての学生が不安になることです。分かってしまえば、大笑いの誤解です。分かりやすい例を順にあげましょう。

 現職の方にお伺いします。おのれの職能で一番、激変した1年間を挙げて下さい。100人のうち100人、つまり100%の人は、初年度だと言うはずです。その後も、激変した人もおられるでしょうが、初年度の激変が最大であることは揺るがないと思います。

 さて、激変した1年で何を学びましたか?教材ですか?指導法ですか?違うと思います。そんなことを学ぶ余裕は無かったと思います。何が変わったか、一言で言えば「まあ、なんとかなるさ」ということです。もっと格好いい言葉で言えば、1年間のスパンで物事を考えられることです。そして、手の抜き方を分かることだと思います。でしょ?

 では、それ以降はどうでしょうか?これを読んでいる方々はそうではないと思いますが、大多数の人の進歩はほぼありません。職員室の教卓に並べられる本を見て下さい。ほぼ無いか、コピーしてそれを配布すれば良い(つまり、何も考えなくても良い)本が数冊あれば凄いレベルではありませんか?この傾向を出版社はよく分かっています。だから、本の企画で通るのは、採用5年以下の教師を対象としたものばかりです。三十代後半以降の教師を対象とした本のユーザーは殆ど無いのです。

 非常にきついことを書きます。学部の教育実習は3~4週間です。でも、それが8週間~16週間になれば、指導している教諭の方より実習生の方が上手い授業をすることは十分にありえます。というか3割以上はそうなると思っています。

 本学教職大学院にも、教育実習での失敗を踏まえて、学ぼうという学生さんが多いです。しかし、その学生さんの多くは教材の力が無い、指導法の力が無い、と思っています。でも、そんなのはそんな短期で学べないし、学んでいない人が教師として十分にやっていっています。

 これは思いつきで書いているわけではありません。中学生に小学生相手の授業をさせた時の分析をやったことがあります(そんなことも我がゼミではやっているのです)。その結果、教育実習生並みの授業は中学生でも出来るのです。

 じゃあ、若い人がそれなりの授業をするために何が必要なのでしょうか?それを「なぜか仕事のできる教師の7つのルール」の最初の30%に書きました。声の出し方、表情の仕方だけで何とか出来ます。ようは自信を持って語ることです。この前、ゼミ生に板書の書き方のアドバイスを受けました。私も字が下手でした。その私が学校現場で学んだことをアドバイスしました。四つだけです。「大きめの字を書く」、「ゆっくり丁寧に書く」、「字の大きさを同じにする」、「文字はまっすぐ並べて書く」だけです。字を上手く書くことは修行が必要です。しかし、この4つは凡夫でも直ぐに改善に至ります。

 さて、その後に必要なものは何でしょうか?私は3つだけだと思います。(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20081023/1224767987

 1)子どもや親のせいにしない。確かに、それが原因なのかもしれないが、それを言ってはおしまい。

 2)尊敬すべき、先輩、後輩を捜し、その人といっぱい雑談をする。見いだす方法は、子ども「たち」に聞けばいい。

 3)まねられるところはまねる。まねられないところは、まねる必要はない。今の自分のままで、出来る授業はある。

 私のゼミはもちろんのこと、私が基本コンセプトを構築した上越教育大学の教職大学院は上記を達成することを目的としています。それを協働力というコンセプトで表しています。ということで、ことさら一斉指導の指導をしていないゼミ生の一斉指導能力に不安は全くありません。

 最後に、わかりやすい例を一つ。

 主婦の職能は何でしょうか?

 家内は結婚するまで家事は姑殿にお任せで仕事をバリバリにやった人です。結婚を機に、専業主婦になりました。結婚当初は3時頃から夕食の準備をして7時頃に出来上がるという状態でした。結婚当時は若い主婦向けの雑誌や本で勉強していましたが、今は、そんなことはありません。でも、結婚して二十数年、常に進歩し続けています。家内が成長し続けた理由は、第一に家族への愛です。そして、先に挙げた三箇条と同じです。

 家内は家事に関する研修会に参加しません。また、参加してもあまり意味が無いでしょう。1年間で1回でるかでないかの変わった料理の作り方を覚えるぐらいのものです。でも、ママ友の集まりに参加する意味を感じています。そこで学ぶのは、一つの料理のつく方では無く、家族に美味しい料理を食べさせたいと思っている人との語らいです。

 『学び合い』ではフリートークというコーナーを設けている場合が少なくありません。かっこいいネーミングですが、ようは周りの人とダラダラと話すことです。とても意味あることだと思います。多くの大学の教育実習では殆ど無いですが、本学の教職大学院ではそれを大事にしています。

 つまり、私は現状の教師の8割程度の教師の授業能力だったら、教育実習を16週やれば十分獲得できるレベルだと見切っています。だって、教師になる人は小中高大16年間、年250日ぐらい、毎日6時間の一斉授業を観察しているのです。つまり24000時間です。そして、過半数の人は同級生の勉強を教えた経験があります。だから残っているのは、余裕を持って語り、書くことぐらいなのです。そして、それ以上に進みたいならば、料理学校に通い続ける主婦では無く、家族を愛し続けて普通に学び続ける主婦をモデルにすれば良い。

 だから「『学び合い』は一斉指導が出来た人ができることであり、まずは一斉指導が教えられなければならない」と言っている言葉を言う人は、主婦は調理師免許が必要だと思っている人です。つまり、「調理師免許を持っていなければ主婦にはなれない」と言っていることと同じです。だから、私にとっては大笑いなのです。

追伸 家族への愛のない調理師免許は家族には還元されません。つまり、自分の趣味で教科をいくら学んだとしても、それらは子どもには還元されません。それは科学者と理科教師の違いです。でも、オタク教師は少なくないですよね。これは教材ばかりではありません。指導法にもオタクはいます。

14/09/14(日)

[]発刊 05:22 発刊 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 発刊 - 西川純のメモ 発刊 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 全学必修科目で授業を担当した頃、9月14日に授業をする際の「まくら」の定番は、「本日、偉大なお方がお生まれになられました。そのお方は、皆さんは全員知っているほど有名なお方です。どなたでしょう?」と聞きます。学生さんは分かりません。そこで、「それは私です」と言うのが落ちです。

 本日、55歳になりました。四捨五入で60歳です。三十歳からは怒濤のように過ぎたようですが、その頃から充実した日々を過ごさせていただいております。

 その日にアナウンスです。明治図書から「クラスと学校が幸せになる『学び合い』入門<会話形式でわかる『学び合い』テクニック>」を9月26日に発刊します。

http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-166110-6

 アマゾンさんはまだアップしていません。また、発刊当初は「入荷待ち」となると思いますので、いち早く手に入れたいと思われる方は、お近くの書店に9月26日に発刊予定であることを言って注文することをお勧めします。

 この本は私の生涯で書ける、最も読みやすい『学び合い』の入門書になるのではないかと思います。理由は二つです。

 第一は、本の大部分は、ベテラン教師という立ち位置の「西川」という教師と、その学校の若手教師との会話という設定で書いています。ま、山本周五郎という人の小説は会話中心ですが、そんな小説に近いものです。

 この本の初稿は6日間で書き上げました。何故、そんなに短期間で書き上げられるには理由があります。毎年、多くの人が上越においでになり、2泊3日、みっちりと私と議論します。そこで議論されることは見事にパターン化しています。そのため、質問されると定番の説明を喋り始めます。その質問と説明のペアが私の頭の中にはストックされています。それを打ち込むだけなので6日間で書き上げられることが出来ます。

 2泊3日、上越に来て私と議論するには時間とお金がかかります。それを二千円以下で疑似体験できるのです。

 理由の二番目は本書がシリーズ化するからです。「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」という定番の入門者の疑問に対して、10月以降、順次発刊予定です。

 不思議なもので、同じ説明を言っているつもりなのですが、どんな事例を挙げるか、どんな順序で説明するかで腑に落ち方が違います。明治図書さんのご英断で、私にそれだけの説明の機会を与えていただきました。9月26日に発刊される本も、それ以降の本も、単独で読めるようになっています。しかし、それらを読めば、同じことを色々な説明で「聞ける」ので分かりやすいのです。そして、何度も繰り返し聞くことによって、多様な事例で聞くことによって、その奥の理論が見えやすくなります。

 なお、10月以降に発刊する「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」では、『学び合い』を前面に出しません。あくまでも従来型授業の「言葉がけ」、「見取り」、「課題づくり」、「学力向上」のテクニックを紹介しています。

 『学び合い』は授業の大部分の時間、立ち歩きや相談をOKにしているので、その表面的な部分のみが批判の対象となっています。しかし、その見た目の裏にある一つ一つのテクニックは、バリバリの従来型の先生方も納得するものです。だから、9月26日に発刊する本も含めて、「とりあえずは『学び合い』はやるつもりは無いが、今、話題の『学び合い』って何?」と思っている方にベストの本だと思います。何しろ、全編、『学び合い』を全く知らない人と、『学び合い』を実践している人との架空の会話で書かれている本ですから。

 最後にもう少し宣伝。本書は6日間で書きましたが、推敲には数ヶ月かけています。多くの仲間に読んでもらいました。そのある方の感想の一部を以下に書きます。

 「モーゼが歩くと海がひらける絵をイメージする一冊だと感じています。これは『学び合い』に関係なく集団教育の名著ですね。」、「第一印象はこれまでで最高に読みやすく、かつ『学び合い』の神髄が分かる本だと思います。失礼を承知で言えば最高に分かりやすいと思いました。単なるノウハウ本ではなく、『学び合い』が生まれた背景、そして願い、進もうとしている方向がはっきりと分かります。」

 お近くの書店で予約して、いち早く、お手にとっていただければと思います。

ogymogym2014/09/15 01:44誕生日、おめでとうございます!

jun24kawajun24kawa2014/09/15 05:39有り難うございます。

14/09/13(土)

[]部活 22:04 部活 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 部活 - 西川純のメモ 部活 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をより多くの人に分かっていただくために、色々な表現をします。その一つに例を挙げます。しかし、例は本体と一致しているところもありますが、一致していないところもあります。批判のための、批判をされる方は、そこをとやかく言います。ま、レトリックは分かる人のためのものであり、分からない人、正確には分かりたくない人には無効です。

 その中で、分かりたい人の中にも、私が部活を例に挙げると、そりゃ違うのでは無いかと言われる方がいます。(つまり、批判する人は自信たっぷりに批判します)

 その方々が言われるのは、クラスと違って部活はやりたい子どもが集まっている集団だろう、という論理です。が、失礼ながら私には噴飯物です。一般の部活で、やりたい、と思っている子どもはどれだけでしょうか?そりゃ、入部当初はそうかもしれません。でも、入部から半年たった段階での様子はどうですか?

 やろう!と思っている子どもは2割。やめたいと思っている子どもが2割。中間層が6割。ではないですか?そして、顧問が心を悩ますのはやめたいと思っている2割です。

 さて、クラスとどこがちがうのでしょうか?

[]説明 22:04 説明 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 説明 - 西川純のメモ 説明 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を学術から実践に重心を移行した時、学校現場の先生方の疑問に対応する研究をやりました。その蓄積は膨大で、普通の教師が思いつくレベルのことに関しては全て対応できると思います。ただ、そのうちに気づきました。分かってみれば当たり前のことです。人は分かりたくないということは、どんな客観的なデータ、どんな正当な論理であっても分かりません。だから、その様な人を説得する努力を放棄しました。非生産的だから。一方、

分かっている人、分かろうという人に対して、私は何が出来るかを考えるようになりました。

 理学の世界にいる時は、議論が感情的になることは殆ど無かった。あったとしても、それを恥じる文化はありましたし、少なくとも感情的になっていない装いはしなければならないと思う文化はありました。が、教育の世界にいて、感情論が直ぐに暴発するのを何度も見て、「あ、違うんだ」ということを学びました。

 大の大人が、個人特定できる相手を、客観的なデータに基づかないものを根拠にして否定するという大胆な行為が頻発する世界なんですね。

[]心強い 20:01 心強い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 心強い - 西川純のメモ 心強い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 今日、家の近くの本屋に行きました。教育の棚に行くと、『学び合い』スタートブック、『学び合い』ステップアップ、『学び合い』ジャンプアップの3冊が並んでいる横に、三崎さんの本と、阿部さんと水落さんの本が並んでいました。なんか心強く感じました。

[]迷惑メール 07:22 迷惑メール - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 迷惑メール - 西川純のメモ 迷惑メール - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のところには毎日、毎日、多くの相談メールが来ます。私はそれらに対して誠実に対応することを自分に課しています。それが毎日、数時間を要するとも、優先順を高く対応しています。一度たりとも不誠実であったことはありません。キッパリ

 ただし、例外があります。「お前のカーさんデベソ」レベルの言動をする人に対して、その段階で切ります。心の中では「お前のカーさんデベソ」レベルの気持ちであっても、表現が大人のルールに則っているならばちゃんと対応します。

 もう一つのタイプがあります。突然、相談メールを送りつけるのですが、その表現が、お客様相談窓口へのメールのようなのです。つまり、見ず知らずの人に相談する態度ではありません。そして、その様な人の共通点として、私が返信しても、「返信有り難うございました」のレスが無いのです。そして、数ヶ月後に、また同じようなメールをします。このようなタイプの人が年間に一人、二人います。本日、ある方を迷惑メールに分類し消去する設定をしました。

 『学び合い』は聖人君主の博愛主義ではありません。凡夫がずっと続けられる生存戦略です。そして、私は凡夫に過ぎません。

[]アドバイス 06:25 アドバイス - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - アドバイス - 西川純のメモ アドバイス - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のゼミでのことです。

 ことしゼミに入ったゼミ生が『学び合い』の授業の最初の語りを今度することになりました。現職派遣院生ですが、『学び合い』の語りは自分でやるのははじめてです。アドバイスを求められました。私のアドバイスは2つだけです。第一は、「本当に、目の前の子ども全員の幸せを願う」ことです。第二は、話は3分程度にまとめる。たった二つです。でも、その二つだけでOKです。

 『学び合い』の授業でどのように語り、振る舞えば良いかは私の本に書いた通りです。しかし、『学び合い』を学んだ人だったら、「本当に、目の前の子ども全員の幸せを願うこと」だけでOKなのです。だって、子どもはその人が繰り出すテクニックや教材や指導法によって、その人を信頼し、従うかを決めるわけではありません。子どもは教師の人柄を見ているのです。では、どの時間にそれを判断しているか。授業中の全ての時間、一分一秒の例外も無くです。

 『学び合い』を始める時、どのように語れば良いかを心配します。私の本でも事例を紹介しますし、私のHPは日本全国の先生の最初の語りの音声ファイルを公開しています。でも、本当に大事なのは願いなのです。願いは必ず行動に出ます。集団の2割は言動に基づき、人柄を判断するのを長けています。その子たちが情報交換したら正確に判断します。だから、「本当に、目の前の子ども全員の幸せを願う」だけで十分なのです。

 ただ、願いが強いと、教師根性から長く語ってしまいます。そこで3分以内というアドバイスがあるのです。

[]みんな本に書いてある 06:25 みんな本に書いてある - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - みんな本に書いてある - 西川純のメモ みんな本に書いてある - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミに所属して1年間ぐらいのゼミ生たちの質問は、私が本に書いていることばかりです。当然です。『学び合い』は既に多くの人が実践し、その人たちのお悩みは私のところに集まり、私はアドバイスします。だから、私の頭の中には膨大な事例が入っています。この情報に関しては、他の人とは二桁違うと自負しています。それらは見事に同じです。『学び合い』はもの凄くシンプルです。学校段階によらず、教科によりません。ホモサピエンスの本能に由来しています。だから、実践して起こることは非常に安定しているからです。そして、それに対する対応策もシンプルです。おそらく、『学び合い』を実践して困ることは全て出尽くしています。そして、その対応策も出尽くしています。だから、教師の『学び合い』に関しては『学び合い』ステップアップという一冊で書き尽くせますし、合同『学び合い』に関しては『学び合い』ジャンプアップという一冊で書き尽くせます。教科や学校段階や子どものタイプによって変わるものだったら考えられないことだと思います。

 ゼミに所属して1年間ぐらいのゼミ生の質問も本に書いていることばかりなのは当然です。そこで、ゼミ生の質問に応えた後に、笑いながら「本に書いてあるけどね」と言いました。そうすると、あるゼミ生が「そう言われると質問できなくなります」と言いました。そこで慌てて補足しました。本に書いてあり、読んでいても、それがすくに分かるわけではありません。そこに書いていることを自分の問題場面に置き換えるためには経験が必要です。理論が血肉を伴うには、経験が必要なのです。だから分からなくて悩んでも当然で、それに対して具体的な事例のアドバイスが必要なのです。

 だから、世に溢れている教育本の圧倒的大多数は、直ぐ使える料理本のようなものです。でも、現状の教師の忙しさからは致し方ないものです。しかし、事例をいくら覚えても理論が無ければ覚えていられません。そして、自分の持っていない問題場面では手も足も出ません。その様な時に理論が必要です。理論があれば、どんな問題場面でも、対応策を考えることが出来ます。現状の教育本の多くが残念なのは、その理論が整理され明示されていない点です。そのため、いくらそれを覚えても理論が構築できないのです。横に広がるだけで、積み上がらない。

 ちなみに『学び合い』だけができる、オールマイティの対応策があります。普通、問題が起こると、教師は一人で悩み、一人で解決策を考え、それを一律に子どもたちに課します。でも、子どもは多様で流動的です。だから見栄えは良くなりますが、本質的な解決にはなりません。結局、本人たちがその問題を解決しようと思わなければならないのです。『学び合い』の解決策は、子どもに率直に問題点を語り、解決する意味を語り、まかせ、評価する、というものです。ただ、これが本当に機能するには「一人も見捨てない」ということが徳ではなく得であることを、集団の2割は確信し、6割は確信した2割の子どもが正しいだろうと確信する必要があります。そのためには「多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決する能力の獲得が学校教育の目的である。」という学校観が分かっていないと駄目です。なぜなら、それが出来ていないと、毎時間のことで一喜一憂してしまい、中長期で解決することが出来ません。とりあえず見栄えの良いようにしたいという誘惑に負けてしまいます。そして、「子どもは有能である」という子ども観が必要になります。もちろん「子どもは有能である」と言う教師は少なくありません。しかし、理論が無い。『学び合い』は個々人のレベルで言えば、愚かな子どもも、性格的にゆがんだ子どももいると多くの教師が思っているように思っています。しかし、同時にそれと同じ数だけ、賢明で優しい子どももいることを知っています。そして、その子を中心とした集団をつくれば、教師を超える有能性を発揮することを知っています。

 『学び合い』を批判する人の中に、患者が100人集まっても医者がいなければ駄目だ、という論を立てる人がいます。その方々が誤っているのは、現状の子どもが何を悩んでいるかということです。現状の子どもが悩んでいることの圧倒的大多数は子どもでも解決出来ることです。先の医者・患者の例で言えば、患者の圧倒的大多数は「バランスの良い食事と十分な睡眠」で直るのです。問題は、それをやり続けるのが大変なのです。そして、それをやり続ける方法は周りの人からの声がけなのです。つまり、医者よりも周りの患者の声がけが有効です。

 という理論がないと「子どもは有能である」という言葉が空虚になってしまいます。ちなみに上記に関して、『学び合い』は実証的データで保証し、それらは学術論文にまとめられています。その点が、『学び合い』の独自性です。

14/09/12(金)

[]一人も見捨てたくない 22:18 一人も見捨てたくない - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 一人も見捨てたくない - 西川純のメモ 一人も見捨てたくない - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日のゼミ生との会話。

 『学び合い』での学校観を説明した際、ゼミ生から最後まで話し合わない関係はありえるか、と聞かれました。私の返答は、もちろん、です。『学び合い』の集団においても一人も見捨てないということは集団として見捨てないと言うことです。個人のレベルでは関係を断つことは十分にありえます。見捨てないとして、その程度は1か10か100かはケースバイケースです。ようは0にすると自分に不利だと分かればいいのです。『学び合い』では無理なことは言いません。

 さらに言えば、『学び合い』の集団として成り立つための集団としての合意、その基礎となる管理職や法がなりたった場合に「一人も見捨てたく無くない」です。『学び合い』は博愛主義や人道主義から出発しましたが、『学び合い』は博愛主義や人道主義ではありません。それは利己主義であり功利主義です。ただ、世にある道徳的な徳目は、その利己主義や功利主義と一致しています。ただ、表現の違いなのです。そのあたりを冷静に『学び合い』は見極めています。だから、管理職や法が無い場合、『学び合い』は成り立ちません。そこには非生産的な利己主義と功利主義があります。しかし、仕方がありません。博愛主義や人道主義では無く、利己主義や功利主義で乗り越えます。その利己主義や功利主義を成り立たせるための装いが、博愛主義や人道主義なのです。

 私にはウエットな願いがあります。しかし、その願いを実現するためにはドライにならねばなりません。

[]挨拶 21:39 挨拶 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 挨拶 - 西川純のメモ 挨拶 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学校現場、というよりどんな仕事でも、生き残れる人は以下をやっています。

 おはようございます。有り難うございます。すみませんでした。私が何か出来ませんか。お先に失礼いたします。

 この5つの言葉と、その言葉に沿った行動をした人は生き残ります。逆に、それを出来ない人は生き残れません。

 働いている人の一定の割合以上の人は、それを出来ます。ただし、面と合っている人にたいしてです。ところが、ネットでのつきあいでは、この大人のルールを守れない人が少なくありません。

 面と会っていない人のことをリアルにイメージ出来るか否かです。

[]1021:14 10年 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 10年 - 西川純のメモ 10年 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、ゼミ生から誕生日を祝ってもらいました。私の誕生日は先ですが、休日なので一足先です。

 55歳です。本学の定年が65歳ですので、あと10年です。短いようですが、それだけあれば十分に感じます。私は一人ではありません。同志がいます。

14/09/11(木)

[]乗り越える 22:23 乗り越える - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 乗り越える - 西川純のメモ 乗り越える - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミのOBOGならば分かると思います。私の最大の喜びは、私が愚かであることが分かることです。私をゼミ生が乗り越えたと感じた瞬間、私は嬉しくて泣きます。幸せな瞬間です。私は私の言うことを従うことを喜びとしません。私を乗り越えることが喜びなのです。ただ、乗り越えるまでには、素直に従う段階もあることも確かです。『学び合い』のセオリーに素直じゃ無い人は、私を乗り越えることは永遠に無いと思います。

[]理論 21:49 理論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理論 - 西川純のメモ 理論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 「西川先生、私は『学び合い』を広げるつもりはありません」ということを言う方の気持ちは分かります。それは「私は、あなた(つまり西川)に支配されたくない」という言明です。ま、気持ちは分かります。が、誤りです。私が言っていること、書いていることに反しても、私は気にしません。私が気にするのは「一人も見捨てたくない」という願いです。そして「多様な人と折り合いを付けて自らの課題を解決することが学校教育の目的」、「子どもたちは有能である」という二つの考え方に反していないならば。

 教育はあまりにも人依存です。でも、私は教育を物理学のようにしたい。

[]広げる 21:24 広げる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広げる - 西川純のメモ 広げる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』を実践している方から、「西川先生、私は『学び合い』を広げるつもりはありません」ということを言われる時があります。それを言う人に何を言っても「今」は分からないと思うので、ニコッと笑って聞き流します。

 が二つの面で誤りです。

 もし、『学び合い』が分かっているならば、従来型の授業ではかなりの子どもが苦しんでいることが分かるはずです。それはどうでもいいのでしょうか?そして、職場の中でサポートの無い教員はどうでもいいでしょうか?ま、自分の授業は大丈夫で、人様から何も言われない人はそう考えるのでしょう。私も、その誘惑に負けそうになります。

 以上は「徳」です。でも、もっと重要なのは「得」なのです。

 今、『学び合い』の実践を続けることを自分一人の力で出来ますか?周りの人に説得する必要はありますか?私はありません。我が儘放題が出来るようになっています。でも、そんな人はそれほどいるでしょうか?普通は気を遣ってやっていると思います。では、どうやったら周りの人に納得して貰えるでしょう。今、あなたの考えている結果は決定打ではありません。人は信じたくないものは信じません。でも、信じたくない人も信じる方法はあるでしょうか?あります。一つだけ。それは、「みんながやっている」です。

 私は日本全国のありとあらゆる人からお悩みメールを受けます。そして、ギリギリまで行けば、「じゃ、やめてはいかがですか?」と書きます。従来型では無理だと気づいた人ならば、そこで「したたか」になれます。テクニックの一つと学ぶ人ならば、やめるでしょう。それはそれでいいと思います。いつか、分かりますから。

 過去も今も、『学び合い』を支えようという人によって『学び合い』は成り立っています。

[]広島の会 21:15 広島の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 広島の会 - 西川純のメモ 広島の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

学び合い』広島の会10月の会

【内容】「『学び合い』って?『学び合い』事始め。-全ての子どもたちのために-」

【日時】10月18日(土) 9:30~12:00

【会場】可部 上中ひふみ会館

    広島市安佐北区可部5丁目15-5

【参加費】100円

【申し込み】manabiai@asakita.jp へメールで。以下のフォーマットをお使いください。

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お名前:

地域(市町村等):

所属:

メッセージ(質問や参加動機など、よろしければ・・・

[]参観 16:42 参観 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 参観 - 西川純のメモ 参観 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 毎年、上越にお客様が来られます。『学び合い』の実践を参観し、私と議論するという内容です。今年もあります。今年もあります。二泊三日のだいたいの流れは以下の通りです。初日の15時頃(遅くとも17時頃)に大学に到着します。そこで私と議論し、ゼミ生主催の飲み会です。二日目の午前中は小学校で全校『学び合い』を参観し、私と議論です。三日目の午前中は中学校での『学び合い』実践を参観します。大学に戻って時間の許す限り私と議論し、上越を出発します。

 ことしも、和歌山、佐賀、大阪、青森の方々が来られます。その参観期間は、10月15日~17日、10月19日~21日、11月19日~21日がすでに決まっています。参観希望の方がいらしたら私に連絡ください。

学生さんももちろんウエルカムです。『学び合い』はもちろんですが、上越教育大学教職大学院がどんなことを学べるかもよくわかります。進路に悩む人はどうぞ。

[]理科だからできる本当の「言語活動」 16:12 理科だからできる本当の「言語活動」 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理科だからできる本当の「言語活動」 - 西川純のメモ 理科だからできる本当の「言語活動」 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『理科だからできる本当の「言語活動」』という本のタイトルから、理科に関係する人に向けての本のように誤解されるかもしれませんが、違います。より広い範囲の方々に読んでいただきたい本です。それは二つの意味からです。

 最近、私が書いている本は『学び合い』のノウハウ本が中心です。しかし、『学び合い』の特徴は学術研究に基礎づけられているところです。『学び合い』の初期の本は、具体的な学術研究をわかりやすく解説し、こういう風な子供の姿がこのように変わったという本を書いています(けっして難しい本ではありません)。私の元々の専門が理科教育学だったので、初期の研究は理科の学習場面を中心としています。

 それらの本は絶版になって手に入らなくなりました。中には高額でネットで取引されているものもあります。『学び合い』の実践されている方々は、自分たちが実践している『学び合い』がどのようなデータに裏打ちされているかを知っていただきたい。そこで、過去の本に書いた事例を精選し、その後に明らかになったことを加えて整理した本が、『理科だからできる本当の「言語活動」』です。先に述べたように、私の元々の専門が理科のため事例の中心は理科となっていますが、他教科に置き換えられない事例は一つもありません。

 『学び合い』がどのように形成されてきたかを知るにはベストな本です。

 もう一つの意味があります。学習指導要領に「言語活動」が明記されたため、多くの学校でも言語活動を取り入れています。しかし、残念ながらツールとしての言語が扱われているにとどまり、活動がおろそかになっています。その端的な例が国語における言語活動です。それらで行われてるものが、将来の生きる力となる言語活動とはほど遠く、実験室的な言語活動です。その現状に多くの方が気づいてほしいと思います。そして、気づきさえすれば、教科ごとに豊かな言語活動が可能です。その手がかりが書いてあります。

 宣伝いたします。

http://goo.gl/vWtjQr

追伸 同志の方々は、是非、研修会等で宣伝お願いします。http://goo.gl/WF7CAL

[]お得な本 15:46 お得な本 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - お得な本 - 西川純のメモ お得な本 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』では学習指導要領を大事にします。『学び合い』の同志のクラスの一コマです。http://goo.gl/P0N4cd

14/09/09(火)

[]理論 21:45 理論 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理論 - 西川純のメモ 理論 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私のゼミ生に対しての基本方針です。

 教師は人相手の仕事です。ありとあらゆる問題に直面します。個々の対処法を教えることは無理です。私が『学び合い』を理解する前の様々なテクニックを伝授することは可能です。ま、一部はやっています。でも、それを徹底するには24時間を費やさなければなりません。独身時代は出来ましたが、結婚しては出来ません。そして、それをやったとしても、結果として生まれるものが何かは分かっています。結局、教師の自己満足に過ぎません。

 で、今の行動原理は、自分しか出来ないことかそれ以外かで判別し、前者に全力を尽くし、後者はしません。これを徹底しています。それが凡夫たる私の出来ることであり、それが子どもたちが成長するための条件です。

追伸 だから多くの先生方が、家庭を犠牲にして学んでいるのに、結果を出せないのです。私が6日間で本を書けるのは、多くの仲間が私をサポートしていただけるからです。書くのは6ヶ月ですが、その情報を得るまでの期間は二十年かけています。そして、推敲に3~半年かけています。いずれも仲間のサポートによるものです。

[]立場 21:19 立場 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 立場 - 西川純のメモ 立場 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は自分が教師の立場である時は、無能(ある側面に関してはということです)である学生に対して寛容です。が、同僚という立場であれば、厳しい。そして、敵に対しては辛辣で、執念深い。

 何故違うか。それは管理者の立場と、同僚の立場の違いです。そして、同僚の立場としては、その管理職がどのような管理職によって依存します。だから、従来型指導における子どものことがよく分かります。彼らには罪は無い。あるとしたら管理職の問題です。

追伸 ただし、困ったチャンでも、距離をおくという方法をとります。積極的に攻撃を受けない限り反撃はしません。距離をおけば、攻撃を感じないならば攻撃しません。これって、クラスの子どものやっていることです。

14/09/08(月)

[]測定 07:39 測定 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 測定 - 西川純のメモ 測定 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 我々が「正しく測定する」と言った場合には二つの側面があります。それは正確と精密です。前者は真の値にどれだけ近いかを意味し、後者は測定値の分布の分散がどれだけ小さいかを意味します。例えば、植物に対する子どもの興味関心を測定しようとします。一つの方法としては、その子どもを観察し総合的に判断します。我々は群れで生きる生物です。だから、この測定方法はかなり正確です。ところが人によって判断がまちまちになります。これは正確だが精密では無い測定です。別な方法としては、その子どもが何回頭を掻くかで測定したとします。明らかに頭と掻く回数と興味関心に相関はありません。しかし、掻く回数は誰が見ても正しく数えやすい。これは正確では無いが精密な測定です。

 教員採用試験に関して精密であることを重視し、正確であることが相対的におろそかになっているように感じます。

 毎年、「この子は絶対に良い教師になる」と確信出来る子が合格できない場合があります。現場に行けば、何でこの人が何年も臨時採用のままなの?と思う人がかなりいます。そんな人を見るたびに、上記のことを思います。

 面接や筆記では人は分かりません。しかし、きつめの仕事を与え、それをどのように解決するかを観察すれば、かなり正しく適正を測定することが出来ます。しかし、その方法を具体化すれば自分のクビを絞めることになります。

14/09/07(日)

[]残るもの 22:12 残るもの - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 残るもの - 西川純のメモ 残るもの - 西川純のメモ のブックマークコメント

 大学院生の時、私の論文が学会誌に掲載されることが決まった日の夜、散歩をしました。星を見ながら、おのれが死んだ後もどこかの図書館に自分の書いた論文が残ることをジワジワと感じ、感激しました。若い私は、そんなことを思ったこともありません。1年後、自分の書いた論文が外国の学術誌に掲載されたことを知りました。私が死んだ後も、世界中の主要な図書館に私の論文が残ることを感じました。

 芸人は一瞬、一瞬が勝負です。自分のパフォーマンスが後に残ること以上に、今が勝負です。結果として、そのパフォーマンスが後に残るかもしれません。でも、意識は「今」です。そして、現場における研修会の99%は講演する側も、受講する側も、「今」を求めています。

 さて、教師はどちらでしょうか?

 私の知る限り、教育実践の99%以上は後者です。今日の授業をどうするかです。結果として、子どもの人生に影響を与えるかもしれないし、与えたいと思っていますが、それを必須とは思っていないと思います。模擬時授業や研究授業がわかりやすい例です。そこで子ども成長が扱われるのは、配布される資料の中の学習指導要領の記述程度です。

 我々は芸人でしょうか?いいえ違います。我々は子どもに人の道を教え諭す教諭です。

 我々に芸人のテクニックは必要でしょうか?確かに私は使っています。それは一発勝負の講演会です。おそらく、模擬授業や飛び込み授業では、そのテクニックがあると無いとでは天と地ほどの差があります。でも、一般の教師が必要でしょうか?必要ありません。テクニックがあっても、無くとも、子どもは教師の人を見ます。少なくとも4週間以上、週に数回会うレベルの子どもの2割はそれを見極めます。そして、その他の子どもは、その子の言うことを信じます。

その2割の子どもが、この人に「従おう」と思うのはその人の芸人のテクニックではありません。分かりやすい授業でもありません。だって中の下に合わせた授業なんてもともと分かっていますから。では、何が決めてか?

学び合い』では、それは人の道を明らかにすることだと思います。そして、それはテストの点数と矛盾しません。少なくとも、下げることはありません。

[]ニーズ 21:44 ニーズ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ニーズ - 西川純のメモ ニーズ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある教育関係の学会で若い大学院生の発表を聞いていました。いかにも研究のための研究です。そこにいた現職派遣院生が発表の後に、その教材は絶対に学校現場では使えないことを「柔らかく」指摘しました。しかし、その大学院生はキョトンとした顔をして、それが何か問題があるのかと応えました。その反応に現職派遣院生はキョトンとして言葉を失いました。

 これには少し解説が必要です。

 例えば、ウイルス学の学会でエイズウイルスの遺伝子についての発表があったとします。しかし、その研究はエイズ治療に役に立ちません。そこでそこに参加した医者が、その研究成果はエイズ治療に役に立ちませんと指摘したとします。おそらく発表者はキョトンとした顔をして、それが何か問題があるのかと応えるでしょう。そして、その言葉を聞いた医者はキョトンとして言葉を失うでしょう。

 つまり同じ「教育」という言葉でも、学会で使われる意味と学校現場で使われる意味は違います。

 ウイルス学の存在する意義はあります。それと同じようにウイルスを学校現場に適用する研究が必要であり、事実あります。ところが、教育学において、後者が殆ど無いに等しいのが現状です。端的な例は、大学研究者の中で現場教師向けの本を書く人は1%もいないでしょう。しかたがありません、今の大学においてそのようなものは評価にならないからです。私は助教授時代から現場教師向けの本を書いていましたが、それらは教授昇任のポイントにはなりません。ま、趣味程度の扱いです。私の教授昇任で評価されたのは学術論文と学会賞です。だから大学研究者はそこにエネルギーを費やします。

 犯人は誰か?若い頃は直ぐに言えました。今は、言えません。みんな悪気は無いのです。

toukonyukitoukonyuki2014/09/08 03:34芸人には到底なれないと自覚する私ですが,人としての道をきわめていけばいいなら(それも大変なことですが),それならできるかもと思えます。今は毎日「自分への挑戦だ。挑戦することが大事。」って言い聞かせながら過ごしています。いつも励ましをありがとうございます。

jun24kawajun24kawa2014/09/08 07:16人としての道を究める必要も無いし、多くの人にとっては無理です。我々は色々な人と折り合いを付けることが自分にとって得であることを語り、日々の学習の場面でそれが成り立っているか否かを評価し、考えさせれば良いのです。そして、子どもに語りながら、自分にも買ったっているのです。

14/09/06(土)

[]ご注意を 07:13 ご注意を - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ご注意を - 西川純のメモ ご注意を - 西川純のメモ のブックマークコメント

 火曜日に大学に行ったら、私が仕事でメインに使っているコンピューターがダウンしているのです。困りました。原因を調べたらレイドをかけているCドライブの一つのHDが壊れてしまっていたのです。とりあえずレイドを解除してみました。ところが変なのです。調べてみると、ウインドウズのアップデートが1年近く失敗していたことが分かりました。ウインドウズ8から8.1にアップデートできなかったので変だなと思っていましたが、おそらくそれが原因だと思います。そこでアップデートをしようとしたのですが、あまりに多すぎて不具合が起こりました。後で分かったのですがアップデートする順番があるのです。そこでリフレッシュをしたりなんだかんだで、やっと昨日、8.1にアップデートしCドライブのHDを交換しレイドを再構築しました。

 ということで、火曜日から金曜日はブログやFBを更新できませんでした。

 これをお読みの方々へ。ウインドウズのアップデートが上手くいっているかを確認して下さい。復元ポイントが形成されているかを確認して下さい。そして、リカバリーディスクは必ずつくりましょう。私がこれだけすったもんだした原因は、上記を三つともやっていなかったからです。他山の石です。

 なお、メインの情報はクラウド保存していたので、大丈夫でした。

[]成功/失敗 07:13 成功/失敗 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 成功/失敗 - 西川純のメモ 成功/失敗 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のゼミでゼミ生に語ったことです。

 ゼミ生は『学び合い』の生に触れています。そこでは様々な場面に出くわします。そこで、「これこれのことがありました。これを避けるためには、これこれした方がいいと思うのですがどうでしょうか?」という内容です。『学び合い』の初心者だったら、「それでいいと思います。よく思いついたね」と褒めるところです。しかし、我がゼミ生です。その上を言って欲しいので別なことを言いました。

 ゼミ生の語る言葉を聞いていました。最初の20秒ぐらいで、どんな方向性のことを言うであろうことは分かります。でも、黙って聞いていました。そして

 「それって、その日の授業が成功するための手立てだよね。」と聞くとゼミ生は頷きます。「たしかにその様にすればその日の授業は成功するよ。具体的には皆がニコニコになって全員達成するだろう。でもね、『学び合い』はその日のことではなく、中長期を見据えて子どもにとって何が大事かを考える教育なんだよ。授業の中では様々なことが起こる。それに対する手立てを考えていたらきりが無い、そして、多くは対応しきれない。そして、大人になれば手立てをしてくれる教師はいない。そんな中で生きなければならないんだよ。だから、『学び合い』は子どもが出会うであろう様々な困難を乗り越えられる能力を育てているんだよ。だから、『学び合い』ではわざと失敗しやすい環境に子どもをおき、教師の目の前で失敗させるんだよ。そして、それを乗り越えるべきことを語る。だから失敗することは避けるべきことでは無く、「美味しい」と思うぐらいじゃなければね。

 例えば、教材を改良すれば成功するかもしれない。しかしそれでは、いつまでたっても改良した良い教材でしか学べない子どものままだよ。発問やツールを考えれば、今まで関係を持てなかった子ども同士が関わる可能性が高まる。しかしそれでは、いつまでたっても教師のいない状態では関係を持てない子どものままだよ。

 じゃあどうするのか?それは「一人も見捨てない」だよ。色々な障害があったとしても、それを乗り越えるべきことを集団の2割に確信させる。そして、その2割の子どもの行動が望ましいであろうことを、2割の子どもが6割の子どもに納得させる。そして、それらの8割の子どもが、残りの2割を動かす。「一人も見捨てない」こそが『学び合い』の根幹であり、全てのテクニックの源泉なんだよ。

 ただし、これは『学び合い』の学校観と子ども観が本当に分かっていないと分からない。学校観が分かっていないと、その日その日の出来不出来で一喜一憂してしまう。子ども観が分かっていないと、自分が思いつく程度のことは子ども集団が考え出せるとは考えられない。その日の問題を、失敗と考えられるか、中長期の子ども成長の糧と考えられるか、違いがあるね。」

 と語りました。

 クラスで問題が起これば、教師が対応策を考え、それを実施する、というのが従来の授業です。そして、多様な対応策を考えられる、ストックがあるのが教師の職能であると考えています。だから、『学び合い』を実践しても同じように考えてしまうのは当然です。だから私もその種のテクニックを開発し、本で紹介しています。しかし、それは最低限に抑えています。そして、失敗が起こった時にどのように「一人も見捨てない」を語るべきかの例示を多めにしています。

 上手い対応策を積み上げれば、問題は起こりません。しかし、教師の対応策が上手ければ上手いほど子どもは教師に依存的になり、愚かになります。そして問題を起こし、それに対応策を施します。そして失敗は無くなり、子どもは教師に依存的になり、愚かになります。この繰り返しを繰り返せば、見た目は『学び合い』風に見えるかもしれませんが、実態は学校観、子ども観に反する、上手い一斉指導になります。私はそれをテクニックの罠と呼んでいます。

 しかし、剣道を学ぶ時、「剣の道は心」と初心者に言っても分かるわけありません。初心者が学ぶ時、素振りのような基本動作やテクニックからしか入れません。しかし、その先があります。『学び合い』の説明に関して、初心者用の説明と、中級者用の説明と、上級者用の説明があります。しかし、これは何かを学ぶ時には皆同じですよね。だた私が本を書く際の悩みのタネは、『学び合い』の初心者用の説明を従来型の授業から見ても合理的であることは直ぐに書けます。ただ、そこで起こるであろう失敗をどのように修正するかという中級者用の説明は従来型と『学び合い』では違います。何故なら、子ども観の違いがあるからです。それをどのように書くかです。そして、荒唐無稽と思われてもいいから上級者用の説明も紛れ込ませたいという願いをどこまで押さえるかに苦労します。

14/09/01(月)

[]理科だから出来る本当の「言語活動」 09:25 理科だから出来る本当の「言語活動」 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 理科だから出来る本当の「言語活動」 - 西川純のメモ 理科だから出来る本当の「言語活動」 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 理科の実験を思いだして下さい。主に実験するのは男子で、女子はノート書き係になっていませんか?実は女子も実験がしたいのです。でも、変なジェンダーが邪魔しています。15分のエクササイズで、男女とも活躍できる実験にすることが出来ます。

http://goo.gl/SXcJ1n