西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/08/20(水)

[]損得 07:09 損得 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 損得 - 西川純のメモ 損得 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日のメモの補足です。

 テレビを見ていたら「国が戦争に行けと言われたらどうしますか?」とインタビューしている場面がありました。それに若者が「そんな国は滅んでしまえ」と応えました。刺激的な内容ですが、私は民主国家における正しい反応だと思います(表現方法は?ですが)。民主国家では必要に応じて積極的に戦争に行くような国民が2割いて、自分の家族のことを考えて戦争に行くような国民が6割いて、最後まで行かない2割がいる。つまり、大多数が自分の利害で判断するのだと思います。そこが全体主義国家との違いです。だから、『学び合い』では最初の語りで損得をちゃんと説明します。

 無償の愛とは何でしょうか?たしかに我々のDNAの中には、昔のサルや原始人の行動に合わせた無償の愛が刻み込まれています。それは、メスが出産後に自活できるまでの数年間、オスがメスに対して持つ感情です。そして、子どもが自活できるまで子に対して持つ愛情です。それがなければサルや原始人は種を保てなかった。ところがこの数千年で家族関係が急激に変わってしまった。しかし、それはDNAに組み込まれるまでには短い期間です。それ故、男女の盲目の愛が維持できるのは数年で、それ以降は意思が必要なのです。大人になったあとの親子の関係も意思が必要なのです。

 例えば儒教的な孝行の関係です。これは自分の財産を残す親と子にのみなりたつことです。即ち、財産を残せない親、財産の残さない次男以降は対象となっていません。養老伝説のような孝行物語が今に残っているのは、利害に基づかない孝行が希だということの証拠です。

 結婚している方だったら、両性の合意は利害に基づくことであることは言うまでもないことだと思います。

 では、いわゆる無償の愛は無いのでしょうか?あります。それは他人同士にも結べます。

 一般の関係では、「あなたがこれこれしてくれた」と「私がこれこれした」という損得勘定を絶えずします。そうしないと、一方的な関係になります。ところが、これを覚えているのは大変です。特に、頻繁に関わる相手の場合は不可能になります。その場合、「あなたが必要になった時、私は援助します」という互いの合意を成立させます。そして、損得勘定はしません。というかだいたい損得勘定が合うようにするのですが、細かい損得勘定はしなくなるのです。これが人間関係として良い関係だと思います。特に、異質な人の場合、相手にとっては1の価値しか無く、自分にとっては百の価値のあるものがある場合、両者の関係は両者にとって得になります。

 ところが、「あなたが必要になった時、私は援助します」という互いの合意を成立させたと思ったのに、実は相手はそうでない場合があります。一般には「忘恩の徒」と言われます。その場合は、その相手とのそのような関係を切ります。そうなると頻繁に関わることが出来ません。そして、やがて関係が断たれます。そして、断たれるような人は早晩多くの人から関係を断たれます。

 『学び合い』では「多様な人とおりあいをつける」ことが大事だと子どもに語ります。異質な人と付き合うのは大変です。嫌な気持ちになります。理解するまで時間がかかります。民主主義とは「おりあい」だと思います。個人レベル、国レベル、「おりあい」をつけられる人や国は望みを達成することが出来て、「おりあい」をつけられない人や国は望みを達成出来ません。