西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/08/15(金)

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 経営学に多様性に関する矛盾するデータがあります。それはメンバーの多様性とパフォーマンスとの関係です。前者は人種、年齢、学歴などによって評価し、後者は営業成績で評価します。あるデータによれば多様性が高まるとパフォーマンスが高まり、別のデータによれば逆にパフォーマンスが低くなるという結果があります。一見、矛盾するようですが、多様性を語る時、重要なポイントがそれらの研究には欠けていたのです。それは一様性です。

 その集団のミッションが一致しているか、一致していないかが大事なのです。もし、ミッションが一致していれば、多様性はパフォーマンスに関して正の効果を及ぼし、一致していなければ負の効果を及ぼします。分かってみれば当たり前のことです。

 生物の世界も同じです。多様性のみの生物種などはありえません。なんとなれば、子孫を次世代に残すという最も根本の所は一致しています。例えば、生殖方法が一致していなければ種は一代で絶滅するのです。

 何度も書いていることですが、再度、書きます。

 『学び合い』の根本は学校観と子ども観なのです。それ以外のことは、全てそれらから派生したことに過ぎません。ただ、学校観と子ども観は抽象的なので、それ自体を直接会得することはかなり困難です。だから、私の本では学校観と子ども観を書きますが、それ以上に分かりやすい派生したテクニックを書きます。

 私は様々な方に教育実践上の質問を受けます。それに対しては、超具体的に話します。それは質問をされる方が、「直ぐに、完全な解決」と求めるからです。しかし、「直ぐに、完全な解決」などありえる分けないのです。と、言っても受け入れる余裕がない場合は、とりあえず「まし」になる具体案を言うしかないからです。しかし、それらの質問に対するオールマイティの回答は「学校観と子ども観に立ち戻って考えれば答えが出るよ」なのです。

 『学び合い』の学校観と子ども観はもの凄く強力です。この二つだけで、教育のありとあらゆる問題に解答可能と言ってもいいと思います。少なくとも、現状の教師が悩むことだったら全てだと思います。あたかも、F=mαという至極単純な式を三次元に拡張し、微分・積分すれば古典物理学のほぼ全ての公式が導かれるようなものと同じです。しかし、このことの意味を理解するのは、ありとあらゆる問題を学校観と子ども観に立ち戻って解決することを繰り返すしかないのです。が、多くの方の場合、直近の問題を直ぐに解決したいので、それらから導かれた方法を使い、学校観と子ども観に立ち戻ることは殆どありません。仕方のないことです。私だって、学校観と子ども観の強力さが分かってきたのは5年以上かかりましたから。

 『学び合い』は誤解されています。多くの方は「教科書23ページから24ページの問題を解きなさい、さあ、どうぞ」に抵抗感があります。しかし、本当はそんなことを『学び合い』では言いません。「教科書23ページから24ページの問題を全員が解きなさい、さあ、どうぞ」と言うはずです。何故なら「全員が」が重要だからです。それは『学び合い』の学校観の根幹に関わることだからです。が、それを聞いた人の多くの方は『学び合い』の学校観を理解していない、だから「全員が」を聞き逃し、「教科書23ページから24ページの問題を解きなさい、さあ、どうぞ」にしか聞こえません。そして、「全員が」を徹底するための教師の視線、言葉、仕草を見逃し、「子どもに丸投げ」と誤解します。

 『学び合い』と現状の教育が対立しているところ、多くの方の場合は「さあどうぞ」に代表されるテクニックのレベルです。しかし、それは本質が見えていないからです。『学び合い』と現状の対立していることころは、願いと学校観と子ども観に端的に表れます。

 現状の教育で語られるものの多くはテクニックです。では、そのテクニックに関して以下の視点で問い直して下さい。

 「一人の例外もなく救おうと本気で願っているか?」です。

 きつい書き方かもしれませんが、現状の教育のテクニックの多くは、救いたいのは「自分(つまり教師)」なのです。だから、6、7割の子どもが幸せである教室を、8割、9割幸せにする教室を作ればいいのです。私も教師時代、「本当に全員を分からせる」ことは諦めていました。その代わりにしたのは「全員を分かった気にさせる。楽しくさせる」です。これは出来ます。分からない子は分かったということを知りません。だから、教師が「お前は分かった」と言えば信じます。授業を面白くすることは可能です。授業から脱線した話を数多くストックし、それを5分から10分ぐらいの頻度で滑り込ませるのです。また、着ぐるみや道具を用意すれば出来ます。しかし、それは授業と関係ないことであり、邪道です。そして、どんなに分かった気にさせ楽しませても、それは私の目の前にいる時だけのことです。私の見えないところで奈落の苦しみにもがいている子どもがいても、「それは教師の仕事ではない」と目を背けていた自分がいました。当時の私を今思い起こせば、私は自分を救いたかったのであって、子どもを救いたいのではなかったことが分かります。

 現状の教育と『学び合い』との本当の対立は、「一人の例外もなく救おうと本気で願っているか?」なのです。

 それを実現するには、どんな状況の子ども(様々な障害を持つ子どもや鬼畜生のような親の子どもも含めて)も伝えられる学校で学ぶ意味を明らかにすること(学校観)と、教師一人で抱え込むのではなく、子どもと一緒に問題解決をする、それが子ども「集団」なら出来る(子ども観)と信じるしかないと『学び合い』では考えています。

 テクニックはいくらでも多様になってもいいと思います。多様な方がいいに違いありません。ただ、「一人の例外もなく救おうと本気で願っているか?」は一様でなければなりません。そこがおろそかになれば、『学び合い』のテクニックはその効力を失います。何故なら、子どもはテクニックによって動くのではありません。教師の腹を探って頼るにたる人であるかどうかで従うか従わないかを決めます(このあたりの理解が一般的ではないので、テクニックに走ってしまいますね)。あの子は駄目、あの子は無理と思った瞬間に、その子ばかりではなく、他の子も「私も見捨てられる」と気づいてしまうのです。

 もし、それを本気で願えば、学校観と子ども観がいかに強力であるかが分かります。

 と、何度も書いたことです。

 多様性は一様性とセットなのです。