西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

西川純です。新潟県上越市の上越教育大学の教育実践高度化専攻(教職大学院)で『学び合い』を研究しています。諸般の事情で、このブログのコメントは『学び合い』グループのメンバー限定です。メンバー登録は、いつでもOKです。ウエルカムです。なお、メールはメンバー以外にもオープンですので、いつでもメールください。メールのやりとりで高まりましょうね。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。西川研究室はいつでも参観OKです。 詳細は http://www.iamjun.com/をご覧下さい。 もし『学び合い』グループに参加される場合は、 http://manabiai.g.hatena.ne.jp/をご参照ください。
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14/07/31(木)

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2009年3月15日メールが来ました。

 初めまして。横浜市立A小学校の三長仁(みつながひとし)です。私は、この『学び合い』による学校革命に参加したいと考え、メールしました。そう考えるようになった経緯を説明します。それは先週わずか1週間で起こった出来事です。

 ”学び合い”が大切なんだ。それに気づいたのは昨年です。学級通信でも、同僚にも仲間にも、管理職にも、子供にも、保護者にもそう訴えてきました。否定はされませんでした。

 特にそれに賛同してくれたのは、子供と仲間です。私は、去年の今頃、斎藤喜博に心酔していました。子供たちに学校や学級や授業は「みんなで幸せをつくる」ところなんだと、語ってきました。月曜日の五時間目。その仲間の4人が私の授業を見に来てくれました。YSRSの仲間です。YSRSのテーマは「つながる、学び合いでどこまでも」でした。国語の「世界一美しいぼくの村」が教材でした。読書感想を話し合うことができるが目標でした。私がマインドマップの板書をしながら、子供たちが自由に意見を言い合う授業をして、出来たと自負していました。子供たちの意見に胸をふるわせました。三長学級の子供たちは最高だ。インフルエンザが流行っていて9人の欠席がいたのは痛かったです。

その後、学校を抜け出して、近くのファミレスで、YSRSの仲間とふりかえりをしました。

 確かにすごかった。でも、最後まで発言をしないで、ずっとノートをとっていた子はどうだったんだろう。確かにな。でも、全員が全員発言するような会議って、例えば職員会議でそんなことはありえなんじゃないか。聞いているだけでも、授業に参加しているといえるんじゃないか。そんな話をしました。

一つ気になっていたことがありました。仲間の一人に西川先生のところに行ってきた子がいたことです。鎌倉女子大4年生のFさんです。YSRSでも、西川先生の名前が話し合いの度に出ていました。私も「学び合い」とネットで検索すると、西川先生のHPが出てくるので気になっていました。しかし、本当に確かめに行った彼女は、もうとにかくみんな子供が動いていた。と言うのです。みんなが動く?見てみたい。確かめてみたい。

 西川先生のダイジェスト版を火曜日に読みました。やりもしないで語ることはできないな。水曜日の理科の実験の授業でチャレンジしました。「教科書に書いてある実験1をすべての班が成功させること。」

結果は、すべての班が成功させることはできませんでした。というか、1班しか成功しなかった。目標の設定、環境の整備に私としての課題が残りました。しかし、『学び合い』の方法は驚くほど子供に浸透していきました。子供が動くって!こういうことか。

 Aという男の子がいました。成績はとてもよい。でも人との関わりは弱いなと思う子です。まじめな子です。その子が自分の班の実験を進めながら、隣の班の実験のやり方に手とり足とり教え始めたのです。Aのことを誤解していました。今までの自分のやり方ではこの力を引き出せなかった。インフルエンザはこの日も万延していて、11人が欠席でした。痛い。

 木曜日。国語と社会でチャレンジしてみました。この日の欠席は7人。成績トップの2人も復帰です。『学び合い』の意味はこれまで私が子供たちに語ってきた「みんなで幸せをつくる」目標と合致します。だからすんなりと受け入れることができたみたいです。

 国語の授業のとき。前の施設で、ADHDと診断されていたBが、「わかんない人いない?」と教室じゅうをニコニコしながら歩きはじめました。成績トップの復帰組のCが、怒りっぽいDにつきっきりで教え始めました。Dに授業後感想を聞きました。「みんなが教えにきてくれたとき、やっぱりうれしい」

 正直なんなんだと思いました。こんな簡単なやり方で。ここまで子供は動くのか。Bが、「わかんない人いない?」と言っているときの誇らしい顔。一生忘れないと思います。

 私は、区の研究会では何年も部長をしてきました。市の研究会でも幹事を務めてきました。市の発表会でも発表してきたし、授業研も公開してきました。自分のこれまでのやり方に自負もありました。学校で一番授業が上手いと前任の校長から太鼓判を押されてきました。自分のやり 方でADHDという子も、アスペルガーの子も、巻き込みながら活かしながら授業をしてきました。しかし、LD?の子はどうだったか?と言われると正直見放してきた。この子には個別のカリキュラムが必要だ。自閉症?の子も見放してきたのかもしれない。

また、自分のやり方を、若い先生にどんなに売りこんでみても、とてもそんなことできない。という目で見られていました。

「私にはできない無理」「三長先生のような引き出しがいっぱいじゃあないから」

 技術じゃない。子供をどう見るかなんだ。と言っても、分かってもらえませんでした。

金曜日、ダイジェスト版ではない正規?版を読みました。ああ、こっちをちゃんと読んでから実施すればよかった。ダイジェスト版じゃあ、まったく足りないじゃん。通信簿も書かなくちゃいけないのになにやってんだろう。

 土曜日、横浜で一番大きな本屋「有隣堂」で西川先生の本を探しました。1冊だけありました。「気になる子の指導に悩むあなたへ」です。参考になりました。ああ、こうやって子供たちはかかわっていくのか。というか、授業記録がしっかりしていない実践は何を言ってもダメなんだな。子供の事実で勝負なのだな。それにしても私がこれまで見放してきたLD?の子もこうやって学び合っていくんだと目から鱗です。「有隣堂」の本棚を見て、横浜はまだ『学び合い』の後進都市なんだなと思いました。ただし、うれしかったこともある。

ちょうど一年前、斎藤喜博の本を探しに来た時には2冊しかなかった。しかし今は3冊平積みになっている。仲間に結構宣伝したからなあ。来年は「有隣堂」に西川先生の『学び合い』を平積みにしたい。それが目標です。

 今日は日曜日。とりあえずFさんと西川先生、ありがとうございます。通信簿も書かなくちゃいけないのになにやってんだろう。

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 私は3月28日に『学び合い』の会が東京であることをお知らせしました。残念ながら先約があるので出席できないとのことでした。その代わりに三長さんの仲間が参加してくれました。その中で何度も私に質問をぶつけてきたのはKさんです。想像ですが、怪しげな教育論を言う大学教師の化けの皮を剥ぎに来たのだと思います。しかし、質問に一つ一つ応えました。

 会が終わって三長さんの仲間たちが懇親会に参加しました。そこで隠れキリシタンのように実践をしていた『学び合い』実践者がいました。その人たちの話からさらに納得されたのだと思います。Kさんたちのパワーは凄いです。その懇親会で6月7日に横浜で『学び合い』の会を開くことが決まりました。

 その6月7日の会に学陽書房のYさんが参加しました。そのYさんが神奈川の同志の方々と作り上げたのが『学び合い』スタートブックです。この本のおかげで一気に『学び合い』の知名度が高まりましたし、それがきっかけになって実践を始めた方がいます。

 何が言いたいか?

 世の中の多くの人は、今までの自分と違うことに出会った時、「あ、そんなこと聞いたことあるよ。でも、そんな分けないじゃない」と聞き流す人が大部分です。これは否定しません。大抵はそれでOKです。

 しかし、それがメジャーになると、「そんなわけない」と感情的に反発する人がいます。ちゃんと調べもせず、実践もせずに。ま、ごく普通の反応です。

 しかし、そうでない人もいます。自分の今までを否定するかもしれないものに対して、ちゃんと読み、実践し、実践している人と語り合うことによって判断する人もいます。ごく希ですが。大抵の場合は、読みもせず、実践もせず、実践しているとも語り合うこともなく、否定します。

 『学び合い』はちゃんと読み、実践し、実践している人と語り合う人によって前に進んでいます。そして、善し悪しを誰がどう言ったではなく、子どもの姿で判断する人がいます。それも、アラを探すのではなく、現状の子どもの姿の問題点を理解して、それとの比較で是非を判断することが出来る人がいます。この人は、自分が何を教えたかではなく、子どもがどのように成長するかで判断する人です。別な言い方で言えば、自分がこうやったんだから子どもはこうなるはずだと考える人と、自分がこうやった「けど」子どもはこうなっていると考えられる人です。

 けっして多くはありません。でも、います。

 その人たちの教え子は幸せだったんだろうと思います。その人たちは、そのことの喜びを感じる時間を得られたのだと思います。人の喜びは、人から得られるものです。教材や理論によって得られるものはまがい物です。本物の喜びを感じたければ人から得なければなりません。その人たちが、自分の出来ることをやりさえすれば、どれほどのことが出来るか!

追伸 こんな気持ちになったのは数年前の埼玉のSさんの時以来です。