西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/04/12(土)

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 昨日は、久しぶりのバリバリの一斉指導で1時間半、ジェットコースターのようマシンガントークでやりました。気持ちいい。でも、一晩明けると違和感。そして、かつて同志の一人が言っていたことを思い出します。曰く「『学び合い』を実践して、そして『学び合い』を離れた人は本当の『学び合い』は実践していなかった」と

 私は研究室は完全無欠の『学び合い』で運営しています。ところが3年前までは講義はバリバリの一斉指導です。理由は「楽」だからです。一定以上の授業能力があれば、そして、子どもに対する見取り能力が低いならば、そこそこの授業能力でも、一斉指導法が「気」が楽なのです。

 お子さんを育てたことのある方だったら分かるはずです。はじめて子どもにボタンをさせるとき、どう思いましたか?任せるより、自分でやった方が楽でしょ?子どもが料理をさせるとき、掃除をさせるとき、みんな同じです。

 『学び合い』の最初の1時間目「さあどうぞ」と言ったあとに、動きが軌道に乗るまでの数分間、それを待つときの苦しさは、何度やってもあります。動き出したあとに、手を抜いているやつ、遊んでいるやつがいたとき、それを分かっているのに最後まで見守るのは辛いものがあります。『学び合い』はクラスの闇がよくみえる。それを子どもたちが改善するまで見守るのは辛い。それだったらマシンガントークでやった方が楽です。それを踏ん張れるには何が必要でしょうか?それは「一人も見捨てたくない」という願いでしょう。そのために「コミュニケーション能力が最高の能力である」、「子ども集団は凄いぞ」ということの理解だと思います。

 振り返ってみれば、ゼミにおいては「一人も見捨てたくない」という願いはありますが、講義に関してはそれが弱かった。長らく、『学び合い』は文化の問題だから年間十数回では難しいという、今から考えてみれば馬鹿なへりくつで合理化していました。でも、大学と高校でしか教えたことのない私が、飛び込み授業で小学校や中学校で『学び合い』を1時間で成立出来ることは経験済みです。

 きっと、自分がスーパー教師になるためのツールの一つとして『学び合い』を学ぼうとする人、特段の願いは無いけど、学校の方針だから『学び合い』を実践した人の場合、「一人も見捨てたくない」という願いが弱い。だから、『学び合い』の実践をやめるのだと思います。偉そうに言っている私も、大学の講義ではそうでしたから。

 ということを反省して数年前から「さあ、どうぞ」でやっています。マシンガントークで授業をするのは講義中2、3回ぐらいです。その他は「さあ、どうぞ」です。

 今年から、一歩進ませることにしました。つまり、昨年までは「不登校」、「学級崩壊」のようなお題を与え、それに関して学び合わせます。今年からは、『学び合い』に関する本を与え、「私を論破せよ」という課題を与えました。具体的には、どんなことでもいいから従来指導の方が『学び合い』より「まし」であるものを見つけて、私にそれを認めさせたら学生さんの勝ちというルールです。日本中から百人以上の方が上越に来られて私に疑問をぶつけます。それと同じことをします。

 私は負けることが楽しみです。だって、学生さんに負けたとき、私は成長出来ますから。