西川純のメモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

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14/03/08(土)

[]二種類の縦糸 06:50 二種類の縦糸 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 二種類の縦糸 - 西川純のメモ 二種類の縦糸 - 西川純のメモ のブックマークコメント

私の昨日のメモに対して、同志の方が以下のことを書かれていました。とても素敵な表現です。自分が縦糸を作ることは出来ずとも、子どもたちが縦糸を作ってくれるクラスをつくることは出来る。

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縦糸と横糸

昨日、素敵な皆さん方と飲みました。

そこで喋っていて、ふと考えたこと…

おそらく縦糸には二種類あるんです。

①教師が作っていく縦糸

②教師が作らずとも、子どもたちから作ってくれる縦糸

漠然とですが、そんなイメージを持ちました。

kanjii4dakanjii4da2014/03/08 09:5560文字。今日も勉強になりました。ありがとうございました。
学校観、先日から何度も語っています。(^_^)

daitouirukadaitouiruka2014/03/08 09:56アドラー心理学との関係は、まさに九州の分科会でもお話させていただいたことなのですが、その理念を学級「集団」に対して生かし切れていないということが私の長年の悩みであり、その答えを示してくれたのが『学び合い』でした。
アドラー心理学も「クラス会議」というものを提案しており、集団を意識していないわけではなく、『クラスはよみがえる』の中でも、精神医学における「患者同士が相互に治療し合うことで効果も効率も上がる」という「治療共同体」の考え方を応用して、学校内の「教育共同体」というものをつくっていくことを目指すよう提案はされています。

教師を扇の要部分とする「扇型」の経営ではなく、教師も子ども達もさまざまな線でつながっていて、たとえ教師との糸が切れても、別の糸でつながっている子ども同士の糸を通してつながれるという「網型」の経営です。
ずっと理想とし、そして、全く知らないときに比べればはるかによくなってきたとは言え、十分とはとても言えず、やはり「集団」相手よりも「個別の対応」に追われ、まして、一日のうちの大半を占める「授業」においては(別仕立てのエクササイズなどではなく、教科の授業として)全くといっていいほど「道筋」が見えていませんでした。
その具体的な「道筋」を示してくれたのが、私にとっては『学び合い』だったわけです。

daitouirukadaitouiruka2014/03/08 10:06追伸:アドラー心理学の知見については、子ども達にも折に触れ語っています。
「子ども向けの本」、あるといいな、と思います。